023.瀬野くんは不器用だからね
僕は学校公認のジャージ、要は体操服が嫌いだ。なぜなら絶望的に運動が苦手だからだ。足は遅いわ明後日の方向にボールが向かうわ筋力も持久力もないわで、僕が運動するところを初めて見る人物は滑稽で仕方がないだろう。別に笑われようと気にはしない。自分でもそのくらい運動ができないのは分かっている。
だからそんな人物が体育祭に出場しても意味がないので、委員会活動は大手を振るって体育祭実行委員に立候補した。ものすごく前向きな理由だと思うのに羽織先生は認めてくれないけど。
それに加えて、どうにも見た目がダサいのだ。男子は花見で場所取りに使うシートみたいな色のダサい青、女子はおばさん臭いえんじ色が基調になっていて、それぞれ襟から両袖にかけて白のラインが入っている。そして、左胸に白のこれまた決して格好良くないフォントで『SEIYO』と入っている。口で伝えても上手く伝わらないかもしれないが、これらすべてが複雑に絡み合って絶妙にダサい体操服になっているのだ。
そんな服装で朝早くから登校する星洋高校の二年生。僕は徒歩圏内だからまだいいのかもしれないが、駅を利用する生徒は人が密集する駅前だけでなく電車の中ですらもこの服装なのだと考えると、ものすごく悪目立ちしていると思う。
で、僕は今日普段よりも早めに登校してきた。伊月が学校に来る前に、誠や柳井と話しておいたほうがいいと思ったからだ。特に誠とは丸二日会っていないわけで、そもそも今日の野外活動の話すらほとんどできていない。まあ、プラン自体は先週から書いて羽織先生に提出しておいた資料の通りだからそんなに問題はないのだが、伊月の件についてはやはり誠も気になるようだったし、話しておいたほうがいいはずだ。
「お、来たな。今日は朝はええな」
「瀬野くんだーおはよー」
教室後部のドアを開けると、目の前の自席のところに、すでに誠と柳井が待機していた。黒地に白のラインが入ったセーラー風の冬服がダサいえんじ色のジャージに変わっているせいで、認めたくはないのだが普段は可愛らしいほうに入るだろう柳井も、その可愛さが激減している。そして変に悪目立ちする青のジャージを着た誠はもうその辺をランニングしているおっさんみたいだ。
「……はよ。なんで柳井まで」
「何でって、瀬野くんが早く来る気がしたから」
「まあそう言うなよカズ。二人して二日も反省してよ、さすがに仲直り位したんだろうな」
何だか三人で話すさえ久しぶりな気がして。柳井を見たらわざといつもみたいな悪態をつきたくなって、自分の座席に座りながらわざと言ってみたら二人ともいつも通りの反応でした。なんか悲しい。
「……今のは僕なりの冗談なんだけど」
「は?」
「え?」
え、そこ驚くとこ? カズなんて僕のことこいつ何言ってんのか分からんみたいな顔していぶかしげに僕の子と見てるし、柳井に至っては何か考え事をしているような難しい顔になってしまった。僕が冗談を言うっていうのはそんなに大きな事件ですかね……。考えている間に誠が咳払いして話し始めた。
「ま、まあいい。それで? お前伊月に電話したんだってな」
「ああ」
やっぱり誠も伊月のことが気になる様子で、同じようにあの日電話していつもの伊月が一瞬だけ出てきたことを話した。
「だからあたし、普通に伊月さんと話してれば今日はうまくいくと思うんだよね」
「悪いが柳井よ、だから、のレベルを俺たちまで下げてくれ。お前の言ってることは本当に分からん時があるんだよ」
「……魔女め。そういや昨日もそんなこと言ってたよな。元に戻る前の伊月と接するようにしてれば大丈夫だって」
言われて思い出し、自席から右側に立っている柳井のほうを見上げる。柳井は確信と自信を持った目つきで、解説を始めた。
「まず、瀬野くんは不器用だからね」
「……いきなり僕の悪口かよ」
つい口をついた言葉に、柳井は顔の手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げて続けた。
「ごめんごめん。でもね、これって大事なんだよ。瀬野くんは人間関係に疎くて不器用だから、たぶん伊月さんに合わせて人格を変えるなんてことはできないんだ。だから、普通にお話ししておしまいか、瀬野くんなりに考えて素の伊月さんが出るまで食い下がる、くらいしか行動がとれなくなるんだ」
レベルを下げて解説してもらっても、言ってることの半分くらいしかわからない。特にだから、とかなので、とかの理由をつけて続けるところのその理由が分からない。ただ、今日の対応をはっきりさせるために僕から伊月に電話させたってことはなんとなくだが分かった。
「でも、どっちにしろ結果は一緒なんだよ。普通にお話しして最後に一瞬でも伊月さんが素に戻ったんならあたしたちもそうすれば今日それが引き出せる可能性も高いし、後者であっても瀬野くんがどうにかしようと思って行動した想いが伊月さんに伝わったってこと。ようは、伊月さんも元に戻りたいんだよ。普通に会話したり、元に戻ってほしいって願われたら、元に戻りたくなっちゃうんだ。だからあたしと瀬野くんの喧嘩も真っ先に止めたんだよ。だから、今日あたしたちがするのは伊月さんのために全力で仲良くするってことから変わらないんだよ」
「……カズよ、柳井の言っていることが分からん。半分くらいしか分からんぞ」
「奇遇だな、僕もお前と同じことを考えていた。まあ、仲良くすりゃいいんだろ」
「もーなんで分からないかなあ。まあだから瀬野くんも上村くんも面白いんだけど。そうだよ、瀬野くんの言う通り。最近のことは忘れて全力で伊月さんと仲良く、ね?」
あっけにとられた僕と誠にもどかしそうに言う柳井。まあ、とりあえず伊月と仲良くすればいいってことは分かった。
「なあ、それってオレたちも協力したほうがいいわけ?」
不意を突かれて三人で声の方向を見ると、見た目はヤンキー、頭脳はおバカの松尾と、その班員である細川、加藤さん、川村さんが立っていた。
「お、松尾。盗み聞きはよくねえぞ」
冗談っぽく笑いながら誠が言葉を返す。一瞬みんなが笑って、一呼吸おいてから細川が言った。
「やっぱり、ボクも最近の伊月さんは変だと思うし」
「それでお菓子作ってきてあげてもね、伊月さんなんか悲しそうな顔するんだよ」
小柄な加藤さんが心配そうに声を絞り出す。
「事情は良くわからないけれど、見ていて痛々しいのよね。こっちまで悲しい気分になる」
そして、クールビューティーの川村さんが心配そうに言う。
柳井は松尾班の話を聞くとにんまりと笑って、皆に言い放った。
「大丈夫! みんなで伊月さんと仲良くすれば、きっとうまくいくよ!」
時間は朝のホームルームの十五分前。伊月が学校に来るまで、大体あと五分ほどだった。




