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009.柳井にすら答えを出せない難問

「ねえねえ瀬野くん? 移動教室多すぎて全く話し合いできないまま昼休みも終わりかけててもう五限目だけど、今どんな気持ち?」


 迂闊だった。僕は移動教室の多すぎる金曜日の時間割を忘れていた。ろくに休み時間に話し合いなんてできるわけがなかったのだ。


「うるせえな。別に六限目までに決めればいいんだろうよ」


 今日の二年生の時間割は変則的だ。五、六限目をロングホームルームとすることで野外活動の話し合いの時間が割り当てられている。この時間内に決めごとが決まらなければ居残り、ってことになるらしい。だから、何としてでも六限目までに組み分けと活動内容を決めなければならなかった。


「んー……えっと……あれだ。お前ら、昼休みが終わったらなんとなく班ごとに席に就け」


 羽織先生の号令に従い、大体班ごとに席に着く。僕の席の右隣には柳井、左に誠、正面の席には伊月が座った。しかしまさか一番避けるべきだと思っていた二人と野外活動の班を組むだなんて、一週間前の始業式の日の僕に伝えたら卒倒して倒れてしまうかもしれない。


「あれだな……そうだ。大体別れたな。そしたら……加藤、お前の班決まってるか?」

「あ、はい!」

「そしたら……あれだよ。あれだ……班員言ってけ」


 教室の一番右前に座っていた一団に羽織先生は声をかけ、黒板からチョークを取り出す。


「私と川村さん、それから細川君と……」

「いやちょっと待ったあ! やっぱり俺は凛ちゃんと班を組みてえ!」

「うるさい黙れ」

「てか松ちゃん、空気読もうか……」


 バカ松尾。また往生際悪くも伊月と一緒の班がいい、と魂の叫びを見せたが、川村にクールに一蹴され、細川にとどめを刺されてメンタル的にKOを喰らった様子だ。つーか何他人の班のこと微笑ましく見守っちゃってんの僕。たぶんスクールカースト上位に位置するあいつらとの関係は、伊月のそれと同じく最小限にとどめなければいけないのに。


「ん……どうなんだ。あれだな……もう一人は松尾でいいのか?」

「はい。お構いなく」


 なんかいきなりのことにびっくりしたのか、わたわたしていた加藤に代わって、川村が冷静に返事をしていた。てかあの二人、松尾たちとも仲が良かったのか。二人ともそこそこ可愛いほうの女子だと思うが、無駄な関係性は必要ないので頼むから話しかけるのは伊月までにしてください。僕には話しかけないで。


 羽織先生は黒板に『① 加藤、川村、細川、松尾』と書き終えると、また生徒たちに向かって声をかける。


「その……あれだよ……あれだ。この加藤の列で他に決まってる班はあるか?」


 すると加藤たちのグループと僕らの班の間に座る八人くらいが顔を横に振ったので、空気を呼んだ誠が挙手した。


「あの……あれだ。上村、班員言ってけ」


「上村、柳井、伊月、瀬野です」


「えー……あれだ。上村、柳井、伊月、瀬野だな……」


 先生は加藤たちの隣に『② 上村、柳井、伊月、瀬野』と板書し、次は教卓の前の生徒に班が組めたかどうか聞いていた。これを教室全体にいきわたるまで繰り返し、ざっと六つくらいのグループができたので、残った人たちは羽織先生が教卓のところに集めて班決め、残った僕たちは先生からプリントを一枚渡されていた。


「よーし、じゃあ書いていくよ」

「おい柳井。それを僕に寄越せ」

「そうだな。柳井、残念だがこういうのをお前に渡すとろくなことにならない。こういうのはカズにやらせるべきだ」

「確かにこういうみみっちいのは瀬野くんに任せておくべきだと思うわ。いろんなリスクを軽減してくれそうだもの。ね?」

「みんなひどーいよー」


 なんだその酷いよのアクセント。てか伊月も伊月でなんかとげのある言い方をしてくるしな。何か文句でもあるんですかそうですか。言葉には出さないけど罵詈雑言の限りでも尽くしてやろうか。


「で、何を書けばいいんだ? 班員は……」

「上村、柳井、伊月、あとカズ、お前だ」


 誠が言う通りに筆を走らせる。走るのはシャーペンだけど。


「あと加藤さんと川村さんと細川くん」

「混乱させんじゃねえバカか」

「いや何言ってんすかあたし天才じゃないすか」


 いやほんとに間違っちゃうから茶々入れないで柳井。そのツッコミの前と後で一瞬で変わる声色も怖いから。てか伊月もそうだけど自分のこと天才って言っちゃう女の人って……。まあ松尾だけ端折りたくなった気持ちは分かる。


「で、次の欄は……昼食のメニューと食材か」

「そうよ。結局これどうするの? 山の上で作れそうなメニューなんて数が限られそうだけれど」

「んー……あれだね。そうだね、迷うね」


 柳井のコロコロ変わるキャラの中に羽織先生みたいなキャラがいた件。てか柳井の頭脳を回せばそんな悩むことでもないだろうに。


「まああれじゃねーの? キャンプで作るような奴を思い浮かべればいいんだろ?」


 誠はいい線をついたと思う。しかし、僕たちはキャンプに慣れてなければ、そもそもアウトドアで調理すること自体が初めてだ。むしろ料理的な何かをすること自体が初めてまである。


「バーベキューなんてどうかしら? あの野性味あふれる感じは憧れるわ」


 伊月が何も考えない意見を出してきた。


「いや、それはない。どの程度の火力を出せばどの食材がどのくらい焼けるかってのを僕たちは知らないし、そもそも火力を調整する技術もない。火が強すぎて黒焦げになった食材を見て残念な気分になるだけっしょ」


「……何かすぐ否定されたのが腑に落ちないけれど、一瞬でそこまで考え付くあたりさすがリスクヘッジの鬼さんね」


 そう。たいていの料理は僕たちの技術力不足が障害となってアウトドアでは再現不可能になるだろう。てかそのくらい、柳井あたりならもう気付いてそうだけど。あ、それで最初から悩んでたのか。やっぱあいつすげえ。頭を使うことに関しては得意分野でも敵いやしねえ。なおさら怖え。


「ねえ、伊月さん? ちょっといい?」


「凛ちゃん困ったよう」


 聞きなれない声に顔を向けると、隣の①班からの使者だった。加藤愛弓と川村悠里が立っていて、とても困った顔をしていた。身長が小さくて肩まで伸ばした茶髪、出るところが出ている可愛らしい系と、身長が高くて黒髪のショートレイヤー、無乳とすら言ってしまえそうなほど華奢でクールな姉さん系。いかにも対照的な二人だ。僕には話しかけないでね、頼むから。


「あら。私たちもちょうど困っていたのだけど……どうしたの?」


「ありがとう。あなたたち、当日のお昼ご飯はどうするの?」


 川村さんは本当にクールだなあ。声までかっこいい。何かすごい。どうでもいいことに人類の神秘を感じちゃうね。


「私たちの班ではいろんな案が出すぎてて、困っちゃってねえ」


 え? 案が出すぎる? こんな難しい議題にどんな案が出てるか気になっちゃって危なく加藤さんに声かけちゃうところだったじゃん。


「そうなのね。逆に私たちはお昼ご飯の案が出なくて。そんなに出てるなら逆に教えて欲しいくらいよ」


 よしナイスアシスト伊月。自分の手を汚さずとも①班の出た案とやらを聞かせていただける。


「出た案は……カレーライスにしゃぶしゃぶ、バーベキュー。あとはイノシシの丸焼きとか、松尾くんがテキトーに考えたやつね」


 聞いた瞬間、自分の中のスイッチが入った気がした。松尾が適当に考えたやつって言うけど、僕からすればカレーもしゃぶしゃぶもテキトーだ。


「カレーライスはリスクが高い。ルゥの濃度を見誤ったら最後、絶望的にまずい水カレーの出来上がりだ。僕はこれを自宅で作ったことがある。野外でカレーを作るなんて論外。絶対ミスる。火力調整ミスって肉とか野菜が生煮えって線もあるしリスク高すぎ。あとしゃぶしゃぶ。これも論外。さっき伊月が言ってたバーベキューと同じ理屈で、火力を維持する術を知らないのに湯を沸かすと、ぬるま湯で生煮え肉を食うことになる。標高三百メートルとはいえ高地だし、沸騰したお湯の温度が下がるのも気になる。だからしゃぶしゃぶもカレー同様にリスクが高い」


 あ、やってしまった。あまりにもなってないリスク管理だったから、ついべらべらと話してしまった。加藤さんと川村さんがあっけにとられてるやばい。何で話さないようにしてるはずなのに自分から話しかけたかなあ僕のバカ! 松尾の事悪く言えないなこれじゃ。


「……っはあ! 本当に瀬野くんの言う通りだよ。何を作るにしても上手くできるのがなさそうで。もー無理今日は頭もう回んないや」


 おお、いきなり大きな声出すなよ柳井。ちょっと静かになってたかと思ったらずっとその人類の中でもかなり回転数が高そうな頭をずっと回してたってわけか。てか柳井にすら答えを出せない難問って無理じゃね。


「てかカズくんよ、わざわざうまく料理しないといけないのか? ミスっても挽回できるような簡単な料理ってねえのかよ」


『……それだ!』


 誠自身は適当なこと言ったつもりだろうが、それを聞いて僕と柳井は顔を見合わせ、心の叫びがシンクロする。

 そうだ。その手があった。難しく手を加えようとするからダメなんだ。火力調整が難しいなら、生でも食べられる食材を使えばいい。簡単に調理できて、生で食える何か。それを満たすのはこれしかない。


「よし、焼き魚で②班の昼飯決定ね」

「ビンゴだよ瀬野くん! さすがだね」

「なるほど。魚なら火が通らなくても生食できるものを持っていけばいいだけだし、焼くだけでできるから手間もかからない、ってことね」

「いいなカズ、それでいこう!」


 全会一致だ。加藤さんたちもそうしたそうな目でこちらを見ていたので、そっちも魚でいいんじゃね、とだけ伝えておいた。


「で、その生食できる魚をどうやって地上三百メートルまで持っていくのかしら? 私はクーラーボックス持って登山なんて嫌よ」

「僕も」

「俺もだ」

「え、あたし? ないなーい」


 ……今日六限目終わるまでに帰れるかなあ。議論やり直しだよちくしょう!


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