第四話 はじめてのおつかい
「ギルドとはここか?」
「たぶんそうだろうな」
俺とイースは師匠に言われた通りにギルドに来ていた。
師匠に渡された服は粗い麻作りのもので、ごわごわとして着心地が非常に悪い。
しかし、あの洋服のままでは悪目立ちをするという師匠の言葉に従って、今まで着ていた服を全て脱いで師匠に渡しておいた。
ろくでもないことに使われているかもしれない。
イースの方には角を隠す特殊な魔法だかを使ったらしい。だがしかし、俺にはまるで変わったようには見えない。
隣に立ってアホ丸出しの顔を少し引き締めるこの女には、間違いなく黒い角が生えている。一本は折れている。
しかし、イース本人が鏡で自分の姿を確認したところ、疑いの余地無く目には見えないようになっているらしい。
触ることはできるので消滅したというわけではないという。
何故そんなことを可能にしているのかは知らないが、やはり師匠はよくわからない人だ。
エルフだった。
「ひとまず、踏み込もうではないか」
「ああ、そうだな」
ギルドの外観は師匠から聞いていた通り、神殿のような形をしていた。
白い柱が立ち並び、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
元々はこの世界で強く信仰されていた宗教の施設だったらしいが、今では廃れ、空いた施設に冒険者ギルドが居を構えたのである。
こんな聖なるオーラを放つ場所に魔王の娘が入って大丈夫なのかと、少し考えたがイースはそんな俺の深慮を嘲笑うようにすたすたギルドに踏み込んでいった。
杞憂に終わったことを少し残念に思いつつ俺もその後に続いた。
中に入ると、涼しげな空気が肌を滑っていった。
視界の先には噴水があって、音を少し立てて水が回っていた。
入り口の先の壁には何枚もの紙がピンで留められていた。
おそらく、あれが師匠の言っていた依頼書というものだろう。
入り口から見て左側には、どうやら食事処と思わしき場所があった。
木製の椅子やら机が並んでいて、奥には厨房と思われる存在が見えていた。
そして、俺とイースが受付を探してぐるぐる回っていると、
「初めてのお客様でしょうか」
カウンターのような机を挟んで、赤い帽子を被った女の人が声をかけてきた。
抑揚のまるで無い声に初めは何やら聞き間違いかと思ったが、こちらをじっと見つめているので、この女性が声を出したのだと遅まきながら理解した。
「冒険者ギルドへようこそ。依頼でしょうか」
「いや、その、お金、欲しいんですけど」
上手い説明の仕方が思いつかないので、とりあえず頭の中に浮かんだ単語をぽろぽろ口から零す。
お金が欲しいって、もっと他に言い方があっただろう。
これでは強盗の言い分。
「なるほど、冒険者希望の方ですね」
「はい。えーと、シショーって人から勧められて……」
これまで眉一つ動かさなかった受付の女が驚いたように、俺とイースの顔を交互に見る。
師匠はどうやらこの女の人の知り合いらしい。
「失礼。取り乱しました。あの人の紹介であれば、信頼はできます」
「おお、ありがたい!」
師匠は信頼を勝ち取っているらしい。
あの怪しげな人が一体どうやって信頼なんて高尚な物を得たのだろうか。
「それでは、私、メアリー・ティーが当ギルドについての説明をさせていただきます」
メアリーと名乗った女が、肘置き代わりに使っていた分厚い革表紙の本を開き、説明を始めた。
変な苗字だなあ、と失礼ながらそう考えた。
***
苗字をもって彼女を形容するとなんだか海外かぶれのような話し方になるため、メアリーと呼ばせていただく。
メアリーさんは分厚いマニュアルと思わしき革表紙の本から、説明を終えるまで一度も目を離さなかった。
俺とイースは彼女からこのギルドの来歴やら慣習やら、平たく言えばルールを聞いていた。
実を言うとイースはほとんど聞いていなかった。
俺の隣に立って噴水しか見ていなかった。
俺もこういった説明は昔から嫌いで、工場見学やら何やらの行事の説明は全て聞き流していた。
よって今回も聞き逃したいというのが本音ではあるのだが、俺が聞かなければ他に話を聞く者がいないということになるので、ぺらぺらとページを捲りながら説明を重ねるこの受付嬢が不憫でならない。
それと、この施設のシステムをきっちりと知らないと、目的である脱出資金稼ぎに苦心しそうという点もある。
「それでは職業の選定に入らせていただきます」
「はい」
このギルドにおいて、曰く職業とは資格のような物らしい。
一定以上の剣技や魔法を扱う能力を示せたら、その職業名を名乗っていいらしい。
例えば、剣士や魔法使い。
この職業が活きる機会の一つとして、パーティーというものがある。
ギルドの依頼を一人で達成していくというのは困難だ。
よって、自分に足りない物を補う為に他の人間とパーティーを組むのだ。
その時に自分を示す資格として職業を使う。
他にも様々な機会で職業を使用するので、冒険者は皆より良い職業に就く為に日夜努力しているらしい。
しかし、俺には何もない。
資格といっても中学校の頃に取った漢字検定二級しかない。
英語検定と迷って大和魂を見せて漢字検定を選んだ。英語が苦手だっただけである。
そして、なんとも虚しいことにこの世界には漢字が無い。
「何か心得などは?」
「俺は特に。イース、お前は?」
メアリーさんからの言葉をそのまま右から左へ受け流す。
イースは半分魂の抜けたような顔をしていたが、俺の質問を受けるとすっと生気を取り戻した。
「心得か。無論あるとも。大魔術のな……」
「大魔術」
期待抜群。そもそもよくよく考えてみたらこいつは仮にも魔王の娘。
自称なのでいまいち確証は持てないが、それでもとんでもない魔法の一つや二つ持っていてもまあ不思議はない。
「そう、その名も最強必滅魔王呪文!」
イースは胸を張り、確かな意思を持って声を上げた。
俺は上り来る血の気にくらりとよろめいた。
最強必滅魔王呪文。
口当たりの良い語感。
小学生が目を輝かせてつぶやきそうなその字面。
冗談と言ってくれ。心の内で叫ぶ声がこだました。
「なるほど。最強必滅魔王呪文」
「わかってくれたか」
意外にもメアリーさんは何やら察したような様子だった。
もしかしてとんでもない魔法なのかもしれない。
名前だってとんでもない。
「それではお二人とも、道化師の職業としてこれからよろしくお願いいたします」
「ちょっと待った」
どうやら最強必滅魔王呪文はまるで認知されていないか馬鹿の戯言として認知されたらしい。
さも当然のように俺たちを道化師と一括りにして処理しようとしている。
そもそも道化師とはなんだ。
おかしな仮装でもして街道で踊ればいいのか。
「あの道化師ってなんなんですか」
「そうですね、パーティーのモチベーター、賑やかしとでも言いましょうか」
「なるほど」
「そうですね、データによると一つのパーティーにつきだいたいこのくらい道化師の方がいますね」
受付嬢が親指と人差し指で輪っかを作っている。
なるほど、丸ということか。
丸、つまり良好を示している。
それほどまでに道化師は人気ということだな。
いやそんなことがあるか。
ゼロだよコレは。
「ほとんどのパーティーに道化師の居場所はないってことですかね」
「まあ、言い辛いんですが、どうでもいい職業ですね」
まるで言い辛いといった雰囲気を纏わずに言ってのける受付嬢。
「俺たちに路頭に迷えと言っているんですか?」
「いえいえ、ただ当ギルドとしても何の実績も示さない人間に気軽に職業を与えるわけにはいきませんので」
「……たしかに」
ここで俺たち二人を客観的に見てみよう。
かたや、何の実績を示さずに文句ばかり垂れる男。
かたや、まるで意味のわからない呪文を唱える女。
むしろギルドから叩き出されなかっただけありがたい。
「しかし、少しは挽回の機会を与えるのが当ギルドの方針でありまして」
「と言うと?」
「こちらの依頼を達成していただければ、職業試験というものを開かせていただきます」
受付嬢はカウンターの引き出しの中から何やら丸まった紙のようなものを取り出した。
茶色が薄くなったような色をしていた。
「それではよろしくお願いいたします」
受付嬢、メアリーは深々と頭を下げた。