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水辺、河童と密談。

作者: 音代・立秋

 山本が何気なく懐中電灯で照らした先には、河童がいた。


 予想外の光景に呆然としてしまった彼とは対照的に、河童はぴょこぴょこと山本に近づき、指が六本ある左手を差し出した。何故左手? と山本は数瞬訝しげにその手を見つめたが、何のことはない、自身が右手に懐中電灯を持っているからだと気づいたことにより、左肩に抱えた荷物を放り投げ、左手同士での握手を交わした。


「お前、言葉って分かるのか?」


「分かるわボケ馬鹿にすんな殺すぞ」


 友好の証である(と山本は思っている)握手を交わしながら、殺害予告をされた山本は戸惑いの表情を浮かべた。



「儂もホームレスって立場やからあんま強くは言えんけどな。人様が済んでる場所に黙って侵入はいってくるってどうなん?」


「そういう課題なんだから仕方ないだろ」


「課題って何やねん、儂は研究対象か」


「俺にとっては見世物だよ」


「ハッキリ言うなあ」


 元・裏野ドリームランド内の元・アクアツアーコーナーに用意されている、ゴンドラを模したコースターの中。河童と左手を握り合ったまま座席に座る山本は、足元に転がした懐中電灯によって照らされた、河童の灰色の両目が寄ったことを確認した。恐らく今の言葉で眉根をひそめたのだろう。すなわち、感情表現は人間も河童も似たようなものなのだと、山本は判断した。


 言葉が通じている時点でそこまで不安にはなっていなかったが、コミュニケーションが可能だと判断できたことは、山本の気持ちを楽にさせる効果があった。彼の軽口も弾むと言うものだ。


「で、このコースターって動かないの? カップルごっこしてみたいんだけど」


「そういうんは同類でやれ。少なくとも儂に異類婚姻の趣味は無ぇ」


「じゃあこの左手は何だよ。そういう趣味があるからじゃねぇの?」


「違うわ。これは儂らのしきたりみたいなもんや」


「ふーん。河童も大変なんだな」


「河童?」と、河童は灰色の両目を再び寄せた。「河童って誰のことや?」


「あんた、河童だろ?」と、山本は右手の人差し指を河童に向けた。「俺が河童に見える?」


「いや、見えんけど。儂は河童に見えるんか?」


「河童見たことないから分かんないけど、水辺に棲む怪物って河童だろ」


「他にもおるやろ」


「へぇ。じゃあ、あんたは何なの?」


「儂は人間様や」


「なら、その肌とかハゲとか目とかは特殊メイク的なやつ? よくできてるなあ」


「信じたんか信じてへんのかよう分からん反応やな」


「見た目で差別するなって教育を受けた世代だし。納得いく説明さえ聞けたら信じるって。で、特殊メイクってことでいいのか? あ、このテーマパークのピエロとかってた的な話?」


「こんなピエロのおるテーマパークなんてすぐに潰れてまうやろ。それはそれとして、説明なあ。長い話になるけどええか?」


「じゃあ遠慮しとく。さっさと帰って荷物片付けたいし」


 だからこれ離してくれよと、山本は左手をぶんぶんと上下に振った。河童(に見える自称人間)は、首を左右に振った。


「返してほしけりゃ、お前のこと聞かせぇや。こんなとこに不法侵入した理由をな」


「嫌だと言ったら?」


「学校と警察に通報する」


 それは困るなあと、山本は右手で顎を撫でた。



「小学生の頃の俺は、今で言うところのキョロ充って奴だった。学年の人気者の雪野って奴と同じ遊びをして、仲間から外されないように生きていた。同じゲームを買い、同じ漫画を読み、同じ玩具で遊んだ。まあ、買うと言っても俺の金じゃなくて、親にねだっただけなんだけど。小学生だし。


「で、六年生のある日、俺は雪野の不興を買った。理由は覚えていない。嘘のバグ技でデータを破損させたからか、ネタバレを漏らしてしまったからか、エアガンで顎を撃ち抜いたからか、背泳ぎで真っ直ぐ進めなかったことを笑ったからか、その辺りのどれかだと思う。何にせよ、それ以来俺は仲間とは認められなくなった。もしも、気に入らない人間と遊ばないことも"いじめ"とするのなら、俺はいじめられたことになるんだろう。実際はそんな大したことはなく、ただ友達が他人に戻っただけ。それだけの話。


「当時の俺にはもっと重大な事件があった。両親の離婚だ。中学からどちらかの親がいなくなる。どうでも良いと言えばどうでも良かったが、俺を引き取るのが母親に決まったことは衝撃だった。てっきり、俺は父親に引き取られるものだと思い込んでいたからだ。かと言って、反対する程母親を嫌っていたわけでも父親を好んでいたわけでもなかったから、その決定には反対しなかった。


「母親に引き取られた俺は、中学から引っ越しをすることになった。雪野に無視される生活も終わり、俺はバトミントン部に所属した。約三年間の部活動は、割と真面目に取り組んだ。それでも下手の横好きレベルを超えることはなかった。けど、バトミントンそのものは楽しかった。少なくとも高校でも続けようという意欲を持つ程度には、な。


「バトミントン部を引退し、面倒な受験勉強を始めた頃、また事件が起こった。母親の妊娠だ。母親は次の恋を見つけていた。祖父母もその恋を応援していた。俺は邪魔になりつつあることを察した。だから、進学先は父親を頼ることを考えた。母親にその意を伝えると、ホッとしたような表情を浮かべたことを覚えている。


「意外なことに、父親は俺を引き取ることに前向きだった。別れてから次の恋を発見した母親とは違い、父親は二度と結婚しないと固く決意していたようだった。だからこそ、人肌恋しかったのかもしれない。全員の利害が一致したことで、俺は地元に戻ってくることになった。私立高こそ失敗したものの、公立では県内トップクラスの高校に進学することができた。そこから、俺と父親の二人生活が始まった。


「父親との生活は概ね問題なかった。むしろ問題は、高校生活側にあった。バトミントン部に入ろうとしたところ、あの雪野が既に入部を決めていることを知った。そして、有望な選手としてそこそこ期待されていることも。そのことを耳にした俺は、何故かバトミントン部には入らなかった。気づけばオカルト研究愛好会の名簿に名前が載っていた。何故そうなったかは覚えていない。


「いつ入会届を出したかも記憶になく、さらにオカルトには全く興味がなかったが、それでもオカルト研究愛好会の活動は楽しかった。いや、毎日くだらない話をしていただけなんだけど、その堕落していく日々が妙に心地良かった。同級生の小田と、オカルト以外の面で話が合ったのも大きいかもしれない。小田は巨乳だし、前髪を上げれば可愛くも見える。りたいと思わせる相手ではあった。


「そうして日々情欲を滾らせていた俺だったが、小田から恋愛相談を受けたことでその情欲は霧散した。しかももう付き合っていて、その相手は雪野だという。母親以外に経験の無かった俺にアドバイスできることなんてありはしなかった。


「夏休みに入り、オカルト研究愛好会からも課題が発表された。オカルトスポットの現地調査レポートの提出。俺は独りでこの元・裏野ドリームランドに来るつもりだったけど、何故か小田もついてくるという。雪野と行けよと伝えたところ、雪野はオカルトに興味がないらしい。何がキッカケでこの二人が付き合い始めたのか気になったので、これを機会にその辺を聞き出してやろうと、雪野や家族に内緒にすることを条件に、つまり深夜デートがバレないように細工を施すことを条件に、許可を出した。


「それが、俺が今ここにいる理由」



「満足したならこの手を離してくれ」と山本が口にすると同時に、彼は困惑の表情を浮かべた。「ごめん、俺の腕どこにやった?」


 山本の左腕は、肘から下が消失していた。彼に痛みは無かった。暑さや寒さも無かった。感覚が無かった。本来左手があるであろう場所には、河童の左手だけが握手の形で浮かんでいた。


「食べた」と、河童はこともなげに口にした。「それが儂らのしきたりやからな」


 お前の話は良い腕のつまみになったでと、河童はケラケラと笑った。実際にケラケラという音声を口にして笑った。変な笑い方をするなあと、山本は片眉を下げた。


「腕が無いと不便なんだけど、返してもらえない?」


「返すことはできんけど、腕ならやれるで」


「マジで。河童って何でもありか」


「河童じゃなくて人間様な。人間様やから何でもありなんや」と言って、河童は左手を山本の眼前に突き出した。「食えや」


「説明不足にも程がある。食べたらどうなるのかぐらい教えてよ」


「食うたら腕が生えてくる。儂とお前の腕、両方がな。それを以て、友人になれたと判断するっちゅーわけやな」


「なるほど。なるほど? なら、食べなかった場合は?」


「気が合いませんでした、友人になれませんでしたってことやな。お前の腕はそのままや。代わりに、二度と儂らに会うことは無い。お前は儂の友人になってくれるか?」


「迷うなあ」と口にすると同時、山本は河童の左手を口に含み、咀嚼した。ズッキーニのような味がした。嚥下の感触は、納豆に近かった。「不味いんだけど」


 その言葉を聞いて、河童はゲラゲラと笑った。


「また遊ぼうや。今度はカップルごっこしてやる。間違えて捨ててまうかもしれんから、荷物はちゃんと持って帰り」


 河童は左手で、山本の荷物を指差した。



 山本の目覚めは最悪であった。スマートフォンでの、望んでいないモーニングコール。しかもその相手は男。寝惚けて通話開始ボタンをタップしたことを、彼は即座に後悔した。


「で、何なの? こんなに朝早くから」


「そんなに早くねぇだろ。それよりもお前、京子がどこに行ったか知らねぇ?」


「京子?」山本は呆けた頭で数瞬考え込む。「ああ、小田?」


「どこに行ったか知らねぇか? 朝から連絡つかねぇんだよ」


「寝てるとかじゃないの?」


「家にもいないんだって!」


「そんなこと言われてもなあ。愛好会の課題やってたとか?」


「何だよ課題って」


「オカルトスポットの現地調査レポート」


「またワケ分かんねぇことを。で、どこに行ったんだよ」


「小田が何を研究するかなんて知らないし」


「使えねぇな! 京子に何かあったらお前のせいだからな!」


 いや俺は関係ないだろと山本が返答する前に、雪野からの通話は切られてしまった。二度寝するかと放り投げたスマートフォンは、彼に添い寝していた小田の額にぶつかってしまった。


「あ、ごめん」と、山本は左手で小田の遺体を撫でた。撫でながら、彼はどちらの指を中一指なかいちゆび、どちらを中二指なかにゆびと呼ぶべきか悩み、中二指って中二病っぽくて嫌だなと考えた辺りで思考を放棄し、眠りに就いた。



本当のホラーは納期日週月曜日の仕様書変更だと思う今日此の頃。

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