第6話 苦悩
その数分後、飛輪の死体を発見した者が平八郎の家に駆けつけてきた。勢いよく入ってきたが、平八郎らの惨状を見て腰を抜かした。
正午、平八郎と飛鳥の家には西の者がほとんど詰め寄せていた。
平八郎は、飛輪が自殺したことは無念だという旨を皆に伝えたが、飛輪の暴挙は伝えなかった。
飛鳥とは秘め事を行っている際、物取りに二人とも目をやられたと言った。
西の者は二人に同情するとともに、これからは皆で二人を支えていくとまで言ってくれた。
その夜、目の見えぬ二人は床に伏して話をしていた。
「皆、とても良いやつだな。」
「ええ、ほんとうに。」
「ところで飛鳥よ。俺に考えがあるのだ。」
「……なんでございましょうか。」
飛鳥は答えるまでに少し時間をかけた。平八郎の提案は、いつも良くないことが起こる。
「俺は東へ行き、崖魔を全滅させたい。」
飛鳥はそれを聞いて、布団から起きあがった。
「平八郎……、それは本気ですか!?」
飛鳥は平八郎の方へと向かって言った。いや、正しくは平八郎がいると思う方向だが。
「ああ。このまま崖魔を放っておけば、崖魔も崖魔でない者も、互いに不幸になるだけだ。それならいっそ、首をはねた方が早い。」
飛鳥は平八郎の告白に声を失っていた。
「崖魔が迫害されたのも、そのような理由です……。」
飛鳥は震える声で言った。
「しかも、あなたは目の見えぬ状態。人一人ですら倒せない貴方に、何ができるのでしょうか。」
飛鳥の意見はもっともだった。もしかしたら、俺は何も知らないのかもしれない。
「お願いです平八郎……。私の側から離れないでください……。」
飛鳥がは涙を流した。その様子は平八郎には見えぬが、手に取るようにわかる。
「すまぬ飛鳥。俺はこうと決めたら変えることはできん。それは妻のお主が一番分かっておろう。」
平八郎は諭すように言った。確かに、平八郎の意気込みは飛鳥にはわかっていた。
「俺は崖魔の血を絶つ。そうすれば、崖魔の脅威も去ろう。」
飛鳥は黙って聞いていたが、布団から出ると、押入の方へと向かった。
「どうした飛鳥。」
飛鳥は押入を開けると、なにやら騒々しい音を立てて何かを探し始めた。そして飛鳥は、一つのガラス玉を取り出した。
「なにをしている飛鳥。」
「これを平八郎、貴方に。」
飛鳥は平八郎のいる方へと向かって歩いた。そして、平八郎の手を握り、そのガラス玉を平八郎に手渡した。
「これはいったい……?」
「それは崖魔判別の水晶と言って、昔崖魔と崖魔でないものが戦ったとき、崖魔が仲間を識別できるように作られたものです。」
「それはありがたいが……、どうやって使うのだ?」
「その水晶の向こう側に、判別したい人を映すのです。今となってはもう使い物にはなりませんが……。」
平八郎は期待していただけに落胆した。
「ですが、いつか貴方の視力が戻るならば、それは必要となります。」
「視力を戻す……か。」
平八郎は考えた。しかし、目が徐々に悪くなるのではなく、いきなり眼球が潰れたのだ、だから、平八郎の眼球があった場所には空洞が広がっている。
「ありがとう飛鳥。これで俺は少し元気づけられた気がする。」
「それはよかったです。」
飛鳥の声が少し明るくなった。やはり、飛鳥の声は明るい方が美しい。
「では俺は、明日にでも出発しよう。この体、意外と衰えるのが早いからな。」
平八郎はそう言ったが、飛鳥は悲嘆に暮れていた。やはり、夫を行かせるのは辛いものである。
二人は、やがて眠りについた。
翌朝、平八郎は西の者に出かけることを伝えた。崖魔全滅の旨は伝えず、ただ目の見えない体を馴染ませるための武者修行だと言った。皆は危ない、それならば俺も付いていこう、と言ったが、一人で行うことに意味がある。心遣いは嬉しいが、一人で行かせてくれ、と言った。それ以上、うるさく言う者はいなかった。
平八郎は刀を持ち、山へと入っていった。いくら通りやすくなったとはいえ、目の見えぬ平八郎にとって傾きのある
山道は苦痛だった。
平八郎が歩いていると、前から話しかけてくる者がいた。
「おや、そちらの方はもしや盲目か。」
「いかにも。両目を失い、一寸先どころか目の前が闇である。」
「それは危ない。この山を越えたいのかい?」
「ああ。東へ行きたい。」
「ほう……。」
次の瞬間、その者は素早く抜刀した。その音を聞いた平八郎は素早く後ろに下がったが、その者は平八郎の眼前に刀を突きつけた。平八郎は、身動き一つしなかった。
「ほう、確かに。見えぬというのは本当らしいな。」
「なんだ、金か!?」
平八郎は戸惑った。まさか通り魔がまだいたとは。この人生、こんなところで果てるのか。
しかし、そんな平八郎の思いとは裏腹に、その者は刀をしまった。平八郎はほっとした。
「俺はこの山に潜む通り魔を消したいと思っておる。お主もその類かと思ったが……、あてがはずれたようじゃな。」
この男……、飛輪と同じ思いをしておる。この男は信用できるかもしれない。平八郎はそう思った。
「お主、飛輪という男を知っているか?」
平八郎は聞いてみた。
「ああ、知っておるとも。俺もそれを頼りに関所へ行ってみたんだが、もぬけの殻でな。西の、その飛輪とかいう男の家に行こうとしていたところよ。」
よし、この男の心は本物だ。平八郎は内々で喜んだ。
「それは丁度よい。俺は、その飛輪の父親よ。」
「なんと。」
その男は驚いているようだった。
「ではお主が、訪雲の日と月の戦いのときに参加していた英雄、穂呂平八郎か!」
「そうよ。今では戦うことすらままならぬがな。」
平八郎は苦笑しながら言った。あの戦いのときは苦しかったが、今となってはもはや思い出である。
「それは手荒な真似をして申し訳なかった。俺は長海恵済という者だ。」
長海という男は、平八郎に深々と頭を下げた。
目の見えない平八郎だが、雰囲気とかすかな衣擦れの音から、長海が頭を下げたと分かった。
「もしも長海殿が頭を下げているのなら、頭を上げてもらいたい。俺はそんなに偉くはないのだ。」
長海は不思議そうな面もちで頭を上げた。
「お主、そんなことが分かるのか。」
「完全にまでとは言わぬが、なんとなくだが分かる。」
平八郎はまたもや苦笑した。
「目を失った理由は聞かぬ。何かしら大変なことだったのだろう。」
「心遣い、感謝する。」
「東の方へと行くのであったな。ならば俺の家へ来ると良い。」
長海の思わぬ発言に、平八郎は驚いた。
「そんなことはできない。俺は今は人にしか迷惑をかけることしかできぬ厄介者ぞ。」
「構わぬ。これも何かの縁じゃ、俺も家へ戻るから、一緒に行こうではないか。」
断る平八郎だったが、長海の厚意に甘えることにした。
「では、お願い致す。」
「ふむ。では俺の腕に捕まりなされ。」
平八郎は長海の腕があるであろう位置に手を持っていき、長海の腕を確認すると、上腕を掴んだ。
「よし、では行くぞ。」
二人は、山を登り始めた。
「見たか獏。あれが平八郎よ。どうやら今は目が見えぬらしい。」
「ふむう。意外と細いのう。」
平八郎と長海の様子を山の木の上から見つめる者がいた。
片方は長谷万再。小柄な体をしており、ずる賢そうな顔をしている。
もう一人は大堂獏。万再とは反対に、丸々と太った体をしている。顔は、のんびりとした表情をしている。
「しかし万再、なにゆえ平八郎を狙うのだ。飛鳥を嫁にした平八郎への嫉妬か。」
万再は昔、飛鳥へ恋い焦がれていた。しかし、平八郎の嫁を募った際、平八郎に惹かれた飛鳥は関所へと去っていったのである。
「そんなことではない!」
万再は怒りを露わにして大声で言った。
「静かにしろ万再。気付かれたらどうするのだ。」
万再と獏は木の隙間から平八郎らを覗いたが、二人ともこちらには一切気付いてはいない。
「お前、何も聞いていないのか。」
万再が呆れるような声で言った。
「聞くも何も、家で昼寝をしていたらお前に叩き起こされて連れてこられたのではないか。」
獏が不機嫌そうに言った。
「あ、ああ。そうであったな。」
万再は申し訳なさそうに言った。
「よいかよく聞け獏。これは他言無用であるぞ。」
「御意。」
万再は語り始めた。
今朝万再が起きると、東の國の代表からお呼びがあった。
代表の家で話を聞くと、どうやら穂呂平八郎が崖魔を全滅させようとしているらしい。
今日、山を越えるだろうからそこで迎え討てと。
もし不安ならば、仲間を連れていっても構わないが、大人数では行くな、とのことである。
「ほう、代表がそんなことを。」
唸るように獏が言った。
「しかしなぜ代表は平八郎がそんなことを企んでいるとわかったのじゃ?」
「分からぬ。だが、代表が言うからには本当のことであろう。」
そう言い、万再はニヤリと笑った。
「しかし面白いことがあっての。どうやら平八郎は東の者全てを崖魔とは思っていないようなのだ。」
それを聞いて、先ほどまで無表情だった獏もニヤリと笑った。
「ほう、それはそれは……。実に面白いの。」
「だろう。またもや、仮死となる時が来たようじゃな……。」
二人は木の上で、笑いあっていた。
平八郎と長海は、山を下ろうとしていた。しかし、既に時は夕方であった。
「長海殿、まだ山は下れぬのか。」
平八郎は、日没の肌寒さを感じていた。
「おかしい。山を下れど下れど、一向に景色は変わらぬ。」
「なに?」
「先ほどから、標高が全然変わらぬのだ!」
「なんだと!」
そう言われて、平八郎は改めて異変を感じ取った。改めて、というのは、実は平八郎も先ほどから何度も同じ土の窪みに足を取られていて、異変は感じていた。そして、先ほどから鳴く烏の声も、全く小さくなっていない。
「長海殿、これはもしや……崖魔と呼ばれる者の仕業ではないかな?」
「……なぜその名を!?」
長海は心底驚いていた。
「妻の飛鳥から聞いた。日没と同時に命尽きるとき、人間離れした技が使えるようになると。」
「……ほう。」
長海の声は、次第に落ち着いていた。しかし、現状は変わっていない。
「崖魔の名を知っている西の者がいるとは、驚きじゃな。」
長海は、掴んでいた平八郎の腕を、素早く払いのけた。
「長海殿……?」
平八郎は驚きを隠せない。
刀を抜く音が、長海の方から聞こえた。
平八郎は素早く後ずさりをした。
「何をするつもりぞ長海殿!」
「何をする?ふん、面白いこと言うわ。崖魔を前にして、その余裕はさすがの英雄と言ったところか。」
「まさか、お主も!?」
「当たり前よ。東の者に、崖魔ではないものはおらん。」
平八郎は動揺を隠せない。崖魔とは、飛鳥や竹といった一部の民族だけだと思っていた。しかし、その思いは簡単に切り捨てられた。
「西の者がそれを知らぬのも無理はない。そのことを知った者は、全て消えてもらっているからな。」
「なぜだ。そんなことをしても、無惨なことになるだけよ。」
「無惨?無惨とはどのようなことだ。崖魔と知るやいなや、攻撃したきたのは日の者であるぞ!」
平八郎にあの戦いがフラッシュバックした。日と月、二つが相容れられぬのはそういう背景があったためか。
「別々に暮らしておけば良かったものを……。葉形覆三郎が余計なことをしなければ!」
二十年前、葉形覆三郎が引き起こした戦いによって、結果的に日と月は一つの國となり、境目が消えた。
「独立していれば!崖魔と知られて攻撃することに脅える生活をしなくても済んだのだ!」
平八郎は、下を向いたまま黙って聞いていた。
俺は、間違っていたのか?
「貴様が両国を結ぶからこのような事態になっておるのだぞ!分かっているのか!」
分からない。俺にはどうすればいいか分からない。
「……登と高正を貴様に暗殺させる予定だったが、奴らはその地位を利用し、女を弄ぼうとした。全く、阿呆な奴らよ。」
長海は、剣先を平八郎へと向けた。
「我が未来の為、死んでもらうぞ平八郎!」
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