初陣(改)
初戦闘です。
改稿→12/02
受付嬢から再会の街の詳細な説明と、周辺の地図を貰うと、ユンと街の外に出た。
僕は少し気分が高揚していた。
冒険者ギルドで受付嬢に言われた賛辞が僕の判断を狂わせていた。
本来、僕は臆病で根性無しの性分だ。
ナーブ村に居た時も、小間使いとして働いていた時は、いつ怒鳴られるか怖くてビクビクしながら過ごしていた。
そんな僕が進んで魔物が出現すると聞いた街の外に出るなんて気が狂ったとしか言いようが無い。
ユンが意気揚々と歩く僕の後ろにアヒルの子のように着いて来ながら、不思議そうに語り掛けてくる。
「ねぇ、ご主人? 何で街から離れるの? 街の人を虐める酷い奴を倒しに行くの?」
「いや、僕は自分の力を試したくなったんだ。僕は古の民の転生者にして、召喚士なんだよ? 自分の力を確認しないで魔王軍に立ち向かえるもんか」
「おぉ! ご主人がカッコイイ事言ってる! ボクもご主人の役に立つよ! 何をしたらいいの!?」
「そう焦らさないでよ。まずは手頃な魔物で力を試したいな。何処かに丁度良さそうな奴はいないかな?」
視界には青々とした平野が視界いっぱいに広がる。太陽の日差しも眩しく、この周辺に魔王軍の侵攻があるなんて信じられないくらい平和な光景が広がっていた。
本当は受付嬢の妄想とか幻想なんかじゃないか?
僕がそう思い始めた時、ユンが僕の袖を引く。
「ご主人! 臭う、臭うよ! 腐敗臭に近い魔力の臭い。そして、ボク達の存在に歓喜して涎を垂らし酷く臭い体臭! これは魔の臭いだよ!」
「魔の臭い……。なら、魔物なの?」
ユンが首肯する。
背負った木製の杖を構える。
ユンは僕の背中に隠れる。
僕達の視界にゆっくり現れたのは禍々しい存在だった。
身長は優に僕の背の二倍以上はあった。その右手には荒く削り出され、殴ったものを粉砕するための存在である巨大な棍棒が握られてあった。一つ目に尖った耳はその存在が人外の者で、精霊に近い存在であることを示していた。
ユンがその存在について呟く。
「トロルだよ、ご主人――」
村で聞いた事がある。
巨人・狂戦士の名で魔女や魔王が呼び出す不吉な存在。森や草原に時より姿を現し、人間や動物を狩ってはその血肉を啜って力をつける魔族。ナーブ村では手練れ冒険者達に頼んで狩ってもらっていた。
こんなに街の近くに出没するなんて――。
こ、怖くなんてないんだからな!
僕は召喚士なんだ! 古の民の転生体なんだ!
トロルくらい一人で狩ってやる!
嫌な予感がする心を叱咤し、トロルの前に立つ。
「と、トロル! 召喚士の僕が相手になってやる!」
杖を両手に握り締めて構える。
「GAAAAAAAAA!!」
だけど、トロルが吠えた瞬間に、僕の肝は竦み上がる。
何て存在感なんだ!
目の前に立っただけで、僕なんて唯の捕食用動物でしか見られていないと解る。
トロルが鋭利な歯をギラリッと見せては細く微笑む。
太陽の光が当たり歯が鈍く光る。
僕の華奢な身体なんて、あの歯の一噛みで粉々に砕かれるのが想像出来てしまった。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――。
背中に冷たい汗が数筋流れた。
意識が彼岸に持って行かれていた時、トロルが「好機!!」とばかりに動き出す。
一足。
たった、一足の踏み込みで僕の目の前にトロルの青黒い巨体が迫っていた。
「ご主人!!」
ユンの悲鳴に我に返る。
だけど、遅すぎる。
狂戦士の棍棒の一撃は僕を肉塊に変えようと猛速で縦に振り降ろされていた。
僕の眼には棍棒の姿が全く見えない、捉えられない。その時のトロルの顔は法悦に歪んでいた。まるで、「獲物を確実に仕留めた」という殺人狂の顔だった。
どこかで見た顔だ。
そうだ。僕を殺す時の主人の顔にそっくりだ。
そう思うだけど僕の足は沼にはまって沈んで動けなくなった。
僕は大馬鹿だった。
僕が魔物を狩る何て傲慢な考えを持ったんだ。唯、記憶を持って生き返っただけで、僕は何もしていないじゃないか。ユンが一緒に来てくれただけだ。カードに記入された時も、僕の基本ステータスは普通かそれ以下じゃないか。戦闘で魔力を使う術を僕は学んでいない。
そんな僕がトロルにどうやって勝つんだ?
思った時には遅かった。
棍棒は右肩に直撃し、身体を地面に叩きつけるだけじゃなく、大地を穿つ。
砂煙を上げては出来た穴の中で、後悔と激しい痛みで意識が危険信号を自分の身体に送る。
痛い! まるで、右半身が無くなったようだ!
「ご主人!!」
ユンの声が聞こえる。
でも、ユンに返す言葉が出て来ない。
泣きたい。
「痛い」と叫びたい。
でも、そんな言葉を吐く前に頭をトロルが掴む。
「GYAAAAAAAA!!」
トロルはどこまでも戦闘に対して執拗だった。
右肩の骨を粉々に粉砕して、杖での攻撃を封じても、僕の反撃を考えて身体を何度も地面に叩き付ける。
慢心が生み出した戦闘が、自身の命を再度落とすまでは目前に迫っていた。
身体中の力を奪われ本当に捕食されるだけの存在となった。
トロルが一つ目を輝かせ、口を大きく開け、僕を食べようとする。
僕の「生」がまた終わる。
そう思った時、右手の甲が熱くなるのを感じた。
流れ込んで来る。
それは、ユンの感情であるのが解った。
「ご主人を虐めたな!! 君はボクからご主人を奪おうとする悪い奴だぁ!!」
ユンが吼える。
次の瞬間、トロルが爆ぜる。
何が起きたんだ?
身体が宙に投げ出され、地面に落下する前に受け止められる。
「ご主人、ボクのご主人! 生きてるよね!? 死なないよね、ううん。死なせない!!」
「GAAAAAAAAAAAAAA!!」
獲物を取られてトロルが腹を立てて、標的を僕からユンに変えたようだ。
「ユ――、ユン。に、逃げ……、て」
「駄目! ご主人も一緒に逃げるの! その前に虐めっ子にお仕置きをしなきゃ!」
ユンは僕を草原にゆっくり寝かせると、キッっとトロルを睨み付ける。
その顔は何となく――。何となくだけど、本当のユンの本性の顔に見えた。
「GA、GA、GYAAAAAAAAA!!」
トロルが棍棒を横に荒く振り抜く動作を見せる。
だけど、ユンの動作はトロルの動く速さなど止まっている様な動きを見せた。
トロルが屈強な筋肉を引き一撃必殺の攻撃を繰り出す弓ならば、ユンはギリギリの線を走る鋭利な切れ味をした剣だ。
ユンの華奢な身体から繰り出された飛び蹴りは、トロルの横薙ぎをギリギリで回避しながらのカウンターキックだった。まさに身を斬らせて骨を断つ。鋭利な刀の如き一撃はトロルの腹に突き刺さり、巨体を大きき後方に吹き飛ばす。
ユンの身体能力の高さは冒険者ギルドでお墨付きだ。
そこにカウンターの切れ味がつけば、その破壊力は何倍も跳ね上がる。
トロルはその一撃を身体の急所が並ぶ中心部に受けたんだ。唯では済まない。
たった一撃でトロルは息を荒げて、苦しそうだ。
立ち上がったトロルは悔しそうに何度も地面を叩き、地響きを起こす。
相当怒っている。
ユンの一撃を受けて、まだ立つ力がある馬鹿げた体力には首が垂れる。
そんな相手にユンは果敢に挑む。
速さを生かした踏み込みで、立ち上がったトロルの懐にユンは一気に飛び込む。
「ご主人に対する恨みを晴らすんだぁぁぁ!」
ユンが拳での連撃をトロルに叩き込む。
屈強な肉体を誇るトロルの身体に幾度もユンの左右の拳が叩き込まれる。その息つく間の無い連撃に、流石のトロルもなす術も無い。唯の肉のサンドバックとなるだけだった。
「GAAAAAAA!!」
「コレでぇぇぇ!!」
ユンの力を溜め込んだスマッシュが、トロルの顎を流星の如く突き抜ける。
顎が上がったトロルはユンを見てはニヤリッと不敵に笑って見せる。あれだけの攻撃を叩き込まれて、まだ平然としているの!? 何て底抜けの体力と打たれ強さなんだ!
「ボクは君なんか怖くないんだからね!」
ユンが更に拳を強く握り込む動作を見せる。
「少女、下がれ!!」
ユンが再度、トロルに立ち向かおうとした時、凛とした声が響く。
ユンが反応して、大きくバックステップを踏む。
その直後、トロルの心臓の位置に白銀の剣が生える。
屈強なトロルの身体を容易く貫く白銀の剣。
そのまま、横にスライドしてトロルの身体を上半身と下半身に斬り分けてしまった。
当然、トロルは自分を殺してしまった相手を知ることも無く絶命した。
トロルの背後から姿を見せたのは銀の女騎士だった。
長い金髪をポニーテールに結び、釣り目に少しキツい印象を受けるが、整った顔立ちはユンに負けず劣らずの美少女だ。スタイルは良く、銀の甲冑に包んだ豊満な身体は戦闘には向いていない気がした。そして、女騎士の持っているのは似つかわしくない両刃の大剣だった。
何だろう。右手の甲の紋章が熱い。紋章が何かに反応している。
不思議な感覚だ。
そんな事を気にしていると、ユンが猛スピードで駆け寄って来た。
「ご主人! 大丈夫!? 死なないよね!? ボクを一人にしないよね!?」
ずっと、僕の身体を揺すり続けるユン。
そんな僕に女騎士が近づいて来ては脈を測っては悲しそうに瞼を閉じて首をゆっくり横に振る。
「少女、諦めろ。お前の想い人は天に向かうのだ。そっとしてやれ――」
「嫌だ……。ボクが助けるんだ。ご主人はボクが救って見せるんだぁぁぁ!」
熱い!
紋章が燃えるように熱い。
遠くに消えそうになっていた意識の中にある単語が浮かび上がる。
そして、無意識に単語を口にする。
「召喚――」
その言葉に反応して、ユンの身体が光に包まれる。
昼の太陽の光が霞む程の光量を発し、光が消えた時、ユンは初めて出会った時の姿である、幻獣、ユニコーンの姿になっていた。
ユニコーンが咆哮し、一角から光を発する。
その光が僕の身体を優しく包んだと思ったら、痛みや流血が治って行くのが解った。
僕を治療するユンの姿を見た女騎士がポツリと呟く。
「これは幻獣ユニコーンの『聖者の光』……。お前達はもしや――」
一命をギリギリの線でとりとめたけど、何やら起こりそうな予感がした。
ゴメンなさい。これ、無双じゃないですよね・・・。