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008.こういうときだけ話が早い

 それからの伊月凛は、それはもうタガが外れたかのように凄まじかった。伊月が僕らとの野外活動の班を組んで三日になるが、その間伊月はクラス中でその女王っぷりを遺憾なく発揮し、見事に『社長令嬢のお嬢様』の仮面を脱ぎ捨てていた。誰が相手でもあのぶっ壊れたバカ女キャラを発揮するようになったし、ここ三日間は学校に来るのが楽しいのか登校時間も非常に早まっていて、以前のように朝礼十分前くらいに登校するということがなくなった。


 これがこの三日間の、二年三組における大きな変化その一である。まあ、これは微笑ましい。別に僕自身に危害があるわけではないし、伊月がこのキャラを学校で発揮することで変な夢を見ていた伊月ファンクラブ的な何かが解散でもしてくれれば、彼女と関係性を共有してしまった僕にも逆に恩恵があるくらいだ。


 ただ、もう一つ。二年三組が変わった点ある。こっち僕にとっては由々しき事態だ。あいつは伊月が登校してくる五分ほど前にやってくる。


「誠、瀬野ちゃん、はよっす」

「おお、おはよう松尾」

「……はよ」


 今まで僕に話しかけたことのなかったクラスメイト。教卓の目の前の座席に座る、やる気のなさそうでチャラついた容姿の茶髪の生徒だ。例によって僕の目の前の席に座っていた誠が返した通り、このクラスメイトの名は松尾大樹(まつおたいき)という。


「なんだよ瀬野ちゃん。今日も暗いのな」

「いや朝からあんたのテンションについていけないだけだけど」


 この松尾とか言う男、朝からやたらテンションが高い。登校時間からこのテンションなのに、朝礼くらいからやる気をなくしていくのはどういった原理だろうね。


「そうだぞ松ちゃん。瀬野ちゃん朝は苦手そうだからそっとしといてやりなよ」


「そりゃ細川もセットだよな。おはよう」


「ああ、おはよう誠。瀬野ちゃんもな」


「……はよ」


 続けて現れた、身長は軽く一八〇センチを超え、尋常でないほど肩幅も広い大柄な男にも、言われてしまったので仕方なく挨拶を返す。こっちは細川東亜(ほそかわとうあ)。柔道部のポイントゲッターらしく、そのガタイも相まってめちゃくちゃ強そうだ。細川はただでさえ細い目をさらに細めて、会釈を返してくれた。まあ、いい奴なんだろう。


 いや、そんなことはどうでもいい。問題は、どうして僕がこんなよくわからない連中と関係性を持ってしまったか、ということだ。


 おそらく柳井麗美はここまで計算していた。


 簡単に言えば、僕はクラスメイトから一目置かれる存在になってしまったらしい。もともと誠や柳井は、僕に話しかける程度には変わり者で、逆に言えば気の利くいいヤツってことだ。つまり、誠だけでなく柳井もクラスメイトの信頼はそこそこ厚かったのだろう。で、その二人プラスよくわからん一人が、クラスから浮き始めていた伊月凛を見事クラスになじませた。


 するとどうだろう。クラスメイトから見れば、あのプラスよくわからん一人も結構すごい奴なんじゃね? となったらしい。


 あの日の出来事はあれだけクラスメイト連中が注目していた。全二年三組が注目していたと言っても過言ではない。その中で、誠や柳井が、僕を中心とするように伊月を落ち着かせた。つまり、僕もなかなかすごい奴なんじゃないか、とクラスメイトの馬鹿どもは誤解してしまったようなのだ。


 高校二年生になり、クラス替え直後ということで、なんとなく凄そうな瀬野和希くんはすぐにクラスメイトから一目置かれてしまい、作りたくもない余計な関係性がじゃんじゃん生まれるようになってしまった、ということである。やはり柳井麗美という女の前世は鬼か悪魔か何かだったのだろう。ここまで計算していたっていうのは本当に怖い。マジで怖いな冗談抜きに。


 てかこういう環境になったのは仕方ないから十万歩ほど譲って許したとしても、瀬野ちゃんってなんだ瀬野ちゃんって。もっとマシなあだ名何かなかったの?


 誠と松尾、細川は三人でしゃべっているようだったが、僕は適当に教室中を眺めている。いつ何が起こるか分からないから、暇になったら教室を見渡す癖がついてしまっている。するとタイミングよく、伊月が教室前方のドアを開けて登校してきた。


「おっ凛ちゃん登場。今日もきれいだなー俺ちょっと行ってくる」

「おい待てよ松ちゃん、そろそろ怒られるって伊月さんに」


 その姿を確認するや否や、伊月に飛びつくように声を掛けに行った松尾。スキップとかどんだけウキウキだよ。きれいな女の子見つけてスキップしちゃう男の人って……。


「凛ちゃんおはよう! 今日もきれいだねえ」

「うるさい黙りなさい。てか消えなさいウジ虫くん?」

「そんな冷たいなあ凛ちゃん。でもそんなところもいいよねえ」

「ウザったいのよ。叩くわよ」


 いや叩くわよ、って言う前に叩いたよね今。まあ朝っぱらから松尾が伊月にビンタされるのは一昨日からの恒例行事だ。あのバカ男は叩かれるまで引くことを知らないし、押すことしかしない。無論、学習もしないから毎朝コントみたいに同じことをする羽目になっている。その事実にも気づいていないから馬鹿なのだ。


「ねえねえ凛ちゃん凛ちゃん」

「今度は何? あら?」


 松尾と細川がその場から退散した後、伊月に声をかけた女生徒二人組。片方は小柄だが出るところがしっかり出ていて、その……でかい。僕が羽織先生だったら死にたくなるレベル。この子、身長あの人と変わんないし。あるいはその脇の長身で黒髪ショートレイヤーの、伊月の佇まいとはまた違った意味でクールな装いの彼女も同じことを考えているかもしれない。貧乳って辛そう。希少価値でステータスって偉い人が言ってたけど。


「その、加藤が作ったってさ」

「うん! 昨日クッキー焼いてきたの!」

「うまいよ」


 伊月は差し出された可愛らしい包みと、女生徒二人を交互に見やり、言葉を続けた。


「ありがとう。頂戴するわ。えっと、あなたが加藤愛弓(かとうあゆみ)さんで、奥の方が川村悠里(かわむらゆり)さんだったかしら?」


 へえ。伊月もなんか僕らの知らないところでよろしくやってるんだな。まあ、伊月に友達ができるのはいいことだ。その分、僕との関係が薄まってくれればそれでいい。


 てか松尾たちが去ったってことは目の前には誠が一人、手持無沙汰に座ってるってことか。状況を思い出し、視線を正面に戻したら。


 心臓止まるかと思いました。


 めっちゃいい笑顔の柳井が座ってました。いつ誠と入れ替わった。ほんと怖いって。しかも僕と目が合った瞬間にへって言った。あなたがそれを言うときは本当に怖いんです。なんか翻訳サイトみたいな日本語になったな。動揺しすぎか。柳井はいい笑顔のまま僕に言葉を発する。


「あららら。朝から伊月さんのこと観察ですかーそうですかー。やっぱり伊月さんのことが気になりますかー好きなんですかー」


「お前言っていいことと悪いことの分別くらいわきまえやがれ」


「おお怖い怖い。ちょっとからかっただけじゃないか瀬野くんよ」


 僕が伊月のことを好きになるなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ない。それは柳井に対しても同じだ。こっちから避けるべき存在に、心惹かれるなんてことがあってなるものか。


「てかそのにへってのをやめろ。そりゃあの伊月の件の時からトラウマもんだぞ」

「やだなー分かってやってるに決まってるじゃないか」

「お前ほんとに面白さ本位でしか行動しないのな」

「特にキミのことについてはね」


 本当に苛立たせる女だと思うが、こうして話して苛立っていることすら柳井の手の中で踊らされているような気がしてきて、無理やり冷静に立ちなおる。深呼吸して再度顔を上げると、そこには伊月が立っていた。


「おはよう、瀬野くんに柳井さん。何の話? すごく楽しそうね」


 興味津々である。まさかお前のこと好きなのかって柳井に聞かれたっていうわけにもいかないし、そのあたりの対応も柳井に任せたほうがよさそうだ。


「別に? ただやっぱり瀬野くんは面白いなって」

「で? 伊月は僕らに何の用だよ」


 その話題が広がると大けがしそうだったからさえぎらせていただきました。ほんと怖いやめて柳井。


「あら? 用がないのに話しかけたら駄目なのかしら? まあ、あなたの言う通り用があってここに来たのだけど」

「ほうほう。何の用かね言ってみたまえ」


 柳井ってこんなコロコロキャラ変えて疲れねえのかな。素朴に思ったけど。


「いえ、今日って金曜日でしょう? 野外活動の件が今日までだったと思うの。なので、班は決まったのだけどそろそろ活動内容も決めないとって」


 そうか。ここ何日かいろいろ目まぐるしすぎて忘れてたけど、そういうのを決めとかないと今日は居残りする羽目になるな。そんなリスクは削除すべきだ。


「よし分かったよ。とりあえず、今日の休み時間と昼休みは全部話し合いな。居残りになるリスクだけは全て消し去ってやる」

「うわーこういうときだけ話が早い……」


 柳井のツッコミにくすっと笑い、分かったわ、と一言返して、伊月は自席へと戻っていった。


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