2.目覚め
目覚めてゆっくりとあたりを見回す。
――ここはいったい……。
見知らぬ部屋。
木の壁、床にはよい香りのするイムル草を編んだものが敷かれている。
薄い布団は古そうだったが大きく、寝返りをうってもはみ出すことはなさそうだ。
誰もいない暗い室内。
窓には陽光をさえぎるために、明かりよけの薄布が張られている。その隙間から月明かりが差し込んでいた。
灯りというものはなかったが、それだけで彼女には部屋の中がよく見えた。昼のようにとは言わないが、木を張り合わせた壁に『節』がいくつあるのか数えられるほどには。
ゆっくりと体を起こす。
が、全身が何かに押さえつけられているかのように重い。
パサリ、と音をたてて額から布が落ち、布団の横に水が入った桶が置かれていることに気づく。
額に手をやり、その冷たさにしばらくまぶたを閉じた。
どうやら自分は熱を出していたらしい。
すると……が、布を置いてくれたんだろうか。
そう考えて、ふいに眉間へ皺を寄せた。
――『誰』が?
ただ何気なく考えたことだったが、布を置いてくれたのが誰だと思ったのか、改めて脳裏に描こうとしても、おぼろげにさえ思い出せない。
まるで黒い幕で覆い隠されてしまったかのように。
そして気づいた。
思い出せないでいることが、『誰か』に関してだけではないことに。
――僕は……いったい。
とたん、全身に冷や汗が出た。
落ち着きなくあちこちに視線を注いだ彼女は、立ち上がろうと床に両手をついた。
熱の下がったばかりらしい体はなかなか言うことを聞いてくれず、それでもなんとか立ち上がって窓枠に手をかけたときには息切れと頭痛で目眩がした。
目眩が治まるのを待って明かりよけを片手で押し上げる。
ここがいったいどこなのか、外の景色を見ればわかるだろうかと思ったのだ。
けれど景色より先に、窓に映った胸までの姿を見て、彼女は息を呑んだ。
――これが、僕?
見覚えのあるような顔つきに、白い夜着に包まれた痩せぎすな体。
なんとなく違和感があるのが、この長い髪だ。
手で探ると腰のあたりまで伸びている、長い髪。
なんだろう、この違和感は。
そして指で掬い取って髪を見たとたん、焦りが彼女を包んだ。
このままではいけない。
警笛のようなものが全身に響き、無意識に髪を切るための道具を探し始めた。
とはいえ、体力のなくなっている体だ。焦る心と裏腹に、そう自由に動けるわけでもなく、実際はよろよろと窓際から離れただけだったが。
そのとき軋む音をたてて引き扉が開かれ、長い髪を揺らした彼女は、怯える動物のように身を竦めた。
「おっと……悪ィな。驚かせちまったか」
手燭を持った背の高い青年が、眉を上げて気まずそうに笑う。
「ばかねぇ。女の子の寝てる部屋に、許可もなく入るからよ。だからわたしが様子を見るって言ったのに」
クスクスと笑う声が青年の後ろから響き、その肩ごしに女性が顔を覗かせ、女性の言葉に彼は軽く肩をすくめることで答える。
彼女は注意ぶかく二人を観察し、低い声で問うた。
「あなたたちは……誰だ」