第3話 少女たち
飛鳥が登に弄ばれている頃、関所内では平八郎と少女たちによって捜索が行われていた。
しかし、いくら探しても飛鳥と登の姿は見えなかった。
「登め……、どこへ消えたのだ……。」
登を見つけられないことに、平八郎は段々腹が立ってきた。
既に時は夕方。登と飛鳥が消失してから数時間が経っていた。
「平八郎様。」
桜が平八郎に呼びかけた。
「おお、どうした。」
平八郎はなるべく自分の中にある焦りを悟られないよう返事をした。
「私には、特別な力がございます。」
いきなりの発言に、平八郎は怪訝な顔をした。
「どういうことだ?」
「私の中に眠る力。それは人の匂いを、感知出来るというものでございます。」
「おお、それは。」
平八郎はその報せに喜んだ。しかし、なぜそのことを今まで黙っていたのか。平八郎は疑問だった。
「しかし、なぜ今までそれを黙っていたのだ?」
「この力は常人には使えない能力でございます。それは私も例外ではございません。」
平八郎は首を傾げるほかなかった。
「日が没すると同時に私の命も没する。そして私は生きる屍となり、その力を使えるようになるのです。」
続けて桜は言った。
「私を日没と同時にお切りください。そうすれば、あの女性を助けることができましょう。」
「そんな。それではお主が死んでしまうであろう。」
「生きる屍といっても、皮膚が爛れ落ちるようなものではありませぬ。容姿は人そのままでございます。しかし、心臓を源として動いていないため、身体が腐っていくのは事実でございます。」
「お主が死んでは、元も子もないぞ。我らは人を救う為に行動しておるのだ。」
「死に方の違いでございます。」
急に桜が力を込めて言った。平八郎は、その語気に気圧されるような気さえした。
「このまま行けば、彼女は屈辱のまま死することとなるでしょう。しかし、私がこの力を使った場合、私は人を助けて死ぬという、素晴らしい最後を迎えることができるのです。」
平八郎は俯いたままだった。
「それで、お主は納得なのか。」
「はい。先ほどより、決心は固めておきました。」
「そうか。ならば日没のとき、また落ち合おう。」
「わかりました。」
そうして二人は、また捜索を開始した。
やがて日没直前、平八郎らは広間に集まっていた。死屍累々となった広間では肉の臭いが漂っていたが、気にする者は誰もいなかった。
桜は着物を脱ぎ、裸の状態であった。平八郎は刀を構えていた。
「日が沈みました!」
楓が叫んだ。平八郎は刀で桜の腹を貫いた。
桜の腹からは、大量の血が飛び出した。
平八郎は急いで刀を抜いた。
「大丈夫か!」
平八郎は倒れた桜を介抱した。
「大丈夫でございます……。」
桜の声はかすれていた。心配する平八郎だったが、桜は自力で起きあがり、着物を着始めた。血は自然と止まっていた。
「大丈夫なのか。」
平八郎は心配しながら言った。
「ええ、すっかり大丈夫でございます。」
着物の帯を締め、桜は飛鳥の着物を鼻に当てた。
「この臭い、意外と近くでございますな。」
桜は飛鳥の着物を地面に置き、王室へと走り出した。
「平八郎様、こちらでございます!」
平八郎と少女たちは桜に付いていった。
桜は、王室へと続く廊下の途中で立ち止まった。
「ここの下から、先ほどの臭いが漂っております。」
そう言うと、桜は地面を思いっきり蹴った。
するとどうだろうか。そこには、階段があった。
「ここにこんなものがあるとは……。」
平八郎は驚くしかなかった。
「急ぎましょう。」
桜のその声に皆は賛同した。
飛鳥は完全に憔悴しきっていた。
登に体を触られたのちに、慰みものにされたからである。女として、自信を喪失していた。
「飛鳥といったかな。どうだ、このまま俺と祝言を挙げぬか。」
裸の男が飛鳥の方を見ながら言った。飛鳥は答える気力がなかった。
「ふん、まあよい。どうせ俺の子種を孕んでおる。既に俺の嫁となったも同然よ。」
登は服を着ながら言った。
「まさかこの國にこんな上玉がいたとはな。容姿だけでなく、体の方もなかなかのものよ。平八郎などという、あんな若者には勿体ない。」
そのとき、階段を駆ける音が聞こえた。
「高正か?」
登はそう思ったが、どうやら違うようだ。
足音は、複数ある。
「もしや平八郎か……?いや、あの人数だ。いくら平八郎と言えども──。」
不意に地下室の扉が開けられた。
扉の向こうには、平八郎と少女たちがいた。
「平八郎殿……。」
登の声は弱々しい。
「登よ。貴様の卑劣な行為は既に明るみに出ている。」
「ほほう……。」
登は近くにあった剥き出しの刀を取った。そして、その刃先を飛鳥の膣の前へと持っていった。
「何をする気だ登!」
「簡単な話よ。人質というやつだ。」
「そんなことをしても何の得にもならん。やめるのだ。」
「得?知らんな。私は人の苦痛に歪む顔が好きなのだ。」
登は飛鳥の膣に刀を当てた。飛鳥には冷たい感触が伝わってくるのを感じた。恐怖からか、飛鳥の瞳から涙が流れていた。
「やめろ登!」
平八郎は叫ぶ。
「ならば平八郎。ここで自害してみせよ。」
「なに?」
「貴様の死で、この娘を解放してやろう。」
「貴様……!」
平八郎はどうするべきか悩んだ。ここで自分が死んでも、恐らくあの少女は解放されないだろう。
「さあ、早く死ぬがよい平八郎。もしも、妙な動きを見せたならばこの娘をすぐに切りつける。」
平八郎は静かに刀を抜いた。
もしも登がこちらを向いてくれるならば動きを止められるのだが、残念ながら登は平八郎の足下を見ている。
平八郎は刀を逆手に両手で持ち、自分の腹に思い切り刺した。
視界がぼやける。腹に激痛が走った。
「いいぞ平八郎。それでこそ男。それでこそ民を守る王よ。」
登は歓喜の声を上げた。
しかしその瞬間、登は何かによって体を締め付けられた。細い糸で締め付けられるような感覚である。
登は痛みで刀を放した。楓は、刀が飛鳥の体に触れるより早く、その刀を奪取した。
「なんだこれは……!」
登は黒い糸で体を何重にも巻かれていく。両腕どころか、指すら動かせぬ状況となった。
楓は刀を平八郎の足下へと放り投げると、飛鳥を背に乗せ、こちらに走ってきた。
平八郎は状況が飲み込めずにいた。
「これは……、何が起こっている?」
「ご心配なく平八郎様。これは私の力にてございます。」
そう言ったのは、竹であった。
「私の力……、先ほど桜様が仰ったものと同様に、日没と同時に命を没することで使える力でございます。内容は、桜様とは異なりますが。」
竹は両手を巧みに操っている。
「私の力、両手の指から糸を出すことが出来ます。平八郎様は、じっとしていてくださいね。」
「ああ、わかった。」
平八郎は驚いていたが、今はこの少女の言うことを黙って聞いた。
「では不埒な輩を葬り去ります!」
竹は両手を左右に大きく広げた。
登の体に亀裂が走ったかと思うと、たちまち血が滲み、体は細かく切断された。
「ふむ、お見事。」
済ました声で楓が言った。
時は既に夜。空には月が出ていた。
一同は、死屍累々とした広間ではなく、王室で集まっていた。
平八郎は3人だけを残し、あとの少女たちを家に帰らせた。
「皆、今回は誠に申し訳ない。」
平八郎は深々と少女たちに頭を下げた。
「また、桜と竹に至っては人としての人生を破壊してしまったことを、本当に申し訳なく思う。」
そう、桜と竹は一度死んでしまった身である。心臓の動きが完全に停止しているため血液が循環することはなく、あとは腐っていくだけである。
「もとより覚悟の上でございます。私たち不死の体を持つ者は、これが運命であります。」
「同じく。人の形に戻れぬのは残念ですが、これもまた、私。」
桜と竹は決して悲しい表情を見せないで言った。
それは嘘だ、と平八郎は思った。まだ成人を迎えていない少女たちが、自らの体が腐っていくことに耐えられるはずがない。死なずにいれば、そのまま人並みの幸せを手に入れられたのに。
「飛鳥。お主にも辛い思いをさせてしまったな。」
飛鳥は自らの着物を回収し、身に纏っていた。
「いえ、体を汚されたことは事実ですが、それも試練とお受けいたしましょう。」
彼女たちの心は強い。平八郎はそう思った。
ふと平八郎は思ったことがあった。
「桜、竹。お主らの肉体を腐らせることがないようにする手段などはないのか。」
平八郎は賭ける思いで言った。自らの為に犠牲になった少女たちを、救いたい。
「ありませぬ。こうなった以上、腐り落ちることを止めることはできませぬ。」
そう言い、桜は袖をまくった。
桜の腕は、既に青くなっていた。
「そうか……。」
平八郎は俯いた。俺がしてやれることは何もないのか。
「もし、」
竹が呟いた。
「もし願いを一つだけ聞いてくださるのであれば、頼みごとがございます。」
竹がそう言った。平八郎は竹と目を合わせないよう竹の方へと向いた。
「なんだ、なんでも申してみよ。」
この少女の願望だ、何でも叶えてみせようと平八郎は思った。
「私を……お切りください。」
平八郎は強い衝撃を受けた。
「どういうことだ。」
「このままでは、私は平八郎様の前に醜悪な姿を晒すこととなります。それならば、いっそ綺麗なまま、腐りきってしまう前に。」
平八郎は頭を抱えた。
この少女はこのままでは腐敗したまま死んでしまう。苦しみながら死ぬのであればいっそ殺した方がよいのかもしれぬ。かといって、この少女を殺めるなど、俺には出来ぬ。平八郎は、八方塞がりとなった。
「お願いでございます。この爛れゆく体を、私は感じていたくはないのです。」
平八郎は黙って刀を鞘から抜いた。そして、竹の前に構えた。
「ありがとうございます。」
竹は頭を下げた。その頭は深々と、ゆっくり下がった。
しかし、平八郎はその下げた顔から一滴の滴がこぼれるの見逃しはしなかった。
平八郎は、刀を降ろした。
「どうしました。」
竹が顔を上げた。
「俺にはできぬ。すまぬがその願い、聞き入れることはできぬ。」
平八郎は少女たちに背を向けた。
「そうですか……。」
竹もまた、平八郎に背を向けた。
「では私はこれにて、失礼致します。」
竹はゆっくりと歩き出した。
「すみません、私もこれにて。」
桜もまた、竹に続いた。
二人は関所から出ていった。
「さて、と。」
平八郎が振り返った。
「飛鳥といったな。お主、俺の嫁にはならぬか。」
「嫁……ですか?」
飛鳥は目を丸くした。このような話の流れを、全く予想していなかった。
「お主が嫌というのなら、無理は言わないが……。」
「いえ、滅相もございません。それは大変喜ばしいものですが……。」
飛鳥は俯いた。
「先ほどの男に貞操を奪われた今、私は奴の忌々しき血をこの身に宿しております。」
平八郎は、飛鳥の近くまでに歩み寄った。
「構わぬ。それでも俺は、お主が俺を愛してくれるというのなら、俺はお主を愛し続ける。」
飛鳥から、大きな涙がこぼれた。
「ありがとう……ございます。」
飛鳥は袖で瞳を拭ったが、それでも瞳の滴を止めることはできなかった。
ご閲覧ありがとうございます。
ご意見ご感想などありましたら、書いていただけると幸いです。




