05
食い入るように魔法陣を注視していると、小さな足音が聞こえた。
何故魔法陣に目を囚われているのか。魔法陣の何を視ているのか。何を読み取っているのか。わからない…意識的に理解する事が出来ない。
答えの出ない疑問を思考するだけ無駄と割り切って、頭の隅に追いやり、床から目を離し頭を上げた。
すると、視線の先に誰かがいることに気がついた。
暗闇に目が慣れてきて、部屋の中が薄らと見通せるようにはなったが、人の姿は輪郭しか見えてこない。
恐らく部屋にいる誰かは、自分をここに呼んだ魔術の行使者だ。
だから、何故自分をここに呼んだのか、そもそもここがどこであるのかとか、様々なことを聞かなければならない。
聞きたいことは山程ある。順応力の高さには自信があったが、あまりの急展開に自身の正常性を疑ってしまう。
自身を疑うとすれば、そもそもここは夢なのではないか…?そういえば睡眠薬をがぶ飲みした筈である。
いや、更なる可能性を追えば、幻覚という可能性もある。以前薬を大量摂取した際には、家具が楽器を演奏するオーケストラの世界を見るハメになった。
あの時は本気で家具の新世界に転生したのだと信じて疑わなかった。数時間後に現実に戻った時には、友人になった家具達ともう二度と会えないという事実に悲しんだ。
この世界が幻覚だったら嫌だなぁ...でも少なくとも夢くさいよなぁ...と思いながら立ち上がる。
夢や幻覚の可能性が浮かんできたせいか、心身が軽い。どんな急展開が襲ってきても、驚きやしない、恐れやしない。
持ち前の順応力で、対応してみせる。これが夢なら乗り切ってみせる。夢でないならどうしよう!
立ち上がってみると、思いの外部屋が広いことに気がつく。そして人影とも少し距離がある。
人影に近づくと、その姿がはっきり見えてきた。
そこにいたのは、髪の長い少女だった。
少女は口に手を当てて、幽霊でも見るような目でこちらを見ている。気のせいか、少し震えているようにも見える。
すると、少女が震えた口調で声にした。
「お兄ちゃん...?」
ここは持ち前の順応力でスマートな返答をするべきだろう。俺は即答した。
「は?」
間違えた。急展開に翻弄された。違う、そうじゃない。俺の対応力はこんなんじゃない。やり直しを要求する。
「お兄ちゃん!私がわかる...?」
だ、誰?って即答しそうになって危うく口を塞ぐ。今度こそ真面目に、スマートに。それこそ夢、幻覚、異世界なんて慣れてますというかのように。
「おお!マイシスターよ!また会えて嬉しいよ!元気にしてたかい?」
瞬間、滑ったと思った。しかし少女は応えるように泣き始めた。
致命的に間違えた。もっと真面目に答えるべきだった。あまりにもつまらない返答に泣かせてしまった。
ああ、やはり俺は呪いにかかっている。
真面目な場面になればなる程、真面目になれないという呪いに。
少女はとても真剣な目をしていたのに、俺はあまりにも適当だった。
全力で謝罪しなければならない。少女の涙を止めるためにも。
謝罪の言葉を吟味し、もう間違わぬよう選び取り、全力で放つ。
「ごめん、今のナシで!」