011.言い出しっぺの法則って知ってる?
伊月凛はお嬢様だった。
僕たちは今しがたそれを実感した。いや、別に疑っていた訳でもないし伊月がお嬢様じゃなかったからと言って何が変わるわけでもないけど、論より証拠と言った言葉がある通り、僕たちはそのお嬢様っぷりを見せつけられた。
それは星洋町駅前の一角に鎮座するファミレス、ルナーズキッチンに入った時の出来事であった。店員さんに少々お待ちくださいと言われて待っていると、店長らしき人が現れて、『お嬢さん、ささ、こちらへ』なんて言って厨房の近くの個室みたいな席に通された。普通ファミレスに個室なんてないと思うけど、どういった原理だろうね。
「はえーすっげえー。ファミレスに個室なんてあるんだ」
机を挟んで男子と女子で分かれた席順。個室の扉から見て左奥側に座った柳井が感想を述べる。
「いや他にツッコミどころあるだろ。何だあの店長さんの態度は。伊月、お前いったい何者なんだよ。いや、いいとこのお嬢さんなんだろうなってのは知ってたが、これはさすがにな」
柳井の正面に座った誠も頭を掻きながらあきれた様子で伊月に問う。いやほんとにね。ルナーズなんて高校生御用達のファミレスなのに、なんで個室なんか用意してあって、僕らはそこに通されてるんだろうね。いや、まああらかた予想はついてるけど。
「ルナーズって、伊月ホールディングス傘下のファミレスなのよ」
そんな事だろうと思った。でもなんでそれでこんな中途半端な街のファミレスに個室なんて用意されてるんだろうか。その問いには伊月が勝手に答えてくれた。
「うちの家系って代々、通う高校は星洋って決まってるの。で、私には十個年の離れた兄さんがいるんだけれど、その兄さんが高校に通い始めるときにこの店ができたらしいわ。なので、これから家族でここに来ることも増えるだろうから、ってこの部屋を作ったみたいね。だから、ここの店の従業員さんはみんな私たち一家の顔は知ってるってわけ」
なんか聞いててピンと来ないというか、スケール感の違う話だ。自分がよく使うだろう店を自分で建ててそこに自分の部屋まで作ると言う親父さんの発想はすごいと思う。
柳井や誠もあっけにとられているようで、何て返したらいいんだろう見たいな顔をしている。てか柳井の笑顔が固まってて怖い。
「本当はあまりここ、使いたくないのよ。店員さんは私が来れば気を遣うし、もちろん会計も無料だし。私が社長令嬢だって実感するから来たくなかったんだけど、まああなたたちと一緒ならむしろ恩返しというか、その……あなたたちといると楽しいし……お昼くらい私たちの店で食べさせてあげたかったっていうか……」
なんか伊月がデレたらすげえ可愛かった件。言い始めて勝手に顔赤くして俯いて言葉尻が小さくなっていった。危なく惚れちゃうところだった。
「伊月さぁん! ありがとねえ! やっぱり持つべきものは友達だよねえ」
「柳井現金すぎな」
柳井が横から伊月に抱き着いて、右手で頭わしゃわしゃしてたので、それを制するように声をかけた。
「うるさいなー。じゃあ瀬野くんごはん抜きね」
「いやだよ食うよ」
「ま、そういうことならみんなで頂くか」
誠はビーフステーキのセット大盛り、柳井は何か暗号みたいな名前のどでかいパフェ、伊月はチキンステーキ単品、僕はハンバーガーを頼んだ。味は普通のファミレスのそれでしかないけど、何かそれがうれしかった気がした。なんか僕、柳井の時みたいに外堀から埋められていってない?
「あー食った食った。伊月、ごちそうさん」
一番量の多かった誠がステーキを平らげ、全員の食事が終わる。
「ねーねー。登山用品買いにに行くって具体的に何買うのさ」
このタイミングで聞いてきたのが柳井。確かに、言っても遠足で登る三百メートル程度の登山である。そんな本格的な装備がいるとも思えない。
「そうね。私、外出用のヒールばかりで、普通の靴なんて学生靴くらいしか持ってないのよ。あと軍手も家に無かったわ」
「おお、おっ金もちぃー」
確かに普通は学生靴と外出用の普通の靴くらいしか持ってなくて、軍手も家の中探せばストックくらいありそうなもんだ。
「なのでその二点を買いに行きたいのだけど、どこに行けばいいのかしら?」
「トンキーだよトンキー」
「だろうな。トンキーガーデン。知らないか?」
柳井と誠は当たり前みたいに言うけど、上流階級のお嬢様があんな安くで投げやりにモノ売ってる店は知らんだろう。まああの投げやり感がいいんだけど。
「ごめんなさい。あまり聞きたくないのだけれど、それは、どこのグループ会社の店かしら」
うわあめんどくせえ。たぶん親のつながりとかコネとか社会的圧力か何かで使える店、使えない店があるんだろうな。柳井もそれを察したみたいで、一瞬だけ黒い笑顔を見せたがすぐに元通り。誠に至っては、
「そんなのも気にしねえといけねえのかよ」
って本音がポロリと出てしまっている。
「分かった。調べてやるよ……ん、株式会社トンキーガーデン……つまり独立した企業っぽいな」
「うん、それなら大丈夫よ。お父さんと仲の悪い会社の店には行くなって言われてて。本当にごめんなさい」
正面に座った伊月が、珍しく、というか初めて僕の目を見て素直に謝ってきた。わざわざ会社を調べさせたことについてのヤツだろうが、何か照れる。いやいかんぞ瀬野和希。この女は今年一番の回避対象なのだ。なんで休日この女といるんだ自分。もう嫌だ。
「てかてか、せっかく個室なんだしさ。当日のお昼ご飯のお魚? どうやって持っていくか考えようよ」
結局あの後ろくに案が出ず、これ以上の案も出ないだろうと言うことで、二年三組第二班の昼食は焼き魚と米で決定していた。ただ、クーラーボックスを誰が持つのか、ではなくどうやって魚を山頂まで持っていくのか、という議題が残っている。
「それ、考えたんだけど」
これには僕から案がある。
「なんなら朝から完全冷凍した状態にしておいて、その凍らせた魚を保冷剤と一緒にタオルかなんかで巻いて持って来れば簡易的なクーラーボックスになるんじゃね」
タオルって意外と保温効果があって、自販機で買ったペットボトルとかに巻いているとあまり中身の温度が上がらなかったりする。だから一番コンパクトに持ち運ぶ方法として、僕が思いついたベストの方法だ。
「柳井とか聞いてみて改善案ない?」
「んー。まあいいんじゃない?」
「じゃこれで決定だな」
個室をなぜか拍手が包む。なんで最初に拍手した柳井。
「でも結局食材を運ぶのは大変だと思うのだけど。私は運びたくないわよ」
「僕も」
「俺もだ」
「え、あたし? ないなーい」
いつか見た景色だ。懐かしいね。柳井は自分の発言にさらに付け加えた。
「瀬野くんが言いだしたんだから瀬野くんが持てばいいんじゃないかな」
「ええ……公平にじゃんけんかなんかで決めようぜ」
僕が言った瞬間、柳井はすごくいい笑顔になった。いやーどす黒いね。そこから柳井はにへへっと笑う。
「おいおいなんだよ怖いよ」
「瀬野くん? 言い出しっぺの法則って知ってる?」
「……じゃんけんとかコイントスは言いだした奴が負けるってアレか?」
もうやめてそのにへっからの低音ボイス。いやほんと怖いからね。てかやべえ。負ける気しかしねえ。じゃんけんってメンタル勝負だよこのままじゃまずいよ僕。
「そうそう。いや、じゃんけんで決めようって言うから確認しただけだよ」
やめていいですか?
「ふふっ。本人がいいっていうんだから、このまま決めていいのではなくて?」
いややっぱやめさせてもらえませんか?
「よし分かった。行くぞカズ? じゃーんけーん」
ぽん。はいはい知ってた。負けたよ負けましたよええ負けましたとも。一人だけグー出しましたとも!
それを見て屈託なく笑う伊月だけがなぜか印象に深く残りました。まる。




