旅立ちの朝
勇者になんかなりたくなかった。痛いのは嫌だし荷が重いし自信もないし。ほとんど村を出たことのない俺が旅をして悪いやつらと戦うなんてあまりに現実的じゃない。ゆくゆくは噂の恐ろしい魔王を倒すだなんて、夢の中でだってありえない。そう思っていた。今でも思ってる。でもずるり、剣は抜かれた。
「なん、で」
「おおお!!!勇者だ!!お前が、勇者か!!!」
「いやッ、ちがっ・・!なにか、間違いで・・!!!」
「村の皆、急ぐのだ!この者はすぐにでも旅にでるぞ。米を、金を持たせなければ!」
「ちょ、金なんて、いやほしいけど、違うって、俺は」
勇者なんかじゃない。そんな悲鳴じみた叫びは誰の耳にも届かず、・・否、きっと、届いていただろうに、村の皆は目もあわせず一度散り、再び戻ってきては俺に布を渡し少量の米と金を渡し、水の入った瓶を持たせ、あれよあれよと村の外へ放り出した。茫然と、柵に囲われる村を、閉まってしまった村の門を見つめる。勇者選定とかいう茶番があったのが早朝、今は午前。せめて夜でなくてよかった。が、あの暗闇を避けれはしない。どうしよう。隣村まで歩いて3日はかかる。野宿をしなければいけないけど、そんな知識俺にはない。とにかく森は避けたい。盗賊も獣も怖いから。腰にぶら下がるぼろぼろの剣がずしりと重く、指先で少し触れるとぞっとするほど冷たかった。
「・・・・」
生まれ育った村から目をそらし、進まなければとは思うものの、足はなかなか動かない。どうしよう、どうしよう。村に、帰れない。家に帰れない。剣術を覚えているわけでもなく魔導が使えるわけでもなく、体力も知恵もない俺が、魔王退治?馬鹿か。できるわけないだろう。死ぬわ。下手したら今日か明日に死んでもおかしくない。ぐらりぐらり眩暈をおぼえて、目を閉じうずくまる。門が閉まる前にみた悲しげな顔の両親が瞼裏に移り、内臓がきゅうと縮んだ。




