十年に一度
2017/08/13 加筆修正しました。
読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。
事の発端は、1961年。
後に、柳川事件と呼ばれることとなる協定違反を切っ掛けに『プロ野球選手が、アマチュア選手に指導してはならない』という禁止事項が生まれる。
それは引退したプロ野球選手でさえ、例外ではなかった。
その後、好転したものの、実際に引退した選手が、学校で監督として采配を振れるようになったのは、それから、23年後の1984年だった。
しかし、それすらも名ばかりの物で『プロを引退後、教師として10年働いた後に、晴れて監督になれる』という条件が付いていたのだ。
その頃のプロ野球選手で、教職員免許をすでに所持している者など皆無に等しく、となると先に教職員の免許が必要で、引退したプロ野球選手が、高校野球部の監督になれるのは、早くても15年後と言う、ただの嫌がらせだったのだ。
近年になって、漸く『教職員免許』の事項が外され、プロ引退後、すぐに監督として采配が振れるようになったが、52年を要した。
しかし、未だに現役選手は、高野連に登録されている野球部に在籍していた場合、母校の後輩も、例え息子であったとしても、野球を教えることは出来ないままでいる。
とはいえ、遥か遠い過去にプロを2名出している市西野球部には、ほぼ関係の無い話だ。
母校でもなく、私立でもないことから、ボランティアで教えてくれる、元プロなんて居なかった。
ということで、市西で教えてくれるのは、残念なOBだけなのである。
現役の頃、誰もが疎ましく思っていた筈なのに、卒業すると自分は違うとでも思うのだろうか?
地方予選すら抜けたことないのに、ただ歳を喰っただけで、自分の方が優れていると勘違いしているのである。
下手なOBに、下手に教えられ、変な癖が付いたら……。
だが、学は、それすらも巧く利用してみせた。
ピッチャー川島の相手をさせたのだ。
それは、ミーティングまで話は遡る。
学は、一冊の雑誌を部員たちに見せた。
その雑誌とは、高校野球の専門誌で、ページを開きその中の一項目を読み上げる。
「田中大樹、左腕投手、球速152km/h、変化球はフォークとシンカー。特に右バッターが、彼のシンカーを打つのは難しいだろう」
部員たちは、学が何を言いたいのか解らないでいるようなので、話を続ける。
「雑誌記者は、新しい情報というより、次に現れるスター選手を常に探しとる。それが掘り出し物であればあるほど『アイツを最初に見つけたのはワシ!』みたいな自慢が、特に高校野球の記者には多くてな。十年に一度の逸材とか、怪物って記事、見たことあるやろ? アレな……だいたい四、五年に一度のペースで出てるんや」
「それじゃ、5年に一度の逸材やな」
そう言って、監督が笑うと、釣られて部員たちも笑う。
「公立高校に、凄いフォーク投げる奴が居るって、知られたらどうなる?」
この言葉で、ようやく部員たちは笑い事でないことに気がついた。
「川島の変化球はフォークだけや。記事にされれば、さっきの選手のように詳しく書かれてしまう。フォークとストレートの二択ってな。夏までに、もう1つ変化球を覚えることがで出来ればええんやが、やっと覚えたフォークを崩すことになるかもしれん」
ピッチャー転向まで考えていた悩みが、再び川島を苦しめる。
「もう一つ、変化球か……」
「覚えられれば、それはそれでええんやが、変化球よりも、川島にはストッパーをやって欲しいんや」
「ストッパー?」
「あぁ、変化球を1つ増やしたところで、川島だけで全試合を戦うのは無理が出る。そこで、7回からの一巡なら、例え現状の二択でも抑えられると思うんや。まぁ、夏まで時間はあるから、それまでに答えを出そう」
「うん、わかった」
「大丈夫、川島の練習相手は、もうすでに考えとる。他に投げられる球種がないかも考えてみるから」
よしよし、なんとなーく、自然な感じで巧く『夏が目標』に導けた!
ダメ押ししとくか!
「実はもう1つ、川島を投げさせない大きな理由があるんや」
部員達は、握り飯を食う手が止まり、学に視線が集まる。
「それは南波、お前や!」
するとその視線は、学から南波へ。
「え?! な、なんで?」
何もしてないのに「この人痴漢です!」と言われたような感覚に襲われる南波。
「お前、川島のフォーク受ける時、後ろに逸らさんように座り直すやろ。バレバレなんじゃ!」
甲子園での名勝負として名高い、PL学園対横浜延長17回の死闘。
その試合においても、横浜の捕手の癖が見抜かれた為に、平成の怪物とまで呼ばれた投手でさえも、激しく打ち込まれたのである。
「投げる前から判ったら、バット振らんやろ」
南波は、尋常じゃないほど汗を掻き、言い訳を始める。
「い、いや、俺は、ただ、気合い入れてただけで……」
「南波! 落ち着け! お前も夏まで、一緒に頑張って癖を直そうやないか」
「お、おう」
と言うわけで、OBたちは一列に並んで、川島と真剣勝負を行っているという訳だ。
読んでくださって、ありがとう。
知らない人のために、PL対横浜で書いている平成の怪物は、松坂大輔選手のことです。




