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1.河岸

森の木々を抜けて、彼は河岸へ出た。

「……ちょっくら休憩でもすっか」

 河岸のゴツゴツした石の上に腰を下ろしたシューホンは、古びた旅装のフードを指先でひょいと後ろへ落とす。

 現れたのは二十代半ばの青年のそれ。

 曙か夕焼けを思わせる紅の髪。長く伸ばされたそれは首筋のあたりで一本にまとめられている。とび色の眼差しは寝不足で赤く充血し、顎には伸びかけのヒゲ。そして腰に佩いたまま離されることのないそれは、大人の腕と同じくらいの長さを持つ両刃の剣だ。

 妖獣ようじゅうを狩ることを生業なりわいとする狩人かりびとである彼にとって、それは命と等しい代物だった。

 疲れた息を吐いた彼はコリをほぐすように頭を右に左にと倒し、次いで空を見上げた。

 ぞくりとするほど美しい青。すっと刷毛でひと描きしたような淡く薄い雲が浮かぶ。

 太陽は中天を過ぎた。あと数刻でこの空も自分の髪と同じような紅の色に染まるのだろう。

「――早いとこ、町まで行かなきゃな」

 宵までに町へ着かなければ門が閉まる。

 そうなれば次の朝日が昇るまで、妖獣に怯えて過ごさねばならない。

 とはいえ、狩人であるからには、怯えてばかりはいられないしメシの種だと喜ぶべきなのかもしれないが、さすがに狩りを終えたばかりの昨日の今日では、あまりありがたみは感じない。

「よっこらしょ……っと」

 石にへばりついてしまったような体を面倒くさそうに引き剥がす。

 そのまま立ち去りかけた彼は、ふと気を変えて河へと戻った。

 そして両手足をついて跪き、水に自分の姿が映ったあたりで一気に顔を沈める。

 冷たいが心地のいい水だ。目を開けると少し河上で小魚が泳ぐのが見えた。その魚を視線で追って、シューホンは思わず目を見開く。

 見間違いかと思いながらも、音をたてて水から顔を上げた。

 その方角を見据えるようにして視線を注ぐ。

 左手に十歩ほど進んだ岸に見えたもの。

――足だ。

 人間の足。

 上半身は草むらに埋もれていて見えない。

 生きているのかそうでないのか。

 ガサガサと掻き分けて進んだ草の中から、河に足を浸しうつ伏せで倒れている人物を探し出した。

 しかしシューホンは一瞬、近づくのをためらった。

 なぜならその人物の姿が一種異様だったからだ。

 この世界にはいろんな人種がいて、いろんな色の髪や瞳の人間がいる。

 しかしこんな色は見たことがない。

 濡れて体に張り付く腰までの長さの髪は、青銀。

 まるで冴え渡る夜空に浮かぶ月のような――。

 戸惑いながらも彼は、倒れた体に触れられる距離まで近づいた。

 顔に張り付いた髪を指先で除いてやると、十五・六の少女の面が顕になった。

 口元に手のひらを近づけて呼吸の有無を確かめる。微かだが濡れた手のひらに温かみを感じた。どうやら生きてはいるようだ。

 どんな理由があるのか知らないが身に付けているものは男物の洋服で、あちこち切り裂かれたように破れている。わずかに変色しているのは、血の跡のよう。そのわりに見える肌には傷がない。するとこの服は少女のものではなく、誰かのものということか。

 しかしそのわりにピタリと寸法が合っているのがまた不可解である。

「おい。大丈夫か?」

 軽く頬を叩き刺激を与えるが、一向に目覚める気配はない。

「しょうがねぇな……」

 呟くと、シューホンは髪を束ねていた紐をほどき、彼女の手首に巻きつける。

 そして少女の体を抱き起こし、両手首の間に自分の頭を入れると、シューホンは彼女を背負って歩き始めた。

  

 


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