第九話 街中の赤髪
次回更新は10月14日(日)の19:00です。
「ジン、見ろ! こんなにたくさんの肉があるぞ!」
「言っておくが、買わんぞ」
軒先に並んだ干し肉を美味しそう、ではなくて不衛生だなあ、と思ってしまう時点で現代っ子なのだろうか。
イースの折れた角はシショーの助力により接着された。
折った本人が言うのもなんだが、面倒な修復作業だった。
さて、俺とイースはその修復作業の最終段階、接着面の固定の為使用するリボンを買いに、街へ繰り出していた。
「むぅ……肉でも別に構わんのだが」
「こっちはお構いありありなんだよ、とっとと探すぞ」
アムドの街は冒険者の街とも言われているらしい。
そこかしこに冒険者と思わしき、軽装ながらも武装している連中が歩いている。
その理由として、この土地は交通の中心地だからとか、ギルドのサポートがいいだとかが言われているらしいが、そんなことは別にどうでもいい。
重要なのは、ここに情報が集まるということで、つまりは勇者に関する事を多数仕入れるにはもってこいということだ。
そして、それさえ今はどうでもよく、俺はリボンの売っていそうな服屋を探していた。
「やぁ、君ってあの大魔道師の子?」
往来を堂々と歩いていると、横から声がかかった。
俺にではなくイースに。
「まあ、そうだが」
「いやあすごいよねー、大魔導師なんて、僕のパーティーに来ない?」
なるほど、つまりこの金髪で見るからに軽薄そうで話し方の節々から不誠実さが伝わってくる男は、イースをスカウトしに来たのか。
たしかに肩書きだけ見れば大魔道師などと豪勢な物であるので、イースがとんでもない力を持った存在であると勘違いしても仕方がない。
しかしながらその実態はどうしようもない馬鹿に角をつけた女であって、決して絶対的な即戦力というわけではない。
「あ、そこの道化師の君はいらないよ。荷物持ちも今埋まってるし」
荷物持ちをわざわざ用意するほど余裕のあるパーティーに属しているということは、おそらくこの金髪中々の実力者なのだろう。
イースもこういう男について行った方が楽に情報を集められるのでついて行った方がいい。
今すぐ行くことを勧めたいところだが、こういったことを口に出すと面倒事になりそうなので口を噤んでおく。
「じゃあ一緒に行こうかイースちゃん」
「私はジンのいないところには行かん」
情熱的な告白の様な台詞だ。
まあそれを言い放ったイースの目は珍しく冷たく尖っていた。
きっとこの男が気に食わなかったのだろう。
悲しいことだ。
イースに振られた男はそのまま舌打ちをして雑踏の中に消えた。
その背中が少し寂しく見えて、俺はちょっとだけ同情してやった。
その後も歩けばイースは様々な冒険者達に誘われ続けた。
俺はそいつらの視界の端にも入っていないのか、邪険に扱われ続け、同じようにイースも冒険者連中を追い払い続けた。
***
「あー、疲れた」
「なぜこうも私の邪魔をする奴らばかりなのだ!」
俺とイースは現在、街の広場に設置されている長椅子に座っている。
稚拙な作りなのか、ぐらぐらと揺れて安定しない。
「それにしても大魔道師ってすげえんだな。あんなに仲間にしたいー、なんて奴らが寄ってくるとは」
「普通は逆のはずだ! 私とジンのパーティーに奴らが入ると思って然るべきだ!」
「まあそう言うなって、道化師なんかがいるパーティー嫌に決まってんだろ」
自分で言ってて悲しくなった。
そう、イースを誘う連中がいても、俺達のパーティーに入りたいと願い出る輩が現れないのは、まず間違いなく俺がいるからだ。
言ってしまえばお荷物の俺をわざわざ背負いたい人間なんていない。
「しかし、ジンは私にとっての勇者であるからして!」
イースが奮い立って、鼻息荒く俺を擁護しようとする。
そこまで女に庇われると、色々と恥ずかしいのでやめてほしい。
というわけで、俺はポケットから銀貨を取り出した。
「これでなんかお菓子でも買って来い。俺の分もな」
「うむ!」
一応、アレは俺とイースの二人で稼いだ金である。
なので使い込んでもシショーから貰った購入資金の横領にはあたらない。
しかし、パン三つ程度のジャリ銭で菓子類なんて買えるのだろうか。
まあ買えないとわかれば尻尾を巻いて逃げ出してくるだろう。
目的は一度滾った頭を冷やすことにあるのだから、それでも十分なのだ。
ぐらっと座っていた長椅子が後方に揺れた。
何が起こったのかを確認する為に辺りを見ると、俺の横に赤い髪の女が座っていた。
その特徴的な赤色の髪は背中の中腹ほどまでの長さで、癖のないストレートな髪質だ。
見る限り、軽鎧ではあるが装備を整えていた。冒険者だろう。
なぜ他にも空いている場所があるのにわざわざ俺の隣を占拠するのか。
目が見えていないのか単に他所へ歩く体力さえなかったのか。
「……あなたがジン?」
「そうだが」
どうやら俺に用があるらしい。
特に思い当たる節が無い。
イースにならいくらでもあっておかしくはないが。
「頼みたいことがあるの」
「なんだ」
「私をあなたのパーティーに入れてほしいのよ」
イースが心待ちにしていた人物だ。
わざわざ俺達のパーティーに入りたいということは、おそらくこの女は他の冒険者と組んではいないのだろう。
「あなた達、ギルド中の噂になってるのよ。とんでもない大魔道師となんかよくわからない遊び人って」
「遊び人ではないが……」
「道化師だろうが遊び人だろうが、どっちでも変わらないでしょ。どっちにしろクズよ」
「うわぁ」
はっきり俺を見下しているという宣言をいただいた。
ここまで明瞭に示してもらうと清々しくて憎さ百倍。
よくよく見るとこいつ、赤髪の上に目まで赤い。
目に悪い女だ。
「私を入れなさい。職業は近接戦闘最強クラスの『剣豪』よ? 同じく最強クラスの大魔道師と私が組むというのは、自然の摂理じゃないかしら」
「本当に強いのか?」
「当然よ。今日ここまで一人で依頼をこなしてきて失敗したことなんて無いもの」
「へぇ」
一人で、という部分だけ少し声が小さくなったのが気になるが、この自信満々の笑みを見ている限り、この女がある程度真実を混じえて話をしているのはわかった。
しかし、それがどこが鼻につくというか、高慢ちきというか、はっきり言えば気に入らない。
「それじゃ、早く大魔道師の子に会わせてよね。たしかイースちゃんだったかしら」
「おいおい、もう入った気でいるのか?」
「当たり前でしょ? 戦闘センス抜群。完璧なプロポーション。この美しい赤髪!」
そう言うと赤髪の女はそのご自慢の赤髪を見せつけるように、ふんわりと手の甲で持ち上げてすっと離した。
無駄にさらさらとした赤髪の一本一本が規則正しく重力に引かれていき、いくつかが俺の耳先を掠っていった。
「やめろ振り回すな」
「どこを取っても、私が完璧な人間って証明になるんじゃないかしら?」
自尊心が非常に高く、何か勘違いしているような口ぶり。
これで実力があまり伴っていなければイースと同じだ。
仮にとんでもない実力を宣言通りに持っていたとしても、イースかそれ以上に手を焼きそうな女だ。
問題児はイース一人で結構、この女を受け入れる余裕は俺に無い。
イースにバレない内にお帰り願おう。
「いや、お前は入れない」
「……え?」
赤髪が口を大きく開き、ぽかんとした表情をしている。
未だ幼さを残したように小さく可愛らしい唇が円を描いていた。
見ているだけで困惑がひしひしと伝わってくる。
余程自分に自信を持っていたらしい。
「なんで?」
「なんで、と言われてもなあ」
「なんで道化師なんかが私に逆らってるわけ?」
道化師はここまで下に見られているか。
道化師になった人は可哀想だ。
というか、俺だった。
「許せない……。なんで道化師如きが私のお願いを断ってるわけ? おかしいでしょう、どう考えたって、もしかしなくてもこれは夢? 違うわね。このままだと私の恥が知れちゃうわね、道化師如きに逆らわれたなんて……」
ぽうっと魂が抜けたように背中を長椅子の背もたれに預けて天を仰ぎながら、虚ろな目で何やら呟いているかと思うと、突然に赤髪の顔が険しくなる。
そして、俺に迫り顔を近づける。
瞳孔のがっちり開いた顔が視界の端から端まで占領する。
端的に言って怒っていた。
吊り上がった赤い瞳が非常に怖い。
まるで地獄の業火がその中に封じめられているようであった。
「もうあったまきた!」
赤髪がそう言ったかと思うと長椅子から立ち上がり、腰の鞘の辺りで何かがきらめいた。
そして、気づけば俺の眉間から数センチのところに白刃が突きつけられている。
凄まじいまでの速さでそれは行われた。
白昼堂々の犯行である。
しかし、意外なことにこの異常事態において、俺は目前で伸び、微動だにしない剣を眺めていた。
命の危機に晒されているにも関わらず、これほど気持ちが落ち着いているのは、おそらくあまりに突然の出来事である為に感情が追いついていないからだろう。
「もう一度聞くわ。私をあなたのパーティーに入れなさい。うんと言わなければ切る」
「うーーーーん」
「……切る!」
突きつけられた切っ先は、未だ俺の眉間を一直線に示し、そこから伸びる剣を辿り、腕を遡れば、そこには怒りによって端正な顔を厳つく歪めた赤髪の姿が。
どうやら俺に、正しく言えば道化師如きに馬鹿にされたことが逆鱗に触れたらしい。
さて、このままでは俺は驚くほど呆気なく切り捨てられてしまうだろう。
彼我の戦力差は明らか、その辺の大学生と剣豪では差がありすぎる。
それに、この女の剣の構えにはいわゆる隙というものが、素人目には一切見えない。
死に直面する中で、俺はゆっくりとそれを眺めながら、声を聞いた。
「ジン、リボンを見つけたぞ!」
「あっひゃあ!」
突如として素っ頓狂な声がしたかと思うと剣が引かれて、赤髪の女が目の前から消えていた。
遠く聞こえる音からするに、走り去っていったらしい。
何はともあれ助かった。
「ジン、誰だ今のは?」
「怖い人」
嘘は言っていない。
いきなり刃物で斬りかかってくる人間を表す言葉としては生易しいくらいだ。
それにしても、何故あの女はイースが現れた途端に逃げ出したのか。
もしやイースの持つ大魔導師という肩書きをとんでもなく恐れていたのか。
そうだとしたら得をした。
「あっひゃあ」
「……? どうしたのだジン」
「いや、何だろうなあって」
「ジン、大丈夫か?」
イースが冗談ではなく心配した目線を送ってきた。
そういえば、あの女はよく平気で太陽が真上にあるというのに人に剣を振るうことができたものだ。
「いや、大丈夫。ところで何買ってきたんだ?」
「ふっふっふ、実はだな。何を買おうかと街を練り歩いていたところ、見つけたのだ。目的の物をな!」
怪我の巧妙、というべきか。
運良く目的のリボン屋でも見つけて買ってきたのだろう。
イースの手には赤いリボンが握られていた。
赤い。
見ていると先程の女とのやり取りを思い出して何やらこみ上げてくるものがある。
「イース、それを着けるのしばらく待ってくれないか」
「私は別に構わないが、どうしたのだ?」
「しばらく、赤色は見たくねえなあって」