Probatio Diabolica
読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。
2017/08/22 修正済み。
俺は……ただ……
ルールを……守っただけなのに……
な、なんで……こ、こんなことに……
その男は、気温が与える熱とは別の要因によって、多くの汗を掻いていた。
否、掻かされていた。
男は、野球が好きだった。
特に、高校野球が大好きだった。
この中からプロになる選手が、そして、10年に一人の怪物と呼ばれる選手が現れることに、心躍らせていた。
ただただ野球が好きで、出来る限り近くで見たいという衝動が、捕手の真後ろまで来させるようになっていた。
審判をするにようになって12年。
全国大会の主審をしたこともあった。
まさか、別の意味の怪物が現れるとは、思ってもみなかった。
俺、なんか悪いことしたんか?
今日ほど、否、審判員になってから、ジャッジをすることが嫌になったのは、初めての経験だった。
一球一球のカウントが、異常なほど緊張と恐怖で、いつ心臓が破裂しても可笑しくない気分だった。
そうだ、この試合が終わったら、審判を辞めよう。
やっぱり、涼しい部屋で横になりながら見るのが一番だ。
まるで、どこに投げても打たれると思ってしまったピッチャーのように、主審青木の心は折れていた。
時間を遡ること、30分。
市西の選手たちは全員、2ストライクに追い込まれるまで、バントの構えをし、その後、ストライクをカットするという手段を取っていた。
二回までは、様子を見ていた主審の青木も、2013年花巻東高校の例もあってか、市西の戦法を行き過ぎと判断した三回の表、塁審たちを呼んで協議したのち、同意を得た上で、市西の主将である学を呼び注意を促した。
「市西のカットは、目に余るものが在る。次、カットすれば、特別規則19項により、バントとみなし、アウトカウントを取る」
「解りました、主審の裁量にお任せします」
予想してたよりも、あっさりと受け入れられたことを意外に思ったが、やはりスポーツをやる高校生は違う、その気持ちの良いスポーツマンシップに笑顔で頷きながら、試合を再開しようとした、その時。
「あぁ、主審。ひとつ聞き忘れていました。特別規則19項ルールなんですが、もちろん、明確な基準が在ってのことですよね?」
「もちろんだ」
「予め、教えて頂けませんか? その基準を」
そのジャッジを不審に思っているかのような発言に対して、嫌味を含めて答えた。
「フォロースルーが、しっかりしているかどうかだよ。戦法として使ってるのに、そんな事も知らんのかね?」
「申し訳ありません、勉強不足で」
「それでは、始めるよ」
「あぁ、あともう一つ」
「なんだ、まだあるのかね?」
苛立ちを少し露にした。
「もちろんですが、相手側も適用されますよね?」
「当り前だ!」
主審の青木は、語気を強めてそう答えた。
その後、注意を促したが市西は戦法を変えず、アウトを重ねチェンジとなった。
そして、三回の裏、川西北陵の攻撃、1アウト2ストライクで早速問題が発生する。
打者の打ったボールがチップして、ボールがキャッチャー後方へ流れた。
主審がファウルのコールをした瞬間、市西の監督がタイムをかけ、主将の学が主審へと走る。
「なにかね?」
「明らかに、我々より、フォロースルーが足りませんでした。今のはスリーバントでアウトの筈です」
確かに、打者のバットは振り切ってはおらず、カットとみなされても可笑しくは無かった。
青木は、返事に迷った。
本音で言えば、回数が明らかに多く、カットを目的としているように見えるからこそ、市西の選手をアウトにしたのだ。
しかし、それを言うことができない。
さっき「明確な判断基準は、フォロースルーだ」と言ってしまったからだ。
青木は苦し紛れに、
「今のは、ヒットを狙ったがファウルになったと判断した。君、そうだね?」
言われるがままに、川西北陵の選手は頷く。
しかし、それが更に主審青木の首を絞めることとなる。
「では、我々と今のファウルとの違いはなんです? どうして、我々だけがヒットを狙っていないと言えるのですか?」
「それは、君たちは明らかに回数が……」
つい本音が漏れた。
「回数? それは何回ですか? 何回すればアウトにすると、規定に明記してないのに判断されるのですか?」
時間が掛かっていることを不審に感じて、塁審たちが寄って来た。
そこで、主審の青木は、塁審たちに尋ねてみた。
「私は、今のはファウルだと思うのだが、君たちの意見も聞きたい」
「今のを市西と同じように、バントとしてアウトにしろと言ってきたのかね君は?」
塁審の佐々木は、驚いて学の方を向く、
「はい」
「言いがかりも甚だしい、君は19項の全文を知らんのかね?」
そう言われ、学は全文を読み上げた。
「2015年版、高校野球特別規則19項。バントとは、バットをスイングしないで、内野をゆるく転がるように意識的にミートした打球である。自分の好む投球を待つために、打者が意識的にファウルにするような、いわゆるカット打法は、そのときの打者の動作(バットをスイングしたか否か)により、審判員がバントと判断する場合もある」
「そうだ、判断する・ば・あ・い・も・あ・る、ということだ。よって、今のはファウルだ」
「可笑しなことを言いますね。審判の好き嫌いで、判断するということですか?」
佐々木は呆れ、この会話自体を終わらせることにした。
「これ以上は、遅延行為とみなすが言いかね?」
「では、そのジャッジを提訴します」
その言葉に、佐々木は鼻で笑った。
「高野連に提訴したところで、答えは同じだよ」
学は、ニヤリと厭らしく笑って、
「誰が、こ・う・や・れ・ん、と言いました?」
その言葉に、審判たちは凍りつく。
ただでさえ、2013年に賛否両論に別れ、苦情も多かった。
だがあのレベルのカットマンは、早々現れないだろうと、2015年版でも残された。
それはもう、ただ、1972年に下された審判は正しかったのだと、保身ともいえるプライドのために残したと言わざるを得ない。
裁判になれば、おそらく負ける。
コチラの映像は、どちらですか?などと問われたら、その違いを説明が出来ないからだ。
特に、市西の選手たちは、2ストライクになるとバスターのポーズを止め、通常の構えからカットを行っていた。
フォロースルーも申し分ない、ただ、カットの数が多過ぎたというものだ。
明確な記述がなく、判断は各審判に丸投げした、曖昧で証明が出来ないが存在しているルール、それが19項だ。
「しっかり、映像も押さえさせてもらいましたよ」
学は、止めを刺した。
裁判になれば、自分たちの名前が公表される。
「そんなことをすれば、君たちも……」
「高野連が、僕たちを出場停止に? 出来る訳ないでしょう。暴力沙汰ならともかく、ルールの改訂を求める抗議なんですよ。高野連がしたくても、世間が許しませんよ」
「き、君は何か? わ、我々を脅すというのか?」
「脅し? どうして脅しだと思うのですか? ジャッジは正しいのでしょう? 堂々とこのままジャッジしてくださいよ」
そう言って、学はベンチへと下がる。
「ちょっと待ちたまえ!」
「遅延行為とみなされたくないので、帰ります。どうか、公平にジャッジをしてください。青木さん、佐々木さん、田中さん、矢野さん」
読んでくださって、ありがとう。
タイトルの和訳は「悪魔の証明」です。
意味は、証明することが、非常に困難な命題を証明すること。
個人的見解ですが、花巻東のカットマン(プロではないの名前は伏せますね)は、40年に一度の本物の怪物だと思います。
私がスカウトマンなら、彼を一位指名に押しますね。
かの巨人のバント職人、川相昌弘選手のように、長く活躍できる選手だと思います。
現在は大学なのだそうですが、ぜひ、スタイルを崩さず、もう一度、あの素晴らしいカットを見せて欲しいものです、阪神タイガースで!




