君の幸せ
平日だというのに、正午過ぎに起床した僕は、郵便受けを確認する。
広告や変な勧誘のチラシがいつも通りに散乱した郵便受けの中に、一枚だけ異質な気配を感じてその一枚を取り出した。
招待状の様な作りの紙で、まず最初に目に付いたのは、躍る文字の横で知らない男と幸せそうな笑みを浮かべる元カノだった。文字の方に目を移すと、結婚式を挙げるやら、私たちの門出やら、出席やら。見るだけで憂鬱になるような文字のオンパレード。
「よう、久しぶり」
写真の中の彼女に喋りかける。
彼女は、僕が人生の中で一番愛した女性だった。
彼女を幸せにしていくつもりだった。本来、この招待状の横に居る男は僕であるはずだった。あの時、僕が叶わない夢を追っていたばかりに。イライラを彼女にぶつけてしまったがばかりに。僕は、大事な人を失ってしまったのだ。いつか、夢が叶ったら迎えに行くつもりだった。叶ったよ、って。これからは君をちゃんと幸せにするから、って。もう、きっとそんな事も叶わない。結局夢も叶わなければ、君を幸せにする事すら叶わなかったのだ。悔しい。僕が一番彼女を愛している。その自信だけはある。なのに、彼女を一番幸せに出来るのは、彼女が選んだのは、こんな僕の知らない、どこのどいつかも分からない男だっていうのか。全く知らない男に、彼女を横取りされるというのか。嫌だ。許せない。彼女は僕のものだった。彼女も、僕の夢が叶ったら、きっと。僕の描いた漫画が売れれば、きっと。
僕は筆記具立てからカッターを取り出し、彼女の隣で笑う男に突き刺した。
何度も、何度も。顔が見えなくなるまで。表情が分からなくなって、幸せが消えるまで。彼女の隣に居るのが、僕でもおかしくないように。何もかも、分からないように。
「どうして、僕じゃないんだよ」
こんな事をしていても意味が無いと分かったのは、誰かも分からない男の顔が認識出来なくなった頃だった。
僕は招待状をそのままゴミ箱に捨てた。
数々のボツになった漫画が捨てられているゴミ箱に、それを。僕の叶わなかった夢の中に、もう届かない彼女を。こうしておけば、なぜだか楽になる気がしたから。
「願わくは、僕の知らないところで幸せになってくれ。僕が君を幸せに出来ないなら、僕の知らないところで、その男に幸せにして貰ってくれ。知らなければ、傷付く事は無いから。だから、もう、僕の前で、君の幸せそうな姿を晒さないで欲しい」
最後に、ゴミ箱を覗いた。
彼女は、汚れきったゴミ箱の中だというのに、依然、幸せそうな笑顔を放っていた。
僕は、ゴミ箱の中身を袋に入れ、勢いに任せてきつく縛った。
もう、幸せそうな彼女を二度と見ないように。