知将と知将
ユンの縄を解いて解放する。
ユンは元気一杯に飛び起きては、僕の背中に飛びついて来た。
ここまで元気がいいと、強欲の騎士に好待遇で色々と良い思いをしていたんじゃないかって勘ぐっちゃうよ。
とりあえず、ユンは奪還した。
次はガーネットさんだ。
でも、僕達からどう訴えたらサマエルにガーネットさんの釈放を迫れるのだろう?
サマエルが場の主導権を握っている。
僕達からサマエルに訴えかける事は出来ないのだろうか?
そんな時、リリーナさんが耳打ちをして来た。
「トーヤ。今は平然としていなさい。次の手はこちらから打つわ」
「えッ!? どういう事?」
「取り返したいんでしょ? だったらアタシに任せて。アンタは指示通りに動きなさい。どうせ演技も下手くそなんでしょ?」
「う……」
何も言い返せない。
嘘はすぐ顔に出るし、演技なんて高等な事は出来ない。
出来ていたら主人に取り入って順風満帆に暮らしていたさ。
無理だったから殺されたんだ。
ここはリリーナさんの指示に従おう。
首肯すると、リリーナさんは可愛らしくウインクで返して来た。
ちょっとドキリッとする仕草に目を奪われていると、彼女は表情を一変させ、悪鬼の如き表情でユンに掴みかかった。
「この泥棒猫! アタシのトーヤに何馴れ馴れしく抱き付いてんのよ!」
「ふぇ!?」
この一瞬の変化にユンも対応出来ずにいた。
彼女は背中にしがみついていたユンに、右手の全力ビンタを頬に叩き込んだのだ。
乾いた音が部屋全体に響き渡る。
ユンは尻餅を突いて地面に叩き落とされた。
表情から数秒間、何が起きたかユンは理解出来ていなかっただろう。
それはそうだ。
いきなり僕と共に現れた初対面の女の子が憤怒の表情で怒鳴りかかって来たんだ。びっくりしない訳が無い。
大きな紺碧色の瞳をパチパチさせて、動揺を隠し切れないユンが数秒置いて、事態を把握した時、取った行動は余りにも幼かった。
無垢なユンに嫉妬の敵意は恐怖以外の何物でも無かったようだ。
目尻に大粒の涙を浮かべては、しゃっくりをあげながら泣き出してしまった。
「う、うぇ~ん! ご、ご主人~! 変な女の子がボクを打ったよぉ~!」
「黙れ! アタシが居ながらいけしゃあしゃあとトーヤに抱き付くなんて羨ましい! じゃなかった。憎たらしい! アタシは時と場合を選んでるのに!」
「何だよ! ボクはご主人と相思相愛なんだよ? 何で抱き付いたら駄目なのさ!?」
「今の状況を考えろって言いたいの! 今は敵が目の前に居るでしょうが! アンタが何者かは知らないけど、トーヤの大切な人っていうのが気に喰わないのよ! トーヤの大切な人はこのアタシ一人でいいのよ!」
「やだやだやだやだ! ボクがいいの! ご主人の一番はボクじゃなきゃいやなの!」
「じゃあ聞くけど、もう一人吊るされてる女の子をアンタはどう思うのよ? 美人じゃない? スタイルも良くて出るとこ出てるしさ! アタシ達みたいに貧相な身体をしてないわよ? トーヤが実は胸好きだったらどうするのよ? アタシはトーヤを殺して自分も死ぬ覚悟がある!」
そこで僕の死亡が確定するの!?
リリーナさんは一体何を言いだすんだ!?
「僕は巨乳好きです」と宣言した瞬間、第二の死亡が確定するなんて、主人以来の理不尽さじゃないか!
「ご主人はボクを選んでくれた! それはご主人が『ボクの胸が好き』って宣言したのと同じ意味なんだい! ばーか! ばーか! ババァのばーか!」
低レベルだけど、ユンの言葉もちょっと引っかかる。
決して貧乳フェチじゃないし、もう少し発育した方が好みと言えば好みというか――。
急に発生した低レベルな「僕争奪戦」を見てサマエルも流石に呆れたらしい。
ちょっと、頬を掻きながら僕達とガーネットさんを交互に見ては、深いため息を漏らしては渋い声で語り出す。
「わたくしはどうやら重大な計算ミスを犯したらしいな。貴様等の絆は最も厄介なものだと考え、最大の警戒をする様にと考えていたのだが。どうやら人間、幻獣共に『恋』という難問には敵わぬようだな。何という醜い姿。何という浅ましさ。天使として気分を害す」
ボロクソの言い様だ。
確かに、お凸をくっ付けて睨み合う二人の美少女に品格は無い。
傍から見たら醜い取り合いだ。
景品と化した僕にでさえ「ちょっと止めて欲しい」という恥辱的気分にさせられる。
サマエルが関係者であり、醜い争いに加わる可能性が一番高いガーネットさんに意見を求める視線を送る。
ガーネットさんは頬を赤めて「クッ、殺せ――」と恥辱に耐えかねている様子だ。
腐ってもギルガメシュ。誇り高き冥界神は恋に落ちたとしても、心は高くあるべきと考えているらしい。
三人の中で一番忠誠心が高そうで、剣をブンブン振り回して暴れそうなのに……。
捕らえられてちょっと安心した。
そんな可愛らしいガーネットさんの姿を見て「可愛い」と思っている時に、「トーヤ!」「ご主人!」と声を掛けられた。
視線を移すと、そこには美しい髪を引っ張り合い、恥も外聞もない二人がいた。
「「どっちを取るの!?」」
「えぇ!!」
急な選択肢に背筋が凍る。
あっちを立てればこっちが立たず状態だ。
リリーナさんの演技だと信じたいけど、目が座ってる。
どう考えても本気だとしか考えられない。
「り、リリーナさん! 僕はどうしたらいいんですか!? 指示を下さいよ! さっきそう言ったじゃないですか!」
「男が女の子に指示を仰ぐな! 男らしく考えろ! ヘタレ!」
「そんな理不尽なキレ方初めてだよ!?」
「ご主人! ボクだよね! 選ばないと二度と舐めてあげないから!」
「言葉を選んでよ! それは危険な言葉だと思うんだけど!?」
駄目だ!
頭に血が昇っている二人には理不尽な言動しか発せれないようだ。
ここはガーネットさんに――。
「ご主人様、私は信じています。生涯、この身が朽ちるまで使える主はトーヤ様のみと。だから、二人の側室を――。殺してください。正妻の命です」
「いつから僕ってそんな関係になったの!? ちょっと主人の立場が弱すぎるのと、正妻の威厳強すぎだろう!」
駄目だ。
このメンバーは駄目過ぎる!
畜生!
本当に涙が出て来たよ!
これは「三人の美少女から求婚されてヤッター」って喜ぶ場面だろうけど、その三人から命や地位まで狙われていると考えたら絶望的な状況だろう。
特にリリーナさんの場合、まだ出会ってそう時間が経過してないのにこの独占欲と、支配欲は異常だと思う。
これは病気な女の子(幻獣)三人に巡り会ってしまった自身の運命を呪うしか無いだろう。
そう考えると自然と膝の力が抜けて、その場に四つん這いになってしまった。
心が痛い。
万力でギリギリと心を締め付けられているみたいだ。
そんな僕を無視して三人の心を寄せてくれる女の子は、あれやこれやと言い合いをしている。
そこに舞い降りて来る者が居た。
「召喚士、多少の同情の余地はある。だがな、貴様が集めた仲間よ。自ら撒いた種と言っていい。貴様の負けだ。貴様は自分自身に負けたのだ。心の折れた貴様を今、楽にしてやろう」
何と、敵将にまで同情され、「一思いに殺してやる」的な言葉まで吐かれた。
これは立ち直れない。
どんよりした気分で抗う気にもならず、四つん這いのまま抵抗しないでいた。
もう一層のこと殺してくれ!
この先に明るい未来を想像出来ない!
サマエルが犬歯を剥き出しにして首に噛み付こうとした時、怒声が走る。
「隙あり! 恥辱のお返し頂いたぁぁぁぁ!!」
「なッ!」「ふぇ!」「何だと!?」
僕は怒声を聞いてハッとした。
強気で勝気。何より、信念を貫き通す強い意志。そして、仲間を助けようとする心がくみ取れた。
リリーナさんの拳が走る。
サマエルの顔面に直撃し、めり込む。
犬歯を砕き犬型の鼻をひん曲げる。
プリーストの常識を覆す一撃に空いた口が塞がらない。
後方に大きく吹き飛ばされたサマエルは鼻を押さえてジタバタと転げまわる。
「り、リリーナ――、さん?」
「やっぱり、指示とか言ってたら演技が嘘っぽくなっちゃうからね。敵を騙すにはまずは味方からって言うしさ」
「……。じゃあ、ユンとの喧嘩は!? それに何でそんなに近接戦強いの!?」
「護身術程度は習うに決まってるじゃない! ユンさんとの喧嘩の真相は後で! トーヤ、今の内にもう一人の子を救出して!」
「は、はい! えっと、ユン! ガーネットさんを助けてあげて! 『解放』!」
ユンの力を底上げしてガーネットさん救出を託す。
ユンはユニコーンならではの強い脚力を活かし、大きく跳躍する。ガーネットさんを抱きかかえて手刀で縄を切ると、壁を蹴っては戻って来た。
これで全員無事に戻って来たぞ!
全員が揃ったのを確認してリリーナさんが首肯する。
サマエルが鼻血を垂らしながら立ち上がると、気炎を吐く。
「プリーストの女! 貴様ははなから考えていたな! わたくしの腕の中で暴れる所から全部、全部チェスの様に頭の中で一手一手先を見ていたな!」
「あら、犬がチェスを知ってるの? ざ~んねん。アタシが見ていたのは一手じゃないわ。五十手先は視た。言い過ぎかな? でも、策士気取りのアンタよりはアタシの方が策士のようね」
「く、クソがぁぁぁぁ!!」
「ご主人様に近づくな、下郎。解き放たれた分、借りは返すぞ」
ガーネットさんの大剣の横一閃が走る。
知将が前線に出るものではない。
武将の前では知将は雑兵だ。
サマエルは一刀のもと斬り伏せられた。
人間を甘く見たのが悪かった。
サマエルの死体は黒い霧となって蒸発した。
一安心して、事の真相をリリーナさんに聞いた。
「リリーナさん。ユンとの喧嘩は嘘ですか? それとも本気ですか?」
リリーナさんはユンとガーネットさんに謝りながら僕にフッと笑って見せては答えた。
「教えてあげない」




