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変化せよ! 竜帝!(改)

改稿→12/02

 アゼザルの一言で大蛇たちが一層活発に活動を開始し始めた。

 森の中では大蛇から逃げようと冒険者たちが必死に逃げ回る。

 怖い――。

 地獄絵図を突き付けられ、足がガクガクと震え、頭が真っ白になる。

 だけど、それは他人事じゃなかった。

 背後に気配を感じる。

 まるで、僕を捕食しようと嬉しそうに微笑む絶対強者が降臨したような感覚だ。

 背中に嫌な汗が流れる。

 これは最悪の展開が待ってる予感がする。

 ゆっくりと振り向く。

 そこには大蛇が至近距離で大口を開けていた。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 恥も何もない。

 絶対強者の前では僕は唯の被捕食者でしかなかった。

 全力で前に疾走する。

 息が切れる。

 足がガクガクする。

 でも、命が危ない時、人間は筋肉を限界まで酷使する事が可能だと解った。

 短い人生の中で、ここまで速く走った経験は無い。

「た、食べられる! ハァハァ! い、嫌だぁぁぁぁぁ!」

 本当に情けないと思う。

 でも、今の僕の装備なんて木製の杖だ。

 大蛇の頭を叩いた所で何になる?

 必死に森に逃げ込んで茂みに入り込んで息を殺す。

 汗が滝の様に流れる。

 呼吸が荒い。

 でも、確か蛇は熱を感知して獲物を探すって聞いた。

 今の僕なんて熱の宝庫だ。隠れた意味ないんじゃないか?

「ちょっと動かないで! 今すぐ冷やすから!」

 必死過ぎて気付かなかったけど、横から鈴が鳴ったような可愛らしい声が聞こえた。余りにも場違い過ぎて「ふぇ!?」と素っ頓狂な声が出た。

「フリーズ!」

 声の主は僕の頭に手を乗せると簡単に術名を唱えると奇跡を起こした。

 フリーズ――。

 水系下等魔法と受付嬢に聞いた覚えがある。プリーストやマジシャンが最初に覚える魔法の一つで威力は弱いが汎用性に長け、様々な事に使える便利な魔法だそうだ。身体を冷やすのにも使えるなんて便利だ。

 フリーズの効果もあり、火照っていた身体と頭は一気に冷えた。

 お陰で自身の置かれている環境もちょっとは理解した。

 周囲を見渡せば冒険者達が幾人も僕を見ていた。

「もう! あなたが目茶苦茶するからアタシ達が見つかる所だったじゃない! でも、あなたの馬鹿さ、嫌いじゃないよ。アタシはリリーナ。職業はプリーストしてる。似合わないことで有名だよ」

 リリーナさんに頭をクシャリと撫でられた。

 何て綺麗な人だろう。神に仕える人は美人が多いのかな? 整った顔立ちに紺碧色の髪を結ってポニーテールにした活発そうな姿は言動から似合ってると思った。聖職らしく白い祭服に身を包んだら、消えてしまうちょっと残念なスタイルも彼女の快活な言動からマイナスではなくプラス面として魅力的だった。

 そんな僕の視線を受けてか碧眼が僕をギロリッと睨む。

「あなたって無害そうで結構、スケベ?」

「あのその、違いますよ! ゴメンなさい。見惚れてました」

「宜しい。正直に言えば主は許してくれます。ところで、あなたはちょっと違うね。アタシ達はいきなりこの部屋に放り込まれて、説明無しに大蛇に狩られそうになってるんだけど、あなたは何故、堕天使と喋れるの?」

「僕は召喚士らしいんです。でも、他の記憶が曖昧で……。どうして、ここに居るのか? 何で死ねないのかなどが曖昧なのです。あ、名乗るのが遅れました。僕はトーヤと言います」

 リリーナさんは額に手を当てて「最悪……」と呟いては僕をキッと睨み付ける。

 そして、言い聞かすような口調で話した。

「いい? アタシたちは魔王軍の幹部である強欲の騎士を討ちにこの城に来たの。でも、罠にハマって見たら解るように絶体絶命の状況よ。あなたの様な危険人物が側に居たら余計にここから逃げ難いじゃない。皆、どうする?」

 リリーナさんが周囲の冒険者達の問うと小声で「出て行け」や「邪魔だ」などの声が挙がった。

 つまりは、強欲の騎士に目をつけられているような人間は邪魔なようだ。

 居心地が非常に悪い。

 ガーネットさんなら反論の一つや二つは出来ただろう。

 ユンなら僕を思って言い返してくれただろう。

 なのに、僕は一言も言い返したり、怒ったりすることが出来ない。

 何て情けないんだ。

 リリーナさん達と一緒に居れば心は安らぐ。

 でも、その行為が彼女たちを危険に晒す行為なら考えものだ。

「うん、解ったよ。皆さん、迷惑をかけてゴメンなさい」

 悲しみを飲み込んで、冒険者達から離れようとしたけど、時すでに遅し。

 茂みの中で、息を殺して隠れていたんだけど、僕の件で熱が入ったのか、大蛇が僕達を見つけては襲いかかって来た。

 茂みの中から蜘蛛の子を散らす様に一斉に逃げ出す。

 勇猛果敢に大蛇に戦いを挑む者もいたけど、その末路は「死」へと繋がっていた。

 武器を叩き折られ、身体を巨体で巻かれ骨を折られて丸のみにされる他の道は無かった。

 死んでたまるものか!

 目的も解らないまま死んだら悔いしか残らないだろう!

 必死に逃げるが後方から殺気を感じて振り向くと大蛇が一匹追って来ていた。

そして、僕と同じ方向に逃げて来ているのはリリーナさんと男性冒険者二人だった。

 必死に走っていた途中、リリーナさんがこけた。

 不味い!

 起こそうとした時、大蛇がすぐ近くまで迫っていた。

「リリーナさん! 早く立って! 大蛇が来るよ!」

「置いて行きなさい! あなたには死ねない理由を探す義務があるでしょ!」

「死ねない理由を探すより、まず、人を見殺しにする事をしたら僕は自分を許せません!」

「馬鹿! 二人揃って死ぬ気なの!?」

「リリーナさんを見捨てるよりは死んだ方がマシだと思います! だから、諦めずに立って下さい!」

 リリーナさんを叱咤して起こすと、後方から「SYAAAAAAA!!」とい怪音が聞こえた。

 振り向けば大蛇が口をこれでもかと大きく開いて迫っていた。

 このままだと食べられる!

 リリーナさんを抱き上げたその時、前に人影が二人現れた。

 一緒に逃げて来た男性二人が武器を構えて僕達を大蛇から護るように立った。

「アッシュ! ガイエン! 何故!?」

 リリーナさんが男性二人の名を呼ぶ。

 二人は振り向きもせずに語った。

「俺はリリーナに賭けたい。強欲の騎士の懸賞金に釣られて来た身だから、誰かを護るとかそんな崇高な心は無い身だった。だが、リリーナとパーティーを組んで自分が情けなく思えてた」

「俺も同感だ。お前は常に再会の街の住人の事を心配しながら戦い、誰よりも味方の事を大切に想っていた。俺なんかそんな気は一切無かったのによ。最後ぐらい恩返ししたいぜ」

「でも、そうしたらあなた達は――」

「後悔が無いなんて嘘だ。後悔だらけだ。だが、誇らしく死ねる。それで十分だ」

「あばよ、リリーナ! そこの召喚士の坊主を何とかしてやれ」

 冒険者二人は武器を構えると捨て身で大蛇に立ち向かって行った。

 リリーナはその後ろ姿を最後まで視ずに、僕より先に駆け出した。

 僕もリリーナさんの後を追って駆ける。

 僕は護られてばかりだ。

 何か力があれば……。

 この逆境を覆せる力さえあれば、今、目の前を走っている女の子の俯いた表情を癒せるのに。

 力があれば死に行く二人の命を救う事が出来るのに。

 召喚士とは名ばかりの存在なのか!?


『あなたは力を欲しますか?』


 頭の中に響く凛とした声。

 少し前にも聞いたことがある声。

 そうだ。

 この声は僕に力をくれる合図。

 僕の内に秘められた能力を覚醒させる証明。


欲する。弱い僕を憎む程、現状を打破する強大な力を欲する。


『求めるなら手にしなさい。全てはあなたの手の中に――』


 右手の甲が熱くなるのを感じる。

 紋章が身体を浸食する。

 そんなことはどうでもいい。

 力。

 力を下さい!

 ……。

 …………。

 解った。

 全ては僕の内に秘められた力。

 解放するよ!!


変化(トラ)せよ(ンス)! (バハ)(ムート)!」


 呪文を唱えると同時に身体の変化に気付く。

 身体は白銀で曲線的な鎧に包まれる。腕は身体同様にメタリックな剛腕に包まれる。背面には三対の翼の様な排熱板が出現する。顔面は白銀の猛禽類を想像させるような兜に包まれ、まるで獲物を狙う王者の風貌になる。その姿はまさに王者の風格があり、竜帝の名に恥じない姿に変わった。

『殺さない! 殺させない! 僕の両掌から零させてたまるかぁぁぁぁ!!』

 排熱版を展開して強制冷却をかけなければ、内部の温度が人間の耐熱温度を超える程の空気との摩擦熱を発しながら、大蛇に突っ込む。

 右拳の正拳突きを大口を開けた大蛇の口の中に叩き込む。

 正拳突きは大蛇の口の中を貫通して、後方に飛び出すほどの威力を発揮した。

 大蛇は自身が死んだと認識することも出来ずに即死しただろう。

 悪いとは思う。

 でも、これ以上悲しみを増やす訳にはいかないんだ!

 地面に降り立ったら、リリーナさんたちが寄って来た。

「トーヤ、あなたは一体……」「召喚士お前は?」「坊主、テメェは一体?」

「僕はあなた達を護って見せます! だから、安全な場所に逃げて下さい!」

「え、ええ。解りました。でも、堕天使は相当強いわよ? 付け焼刃の体術じゃあ勝機は無いわ」

「やれるだけやってみますよ!」

 もう、怯えるだけの存在を卒業するんだ!

 アゼザルを何とかしてみせる!

 そう考えて大地を蹴った。


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