鉄の扉と乙女心(改)
改稿→12/02
アゼザルの居た「武の部屋」を後にして、地下通路を突き進む。
冒険者達は「打倒強欲の騎士」と謳って、地下通路の踏破を一緒にこなしてくれると言ってくれた。
だから、今は一人ではない。
仲間が沢山居る。
しばらく進むと巨大な鉄のドアにぶち当たった。
全員の気持ちが伝わって来るようだ。
「ここには絶対面倒な奴が居る」
解り易いと言えばそうなんだけど、こうも解り易いと嫌になる。
冒険者一同の気持ちを代表するかの様にリリーナさんが肩を叩いて来た。
「ここは、トーヤに任せる。先陣を切るのは英雄たるトーヤだもの。頑張って!」
いや、恐怖のドアを開ける嫌な役の押しつけでしょう?
解っているけど、言い返せない弱さが悪い所なのは知ってる。
でも、怖いなぁ。
アゼザルの時だって、本当に怖い思いをして生き残ったのが本音だしさ。
今度はどんな酷い目に遭うんだろう?
えぇい! 悩んでいても仕方がない!
リリーナさんに頷いて見せては、鉄の扉を開けようと試みる。
アレ?
押してもビクともしないぞ?
そりゃどう見ても高さが五十フィールはある。
横幅何て解りゃしない。
そんな鉄の扉を非力な僕が押して開ける訳が無い。
じゃあ、どうやって?
「押しても駄目なら引いてみろ」って言われる。
だけど、それも違いそうだ。
鉄の扉には引く為の取っ手が無い。
う~ん。
解らないなぁ。
顎に手を当てて思案していると、後方がやけに騒がしくなっていた。
気が付くと、後方から「早くしろ!」とイライラした短気な冒険者達が急かしていた。
解った! 解ったからそう急かさないで!
頭が混乱して、何をしたらいいか解らなくなる!
その時、助け船が出される。
リリーナさんが横に立っては優しく声をかけてくれた。
「大丈夫よ。急かしてはいるけど、トーヤを信頼して任せているの。ここに居る冒険者達は全員あなたの味方よ。だから、トーヤは安心して考えればいいの。どう、解りそう?」
「あのその、ううん。全く解らないんだ。鉄の扉から何を読み取ればいいのかサッパリでさ――」
「読み取るって考えるから答えが曇っちゃうんじゃないかな? アタシ、プリーストをしてるけど、訓練の時、面白い訓練があったの」
「? 面白い訓練?」
「うん。『樹から意思を察しなさい』って訓練なんだ。樹も生きてるから生物だよね。だから意思が存在するはず。それを読み取れって訓練なんだ。今、振り返っても苦戦したって感じだよ」
「あのその、その訓練が今にどう繋がるの?」
「察しが悪いなぁ。もし、鉄の扉を『生物』と考えるなら、それは『読み取る』じゃなくて『感じ取る』だよね?」
なるほど。
鉄の扉のして欲しい事を「感じ取る」のか。
なら、まずは間違っていようが挑戦すべきだよね。
右掌をリリーナさんの真似をして鉄の扉に押し当てる。
ヒンヤリとした無機質な感覚が伝わって来る。
早速、解らないぞ。
いやいや。速攻で負けてどうする。
感じ取る。そう、感じ取るんだ!
鉄の扉がして欲しい事を感じ取るんだ!
……。
…………。
なるほど! 解ったぞ!
冷たいから寒いんだ!
温めたら開くに違いない!
全身を鉄の壁に押し付ける。
横から刺すような視線を感じたのでゆっくり首を回すと、リリーナさんが冷めた視線で見ていた。
「何をしているの?」
「あのその、冷たいから温めて欲しいと思ったんです」
「馬鹿じゃないの?」
ハウワ!!
今までの経験の中でもトップに入る痛みを頂きました。
違うのかぁ……。
なら、何だろう?
解らない時って頭がボーっとしないかな?
解らないから頭が現実逃避を開始し始めるんだよね。
村で主人のご飯をその時の気分でメニューを左右されてたから、現実逃避しながら作ったっけ。解った振りしないと打たれるから怖くてビクビクしてたな。
こんな時に昔の嫌な思い出を思い出すなんて何て奴だろうか?
ん、解った振り?
僕は鉄の扉の何を知っているんだ?
何時、鉄の扉には何も書かれていないと知ったんだ?
ゆっくりと鉄の扉の表面を撫でる。
暗くて解らなかったけど、鉄の扉には画が描かれていた。それも結構派手な装飾をしてある。
撫でてみて解った事はそれだけじゃない。
画に欠けた部分があるんだ。
どんな欠けた部分かは解らない。
でも、これはヒントだと思うんだ。
「リリーナさん、この鉄の扉には画が描かれています。僕は学がありません。少し見て貰えませんか?」
「画? そんな感じは受けなかったけど?」
「手を大きく動かしてみて下さい。手にざらつきを感じます。暗くて解り難いですが、あるんですよ」
リリーナさんが「待って」と言いながら、手で画を探す。そして、仲間の冒険者と一緒に松明を近づけてはその画を確認する。
調査後、リリーナさんはため息を吐いては口を開く。
「確かに画はあるわ。『天使と乙女』というかなり古い油絵を鉄の扉に書いているわね。そして、欠けている部分も解った。それは全裸の乙女の胸よ」
この時、僕は女性に対して余りにも礼儀知らずだった。
オウム返しに「胸? よく解りません」と真剣に返してしまった。
リリーナさんは鉄の杖で僕の頭を殴打しながら絶叫した。
「何でアタシに言わすのよ!? 胸って言ったら普通、解るでしょ!」
「痛いですよ! 撲殺する気ですか!? 今、リリーナさんが持ってるのは鈍器ですよ!?」
「知らないわよ! ドエロ! 変態! エッチマン!」
「何でそこまで罵られなきゃならないんですか!? 胸じゃ解らないから聞いただけじゃないですか!」
「そこが最低なのよ!」
「言えない事情でもあるんですか?」
「むッ!!」
「そんなに卑猥な言葉なら考えたリリーナさんがエロじゃないんですか!?」
「あ、アタシはエロくないわよ! 当たり前よ!」
「じゃあ、言ってみて下さい! 無知な僕に教授して下さい!」
「そ、それは――」
「出来なければリリーナさんがドエロで変態でエッチマンです!」
「ち、ちが!」
「さぁ! さぁさぁさぁさぁ!」
「う……。うぅ。お……い」
「聞こえませんよ! もっと大きな声で!」
周囲の冒険者男子も恥辱に顔を赤めるリリーナさんが可愛すぎて、僕の味方に着いて「さぁ」のコールをあげる。
リリーナさんは観念して半分涙目で叫ぶ。
そして、僕は冒険者女子組から永久に「下衆」扱いされる運命が決定した。
「言ってあげるわ! オッパイよ! えぇ、オッパイが欠けているのよ! 欠けて悪いのかしら!? アタシみたいに貧乳じゃなくて巨乳のオッパイが欠けたら人間の掌サイズよ! えぇ豊満ね! 羨ましいわよ! ここまで言わせたなら責任取れ~~~~!!」
驚愕の瞬間だった。
女の子を切らせたらここまでヤケクソになるなんて誰が思う?
周囲の冒険者達は「オッパイ」コールだが、張本人である僕には座った目をした涙目のリリーナさんが居る訳で――。
心底、ゴメンなさいと思いました。
でも、神様は途中下車を許さない。
リリーナさんは涙を拭いながら更に続ける。
「グスンッ。もう許さない! この話には続きがあるの! トーヤは気付いた? 左右のオッパイの大きさが違う事に!」
言われて改めて触ってみる。
確かに胸の部分が欠けているし、大きさが違う。
まるで別々の人間を求めているかのようだ。
! ここから察するに、鉄の扉が求める事は!
「掌の大きさが違う人間二人を選出して、胸に触れさせろって事ですか!」
「そう! それも、ここまで顕著に違うなら男女ね! 男性はトーヤで決定! 女性は誰よ!」
冒険者男性が好き勝手に喋り出す。
「リリーナだろう!」「ここまで痴態を晒されたらトーヤが責任を取らなきゃな!」「トーヤとリリーナの結婚式だ!」
ちょっと待ってよ!
話が飛躍し過ぎてるよ!?
リリーナさんは文句を言うどころか亜麻色の髪で顔を隠して俯いてはフルフル震えていた。
満更でもない!?
まさか!
急かされる様にリリーナさんと二人鉄の扉の前に突き出される。
神父役まで決定され、最早悪ふざけも行き過ぎだ。
「キスだ! 誓のキスをしとけ!」
雰囲気も台無しの神父のキス催促。
雰囲気台無しだけど、相手がリリーナさんだから冗談じゃない! ドキドキしない男性が居ないほうがおかしい!
ちょっと、棚から牡丹餅感覚でリリーナさんに触れようとした時、リリーナさんがガバッと顔を上げる。
その顔は狩る者の顔だった。
「掌を着けろぉぉぉ!!」
ドスの効いた声でリリーナさんが叫んだせいで本能的な負け犬根性が反射的に逆らっては行けないと判断して欠けた胸に左掌を押し着ける。
リリーナさんは右掌を押し付ける。
すると、鉄の扉がゆっくりと地響きを鳴らしながら左右に開かれて行く。
感動的瞬間なんだけど、恐怖心が強すぎて泣きそうだった。
「リリーナさん、あのその」
謝罪しようとした時、開いた鉄の扉の中から突風が吹き荒れ、身体が浮き上がる。
何かに掴まらなきゃ!
咄嗟に捕まったのはリリーナさんの華奢な腕だった。
「! トーヤ!」
「ご、ゴメンなさ」
最後まで言葉を発することが出来ず、身体は鉄の扉の中に吸い込まれて行った。




