片想い
僕にとっての淡い望み。
愛する君に抱かれること。
でも、女の子たちのアイドルな君が、僕の方に振り向いてくれるなんてあり得ないって思ってた。
だから代わりに、もらうことより与える事を考えた。どうやったら君を幸せにできるか、いっつも考えてた。
部活の遠征でどうしても休んでしまう授業がある時、代わりに綺麗なノートをとってコピーしてあげた。
化学のモル計算は、分からなかったら致命傷だし。
学級委員で忙しさに仕事を抱えてしまった時は、黙々と業務を手伝ってあげた。
その度に、君は花が咲くような笑顔で笑って、僕に感謝をしてくれる。
「ほんとうに、ありがとう!」って。
いつしか教えてくれた。
人は何も持ってなくても、笑顔を人々に贈る事が出来るのだと。
だから頼まれた。
「君も笑って! みんなに挨拶する時とか。きっと素敵な笑顔だと思うんだ」
片想い相手に言われたのなら、仕方が無い。
元々人付き合いの苦手な僕も、渋々実践することにした。
でも、鏡を見ながら笑う練習をしても、どうしたってぎこちない。
それを君に横からヒョイと覗かれた。
「こうしたらいいよ、ねっ!」
言わんや君は、僕の口の端を両方とも指で押さえて、ヒョイと口角を上げる。
突然触れられて理性を保てなかったのは、こちらの方だった。
「やめてっ!」
パシッと両手で君を突き放す。
呆然とした君を残し、僕はその場を走り去った。
触られたらばれる。
ばれたら嫌われる。
ふれられたらばれる。
ばれたらきらわれる。
フレラレタラバレル。
バレタラキラワレル。
恐怖が胸の中で、壊れたレコード機のように、永遠にぐるぐると回り続けた。
でも、僕はとうとう逃げることを辞めた。どんな事があっても、全てを受け入れるんだ。最悪それが、気持ち悪がられ、ずっと避けられ続けることであっても。
両頬に、涙が伝うのが分かった。
強くならなくちゃ。
だって、君を困らせ戸惑わせているのは、間際れもない僕自身だから。
僕の足は、君のいる教室へクルリと方向転換した。
心臓が誰かに鷲掴みにされたようで、乱れた心音を奏でた。
でも、行かなくちゃ。
誰かを好きになるって、
相手に近づいて行く勇気が必要なんだ。
帰ってきた僕の顔を見た君は、開口一番
「どしたの⁉︎」
とびっくりして心配してきた。
僕はさっきから散々泣いていて、多分目が充血していた。
それもあって、なかなか戻りたくはなかった。
「きっと僕のせいだよね…、ごめんね」
繊細な君は何かを察して謝ってくれた。
申し訳なさそうな表情が、ふと真顔になる。
「お詫びに、何かさせて‼︎」
「へっ⁉︎」
「君が一番欲しいもの、一番して欲しいこと、何でも言って‼︎」
僕は圧倒されてしまっていたが、後で振り返れば、それは君なりの精一杯の誠意だったのだ。
「そんなの、一つしかないよ…」
僕がモゴモゴと濁らせた言葉を、君は決して聞き逃さなかった。
「そのたった一つ、教えて!」
「やだ!」
「どうして…」
「だって…、これ言ったら、絶対君に嫌われる」
「嫌いになんかならないよ」
君が堂々と当たり前のように言うので、僕は内心びっくりしてしまった。
「だって、君はいつだって、僕のことを助けてくれる。すごい感謝してるんだ!
だから何かしてあげたかったんだけど、逆に君を傷つけちゃったみたいで本当に申し訳なかったんだ!」
「別に、気にしてないって…」
「だから、君が欲しいものを素直に聞こうって思って」
そして君は、お得意の笑顔でニッコリ笑った。まさに、天使の微笑だった。
君に対してでさえ、不器用にしか接することが出来ない僕の心まで、明るく照らし出すようで。
だから、思わずコトバが零れたんだ。
「キスして欲しい、かな?」
君はちょっと驚いたようだったけど、
ためらいもなく、
勘ぐりもせず、
両手で優しく僕の頬を包む。
僕は、緊張に耐えられなくって、目をつむってしまったけれど、
僕の唇に、温かなやさしさが触れたことは、はっきり分かったんだ。