光の騎士と闇の騎士(改)
改稿→12/02
不味い事になった。
こんな事になるなんて誰が想像するだろう?
魔王軍の本拠地である廃城に乗り込んで、策を練ってから勝機の高い方法で勝つ筈だった。だが、魔王軍から仕掛けて来るなんて想定外にも程がある!
自分自身、運命の重さを軽く見過ぎた。
「召喚士」という存在が魔王軍にとってどんな存在なのか?
「古の民」がどう世界に影響を与える存在なのか?
全く考えていなかった――。
他人の特別扱いに酔っていたんだ。
悪意に対して無神経過ぎた。
歯を強く噛みしめて、自身の愚かさを呪う。
だけど、時既に遅し。
騎士は鮮血の様な赤眼で僕達を馬上から値踏みする様に見下ろしては喋る。
「貴様等の中で召喚士らしき者は男か銀髪の女だな。女騎士は関係無い。我が部下で嬲るなり犯すなり好きにせよ」
騎士の一言で魔物達が歓喜の雄叫びを上げる。
ガーネットさんを獲物と認識したんだ。
このままだと、ガーネットさんの命が危ない! 僕がガーネットさんを護らなきゃ!
でも、怖くて、恐ろしくて足の震えが止まらない!
頼みの幻獣であるユンは、僕にしがみついては歯をガチガチと鳴らして怯えきっている。
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ!!
自分を鼓舞しても、僕の足は鉛でもくくりつけられたようで動かない。
重い足を振るわせていた時、横から凛とした声が鳴った。
「強欲の騎士よ! お前の選定の悪さは聞いていてほとほと呆れる! 伝説の召喚士は私、ガーネット・フォン・アルタイルだ! お前が召喚士を『魔術師』の一派と考える馬鹿さが身を滅ぼすぞ? 召喚士が何時、魔術師の一派と定義された? 私がそうなら召喚士とは剣士の一派だ! さぁ、『武』を持って至高の戦いをするとしよう!」
何て滅茶苦茶な理論だ!
ガーネットさんは強欲の騎士に勝つつもりなの!?
騎士がガーネットさんの言葉を受けて高らかに声をあげる。
「フハハハ! 我に喰いつく鼠が居るとは! 面白い。貴様を召喚士と認めよう! そして、全力を持って立ちふさがる鼠を噛み切ろうぞ! 我が剣技の前で伝説の力をひれ伏さん!」
騎士が漆黒の刀身をした剣を腰から引き抜く。
ガーネットさんは、ポツリと呟く。
「トーヤ、短い間だったが楽しかった。礼を言う――」
「ガーネットさん!!」
自分の怯えた声が喉から出る時には、ガーネットさんは「恐怖なんて知らない」といったように騎士に全力で駆けて行った。
「「勝負!!」」
ガーネットさんと騎士が同時に声をあげる。
動き出したのはガーネットさんの方が早いのに、騎士の馬術はそんな差を一瞬にして無しにした。
漆黒の巨馬は蹄で大地を打ち鳴らし、石を粉々に粉砕しながらまるで「阻む者無し!」といった威圧でガーネットさんに迫る。
その迫力は後方で怯える僕にも十分に伝わっている。
巨馬自体が魔物の様に感じる。
それも凶悪な意志を持った魔物だ。存在感が尋常じゃない。
でも、ガーネットさんは一歩も退くことはなかった。
「はぁぁぁぁぁ!」と負けないように自身から雄叫びをあげ、騎士に肉薄する。
キィン!! と、金属の高いぶつかった音が森の中に響き渡る。
ガーネットさんの大剣は屈強な皮膚をしたトロルの身体をも貫く一品だ。それを振るう彼女も一流の剣士だろう。
だが、騎士はそんな彼女の力強い斬撃を馬上という不安定な場所で、華麗にそして、魅せる様に斬り別けて行く。
攻撃主体のガーネットさんに対して、騎士は防御主体なんだ。
これは噛み合いが悪い。
攻撃主体のガーネットさんは自分から攻撃を繰り出す事を念頭に置いた訓練を重ねて来ている。
対して騎士は防御主体。待つ事に慣れているんだ。
冒険者から聞いた事がある。戦場では神経が尋常じゃない程すり減らされると。
この二人は対極に位置する属性を持っている。そこで考えられるのはスタミナの使い方だ。
ガーネットさんはスタミナを常に消費しながら動かなきゃ駄目だ。
対して、騎士はスタミナを温存しながら繰り出された攻撃を捌けば良い。
そこに存在するのは、「スタミナ切れ」という最悪の結果だ。
唯でさえ、神経を尋常じゃない程すり減らす戦場で、強欲の騎士という化け物と対峙するガーネットさんのスタミナは訓練をした一流の剣士でもそう長くは持たないだろう。
剣戟のぶつかり合いが幾度となく交わされる。
ガーネットさんは大剣を荒く振るい、肉を切らせて骨を断つ戦法で傷を負いながらも騎士の甲冑に大剣を当て始めていた。
だが、騎士は甲冑に大剣を当てられても、動揺する事無く、漆黒の剣で大剣を冷静沈着に捌く。まるで、この戦いの勝負の「結果」は初めから決まっており、その「結果」を目指して決まった行動を取っている様だ。
剣戟同士が派手にぶつかり合い火花を散らす。
風に乗って僕の頬に何か液体が飛んで来た。
「何だろう?」と触ってみるとそれはガーネットさんの身体から流れ出した鮮血だった。
見ればガーネットさんの身体は血で真っ赤に染まっていた。
それでも、大剣を振るい、僕達を護ろうと戦うガーネットさんの背は大きく、今まで見た事の無い感情で胸が苦しくなった。
何だろう、この感情は?
今まで誰にもされた事の無い行動をされて、僕はこんな場で何を想っているんだ?
今はガーネットさんの勇猛な背を見るだけで、心臓が鷲掴みにされたような感覚に見舞われ、苦しくて、切なくて――。
僕の心はどうなってしまったんだろう?
窮地なのにガーネットさんに護られてる事に安堵でもしているのか?
僕はそんな安っぽい考えに支配される様な人間だったのか?
違う。
僕の抱いた感情に答えを求めるなら……。求めるなら!!
「ガーネットさん!! 勝って下さい!! そんな奴、ぶっ飛ばして返って来て下さい!!」
今、出来る最大限の行動で答えを探すべきだと思うんだ!!
僕がガーネットさんの背に釘付けになっている時、幻かもしれないけど、ガーネットさんがふと、微笑んだように見えた。
その時、解ってしまった。
ガーネットさんは命を捨てる気なんだって。