転抗生(改)
改稿→12/02
僕、トーヤの一七歳の人生に名前を付けるとしたら「無下」という名前がしっくりくる。
僕は生まれた時から村人たちから蔑まれていた。
理由は簡単だ。
僕の右手の甲には謎の紋章が刻み込まれていたからだ。
そのせいで生まれてすぐの僕は両親に森に捨てられた。
気が付けばナーブ村の牛飼い人の小間使いとして拾われ、育っていた。
だけど、僕の幸せはそこまでだった。
麻薬と愛欲、そして独占欲に狂った主人に僕は犯し尽され、今、首を締め付けられている。
呼吸の出来ない苦しみよりも、主人への憎しみが募る。
僕が一体、何をしたっていうんだ?
唯、生まれて来ただけじゃないか。
僕の「生」も「性」も蹂躙されて終わるのか?
苦しさも、憎しみも、全ての負の感情が胸から溢れ出しそうだ。
顔面の穴という穴から液体を垂れ流しながら、主人に「死にたくない」と懇願する。
だが、その時気付いたんだ。
僕の生に名前を付けたら「無下」だ。
取り立てて考慮されることなど何も無かった。
村人も、親も、主人も僕には「無下」だった。
あぁ、そうか。
僕は生きていても無下にされるだけだ。
きっと懇願して生き延びたとしても、僕の生はきっと「無下」なんだ。
そう、行きついた時に、懇願を止め、主人に身を任せた。
僕は僕の生を放棄したんだ。
○
気が付くと座り心地の良い椅子に座っていた。
視界に飛び込んで来たのは光。
僕は一体どうなったのだろうか?
周囲を見渡してみると、草原だった。
青々しい草が脛の位置まで元気に生えていた。
僕はそこに椅子に座って、太陽の光を浴びながら気を失っていたようだ。
季節は初夏。
心地のいい風が僕の頬を撫でては通り過ぎて行く。
「……。平和だ」
一人だと判ると口が勝手に心境を語ってしまう。
僕の悪癖は独り言が多いことだ。
友達もおらず、主人に成すがままにされた結果、独り言をいう事によって精神の均衡を保って来た。だから、独りだと判るとつい喋ってしまうんだ。
「あら、あなただけではありませんよ」
「! 誰!?」
周囲を見回しても草原が広がるのみ。
だけど、確かに鈴の音のような女性の声が僕には聞こえた。
何度も周囲を入念に見るけど、女性の姿は欠片も見つからない。
「クスクス。まぁ、可愛い転生体だこと。一三歳? ううん、一五歳って所かしら?」
「!」
風が教えてくれた。
僕が椅子から立ち上がった時、風が吹き降りて来るのが解った。
上を見上げると、絶世の美女が空から舞い降りていた。
歳は僕と同じくらい。風になびく腰まである亜麻色の長髪にまず見惚れる。均整の取れた顔にプロポーションの良さは同年代の女子を上回っているように思う。村のブス共に比べたら断然美しい。
そんな子が二対の(・)白い(・・)羽根を羽ばたかせながら、舞い降りて来る光景は、僕を絶句させるには十分な破壊力があった。
「さぁ、始めましょうか。転生の儀式を。そうね、まずは」
「あ、あのその、僕は一体? 転生の儀式? な、何?」
「あぁ。君は記憶が堕ちてしまってるのね。ここは転生の間。そして、わたしが支配人の天使です。わたしは古の(グ)民(二)の転生体を代々転生させる使命を負っています」
「古の民? もしかして、それが僕がこの草原に居る理由なの?」
「はい。あなたはこの世界アルデバランが闇に包まれた時、それを打ち払った勇者の一族『古の民』の転生体。その証拠の紋章が身体の何処かに刻まれているはずですが?」
ピンときた。
忌々しい右手の甲の紋章。
僕を落とし、奪い、傷つけ、破滅させた紋章が勇者? 笑わせないでよ。
右手の甲を見ていると、天使は紋章を見ては「ウンウン」と合点してはペラペラ話し出す。
「それですね。確かに確認しました。あなたは勇者の一族の転生体。死しても尚、生き返りアルデバランの平和をみる役割があります」
「ふざけないでよ! そんな役割、拷問じゃないか! 僕はもう死んだんだ! 大人しく天国でも地獄でも連れて行ってよ!」
「それは出来ません。紋章が証です。あなたは記憶を消し、再度赤子となり転生する役割です。これは神の定めなのです」
こんな理不尽がまかり通るなどあり得るか!
「じゃあ、どうしろって言うんだ。僕にまた地獄を味わえと言うのか? 記憶を消し、赤子まで戻って、一から地獄を受け直せと言うの?」
余りの悲しさと絶望感から膝の力が抜けてしまう。
涙腺が緩んで視界が涙で眩む。
その時、四つん這いの僕を見て哀れに思ったのか、天使が優しく声をかけて来た。
「……。古の民を扱う法は一つではありません。『転生』という言葉も様々な意味があります。どうやら、あなたの場合は適応出来そうですね。『転抗生』を」
「何、それは?」
「古の民保護の転生です。古の民は生前、力を覚醒させアルデバランの危機、問題に立ち向かう使徒になる筈です。ですが、稀に生を脅かされ、力を発揮する前に命を落す者が現れます。不慮の事故などなら仕方がないのですが、あなたの場合は違うようですね。なので、死した時より、記憶を持って『生』を継続させる神法が適用されます」
「つまり、もう一回、記憶を持って蘇るってこと?」
「そうです」
「でも、僕は余りにも無力だよ。ご主人様にまた殺されちゃう」
「心を強く持って。あなたは古の民の転生体。『召喚士』なのですよ?」
「……。しょうかんし?」
「百聞は一見に如かず。この転抗生に際し、あなたに幻獣を与えましょう。でも、本当は苦行と修練の末、心を通わすもの。今回、あなたに与える幻獣は一番非力なものとします」
非力でも何でも、僕より強いでしょ?
幻獣って人間が頂点に存在する生態系の外に存在する最も特殊な霊体らしいし。
天使が口笛を吹くと草原の中を蹄の音が聞こえて来た。
迫って来たのは僕が丁度、乗れるくらいの大きさの純白の馬に見える。だが、よく見ると違う。大きな違いは額にある一本角。紺碧色の眼も特徴的で、二つに別れた蹄と山羊のような顎鬚が目につく。
コイツはユニコーンだ。
主人が息子に読み聞かせしていた声で聴いたことがある幻獣だ。
ユニコーンは僕の前で停まると紺碧色の眼で僕の目を覗き込んで来た。
まるで、これから使える主に相応しいかどうかの品定めする様な感じがする。
ううう、居心地悪いなぁ。
僕は支配するとかに向いてないんだよ。
そもそも才能が無いし適正も無いと思うんだ。
耐えきれない。
純粋に見て来るユニコーンの瞳から視線を逸らしてしまえ。
横を向いて視線を外すと天使が口を上品に抑えてはクスクスと笑っている。
何だよ。
僕が気まずい雰囲気になってるのが面白いっていうのか? 失敬だなぁ。
その時、僕の頬をヌルリッとしたものが這った。
何だ!
ビックリして正面を向くと、ユニコーンが僕の左頬を人懐っこそうに舐めていた。
どうやら気に入られたらしい。
どこが? 僕は何もしてないよ?
でも、ユニコーンのスキンシップは止まらない。
うわぁ!
最後には押し倒されて遊ばれる始末。
「どうやら召喚士としての適性は高いようですね。ユニコーンにそこまで気に入られる古の民を始めて見ました。では、契約をしましょうか」
「どうするの?」
「紋章のある部位を幻獣に当てて『同期』と言って下さい。心を通わせていれば幻獣はあなたの身体に同期されます」
言われた通り、右掌をユニコーンの頭に当てて「同期――」と呟く。
すると、ユニコーンの身体が光の粒子に分解されて右手の甲の紋章に吸収されていった。
その光景を見て、天使は「お見事」と言いパチパチと拍手をする。
「では、元の世界に転生させますね。後はあなたの判断次第。古の民、いえ、召喚士としてアルデバランの平和を護る意志に目覚める事を願います――」
一陣の風が僕の髪を撫でた。
それは僕を鼓舞する天使の言葉を「転生の間」も後押ししているように思えた。
天使が二対の羽根を広げ呪文を唱えだす。
何を言っているのか聞き取れない。
何だか聞いていると、意識が遠のいて行く。
そして、詠唱が終わった時、僕の視界は光で満たされた。
○
寒い。
でも、変な寒さだ。
半身だけが温かい。
仰向けに倒れているんだろう。でも、地面に触れている部分は酷く寒いのに上を向いている部分は適度に温かい。
「う、うん……。こ、ここは……?」
朦朧としていた意識が覚醒する。
そうだ。僕は転生の間から転抗生を行い、記憶を持ったまま蘇生したんだ。
「あ、ご主人、起きた? 夜って寒いね! ボク的には藁の中で寝たいけど、ここは森の中だし、ご主人は気絶してるからギュ~~っとしたい気分なんだ! いいよね!? ボク達相思相愛だし!」
可愛らしお子様声が上から聞こえる。
そして、覚醒した意識が危険だと騒ぎ出す。
僕の上がやけに温かかったのは、可愛らしい女の子が全裸で抱き付いて温めてくれていたからだと解った。
愛くるしい紺碧色の瞳に純白のショートカット。幼児体型だが、頑張って出る所は出てるのが更に理性に悪い。なぜか尻尾があるのが不思議だが、こんな可愛い子と面識を持った覚えは無い!
「あのその! き、ききき、君は誰!?」
「酷い! ボク達舐め合いまでしたのに!」
「何、その危険な行為! 僕はそんなことした経験は無いよ! と、とととにかく退いて! 色々不味いから!」
「嫌!! 名前を付けてくれるまで退けない!」
「名前を付ける? 僕は君みたいな可愛い子と面識ないよっ!」
「ご主人は酷いことばっかり言う! ボクだよ! 転生の間で契約したユニコーンだい!」
えッ?
本当にあのユニコーン?
でも、何で人間の姿をしてるの?
とにかく、まずはこの子の名前が先決だ。う~ん……。
「ユニコーンだから頭文字と最後を取ってユンでどうかな?」
「ユン――。ボクはユン……。ニシシ! うん、うん、いいよ! ご主人、大好き!」
再度、抱き付かれた。
これは幸福というのかどうかは解らない。本当に解らないんだ。
でも、まずはユンの服から何とかしなくちゃ。
目的が出来て頭がしっかりしてきたぞ。
古の民だ、召喚士だ、世界を護るだ以前に目の前の問題を何とかして行こう。
うん、僕にはそっちの方が向いてるよ。
立ち上がって、ユンに自分の上着を着せ、森の中を年輪を頼りに新たな一歩を踏み出した。