007.僕のヒロインたちはぶっ壊れているので、あまり関わりたくありません
「って、納得できるかあああああ!」
唐突な大音量の金切り声に僕の心臓が飛び跳ねた。それどころか張りつめていた空気の教室中の生徒の心臓が一気に飛び上がって、みんな一瞬地上にいなかったまである。
ねえ柳井、せっかくきれいにまとまったんだから変なこと言わないでよ。てかいきなり絶叫するとかマジでびっくりしちゃうしさ。
「あんだけ人のことシカトして、変な態度取ってさ! これで終わりなんてことは許さないよ! てかね、瀬野くんもきれいにまとめてんじゃねえええええ!」
ええ……。僕何か悪いことした? 柳井のやりたかったことって僕たち三人の中に伊月を迎え入れるってことじゃないの? これ以上は直接言ってもらわないと分からないよ? 僕はお前と違って凡人なんだ。天才の言うことなんて分からないし、これじゃあお前のことがバカにしか見えないよ。ん? 誰か似たようなこと言ってたな。誰だろう。まあいいか。
「まあ、それもそうだな。これだけ俺らをひっかき回しておいて、掌返して俺らの班に入れてくださいってのは虫が良すぎるってか、筋が通らん」
なるほど。僕は全くそういうことは気にしてないし、その筋を通させることにリスクが付きまとうなら放置する。でも、頭の固い誠だったり、なんか腑に落ちない柳井は、伊月にこれまであったことの筋を通すよう求めているようだ。てか僕個人的には放置したい。また伊月凛ちゃんを救う会の連中が激怒しそうな行為だから。クラスみんなが僕らの一連の行動に釘づけだってこと覚えてる? 僕は早くこの状況のほうをを何とかしたい。
「分かったわ。なら私はきちんと筋を通したうえで、あなたたちの班に入れてって頼めばいいのね」
「そうだよ。あんだけ無視されたら誰だって傷つくってもんさー」
慎ましくもそこそこ出ている胸を張って、柳井が不満そうに言う。柳井に対して横から見る形になり、そこそこの大きさの胸が強調される角度だ。こんな時にそっちに目が行ってしまうのは男の性だろうか。試しに正面に座る誠のほうを見てみたが、誠はまったく気にしていないようで伊月のほうを見ていた。何なのこいつゲイなの? 関係性改めるわー。てか伊月は羽織先生と同レベルか。何チェックしてんだってね。
「……どうすればいいのかしら?」
「おいてめえ反省してんのか」
速いツッコミだ。誠はこういうところのコミュ力も高い。さすがクラス中の信頼を集める優等生で、こういう細かい配慮というか、気配りもできる男だ。あとは今しがた発生した疑惑をどうにかして振り払ってください。
「いえ、あの……こういう時、どうすればいいか分からないわ」
「笑えばいいと思うよ」
「笑うの? ふふっ」
「瀬野くーん、ふざけなーい。ほんとこの子バカだから。ごめんね伊月さん」
そんなこと聞かれたら反射的にそう返してしまうのは仕方ないだろ! と言いたかったけど、これ以上話がこじれると面倒なのでやめた。てか柳井、その気持ち悪い笑顔は本当に怖いからやめて。あと伊月、冗談で言ったのに本当に後光が差すような微笑みするもやめなさい、クラスの愚かな男子連中が癒されまくってますからね。
「まあ、そうだな。そういうのは自分で考えて行動するから、性格が出て、友達になれるってもんじゃねえのか? 対人関係ってのが分かんねえなら、覚えとくと良いぜ」
誠が至極当たり前のことを言うように言った。僕は誠の生真面目な性格を認め、柳井は僕のリスクヘッジに支配された思考を面白いと言う。考えてみればそうだ。だからこの場面は、伊月が自分で考えて出した言葉を、素直に誠と柳井に伝えればいい。僕には伝えなくていい。できるだけ伊月との関係性は小さなものにとどめたい。
「分かったわ。それじゃ……」
伊月はすう、と小さく深呼吸をして続けた。
「好き勝手なこと言って、好き放題なことして。本当にあなたたち三人には迷惑をかけたと思うわ。ごめんなさい」
昼飯を食べてる僕らに小さくお辞儀をする伊月。何も知らない人が見たらすごくシュールな光景だっただろう。そのまま伊月はさらに続けた。
「そこで、お願いなんだけど。私を野外活動の班に入れてくれないかしら?」
「んー、もう一声!」
「いや、十分だろ」
「どうでもいいからさっさと終わろうぜ」
三者三様の反応。また柳井からにらまれてしまった。にひっと変な声が聞こえてきそうな顔をしているので、これ以上ふざけるのはよそう。これ以上なんかしたら、僕はきっと存在から全否定されるようなひどい仕打ちをされてしまうかもしれないし、柳井のことだからそれ以上の何かを考えているかもしれない。
「で、どうすんの。俺と柳井は別に伊月を班に入れるのは構わないけど?」
「なんで僕に振るのさ誠くんよ」
伊月は心配そうな顔でこちらを見ていた。さっきまでの横暴さが鳴りを潜めて、すっかりしおらしくなっていらっしゃる。どれが本当の伊月なのかさっぱりわからん。昨日の放課後から今日にかけての横暴で暴虐の限りを尽くした伊月凛はどこへ消えた。
「そりゃお前、班員全員が納得しなきゃダメだろこういうのは」
うわーめんどくせえ。出たよ誠の悪い癖。こういうのをないがしろにはしてくれない。なし崩しは許さない。本当に頭が固い……。
「なあ、本人も悪かったって言ってるし、反省したみたいだしよ」
「てかここで断ったら空気読めなさすぎだよね。あたしびっくりするよ?」
なんだこの見えない圧力。お前らいつから伊月側に寝返ってたんだよ。いや、いつからこの二人が僕側だと錯覚していた? 最初から柳井はこうなると狙っていたはずなのだから。
「分かったよ。好きにすれば」
「あ、ありがとう」
伊月が素直に返してきたので、僕はなんか照れくさくなって、彼女から視線を外してしまった。今日この瞬間から、僕たちのへんてこ三人組は、もう一人と関係性を共有した。いや、僕自身は共有したつもりはないと断っておく。あくまでも野外活動の班を組んだだけだ。それだけだと信じたい。
それにしても、だ。いつから僕の日常は、下手なラブコメのような展開になっていたのだろうか。
僕はこの女を今年一年の最大回避対象としてみていた。だけど、彼女は自分の意志を持って、僕たち三人の間のいびつな関係性の中に割り込んできた。それは、半年前に柳井が僕たちと話すようになったことと似ている。そもそも柳井麗美という存在も、昨年の最大回避対象だった。
この下手糞なラブコメディの主人公が僕なのだとしたら、さしずめこの二人は僕のヒロインということになるのかもしれない。そんなのはごめんだ。こんなぶっ壊れた頭脳を持つ天才や、ぶっ壊れた性格のお嬢様がヒロインなんて、僕は絶対に嫌だ。
もし仮に、この二人のどちらかと恋に落ちる展開なんて用意されているとしたら、そんなリスキーな道、僕は全力で回避するだろう。
だからこの際、はっきりと言っておこう。
僕のヒロインたちはぶっ壊れているので、あまり関わりたくありません、と。
ここまで読んでいただいた皆様、お気に入り、評価していただいた皆様。ありがとうございます。
作者のはしおです。
いったんここまでで第一章というか、プロローグ的なエピソードの一つの区切りになります。今回は前回の補足的なエピソードで、中途半端な文字数での更新になり大変申し訳ございませんでした。
次回からは野外活動編ということで、物語も本格的に動き出すので、これからの四人を温かく見守っていただけると幸いです。
改めまして、私の拙作をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今後とも頑張って更新していきますので、なにとぞよろしくお願いします!