再生
短めです。
気が付けば一人石造りの通路の上に俯せに転がっていた。
意識が徐々に覚醒して行く。
そうだ。
鉄の扉が開いて吸い込まれたんだ。
その時、リリーナさんの腕を掴んで――。
「! リリーナさん! どこですか!? リリーナさん!」
周囲を見回すとリリーナさんが右側に力無く転がって倒れていた。
その姿を見て、最悪の事態を想像してしまう。
そんな事は無い!
彼女は冒険者の先輩だ。
簡単に逝くもんか!
立ち上がって駆け寄ろうとした時、そこが大部屋で少し変な部屋だと気付く。
正方形の部屋で壁沿いに松明が灯りとして点されていた。入室してきた巨大な鉄の入り口を下手としたら、上手には地面が無かった。つまり、落とし穴になっており、もう少し前に転がっていたら落し穴に落ちて命は無かっただろう。そして上手の壁には次の部屋に続くであろう鉄の扉が埋め込まれていた。
その部屋に今、僕とリリーナさんの二人しか存在しなかった。
おかしい。
ここはアゼザルを下して到達した第二の部屋。
誰も居ない方が気持ち悪い。
リリーナさんの横に全力疾走して移動すると、身構える。
絶対に何か罠か刺客が居る筈。
すると案の定というべきか、部屋の上空から拍手と、低く凛々しい男性の声が響く。
「アゼザルとの一戦お見事! 流石の『武』を持っている。だが、『勇』は如何なモノかな?」
見上げれば、アゼザル同様、雄大な一対の羽根を持った人型の豹が宙に浮いていた。
肌は闇夜を映し込んだかのような黒。三白眼で、歯には鋭い牙がズラリと並ぶ。革の鎧に身を包んでいる姿は古の神を連想させる。まるで神話の中の神様みたいだ。
「わたくしの名はサマエル。『三天使』の中の一人だ。さて、先のアゼザルとの一戦は観させて貰った。『召喚士』の名は伊達じゃないな。まず、初めに言わせて貰おうか。わたくしの力では召喚士には勝てない。貴様の竜帝の力はわたくしの力を遥かに凌駕している」
最初から敗北宣言?
なら、最初から竜帝の力を使って圧倒すれば!
だけど、何だろう?
サマエルの態度は堂々としていて、まるでこちらを恐れる素振りは無い。
逆に勝利を掴んだ者の横暴な態度すら感じる。
「わたくしは三人の天使の中で最も弱い。だが、わたくしには『知』があるのでな。力のみの貴様を恐れる必要は一切無い! だから、わたくしはこう手を打つ!」
サマエルは左掌をリリーナさんに向ける。
すると、リリーナさんの姿が僕の横からサマエルの懐に一瞬で移動した。
瞬間移動!?
サマエルは細いリリーナさんの首を撫で回しながら、細く微笑む。
「御覧の通り、わたくしは法術の中でも、異能が使える。この術はわたくしが独自に開発した法術。貴様の行動パターンは頭にある。どうやら異性に甘いようだな? 特にこの女とは親しい間柄にあると見た。短期間に異性に下心を寄せるのが貴様の特徴だ。違うか?」
「違う!!」
下心とか言うな!
まるで、生粋の女タラシみたいじゃないか!
でも、胸がチクチクする。
何かやましい事でもあったかの様な心の痛みだった。
サマエルは僕の反応を見てから、ニヤリと微笑むと言葉を続ける。
「ほう、言い返すか。でも、こ奴等を見て、言い逃れは出来るかな?」
サマエルが左手をパチンッと鳴らす。
すると、落し穴の右側上と左側上に縄で手首を縛られた女性が天井から降ろされて来た。
そこには見覚えのある美少女二人が吊るされていた。
頭が痛い!
今まで靄がかかった様に曖昧だった記憶が何かを訴えている。
銀髪ショートカットの少女を見て心が明るくなる。
彼女を初めて見るわけでは無い。
まるで、運命的出会いをしたかの様な心のドキドキがある。
金髪ポニーテールの女性を見ると心が悲しくなる。
温かく護られる様な安心感を得るんだ。
でも、同時に罪悪感と背徳感が湧き上がって来て、どうしようもなく悲しい気持ちにさせられる。
まるで、死に別れた姉の様な感覚だ。
その場に膝をついて頭を振る。
痛みがドンドン強くなる。
こみ上げる対極的な二つの感情が脳内で衝突して暴れ回る。
解る。
激しくぶつかり合う二つの感情に名前を付けるならこれは「初恋」。
想ってくれる人。
想った人。
そして、まだ解らない感情が一つ。
あぁ、僕は何て馬鹿な男なんだ。こんなにも邪な感情を持つまでに強欲になっていたなんてさ。
でも、痛みを味わったお陰で思い出したよ。
「僕」という異物が想った感情の元と、犯した罪の重さをさ。
頭を走る痛みを抑えながら立ち上がっては叫ぶ。
「――。ユン! ガーネットさん! 全部……。全部思い出しましたよ!」




