第三話 謎のシショー
シショーと名乗る女の家には、隣接した小屋がある。
共に中に入ると、木の柵でいくらか区分けされた剥き出しの地面だけがあった。
辺りに黄色く乾燥した草の山が複数積み上がっていた。
「畜舎です。ここに寝かせましょう」
シショーは籠から眠っているイースを取り出し、まず床に放り捨てた。
そして、積み上がっている干し草の山を一つ崩して、土の上に広げて敷き布団のようにした。
その後に土に塗れて寝っ転がっているイースを転がして、牧草の上に載せた。
「ついでに上からもかけてやるか……」
俺は近くの干し草を取って、イースの体が埋まるようにかけていく。
だんだんと草に埋もれていくイース。
満足そうな寝顔と光るヨダレにくっつく草。
まるでサスペンスドラマの犯人が死体を埋めているシーンのようで、なんで俺がこんなことをしなきゃならないんだ、という思いがぽんと湧いた。我ながら理不尽。
そういうわけであらかた体にかけ終えたので、顔にもいくらかかけてやった。
「それではあなたはこちらへ」
シショーは畜舎の扉を開けて、こちらに手招きをした。
***
そもそも、シショーは何者なのだろうか。
まず名前がシショー、明らかにおかしい。
次に銀色に輝く髪に、白いダボダボのワンピースのような服。さらに言えば、赤い瞳に尖った耳。
あの尖った耳からして、何やらただならぬ者なのかもしれないと思うが、この世界だとあれがグローバルスタンダードなのかもしれない。
とにかく、説明が欲しかった。
という旨を、師匠の家に入ってすぐに伝えると、
「私ですか? エルフです」
「ああ、やっぱり」
想像通りにエルフだった。
こんなあっさり身を明かしていいのかこの人は。
身寄りのわからない俺たち二人を簡単に家に招き入れたことと言い、この人はもしかして警戒心とかそういう感情がないのだろうか。
「まあこの世界においてのエルフの、最後の一人ですかね。絶滅危惧種です」
重苦しい言葉がするっと飛び出してきた。
俺は心構えすらできていない。
「あっ、はい」
「気にする必要はありません。正直エルフとかどうでもいいですし」
「それでいいんですか?」
「まあ他のエルフとか見たことないですし、生まれてこの方絶滅危惧種です」
「あ、あはは……」
シショーは『絶滅危惧種、それが何だ!』とばかりに胸を張っている。
こうも自信に満ち溢れている姿を見ると、よく知りもしない種族の先行きを心配する俺の方が間違っているのかと思ってしまう。
「それでは話題を変えましょう。今後のあなた方の活動方針について。どうやって勇者を見つけ出して殺すのですか?」
シショーが部屋の端にある箱から、水の入った透明な筒のような物を取り出した。
よくよく見れば、それはガラス瓶だった。
いや、そんなことはどうでもいい。
今、この女は何を言った。
「ちょっと待ってください」
「ああ、大丈夫です。私も勇者には個人的な恨みが少しばかりありますので、サポートしますよ」
瓶の蓋を取り、中身を二つのグラスにそれぞれ開けた。
小さい泡がグラスの壁面に当たってぷちぷち弾けていく。
「これはですね、私の開発した」
「何でわかったんですか?」
シショーの次の言葉を遮る。
俺は、一言さえもイースの目的を話したこともないし、うっかり漏らす可能性のあるイースは夢の彼方。
シショーがそれを知る術は無い。
「ああ、あの方を背負っていた時に、寝言で聞こえまして」
「寝言?」
「ゆうしゃーとか、がんばってころすーとか」
うっかり漏らす可能性、まさか寝ていてもあるとは。
どこまで俺の予想を超えていくんだあいつは。
予想を超える速さで死んでほしい。
「で、でもそれだけで勇者を殺そうとしてるなんてことはわからないんじゃ……」
「そこはまあ、勘です」
「勘」
「イエス」
シショーが俺にグラスを手渡す。
ひんやりとしていて、俺の手のひらから熱を奪っていく。
中身を口に含むと、すっきりとした甘さと炭酸飲料特有の口内を小さな槍でつつかれているような痛みがあった。
「とにかく、私はあなた方に協力しましょう。行く宛もないのでしょう。しばらくここに泊まって、情報を集めるのです」
「情報を集めるって言っても、どうやってですか?」
こんな森の近くにある家で、どこにいるかもわからない勇者の居場所を探るというのは、至極困難なことではないだろうか。
「この近くにある街、アムドにある冒険者ギルドで情報を集めるのです。おそらくですが、あなた方は一文無しでしょう。お金を稼ぐこともできるので、ちょうどいいかと」
「ギルドですかぁ……」
「ええ、臨時の働き場としてはあそこが一番ですし、流れ者も多く集まります。それに最近は魔物が活発化していますからね」
「そうなんですか」
「それでは今日のところは畜舎でお休みください。後で食事を持っていきますので」
「ありがとうございます」
さて、シショーの話が一段落ついたところで、俺はここまで抱えてきた最大の疑問を尋ねることにした。
「なんで師匠は、見ず知らずの俺たちにそんなに協力してくれるんですか?」
「良い実験動物ですし」
俺が飲み終えたグラスを取り上げながら、シショーがぼそりと呟く。
「はい?」
「私、色々と研究をしていたして、その研究にご協力していただこうと思いまして」
「待ってください。その研究ってどんなものなんですか」
「秘密です」
シショーは唇に人差し指を当てて、冷たく言い放った。
研究に協力しなければ、今すぐにでもこの家を叩き出されて、家なき子となり、路頭に迷い、そのうちに腹を空かせてイースと共に白骨化するだろう。
それは避けないといけない、いけないのだが、よくわからんマッドな臭いがする研究に付き合わされるのも、回避したいところである。
いかんともし難い。
「まあ、一宿一飯の恩義です。少しは返します」
「それはよかった。畜舎は好きに使ってくれて構いません」
あの広い場所を好きに使えるというのはありがたかった。
俺が三十人は背筋を伸ばして眠れるほどの広さだ。
しかし、畜舎と呼ばれている割に豚やら鶏やら、日本のそれとは違うかもしれないが、家畜の影も形もなかった。
「そういえば畜舎って言う割には家畜の一匹もいませんねあそこ」
「ええ、全部使いましたから」
「……」
今すぐにでもこの女の家からは出ていった方がいいかもしれない。
俺の第六感がそう警告する。
早いところ金を貯めて、安宿でもいいからここから逃げ出さないといけない。俺は固くそう誓った。
本日は夜19:00にも投稿を行います。