第一話「彼女、もぐらになる」
ぼくの彼女は、もぐらだ。
そう言うとばかばかしい、冗談だと思われるかもしれない。待ってくれ、読むのを止めないでくれ。本当なのだ。信じてほしい。
ぼくの彼女は、もぐらなのだ。
ぼくはテッペイ、26歳。彼女のユキは同い年で、付き合って2年が経つ。
彼女は決して群れず、しかし寂しがりやだ。ちょっと頑固だけど、好きなものには一直線に向かっていく。
そんな彼女にぼくは惹かれた。
ぼくらの街にはちいさな森がある。その森は二人のお気に入りで、夕暮れ時によく散歩をした。
その日はいつものようにとりとめもない話をしながら、森の一番奥にある小高い丘にむかって歩いていた。
丘まであと少し、というそのとき。
彼女は盛大にこけ、こけた先にちょうどよく置いてあった壺を壊してしまった。
運の悪いことに、それは森の魔女の大切な壺だった。
魔女は怒りに怒り杖を振りかざすと、彼女をちいさな、モフモフしたもぐらに変えてしまった。
壺をもとに戻さない限り、もぐら生を送るがよい、と。
とりあえずぼくはもぐらになった彼女を家に連れて帰った。
もぐらになったものの人間の言葉を話すことができ、中身は以前の彼女となんら変わりはなかった。ただ、ちょっとモフモフして日光を見るとまぶしそうにするだけだ。
その夜、僕たちは話し合った。とりあえず元に戻れる方法を探そう、と。
ぼくは壺を作れるようになるべく陶芸教室に通い、また同時に店を回り似たような壺を探すことにした。
彼女ははじめは動揺していたが、根がポジティブな彼女だ。なんとかなると思い始めたらしい。ひとまず落ち着いて、ぼくの隣でスヤスヤ寝はじめた。
しかし、朝起きると彼女がいない。
慌てて家を飛び出し、学校や商店街、街中を探し回った。
まさか、猫にでも食われたのかもしれない・・・。
不安がよぎる。
疲れ果て、公園のベンチで一休みをすることにした。
ふと、花壇の土からひょこっと何かが出ている。
もぐらのお尻だった。
そう、彼女は本能的に土を求めるようになってしまったのだ。
それからというものの、ぼくは彼女を度々公園に連れて行った。
人間の言葉を話し、高度な文明を持つもぐらである彼女は、公園のもぐら達に言葉を教え、様々な知識を与え始めた。
彼女が公園中のもぐらを従え、女王となり、もぐらの国「モグスタン」を建国するまでにそう時間はかからなかった。
ぼくが彼女の彼氏とわかると、もぐら達は次第にぼくのことも崇めはじめた。
ぼくがモグスタンに来ると、一斉にこちらを見て体を左右に揺らし、歌い出す。
「も〜ぐもぐ♪も〜ぐもぐ♪も〜ぐもぐったらも〜ぐもぐ♪」
どうやら、僕を崇めるための歌らしい。
彼女は次第に国民、もぐらたちと生活をともにし始めた。
ぼくは時々、彼女に電話を掛ける。
プルルル・・・プルルル・・・
「ハイ、モグスタンです」
「あ、もしもし、モグスタンですか?女王はいますか?」
「女王ですね、いまお散歩中ですので少々おまちくださいもぐ・・
えっと・・・ホリュ・・ホリュウオン・・・」
(さぁ、いきますよ!せーの!)
(も〜ぐもぐ♪も〜ぐもぐ♪も〜ぐもぐったらも〜ぐもぐ♪
も〜ぐもぐ♪も〜ぐもぐ♪も〜ぐもグッ)
「ハイ、女王です」
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つづく(かもしれない)