少女の想い
だけど、絶叫も虚しく大切な二人は意識を戻す気配が無い。
まさか――。
脳裏には最悪の事態である「死」の一言が浮かび上がる。
その途端、心には圧倒的熱量を持つどす黒い感情が燃え上がる。
勿論、矛先は目の前に居るスカした天使だ。
「おい、君! もしかして、二人に手を出していないだろうね!? もし、そうだったら、僕はどんな手段、汚名を着ても君を地獄に叩き落としてやるからな!」
「おっと、そうお怒りならないで貰いたい。わたくしは貴様を倒すこと以外に興味は無い。実際にわたくしは強欲の騎士様から認められた時にその血を別けられている。そのせいか、少々欲に忠実でな。女、もののけに用は無い」
「じゃあ、今すぐ三人を解放しろ! じゃないと、アゼザルみたいに痛い目をみるよ!」
「そうされては困るな。貴様には少々動かないで貰いたい。その為に二人を眠らせている呪術を解除させて貰おうか」
「呪術?」
聞いた瞬間、背筋に嫌な汗が一筋流れた。
生来、僕は学が無い。
だけど、知識を与えてくれて力をくれている脳内の声によって、多少の知識を得ている。
その行為自体が不思議なんだけど、今、頭の中に「呪術」と聞いて浮かぶイメージは「邪教」だ。
本来、正道として扱われているのがリリーナさん達が扱う「魔法」を学ぶ「魔学」だ。これらは「火・水・土・風」の四属性を基本体系として他に「光・闇・無」の三属性を付加して七属性で考える事で成り立つ。
だが、呪術は別だ。
邪道として扱われ、人間界では魔王を信仰する邪教徒が堕天使等から学ぶ異形の学問であり、扱うのは己の命だ。魔族の中で高位に属する魔物や堕天使・天使が扱う事は記憶にあったが、ここで名前が出るとは――。
呪術は人間に対しては毒と同等の意味を持つ。
使われれば相手だけでなく自身も魂や寿命を削られる。
そんな術を使われたらどうなるか――。想像もしたくない。
今回の場合、サマエルは高位の天使だろう。だから、デメリットは皆無と考えて問題は無い。でも、ユンやガーネットさんは……。
心に広がっていた負の感情が更に熱を持って激しく燃え上がる。
女の子に対して簡単に使っていい術じゃないだろ!
もう許さない!
君の行動が全部裏目に出たって事を教え込んでやる!
身構えて、瞼を閉じ心で叫ぶ。
『変化せよ! 竜帝!』
あれ!?
右手の甲の紋章に変化が無い?
最初は熱くなる感覚があったのに!
何度も心で呪文を唱えるが身体を包む竜帝の力は具現化しない。
不味い!
また、原因不明の不発だ!
もう、何だよ!
召喚士の力って原因不明の使用不可能とか多すぎじゃないか!?
もし、バレたら即座に殺されてしまう!
ここは黙秘上手く黙秘していくしかない。
ハラハラしながら、真実を知らないサマエルの行動を見守る。
サマエルが「GA!!」とひと息で喝を入れると、今までピクリとも動かなかったユンとガーネットさんがゆっくりと瞼を開けた。
「アレッ!? 何でご主人が下に居て、ボクが上に居るの? ご主人を虐める奴をボッコボコにして……。アレレ? ボク、覚えてないや!」
「ご主人様、ご無事で! えぇい、放せ! 貴様、私はご主人様の忠実な僕だぞ! こんな痴態を晒させるなど我がプライドが許さん! 放せ!」
相変わらずのボケっぷりのユン。
そして、相変わらずの堅物のガーネットさん。
どうやら呪術での後遺症とかは無さそうだ。
でも――。
「ちょっと! トーヤ! 二人とはどんな関係なのよ! アタシより親しそうじゃない!」
サマエルの腕の中で暴れながら気炎を吐くリリーナさんが怖い。
この三人を無事に奪還するのが使命だ。
さて、どうする?
まずは相手の出方を見るのが一番の策か?
サマエルが皮肉な顔をして声高らかに吼える。
「強欲の騎士様より承りし贄よ! さぞ取り戻したかろう! 愛おしかろう! わたくしは寛大な心を持つ天使よ! わたくしの欲する快感は召喚士の心底悲しみに暮れる顔よ! だから、一つの問を出す。答えられれば、贄は全て無事に返そう。扉への道も約束する」
何だ?
余りにも自信たっぷりの言いぐさだ。
一問に答えるだけで全部解決するなら大丈夫だ。
「だが、『答えれない』、『わたくしの死』、『回答権の放棄』の場合は全員死んでもらう!」
「! 何だって!?」
上手く自身の死すらも死亡条件に入れて来た!
これじゃあ、ユンとガーネットさんを先に救出して「解放」の術式で倒すという方法は使えないじゃないか!
「では、問いを出すぞ! 心して聴け!」
「待って!」
サマエルの問題提示を静止させる声が響く。
その声を発したのはリリーナさんだった。
「ちょっと! 黙って聞いていれば一方的じゃない! アタシまで何で急に殺される対象なのよ! あの捕まって馬鹿を晒してる二人とアタシが同格な訳!?」
「貴様もどうせ召喚士に惚れたメス犬の一匹だろうが。大人しくしてろ。わたくしは人間が大嫌いなのだ。こう抱いているだけで人間臭さに鼻が曲がりそうだ」
「あ、アタシは臭くないわよ! 水浴びも欠かしたこと無いし、ロープだって綺麗にしてるわ! それにアタシがトーヤなんかに――」
「フン。その言動が好いている証だ。貴様の様なメス犬を五万と処理してきたわ。好意を抱いた男の前で意地を張り、最後はわたくしの手で男を殺せば精神が逝くメス犬の典型的例だ。ならば、貴様も吊り上げてやろうか? 召喚士の前で全裸にしてな。その貧相な身体を晒すがいい」
あ、その言葉は言っては駄目な気がする。
その証拠にリリーナさんの瞳から光彩が無くなってる。
「貧相言うなぁぁぁぁ!!」
リリーナさんが両掌をあげる。
位置的にはサマエルの下顎だ。
「喰らっときなさい! ギガフリーズ!」
リリーナさんの両掌から氷の波動が一直線状に放たれる。
プリーストのリリーナさんの中でも最強の攻撃魔法だ。
氷系を得意とするリリーナさんの中で、一番喰らいたくなかった魔法だ。
術幅は掌の範囲と狭いけど、威力は凝集されていて、高位の術式にも匹敵する魔法だ。
これはサマエルにもダメージが入ったのでは?
「乙女を傷つけたら痛い目を見るのよ!」
金輪際、リリーナさんを胸ネタで虐めないようにしよう。
身震いしていると、凍死した筈のサマエルの頭部がカキカキという音を出しながら動いた。
「強気のいい女だ。魔族なら嫁に迎えたい程の女よ。だが、残念な事に人間だ。ならば仕方がないな」
サマエルは生きている!
魔法が直撃しても、奴はまだ活動を停止していない!
リリーナさんの首を掴んでサマエルは地面に向かって全力で投げ飛ばした。
怒ってリリーナさんを殺す気だ!
受け止めなくちゃ!
思った時には身体が動いていた。
全力でリリーナさんが堕ちて来るだろう穴と地面の境界面に走る。
間に合え!
ダイビングキャッチの要領で腰が地面に叩き付けられる寸前のリリーナさんを受け止める。
な、何とか受け止めた!
リリーナさんは無事かな!?
「だ、大丈夫!? 怪我は無い!?」
「エヘヘ、脱出してやったわよ。これでトーヤのお荷物じゃないわ」
「そんな……。そんな事の為にあんな危険な行為を」
「だって、あの二人はトーヤを頼って何もしないんだもん。腹が立ったわ。アタシはトーヤの横に居たいの。だから、自分の事は何とかするわ。今回は正直危なかったけど――イタッ」
見ればリリーナさんの首にはサマエルの手形がついていた。
相当の握力で握られ、投げられたんだろう。
そこまでして想ってくれたなんて――。
「リリーナさん、僕はね」
喋ろうとした口をリリーナさんは人差し指を添えて口封じして来た。
「今は聞きたくないわ。アタシは二人を救出して対等に話しがしたいの。その為に頑張りましょう」
リリーナさんは大人だなぁ。
それに対して不甲斐ない。
よし、絶対に救出する!
どんな問が来ても答えて見せるぞ!




