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第六話 ギルド爆発

「まさかこれほど早く依頼を達成されるとは、驚きました」


 受付にスカフリンをきっちり倒したことを告げると、受付嬢は眉一つ動かさずに俺が差し出した依頼書を受け取り、そう言った。

 まるで驚いたように見えない。

 もしかしたら小粋なジョークでも飛ばしてきているのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく報酬だ。それと、職業試験とやらも開いてもらわないと困る。

 このまま道化師を名乗り続けるというのは、あんまりにも忍びない。

 

「まあなんだ。そんなことより報酬だ。いくら貰える」

「これだけです」


 カウンターに一枚だけ、銀色の硬貨のような物が置かれる。

 大きさはおおよそ十円硬貨くらいだろうか。

 これだけ、と最初は思ったが、この世界ではこのくらいの硬貨で結構な大金を表すのかもしれない。

 そうでなければ困る。

 どろどろに溶かされて死ぬ寸前まで命を張ったのだから。


 しかし、どうやらその考えは甘かったらしい。

 イースが差し出された硬貨を見た瞬間に、カウンターに身を乗り出し、受付嬢のメアリーに顔を寄せ、怒った。

 

「どういうことだこれは!」

「と、いいますと」

  

 イースは声を大きく響かせ続ける。

 周囲にいる、おそらく冒険者と思わしき人間たちがこちらへ視線を向け、俺と目が合うとふいっと顔を背けた。

 悪目立ちしている。客観的に見ると俺とイースはそうなっているのだ。

 しかしイースは引かない。

 納得がいかないらしい。

 

「これでは、パンの三つでも買えれば上々ではないか!」

「ええ、そうですね」

「嘘だろ」


 イースの口から出た恐ろしい一言に、受付嬢は淡々と首肯する。

 パンの三つ。

 あれだけ命を懸けて、一時は走馬灯さえ垣間見たあの戦いの価値は、パン三つ。

 つまり、俺の命がパンの三本程度ということになり、げんなりした気分になった。

 

「いや、おかしいだろ。俺は危うくあのスカフリンって魔物に溶かされて死ぬところだったんだぞ」

「そうだそうだ!」

  

 イースがいざ反撃とばかりに俺に同調しそれと同時に俺の後ろに回った。

 俺はあの時の感覚はよく覚えていない。

 正直、捕まる速度が速すぎて、記憶に残る部分がなかった。

 唯一の捕縛された証明として、未だぬめりを持っている俺の体がある。


「ああ、通りでぬらぬらと光っていると、スカフリンに捕まったのですね」

「そうだ。あいつの毒で死にかけた」

「それなら心配ないです。スカフリンに毒はありませんし」

「はい?」

「スカフリンは動物の垢を舐め取るだけの、無害な魔物です。危険性も低いので初心者の冒険者の方に対する練習台として、ギルドから依頼を出しているのです」

 

 受付嬢はすらすらとそう答えた。

 よくもまぁ、自分は大嘘をつきました、とはっきり宣言するようなことが言えるものだと、俺は驚いた。

 これでは、あの依頼書に付属されていた説明書はまるっきり嘘ということになるではないか。


「じゃあ、あの説明書は何だったんだ!」

「無害な魔物とわかっていれば、初心者の方は大した危機感もなくこの依頼に挑むでしょう。それでは意味がありません。常に緊張感を持って依頼に挑んでいただける冒険者を我々は求めていますので」


 筋は通っているように、俺には思えた。 

 つまり、あの依頼と嘘の説明書は一種のテストだったのだろう。

 危機感と緊張感を常に携えた冒険者であるかどうかを図る為の。

 俺とイースがそれを持っていたのかと言えば、持っていなかったと言えなくもない。

 現に俺はスカフリンに捕まっているわけである。

 そして、本当はそれほど危険性の高くないスカフリンをいくらか倒した程度では、そこまでの報酬が支払えないというわけだ。

 納得はいかないが、今の状況を把握することはできた。

 

「……わかりました。それじゃあ報酬は貰います」

「はい。冒険者の当然の権利です」

「それで職業試験の話ですけど」

 

 報酬の話が一段落ついたので、こちらに話題の主軸を移す。

 以前聞いた話しによれば、俺とイースが現在名乗ることのできる職業の道化師は、とんでもなく人気がなく、苦労すること間違いなしの素晴らしいものらしいので、別の職業に鞍替えを図ろうという訳だ。

 

「ああ、少々お待ち下さい」

 

 受付嬢は座っている椅子をカウンターから引き、膝を床について何かを探している。

 途中、何かを擦るような音が聞こえた。

 おそらくカウンターの下に引き出しでもあるのだろう。

 受付嬢は腰を上げると、カウンターに台座のついたガラス玉を置いた。

 俺の頭くらいの大きさはあり、見た目からして重量のありそうな物だった。

 そして、ふぅとため息を一つ吐いた。


「こちらは手をかざした人物の資質を判断する特殊な魔道具です」

「ま、魔道具?」

「魔力によって作られた様々な機器です」

「珍しいタイプの魔道具だな」


 イースが俺の後方から感心したような声を出す。

 どうやら魔道具については造詣が深いらしい。


「こちらに一人ずつ手をかざしてください。そうした場合、この魔道具が色を伴った光を放ちますので」


 このガラス玉はリトマス試験紙のように手をかざした人間の資質を色で判断するらしい。

 一人ずつ、ということは俺とイースのどちらかが後に回るということになる。

 

「ここはまず私であろう」

「なんでだよ」

「楽しそうではないか!」


 目を輝かせてそんなことを言われるとしょうがない。

 先んじる権利を俺は放り投げた。

 先に行こうが後に行こうが、結果は変わらないだろう。


「行くぞ!」


 イースがガラス玉に手をかざすと、突然にガラス玉が光り始めた。 

 その色合いは赤、黄色、緑、青、その他様々な物へと切り替わり続け、明らかに尋常ではない雰囲気であった。

 そんな中でイースは顔をほころばせて、変わりゆく色を嬉しそうに眺めていた。

 感嘆の声さえ漏らしていた。

 俺はこれが異常事態であるかの確認として、受付嬢の顔を見た。

 ガラス玉から発せられる光の色が変わるごとに目を白黒させていて、まるで何が起こっているのかわかっていないようであった。

 これはろくでもない事態になっているとわかった俺は、即座にイースの手を握って、ガラス玉から離れさせた。


「何をする! まだ楽しんでいたいというのに!」

「なんか様子がおかしいから止めた。見ろ、あの顔」

 

 俺は受付嬢の方へ右の人差し指を向ける。

 イースはその先の顔に驚愕し、絶句した。

 そして、イースが黙り込んだことで気づいた。 

 先程からぱりぱりと、何かが割れていくような音が聞こえていて、その源はあのカウンターの上にあるガラス玉であった。

 よくよく観察すると、ひびが真ん中から広がっていき、球体全体をそのひびが埋め尽くしたかと思うと、弾けた。

 俺は後方へと跳び、ついでにイースも跳んだ。

 そういえば腕を掴んでいたなあ、と思う最中、いくらかの破片が背中に当たっている感触が服越しに訪れた。

  

 降り注ぐ破片が収まった頃、イースが呟いた。


「ジン、助かったぞ!」


 なんとも嬉しそうに笑いながら言っているが、俺は助けようと思って助けたわけではないので、そういった礼は別に言わなくてもいい。

 しかし、貰える物はひとまず貰っておく。


「なるほど、これは驚きました」

 

 背後から先程まで目をぱちくりとしていた受付嬢の声がした。

 振り返ると、俺の眼前に立っていた。

 どうやらわざわざあのカウンターを乗り越えて来たらしい。

 その顔前にガラス片の刺さった分厚い本を構えている。

 おそらくはあのガラス玉が弾け飛んだ瞬間、とっさに手元のあの本で顔を守ったのだろう。

 素早い判断だ。

 


「突然の爆発には驚きましたが、なんとかなったようですね」

 

 受付嬢が本を脇に抱えると、その露わになった額には大きなガラス片が刺さっていた。

 きれいにど真ん中に刺さっていた。

 痛くはないのだろうか。


「しかし、これでわかりました」

「何がだ?」

「刺さってるぞ」


 俺の心優しい忠告を無視して、受付嬢は言葉を続ける。

 なぜあのガラス片に気づいていないんだこの女は、まさかあの冷たい表情から感じていた通りに人形じみた女であるのか。


「イースさん!」


 受付嬢が、びしりとイースに向け強く指す。

 

「あなたは、大魔導師の資格を持っています。あらゆる魔術に精通し、新たな魔術の制作さえ簡単に執り行える、その資質が!」

「……ふっ。大魔導師か。この私が名乗るには少し弱々しい言葉ではあるが、面白い」


 イースが目を閉じ、顔に片手を添えて偉そうにそう言った。

 端的に言って、調子に乗っていた。 


 ここまでに色々な騒ぎを起こし、ギルド内から注目を集めていた俺たちは最後に歓声に包まれた。

 曰く、大魔導師なんて初めて見た。といったような驚嘆の声が殆どだった。

 いやに体格の良い男達に担がれそうになったので、俺はいつの間にか野次馬が集まってできていた人の波をかき分けて、あのカウンターへ向かった。

 後ろからは、わっしょいわっしょいという声が聞こえてきた。

 ちょっとしたお祭り気分なのだろう。

 

 さて、ここで一つ気になっていたことがある。

 イースの職業が大魔導師に確定したのは良いことであるが、この俺はいったいどうすればいいのか。

 結局俺の今後の処遇は決まっていない。

 そういった事情を受付嬢に聞いたところ、


「肝心の魔道具が壊れてしまった為に、しばらくは職業試験は行なえません」

 

 と返事が返ってきた。

 

「じゃあ俺はしばらく道化師のままということで?」

「はい。残念ながらそうです」


 一つも残念そうに思っていないであろうその冷淡な顔の上部、額の真ん中には未だに透明で尖りのあるガラス片が刺さっていた。

 その澄ました表情の全てを無駄にするほど間抜けに刺さったそれについて、俺は受付嬢に一切を伝えない。

 その酷く間抜けな姿をできる限り多くの人間の前に曝け出してしまえ。

 俺はそんな酷く小悪党じみた考えのまま、心の内で舌を出した。

 

 


 

 

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