第10話 痛くない?
俺はデュランタという紫色の花の花壇の近くでヒラヒラと舞っていた蝶にそっと指先を近づけてみた。
蝶たちは驚いて逃げることもなく、俺の指先に少し止まってすぐに離れた。
戦闘ウインドウはポップアップしなかった。
まー予想はしていた。
やはり俺に敵意をもって近づいてくる虫でなければ対象外ということだ。
俺は他の花壇も順番に見てまわった。
ふと、淡いピンク色の花を咲かせたバラの花壇の前で車椅子をとめた。
テントウムシを見つけたからだ!
手のひらに乗せてしばらく観察していたが、やはり戦闘ウインドウはポップアップしなかった。
俺はそのまま薔薇の葉の上へテントウムシを戻した。
アヤナ「きれいでしょ?あなたも薔薇が好きなの?うふふ…」
いつのまにか俺の背後に立っていたアヤナがそう声をかけてきた!
俺は驚きを隠しながら振り向いて答えた。
オレ「ええ、俺も薔薇は大好きです。」
もちろんウソである。
今の俺の関心は虫だけだ。
オレ「夏にオールドローズが見れるのって珍しいですよね?」
俺はそれっぽい言葉だけ返して会話をつなげた。
アヤナ「うふふ。これ業者さんに開花時期を調整してもらっているのよ!」
「私、このオールドローズのはかなげに咲く感じがとても好きなの!うふふ。」
アヤナはそう言うと、そっと目を閉じてまるで天使のような優しい微笑みのまま何かを思い出しているようだった。
ふと見るとオールドローズの茎の下に黒いアリがたくさんいた。
日本ではよく見かけるクロオオアリである。
たしか蟻には巣を守るための防衛本能があったはずだ。
俺は蟻の巣穴を見つけると、そっと指でふさいでみた。
「クロオオアリAがあらわれた!」
「クロオオアリBがあらわれた!」
「クロオオアリCがあらわれた!」
けたたましい戦闘サウンドと共に、戦闘ウインドウがポップアップした!
オレ(きたーーーー!)
俺は思わず心の中でそう叫んで指を持ちあげた。
見ると3匹の蟻が俺の指先を這いまわっていた。
しかし次の瞬間、
「クロオオアリたちは、にげだした。」
…と表示され戦闘サウンドは鳴りやんでしまった。
クロオオアリたちはすでに地面へ落ちて動き回っている。
これって今の一瞬で俺への敵意が消えてしまったってことだろうか?
もっと獰猛な蟻なら攻撃し続けてくれるのかな?
俺がそんな事を考えていると、
アヤナ「もー子供みたいなことして!あなたって面白いわね!うふふ。」
どうやら俺は小学生レベルの虫遊びをしているダメな大人に見えたようだ。
なぜかちょっと悲しい気分だ…。
そのとき、
「ブーン」
虫の大きな羽音が聞こえたとたん、突然戦闘ウインドウがポップアップした!
「スズメバチAがあらわれた!」
「スズメバチBがあらわれた!」
「スズメバチAの こうげき!」
「スズメバチAは どくのハリで するどく つきさしてきた!」
俺は、スズメバチを追い払うように右手を大きく振りまわした!
「ゆうじは どくに おかされた。」
その瞬間、俺は右腕の手首の上あたりに焼けるような痛みを感じた。
オレ(くそ、今の一瞬で刺されたのか…)
俺はスズメバチの急襲に驚きながらも次の攻撃に備えて身構えた。
アヤナ「おかしいわね。ここにはスズメバチのような危険な昆虫はいないはずなんだけど…」
オレ「たぶん外から飛んで来たんですよ。」
「スズメバチは、高層ビルの屋上でも普通に飛んでくるらしいですから…」
アヤナ「まーこわいわ。ここでスズメバチを見たのは初めてかしら…」
アヤナがそう話すやいなや、
「ブーン」
もう一匹の方のスズメバチも襲ってきた。
オレ「アヤナさん俺の車椅子の後ろに隠れて!」
俺は口早にそう告げると、スズメバチの進行方向に車椅子を向けて両手でパチンと手を叩いた。
「ゆうじの こうげき!」
「スズメバチBを やっつけた!」
オレ(よし、1匹やったぞ!)
そう思った次の瞬間、
「ブーン」
アヤナ「きゃっ!」
最初に俺を襲ってきたスズメバチが今度はアヤナを攻撃し始めた。
アヤナ「やだやだっ!!」
アヤナはそう叫びながら両手をやたらめったら振りまわしている。
オレ「アヤナさん、ハチは黒い部分を狙います。目を隠してください!」
そう言うと、俺はすばやく車椅子を回転させ、アヤナの周囲をしつこく飛び回っていたスズメバチに近づいて狙いを定めた。
そして、スズメバチの軌道に合わせ両手ではさむように思いっきり叩いた!
パチーン!
「スズメバチAの こうげき!」
「スズメバチAは どくのハリで するどく つきさしてきた!」
「ゆうじは どくに おかされた。」
「ゆうじの こうげき!」
「かいしんの いちげき。」
「スズメバチAを やっつけた!」
その瞬間、俺は右の手のひらに焼けるような痛みを感じた。
くそ、また刺された。
見ると俺の右腕と手のひらは赤くはれていた。
そして、戦闘サウンドは鳴りやみ
「10ポイントのけいけんちをかくとく。」
…と表示された。
さらに、レベルアップサウンドと共に、
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ゆうじは レベルが あがった。
ちからが 10ポイント あがった!
すばやさが 10ポイント あがった!
たいりょくが 10ポイント あがった!
かしこさが 1ポイント あがった!
うんのよさが 10ポイント あがった!
さいだいHPが 10ポイント あがった!
さいだいMPが 10ポイント あがった!
ピオリムンの じゅもんを おぼえた。
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おっしゃ!LVアップ~!
新しいじゅもんも覚えたぞ!
しかし、スズメバチ2匹で10ポイントということは、1匹あたり経験値5ももらえたのか…。
蚊とは大違いだな。
俺はさっき刺された右腕にキアリーンをかけてみた。
すると2か所あった焼けるような痛みと腫れは、まるでウソのように消えてしまった。
やはりハチの毒にも効果はあるな。
まー蚊の毒(正確には唾液だが)にも効果があったわけだから当然か…。
アヤナ「痛っ。手首刺されちゃったみたい…。」
アヤナを見ると、透き通るような白い素肌の左手首の内側が痛々しいほど赤く腫れていた。
俺は、即座にキアリーンをタップしてアヤナの左手首にそっと触れた。
アヤナ「あれ?」「痛くない?」
「なにいまの?」「手も緑色に光ったかしら?」
オレ(しまった!慌ててたせいで、うっかり彼女の目の前で魔法を使ってしまった。)
オレ「いや、その、あれ、そうだ、よく効く虫さされの薬たまたまもってたから使ったんですよ…。」
「いやーよく効いたみたいでほんと良かったです…あはは。」
俺が見苦しい言い訳をしていると、アヤナは俺に顔を近づけてじっと見つめてきた。
う…近い!
オレ「そそ、そんなに顔近いとドキドキしちゃうんですけど…」
アヤナ「ふーん…。まーいーわ。あなたってやっぱり面白いわね!うふふ…」
どうやらうまくごまかせたみたいだ。
俺が安心していると、
アヤナ「そうだ、いいもの見せてあげる!」
アヤナはそう言って、俺の車椅子のグリップを持って押し始めた。
オレ「どこいくんですか?」
アヤナ「着いてからのお・た・の・し・み!うふふ…」
そう言いながら、楽しそうに車椅子を押すのだった。
【次回予告】
[第1章 入院編] 第11話 お・た・の・し・み?




