第7話 あんだって?
翌朝、朝食を食べた俺は、整形外科の待合室へ来ていた。
ここなら、骨折した患者がたくさんいると思ったからだ。
総合病院の待合室は、常に人がたくさん出入りしているため、俺のような部外者がうろうろしていても怪しまれることはない。
俺の考えた作戦はこうだ!
①診察前の骨折した患者にこっそりホイミンをかける
②そのまま患者が診察を受けて待合室へ戻ってくるのを待つ
③通りがかりの気の良い入院患者のふりをして、その患者に診察結果を聞く。
よし完璧だ!
少なくともホイミンで骨折が直せるのかどうかは検証できるはずだ。
問題は、俺が車椅子移動のため、すばやく他人の後ろへ回り込んだりできないことだ。
誰かに目撃されるのもまずい。
そうなると、俺のとれる作戦は限られてくる。
俺は、待合室にたくさん配置されている長椅子の中で、最も後ろの列の最も左奥で好機をうかがっていた。
ここがこの待合室の中で一番他人からの死角になっているためだ。
もし誰かが俺の近くの長椅子に座ったら、気付かれないようにこっそりホイミンをかければいいのだ。
しばらくすると、かなり高齢そうな腰の曲がったお婆さんが、杖をつきながらこっちに歩いてきた。
そして、ちょうど俺の近くの長椅子の端へ腰かけた。
お婆さんは、左手にギブスをはめて首から包帯で吊るしていた。
俺(よしさっそくチャンス到来だぞ!)
俺は小さくガッツポーズすると、お婆さんに近づいた。
オレ「お婆さん、腕ケガしたんですか?」
お婆さん「あにぃ?」
オレ「あ、その左腕は骨折したんですか?」
お婆さん「あんだって?」
オレ「このところ猛暑が続いて暑いからギブスはつらいですよねー?」
お婆さん「とんでもない!あたしゃまだボケちゃいないよ!」
俺(おいおい、そんな話してねーだろ!)
この婆さん耳が遠いのかボケてるのかわからないが会話が成立しないタイプのようだ…。
だが、好都合だ!この婆さんならちょっと注意をそらしたスキにホイミンをかけても気づかれないだろう。
お婆さん「かわいた!」
オレ「えっ?」
お婆さん「かわいたと言ったら、のどにきまっておろう!」
俺(わかるかーい!)
俺は心の中でそうつっこみを入れつつも、
オレ「あ、よかったらこれどうぞ!」
そういって、さっき買ってきたレスカをお婆さんへ手渡した。
お婆さんは、ギブスをつけた左手の指でプルリングを器用に開けると、上を向いたままゴクゴクと喉をならして勢いよくレスカを飲み始めた。
俺は、ここがチャンスとばかりに、じゅもんウインドウから右手ですばやくホイミンをタップし、お婆さんに気付かれないようにギブスの上からそっと触れた。
俺は右手の指が白く淡く光ったのを確認してすぐに手を離した。
「チリン…チン…チリン」
その瞬間なにか小さな金属のピンのようなものが床におちて転がった。
お婆さんは、ジュースを長椅子の上に置くと、その落ちた金属のピンをゆっくりと拾って、口を半開きにしたまま不思議そうに見つめていた。
俺(やばい!見られたかな?)
女「あー!お婆ちゃん、こんなとこにいたの?!」
遠くからそう叫びながら20歳後半ぐらいの女が駆け寄ってきた。
その直後、お婆さんは金属のピンを持っていた巾着の中にしまっていた。
女「もー!勝手に歩き回っちゃダメって言ったじゃない!」
「あちこち探し回っちゃったよー!」
「あら、そのジュースどうしたの?」
女はそう言うと、俺の方をチラっと見た。
オレ「あ、なんか喉が渇いたって言うので、俺があげました。」
女「まーそうなんですね。ありがとうございます。」
「あ、ジュース代、今払いますから…。」
女はそういうと、サイフを取り出した。
オレ「あ、お金はいいです。たまたま余ってたやつなんで。気にしないでください。」
もちろんウソである。
俺が飲もうと思って取っておいたレスカだぜ!くそっ!
女「あら、おやさしいのね。ありがとうございます。」
「うちのお婆ちゃん、何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
オレ「いえとくに…。お婆さん腕ケガされたんですか?」
女「ええ、先週、転んで腕を複雑骨折してしまって手術をうけたんです。」
オレ「あ、それはたいへんでしたね。」
女「さきほどお医者さんからレントゲンをとってくるように言われたんですけど、
「私がちょっとお手洗へ行ってる間に、お婆ちゃんいなくなっちゃって…。」
「あちこち探し回ってました。(苦笑)」
オレ「いろいろ、たいへんそうですね…。」
女「もうだいぶ慣れましたけどね。」
女はそう言うと、ニッコリとほほ笑んだ。
オレ「あ、それなら、この病院のレントゲン室すごく込み合うんで、早く行って並んだ方がいいかもです。」
女「まーそうなんですね。」
「お婆ちゃん、じゃあ行きましょうか!」
「では、ほんとにありがとうございました。失礼します。」
女はそう言うと、お婆さんの手をとって、ゆっくりと歩いていった。
俺は、そのまま2人を見送った。
レントゲンを取りに行ったということは、その後すぐに診察室へ行くはずだ。
俺はそのまま2人が戻ってくるのを待った。
30分程すると、2人が戻ってきた。
女は、遠くから俺を見つけると目で小さく会釈して診察室へ入っていった。
俺は、そのまま診察室の入口付近へ移動して2人を待った。
…長い、もう1時間は待っているが、まだ2人は出てこない。
なにかあったのかなぁ~…。
俺がそんなふうに考えていると、やっと2人が診察しつから出てきた。
見ると、お婆さんはギブスをはずして両手で杖をつきながら歩いている。
オレ「あの、お婆さんケガ治ったのですか?」
女「ええ、それが…。」
「お医者さんがレントゲンを見てホネが完全に元に戻ってるからって、ギブスをはずしてくれたんです。」
オレ「そうなんですか。よかったですね。」
女「それが、先週手術したキズもきれいに治ってて私もお医者さんも看護師さんもみんな驚いてました。」
お婆さん「こん人が直してくれたんじゃ!」
お婆さんは突然そう言うと、俺を指差した。
俺(うっ、やはりさっき見られていたか…。)
俺は少しあせって目をそらしながら素知らぬ顔をした。
女「お婆ちゃん、この人はお医者さんじゃないのよ!」
お婆さんは、突然巾着の口をあけて、さっきまでギブスをはめていた左手を突っ込んだ。
お婆さん「んー!!」「ほれっ!」
お婆さんはそう言いながら、巾着の中から取り出した何かを俺に手渡した。
俺がそれを右手で受け取ると、お婆さんはすぐに両手で俺の手をギュっと閉じた。
俺(何くれたんだ?)
俺は自分の手のひらをゆっくり開けて見てみると、甘露アメが1つと、さっき床に転がった金属のピンのようなものが入っていた。
女「まー、お婆ちゃんが他人に飴をあげるなんてめずらしいわね!」
「うちのお婆ちゃんよほど気に行った人にしか飴をあげたりしないんですよ。」
「あなたのこととても気にいったみたい!うふふ。」
オレ「そ、そうなんですか。さっきのジュースのお礼とかかな…。あはは。」
女「あ、では私たちはそろそろおいとましますね。ありがとうございました。」
オレ「いえ、お気をつけて!」
お婆さんは、帰り際に女に気付かれないようにこっそり俺の方を振り向くと、サムズアップしながらウインクした。
オレ「くっ、俺の希少なフラグがボケた婆さんに立っちまったか…。」
俺はそうぼやきながらも、何かすがすがしい気分になっている自分に気づくのだった。
【次回予告】
[第1章 入院編] 第8話 これ何かわかりますか?




