接敵(改)
改稿→12/02
結局、ガーネットさんと共に行動する事になった。
ガーネットさんは心底嬉しそうな表情で横を歩いている。
だけど、ユンは僕の腕にしがみついて、頬を膨らまして「不満があります!」と言う表情をしている。
二人が仲良くしてくれれば一番良いんだけど、中々そうはいかないみたいだ。
魔王軍の幹部が住み着いた廃城までは、再会の街からそう離れていない。
徒歩でもたどり着ける距離に廃城は存在していた。
「だからこそ危険だ」とガーネットさんは僕に言う。
何でも魔物は人間の「生気」を感知しては集まって来る習性があるそうだ。再会の街には最低でも数千人の人間が居住している。その生気は莫大で、魔物が集まるには適しているそうだ。敵の本拠地が街の近くに存在するという事は、魔物が確実に街に襲撃する事をあらわす。本来なら街の人間が全員、逃げ出す事態なのだが、どうにも街の住人が鈍感らしい。ガーネットさんはその点が不可解だと言っている。
確かにそうだ。
魔物の拠点が徒歩でたどり着ける位置に存在したら、子供でも裸足で逃げ出す。
でも、再会の街の人々は呑気に商売をしたり、生活を営んでいる。
受付嬢の説明で「そうだ」と思ったけど、一呼吸置いて考えると不思議なものだ。
「トーヤ、お前は召喚士について何を知っている?」
横を歩くガーネットさんが急にそう語りかけて来た。
「あのその、それはどういう質問でしょうか? 僕にはサッパリ――」
「言葉の通りだ。お前が召喚士についてどこまでの知識を持っているかの確認だ。『召喚士』は最強の称号。だが、内容を知らなければ猫に小判、馬の耳に念仏だからな」
「う……。そう言われると返す言葉がありません。僕は召喚士についての知識はほとんどありません。自分が古の民の転生体だという事しか知らないです」
「仕方がない。私がお前に召喚士の話や伝説をレクチャーしてやろう。あぁ、仕方がない。だが、パーティーメンバーに死なれたら面倒だからな。不本意だが任せろ!」
何だろう?
そんなに面倒ならお断りしますが、ガーネットさんの表情は満面の笑みだ。
言葉と表情が矛盾しまくりじゃないか。
そんな僕達の話に介入する者がいた。
一人しか居ないけどね。ユンだ。
「もう我慢の限界だぁ! 黙れ、年増! その役割はボクだ! ご主人に召喚士について教えるのはボクしかいない!」
「ほう。では問うが、召喚士の 基本的役割は何だ? そこまでの大口を叩いたユンなら簡単に答えられるだろう?」
「簡単だよ! ボクの面倒をみることだ! ご主人はボクのご主人なんだぞ! ボクだけを見てればいいんだい!」
ガーネットさんが「やれやれ」と深いため息を吐く。
流石に僕もフォローのしようがない。
ユンが甘えん坊だとは思っていたけど、ちょっと度が過ぎるんじゃないかな?
コレを元にまた二人が大喧嘩を始めるんだろうなぁ。
僕もため息を吐く時、風が生温かくなった。
今は初夏。
風はまだ心地よいくらいだったのに急に、熱帯夜の様な風が頬を撫でる。
五月晴れだった空が急に曇りだす。何かが起こる前兆の様な感じがする。
「ユン! ガーネットさん! ちょっと、馬鹿してる暇はなさそうですよ!」
額をぶつけ合って睨み合う犬猿の仲の二人は僕の声にも反応しない。
もういいや。
周囲に視線を送る。
今、僕達がいるのは森の中の広場。周囲は樹海に囲まれていて見通しは極めて悪い。僕達が居る場所だけ空がポッカリ開いていて陽が差し込んでいた。進路である道に何やら迫って来る者の姿が見えた。
人間? ううん、何か違う。
姿は人間だけど、その行動は異様だ。うな垂れ、身体を異常に左右に振りながら歩く姿はまるで骨が無い軟体動物のようだ。武装しており、その手には様々な武器を持った者達が迫って来る。道いっぱいに迫って来るその数は十人? ううん、後方の人数を入れると五十人は下らない! まるで、死者の(・)行進だ。
三人じゃまるで歯が立ちそうにない!
逃げなきゃ!
そう思って後ろを振り向くと、そこには一度戦い、苦戦したトロルが道幅いっぱいの数で迫っていた。その数も数十体単位だ。倒しながら逃げることは不可能に近い。
左右の森に目をやると、暗闇の中に殺気立った赤い目が幾つも見える。
完全に囲まれている!
正気に戻ったガーネットさんは背中に背負った白銀の大剣を引き抜き構える。
ユンは僕の後ろに隠れててしまう。僕を盾にするのは止めて貰えないかなっ!?
僕達が構えた時、異常事態が起きた。
魔物達の進軍が止まった。
僕達を一瞬で殺せる数で迫って来ているのに、広場に入り込んで来ない。まるで、誰かに命令されたのかの如く、統制を取っては広場の入り口前で止まった。
その光景を見てガーネットさんが苦虫を噛み潰したような表情で声を出す。
「ほうっ! 奴等にとって私達は何時でも殺せる雑魚のようだな! 馬鹿にしてくれる!」
ガーネットさんの声に答える者が居た。
森に響く、低くドスのきいた声。まるで、悪だくみが成功した時の主人の様な声だ。
「そう言うな、冒険者。貴様等の面白い力を見込んで我は出張って来たのだぞ?」
「だ、誰!?」
周囲を見渡しても声の主は居なさそうだ。
だけど次の瞬間、声の主が姿を現す。
広場に空から何か巨大な鉄の塊が降って来た。
着弾と同時に砂埃が上がり、周囲の視界を奪う。喉に砂が入り、咽返る中、声が言葉を続ける。
「我の首を欲す冒険者よ! 貴様等は弱い! 儚い! 脆い! それを自覚せよ! そして我にひれ伏せ! 我は七死官の一人『強欲』の騎士ぞ!」
砂煙の中に現れたのは三フィール(一フィール=一メートル)はある巨大な黒馬にまたがった漆黒の甲冑を纏った騎士だった。重装甲の甲冑とヘルムから素顔は見えないが、相当の豪の者だと解る気迫が伝わって来る。気迫で空気が歪んで見える。まるで真夏の蜃気楼のようだ。
騎士は僕達を見下ろしながら語り掛ける。
「ほう、貴様等の中に面白い奴が居るな。召喚士は誰だ? 我は自身の腕を天下一と評す者ぞ! それが魔王様に逆らおうが関係ない! 我こそ天下一の剣士! さぁ、伝説の召喚士よ! 我と相対せよ!」