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003.あたしの事、誰か呼んだ?

 上村誠について話す。

 彼とは一年の時から同じクラスだった。羽織先生が言ってた通りなら、学校からは僕らはそこそこ仲がいいと思われているようで、二年三組でも同じクラスになっている。


 誠は真面目・誠実を絵に書いたような男だ。彼はその信頼を所属する野球部でも発揮しており、二年生にして四番キャッチャーのレギュラーらしい。人の陰口をたたくところも見たことがないし、必ず筋を通す。それ故に頭の固いところがあるのが玉にキズだが、僕はこの一年間である程度彼のことは信頼するようになっている。現在、校内で唯一僕のリスクヘッジ的思考を潜り抜け、信頼を得た人物だ。

 身長は僕と同じか少し高いくらいで、非常に男前だが、野球部らしい真面目な短髪と地味なメガネのせいでそのイケメンぷりはあまり目立っていない。そういうところも評価点だ。


「……まあ、昨日あったことはこんな感じ。俺はどうしたらあの女に学園生活をめちゃくちゃにされずに済むんだ」


 なので、翌日僕は登校するなり誠と話をしていた。彼は毎朝僕の前のナントカさんの席を借りて、他愛のない雑談に興じるが、今日の話は少し真面目な内容だったので、彼も真剣に話を聞いていた。


「カズ、逆に考えてみたらどうだよ」


「え、何?」


 周りに聞こえないように落としたトーンで話していたので聞き間違えかと思ったし、そうでないならちょっと僕的には信じられないことを言いそうだったので、反射的に聞き返してしまう。


「だから、伊月さんと仲良くなろうとは思わねえのか? 別に伊月さんは悪くないし、むしろ仲良くしてくれって言ってんだからそうすりゃいいだろ」


「お前さ、僕の話聞いてた?」


「二言目にはリスクリスク言い出すのはお前の悪い癖だぞ」


「ばっかお前、あの女と仲がいいなんて噂が立った日には僕は何をされるか分かったもんじゃねえよ」


「そんな悪い人間はうちの高校なんて入れないと思うがなあ」


「念には念を、はリスクヘッジの基本だぞ誠よ」


 誠の短所が頭の固さであることを再認識しながら、顔を少し近づけこそこそ話の早口で話を進めていたが、このタイミングで誠は僕の近くから体を起こした。


「カズくんよ、その性格治せって昨日羽織先生に言われたばっかなんだろ?」


「いやなんで知ってんの」


 誠が体を起こすのを見て、僕も起き上がり声のトーンも元に戻した。


「いやむしろあの人うちの部の顧問だからな」


 そういえば忘れていた。物理教師で二年三組の担任で野球部顧問。字面だけ見るとどう見ても男性教諭だが、その正体は小柄で華奢でいつも死にそうな顔をしている女教師、羽織絹子先生その人だ。てかあの人ノックとか打てるんだろうか。打ったらばったり倒れそう。


「俺も羽織先生と同じ意見だな。その考え方はみんなのことを悪い奴だと考えているから嫌いだし、生きてて楽しくなさそうだしな。いやほんと何より楽しくなさそう」


「何でいきなり説教されてんの……」


 昨日から羽織先生にも言われ続けていたので、つい悪態をついてしまった。誠はそれを受け入れる度量の深さを持っているので、ついそれに甘えてしまうのだ。


「ああ悪い。そんなつもりじゃないんだけどな。ってか普通に考えてよ、あの伊月さんから仲良くなってくれなんて言われた日には、健全な男子なら飛び上がって喜ぶだろうに」


「馬鹿じゃねーの、リスク高すぎ」


 全校生徒の敵に回るつもりはない。以下略。


「お前もぶれねえなあカズくんよ。まあ俺の意見としてはだな、俺ら以外の誰かとお前は仲良くなるべきだと思うし、伊月さんともちゃんと向き合え、としか言えんよ。たぶんそれが一番いいし、柳井もそう言うだろ」


「柳井は関係ないだろ……」


「あたしの事、誰か呼んだ?」


 出たな魔女! 気づけば柳井麗美が僕の席のそばに立っていて、怪しげな視線をこちらと上村の両方に向けてから続けた。


「上村くん、三浦さんが呼んでたよ。教室の前にいるよ」


「あ、本当か。ちょっと行ってくるわ」


 誠が立って空席となった僕の前に、ショートボブの暗めの茶髪が座る。身長は僕より低いが女子としては高いほうだが、座高はかなり低いみたいでさっきの誠と比べたら話すのにかなり視線が落ちたような気がする。柳井は心を見透かすように大きくミステリアスな瞳をこちらに向けていた。


「で、何の話? 私の話?」


「……おめーと話すことは何にもねーんだ」


 演技も含めて不機嫌に返す。この女と話すとろくなことにならない。


 柳井麗美という存在と初めて話したときは衝撃を受けた。

 彼女は昨年における僕の中の最大回避対象だった。とにかく彼女は初手から僕の思考を読み、そのうえで二手先三手先まで罠を張って僕を追い詰めてきた。気づいた時には術中にはまっている状態だった。人間における関係性を嫌い、人生を賭け全力を挙げて避けてきた僕をあざ笑うかのように『他人から見たら二人は友達』のポジションに、鮮やかに落ち着いた。さらには僕が彼女を無視することもできないような弱みも握られていて、僕自身本当に不本意ながらこの女との友人関係を結ばざるを得なかったのだ。

 何があったかは話したくもないし、逆に機会があれば話すことになるだろうからここでは割愛する。とにかく、化け物じみた頭の良さを発揮する女がいたという衝撃は、良くも悪くも僕の中に残り続けているのだ。


「私の話じゃないの?」


「……ああそうだよ」


「じゃあ伊月さんの話か」


 これだ。最短で答えを導き出す。どういう思考回路になっていてどういう考え方をすればそれができるのか、一度頭蓋骨のふたを開けて中身を見てみたいくらいだ。


「……なんで伊月が出てくるんだよ」


「呼び捨てにしたね。確定だ」


「は?」


「カマをかけたのだよ。上村くんが伊月さんがどうのこうの言ってた気がしたけど、ちゃんと聞こえてなかったからね。で、瀬野くんは余計な関係性を他人と作りたくないから、くんとかさんとか先生付けで他人を呼ぶんだ。でも、私と上村くんだけ例外で呼び捨てだったり下の名前で呼んだりしてる。で、今伊月さんを呼び捨てにしたってことは伊月さんと何かあったってことでしょ?」


 たった数十秒の間に柳井の頭の中は大回転のムーンサルトを決めていたらしい。どんだけの回転数があればこの一瞬でそれだけの情報を処理して最適解を導けるんだよ。天才って怖い。


「お前本当に魔女だな」


「でもそれって瀬野くんなりの褒め言葉だもんね。素直に受け取るよ?」


 羽織先生が言っていた通り、伊月ほどではないが柳井もそこそこの美人だ。いや、伊月が美人だと言うなら、柳井は可愛いほうの女子だと思う。実際今の『素直に受け取るよ?』は少し可愛かった。だが、この悪魔じみた計算機のような処理能力を目の当たりにしてから、僕は柳井のことを恐怖対象であり回避対象にしか見ていない。


「で、伊月さんと何があったの?」


「僕が言わんでもお前なら考えれば分かるだろうに」


「ううん。伊月さんとは話したことがないから分からないよ? 探偵さんって証拠がないと答えは出せないんだよ?」


 柳井が言うことの半分くらいはよくわからない。見えている世界が違うのだと実感するばかりで、こいつと話していると自分の小さささえも見せつけられる気がして嫌だ。


「……すまん。お前には話したくないわ、俺やっぱお前の事好きになれん」


「あたしは好きだけどねえ、瀬野くんの吹っ切れてぶっ飛んだ考え方。んー、まあいいや。とりあえず、伊月さんと何かあったのなら仲良くしてあげてくれない?」


「何でだよ。てかお前のお願い事は怖すぎて、すでにもう怖いくらいだから言われた時点で無理だわ」


 柳井からお願いされるとその裏の裏の裏くらいまでありそうで本当に怖いのだ。反射的に断ってしまった。


「あ、ひどーい。本当に今のは何も考えてなくて、ただ伊月さんってあんな感じだから、周囲の女子からしたらとっつきにくいところがあってさ。もしかしたら友達いなさそうだから、単純に心配なのだよ」


 むしろあの感じなら逆に親近感湧く奴も結構いそうだけどな。思ってたよりお嬢様お嬢様してなかったってか、ただのバカ女だったし。


 その考えが甘かったと気づくのは、これから伊月が登校した後の事だった。


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