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企画参加もの

人魚姫だけど王子様をモノにしてやる

作者: ナツ

タイトルはなまず娘さまから頂きました(ありがとうございました!!)

※作品の最後に頂いた人魚姫のイラストを飾っています。

挿絵を表示したくないという方は、画面右上の「表示調整」バーの一番上にある「挿絵表示中」をクリックしてOFFにして下さい。

 小さい頃から繰り返し聞かされた昔話。

 人間の王子を助けた人魚姫の悲恋。


 ――「そしておじい様の妹姫は、愛する人を手にかけるくらいなら、と自ら海に飛び込んで泡になってしまったのですって」


 昔話を私に聞かせる時の母様は、どこか陶然とした光を瞳にたたえていた。

 一度そんな母様に

 「どうせ死んじゃうなら、王子様も殺せば良かったのに」

 と本音を口にしたことがある。

 

 母様は私を驚愕の表情で見つめ、その後しばらく落ち込んでしまった。

 子供心に「この人、よわっ」と思ったものだ。

 ところが人魚族の女というのは、みな母様みたいに夢見がちで繊細なのが普通らしい。そりゃ泡にもなるわ。

 ある程度大きくなって、そのことに気づいてからというもの、周りから奇異の目で見られるのは困る、と私は無口を貫くようになった。今ではすっかり「変わり者の姫」で通っている。


 人魚族の女のもう一つの特徴は、その声だ。

 高い低いの違いはあっても、みんなすごく魅力的でセクシーな声をしてる。人魚族の男は輝く銀色の鱗と腕力の強さで女を誘惑し、女はその声と思わず守ってあげたくなる弱々しさで男を惹きつける、というわけです。

 

 実は、私があまり喋らないのには他にも理由がある。

 声の質がいまいちなのだ。よっぽど声を張らないと、必ずといっていいほど聞き返される。

 魅力的な人魚の条件を2つとも外してしまってる私は、当然のようにつがいを見つけられないでいた。


 ああ、男が欲しいなあ。

 

 情深い人魚族は、それはそれは身内を大事にする。

 私が変わり者だろうが何だろうが、母様も父様も兄や姉たちも、みんな私を可愛がってくれた。だけどいつからか家族愛じゃない愛情が欲しい、と願うようになってしまった。

 発情期に入った私は、ムッツリ姫。

 こうなったら、陸で男を狩るしかない。




 「ねえ、兄様。私、陸に上がりたい」


 ある日、一番仲の良い兄に打ち明けてみた。


 「いいんじゃないか」


 てっきり反対されるものだと思っていたのに、あっさり兄は頷いた。


 「メリッサももう16だ。自分のことは自分で決められるだろう。ここにいても……その……言いにくいんだけど」

 「結婚相手が見つからない」

 「それ」


 よく通る声で兄が即答したので、尾びれで思いっきり腰を叩いてやった。

 自分で分かってることでも、人から改めて指摘されると無性に腹が立つ。

 父様や母様も反対しなかった。

 姉様たちは、恐い顔で「王子とだけは恋に落ちるな」と警告してくれた。大叔母さまの恋物語は、すっかり彼女たちのトラウマになっているらしい。



 大叔母様を人間に変えたという例の魔女の家を、まっすぐに目指して泳ぐ。

 私の来訪を見て取ると、魔女は慌てふためいて家に駆け込み、ドアをきっちりと閉めた。


 「帰っておくれ! もう人魚姫とは一切関わりたくないんだよ!」


 哀れな大叔母さまの最期は、魔女の耳にも届いたみたい。っていうか、散々責められたんじゃないかな。おじい様は今でも魔女を許していないので、彼女は住み慣れた家を追われ、辺鄙な場所で細々と暮らす羽目になったのだ。


 「お願い、ここを開けて」

 

 扉をガンガン叩きながら懇願してみた。すると、私の声に驚いた魔女が好奇心に負けてそっと窓から顔を出した。


 「ひどい声だねえ。人魚姫とは思えないじゃないか。なんだい、それ。呪いかい?」


 私が大きく体をしならせ尾びれを振りかぶると、魔女は「待った、今のなし!」とあわあわしながら扉を開けてくれた。

 自分で分かっていることでも(以下略)。


 


 「なるほど――あんたの気持ちは分からんでもない」


 魔女は気の毒そうに私を眺め、軽く首を振った。


 「だけど、知ってのとおり魔法は宝石では買えないよ? あんたの髪は綺麗だけど、それっぽっちじゃ代償にはならないねえ。声もダメだし。さて、どうしたものか」


 何かを得るには、何かを差し出さなくてはならない。

 物が欲しいのなら物であがなえるけど、私が欲しいのは物じゃない。

 等価交換は、絶対の掟だ。

 だけど私だって、何の考えもなしにここに来たりしない。

 取引の材料を口にすると、魔女は大きく目を見開いた。


 「ほ、本気かい?」

 「ええ。それで不足はないでしょう」


 魔女は私の気が変わる前に、と急いで薬を調合し始めた。

 彼女のくれた青いガラス瓶に入った魔法の薬をぎゅっと握りしめ、私は期待に胸を膨らませて水面を目指した。

 どこまでも深く青い海の色が、だんだんと薄まっていく。

 空から差し込む光で白く泡立った波間にプカリと顔を出し、私は浜辺を目指して泳いだ。

 

 出来るだけ人の多く住む町に行きたい。

 人間というのはとても面白い種族で、人によって異性に求めるものは違うと聞いたことがある。大勢の人の中で暮らせば、一人くらいは見つかるんじゃないかな。

 声が変で性格も雑な元人魚の私でもいい、と言ってくれる奇特な男が。


 

 ようやく浜辺に辿りつけた。

 すっかりくたびれた私は、適当な大きさの岩を見つけてもたれかかり、ちょっとだけ、と自分に言い訳しながら目を閉じた。こんなに長く泳いだのは、初めてだ。流石に疲れてしまった。そしてちょっとだけ、のつもりがぐっすり寝入り込んでしまい――。


 誰かにつつかれて、目が覚めた。


 「良かった。生きてるんだな」


 目の前にひざまずいていたのは、黒い髪に綺麗なはしばみ色の瞳を持った若い男。

 高貴な身分であることが、その身なりからすぐに分かる。腰に履いた剣のつかには、大鷲の紋章が刻まれていた。人間はもっと醜いという話だったのに、目の前の男はなかなかの美青年に見える。

 これまで人間についての話は沢山聞いてきた。

 だけど、生きてるのを実際に見るのは初めてだわ。

 海で溺れた人間のし……まあ、そういうこと。


 もっとちゃんと観察したかったのに、彼は私と目が合うとハッと目を逸らした。そのまま真っ赤な顔で自分の肩からマントを外し、そのマントで私の全身を覆ってくる。

 

 えええっ!? 

 この人、私たち人魚族が、皮膚呼吸する生き物だって知らないの!?

 このままでは、殺されてしまう!


 「いやっ! やめてっ!」


 必死に抵抗したんだけど、彼は「大丈夫だ。もう大丈夫だから」と何度も繰り返し私を宥めようとマントごと抱き上げた。ザバリ、と半分浸かっていた水から引き揚げられ、ますます息苦しくなる。

 どう説明していいのか分からない。

 あなたのその善意で、今、私は死にかけてます。

 気が遠くなりかけ、はた、と気づいた。

 薬を飲めばいいんだ。


 「く、薬を、飲まなきゃ」


 右手にしっかと握りしめていた小瓶を開けようとするが、手が震えて上手くいかない。

 若い男は、私の手の中の瓶を見て、しようとしていたことを察してくれたようだった。

 その場にサッと座り、私を抱きかかえたまま瓶の栓に噛みついて開けてしまった。優美な外見に似合わないその乱暴な仕草に、胸が高鳴る。

 息苦しくて心臓が跳ね回ったせいかもしれないけど、とにかくドキンとした。


 「飲めるか?」


 朦朧としてくる意識の中、何とか頷き、細い瓶をくわえることが出来た。

 コクコクと飲み干す間、彼はじっと私の唇と喉に見入っている。

 あまりに熱のこもった視線だったので、すごく恥ずかしくなってしまった。こんな目で男に見つめられるのも、生まれて初めての経験だ。


 魔女の魔法は、完璧だった。

 みるみるうちに、下半身が発光しながら形を変えていく。マント越しにも、その変化は明らかだった。若い男はあっけに取られたように、私が人間になるのをただ眺めていた。

 拾った人魚の下半身が突然ビカビカと光るなんて、びっくりして放り出してもおかしくない。

 だけど、彼はそうしなかった。それどころか、腰や足が熱くてもじもじしてしまう私の背中を、遠慮がちにそっとさすってくれている。


 異性に馴れていない私は感激のあまり、ころり、と恋に落ちてしまった。

 この男が、欲しい。

 もう誰でもいいからつがいになりたいとは思えない。


 ようやく光が消え、私を炙っていた柔らかい炎も鎮まった。ひいては寄せる波の音だけが、私達の耳を打つ。若い男は私を抱えたまま難なく立ち上がり、ゆっくりと私を自分の前に立たせた。マントを首の前でしっかり合わせ、自分でそこを持つように促してくる。

 裸でいるのは恥ずかしいことなんだ、と唐突に私も理解した。


 「俺はアーネスト。どうして、人魚がこんなところに?」

 「もう人魚じゃないわ、人間よ。魔法の薬を飲んだもの」


 変な声だと失望されるのが嫌で、私は早口で喋った。

 人の気持ちも知らないで、アーネストは「落ち着いて、もっと大きな声で話してくれないか」などと言ってくる。


 「私はメリッサよ。海では結婚相手が見つからなかったので、陸に上がってきたの」


 しょうがないのでありのままを打ち明けたのに、アーネストは信じてくれなかった。


 「それは嘘だろ。こんなに綺麗なのに、相手が見つからないはずない」


 波打つ長い糖蜜色の髪。すべすべの白い肌に、海と同じ色の瞳。

 人間から見れば、私は美人に分類されるらしい。

 それを彼に教えて貰えた時の嬉しさといったら! 私は勢い込んでアーネストに尋ねた。


 「アーネストも? アーネストも私を美人だって思う?」

 「――まあな」


 少しガッカリしたけど、まだ出会ったばかりだからしょうがないと気を取り直す。


 「これからどうする予定だったんだ」


 どこにも行く当てはないので、とりあえず宿屋を探そうと思っていた、と話すと、アーネストは渋い顔になった。


 「裸で町をうろつくつもりだったのか?」

 「も、もちろん服も買うつもりだったよ」


 見て、と指を広げて彼の目の前に突き付ける。

 ちゃーんとその為の対価も宮殿いえから持ってきてます。

 私の10本の指にはまっている宝石の指輪を一瞥し、アーネストは深々と息をついた。

 

 「こんな世間知らずを一人で陸に送ってくるなんて。俺が見つけたからいいようなものの」


 ブツブツ文句を言いながら、私を抱え上げる。そのまま肩に担ぎあげ、歩き出そうとするのでびっくりした。不安定な姿勢が怖いし、ゆらゆら揺れて気持ち悪くなりそう。

 

 「ちょっと! 自分で歩けるから下ろして」

 「足が痛むんじゃないのか? 遠慮しなくていい」


 アーネストの言ってることがよく分からない。だけどどんなに足をバタバタさせても、アーネストは平気な顔でスタスタ歩いた。

 結局私は彼に担がれたまま浜辺を後にし、王宮に住むことになった。

 

 そう、彼は王子様だったのだ。

 

 



 大叔母さまの話は、この国にも伝わっているらしい。

 人間になるのと引き換えに、声を失った可哀想な人魚姫。彼女は人間にはなれたけど、足が痛くてまともに歩けなかったという逸話まで残っているのだとか。

 道理でアーネストが私を歩かせないはずだ。

 言っておくが、私はピンピンしている。足も痛くなければ、相変わらずくぐもった声だって出せる。


 「メリッサ、来い」


 王子はふらりと私の部屋を訪れては、外に連れ出した。

 庭をぶらついたり、馬に乗って遠乗りに出かけたり。アーネストのおかげで、私は沢山のことを知ることが出来たし、沢山の綺麗なものを見た。


 「ここの菓子が上手いって評判を聞いてな。どうだ? 上手いか?」

 「前に視察に来た時、思ったんだ。次はお前と来ようって。綺麗な湖だろ?」


 得意気な表情を浮かべて、私の顔を覗きこむアーネストに胸が熱くなる。もっと近づきたい。離れたくない。愛されたい。想いは募るばかりなのに、アーネストは意地悪だ。


 「アーネスト、大好き」


 私は彼に会うたび、自分の想いを伝えた。

 アーネストは一番最初は驚いてたけど、二回目からは馴れてしまったのか笑って頷くだけだった。


 「アーネストは? アーネストは私のこと好き?」


 じれったくて答えをせがんでも、いつも返事は同じ。「まあな」って、軽く頷くだけ。


 「私の声、どう思う?」


 ずっと気になっていたことを尋ねてみると、キョトンとされた。


 「なにが?」


 本気で分からない、という顔をしている。

 そういえば陸の人間って、みんな詰まった声してるな。アーネストは、よく響く低音で綺麗な声だけど、そういう人の方が珍しいのかもしれない。海には私みたいに掠れた声の子は滅多にいない。声がコンプレックスなのだと伝えると、大笑いされてしまった。


 「そんなこと気にしてたのか。俺は今のメリッサの声でいいと思う」


 そう言ってもらえた時の幸福感といったら!

 ここまで優しくしてくれるのに、どうして心はくれないんだろう。


 姉様たちの忠告が、脳裏をよぎる。

 

 ――【王子とだけは恋に落ちるな】


 王子様って、そういう性質たちなのかな。大叔母さまみたいに、私もいつか捨てられちゃうのかな。


 「メリッサ」


 アーネストは私の名前を甘く転がし、髪を優しく撫でてくれる。

 元人魚の私が珍しいのかよく構ってくれるし、贈り物もしてくれる。

 

 一度だけ。

 そう、一度だけ彼に叱られたことがあったけど、それは私が悪かった。立ち入り禁止だと最初に言い渡されていた別棟に、迷い込んでしまったのだ。

 アーネストによく似た男の人にばったり出くわし、慌てて逃げ出した私。次の日、部屋を訪ねてきてくれたアーネストに「変わったことはないか?」と尋ねられ、正直にそのことを打ち明けると、予想以上に彼は狼狽うろたえた。


 「何もされなかったか?」「名前は聞かれなかったか?」

 肩を掴まれ揺さぶられたので、思わず吐きそうになってしまう。

 

 うっぷ、と口元を押さえた私から慌てて両手を離し、アーネストは不機嫌そうな表情で、「危ないから、もう勝手に出歩くな」と再度念を押してきた。

 「分かった」と素直に頷く。


 「……何故だか、聞かないのか?」


 アーネストは苦しげに眉を顰めた。

 理由なんてどうでもいい。

 アーネストが心配してくれている、というだけで、私は夢見心地になるのだから。





 その日は、夜会が開かれていた。

 公の場所に出ることも禁止されているので、退屈を持て余した私は部屋の外に出てみることにした。

 アーネストは相変わらず、私を誰にも会わせたがらない。

 不満を感じたことは、一度もなかった。

 アーネストさえ会いに来てくれればいい。他の人なんて、いらない。彼だけが欲しいんだもの。

 

 遠くから流れてくるのは、楽しげな音楽。華やかな笑い声に誘われて、ダンスホールの外からこっそり中を覗いてみる。

 白い礼装を身に纏ったアーネストがそこにはいた。にこやかな笑みを浮かべ、着飾った女の人とくっついている。曲に合わせて、くるり、くるりと回っている。

 それ以上見ていられなくて、サッと踵を返した。去り際彼と目があった気がしたのは、私の思い過ごしだろう。


 



 無性に苛ついて、いてもたってもいられなくなった。


 こんなに好きにさせやがって!

 最初に打ち捨ててくれた方が、まだマシだったわ。


 気がつけば、一番初めに泳ぎ着いた砂浜まで来てしまっていた。


 スカートの裾をまくり上げ、水打ち際をチャプチャプ歩いてみる。

 海の水はよそよそしく私の足を濡らすだけだ。


 大叔母様は、陸に上がってからも姉姫たちと会うことが出来たんだよね。

 いいなあ、と初めて自分の取った行動を後悔した。

 

 私が魔女に払った代償の一つは【記憶】

 家族は誰一人として、だんまり姫のことを覚えていない。私がそれを望んだ。もう一つの代償の為に、そうするしかなかった。繊細なみんなを悲しませるのは嫌だから。


 腹いせに思いっきり水を蹴り上げると、跳ね上がった水飛沫が目に飛び込んでくる。

 いったああ~!

 砂混じりの海水が目に入って、あまりの痛さにボロボロ涙が零れてきた。

 ああ、私ってば本当に人間になっちゃったんだなあ。


 ひっくひっくとしゃくり上げながら、砂浜に座り込んでいるところにアーネストがやってきた。

 全力疾走してきたのか、ぜいぜい荒い息を吐きつつ、私の隣に腰を下ろす。乱れた髪をさらにぐしゃりと握り潰し、彼は吐き捨てた。


 「このば……かっ! 探しただろうがっ!」

 

 私も悪口を言い返したかったのに、出来なかった。探してくれたというその言葉に、すっかり嬉しくなっちゃって、さっきまでの惨めな気持ちは吹っ飛んでしまう。


 「他の女の人とくっつかないでよ、アーネスト」


 他に言いようを知らない私は、素直に自分の気持ちを伝えることしか出来ない。

 その時ばかりは彼も「分かった」とすぐに答えてくれた。


 「お前も二度と勝手にどこかに行くな。海にも、近づかないで欲しい」


 アーネストは私の顔を見ずに早口でそう言った。

 どこか怯えたような彼の表情に、胸がキュっと痛くなる。


 「分かった。約束する」

 「――メリッサにそんな約束をさせる俺が憎いか?」


 頼りなげな声に、心底驚いた。

 どうしてそんなこと言うんだろう。


 「いつも言ってるじゃない。あなたが好きよ、アーネスト」


 青白い月に照らされたアーネストは、切なげに唇を噛みしめただけだった。




 王宮で暮らし始めて2年が経ち、私は18になりアーネストは20を迎えた。相変わらず他の王族からは隔離された生活を送ってるわけだけど、それはどうでもいい。問題なのは――。

 

 私がまだ彼をモノにできていない、ということ。


 なんというガードの固さだろう。こうなったら夜這いをかけるしかないのか。

 彼の寝顔を想像しながら王宮をぶらついていた時、その知らせは耳に飛び込んできた。


 アーネストの誕生祝いを兼ねて、もうじき大規模なパーティが開かれるという。

 そこに隣国の姫も招かれているのだとか。しかもその姫は、王子の幼馴染だと王宮の使用人が話していた。

 

 「王子も、ついに身を固められるのですね」

 「うふふ。なんにせよおめでたいこと続きですわ」


 王宮中がふわふわと浮かれた空気に包まれて始めている。

 ……アーネストが身を固める。

 今の私は、それがどんな意味なのか知ってしまっている。結婚ってことだ。

 

 ―ーアーネスト、結婚しちゃうの?


 彼に直接確かめたくて堪らないのに、パーティの開催が決まった途端、アーネストは私の部屋を訪れなくなった。

 じりじりしながら、私はアーネストと遭遇するチャンスを狙い続けた。その甲斐あって、ようやく彼を見つけることが出来た。走っていって飛びつこうと思ったんだけど、すんでの所で彼の隣にいる白髪のおじいさんに気がつく。2人とも真剣な顔で、何か話し合っていた。


 「すみません、王子殿下。色々調べたのですが、結局分かりませんでした」

 「そうか」

 「ただ一つ言えるのは、海の魔女の魔法は無償ではないということです。メリッサ様がああしてお元気でおられるということは、目には見えない代償を払っていらっしゃるということではないでしょうか。例えば――」

 「もういい!」


 アーネストの大きな声に遮られ、おじいさんは身を竦めた。

 ――そっか。そのことをずっと気にしてたのか。

 彼が私の求愛に応えてくれない理由が、ようやく分かった気がした。


 そして、その夜。

 アーネストは思いつめた表情で私を浜辺へと誘い出した。


 「頼む。俺にだけは、本当のことを教えてくれないか」


 明日は、いよいよアーネストの誕生日。隣国からの姫がやってきてしまう日だ。

 私はただ、アーネストの顔をじっと見つめ返した。


 「メリッサが人間になる為に引き換えた、代償って何なんだ」

 「……家族の記憶を全部消すことと、寿命だよ」


 こんな時でも本当のことを馬鹿みたいにまっすぐ伝えることしか出来ないよ。他になんて云えばいいの?

 アーネストの精悍な頬を、透明な涙が伝っていく。


 「そんなことだろうと、思ってた。だから好きになりたくなかったのにっ」


 苦しげにアーネストは吐き出し、そのまま私を引き寄せた。


 「だけど、もう限界だ。メリッサの命があと僅かでも構わない。どうか最後まで俺と生きてくれないか」

 「いいよ」


 ぎゅっと背中に手を回し、アーネストの堅い胸に鼻先をこすりつけた。そして爽やかな香りにうっとりと目を閉じる。

 こうしてようやく私は、王子様を手にいれることが出来た。

 隣国の王女なんかに渡してたまるか。

 万が一、心変わりなんてしたら……。


 殺してやる、と言いたいのに、言えなかった。アーネストが苦しむ顔なんて、想像するだけで膝が震えてくる。

 この時初めて大叔母様の気持ちが分かった。

 誰かを本当に好きになるって怖いことだ。


 

 

 結局、誕生祝にやってきた隣国の姫が結婚したのは、アーネストの上のお兄さんだった。

 お兄さんがいたなんて初耳! 心配して損した、とふくれる私を見て、彼は恥ずかしそうに口籠った。

 

 「……ったんだよ」

 「なに? 聞こえない」

 「嫌だったんだよ! あいつは男らしくて剣も強くて頭もいいから! メリッサを会わせたくなかったんだ」


 最後の方はまた小さな声に戻ってる。

 そんなアーネストに、思わず笑い出してしまった。なんて可愛いんだろう、私の旦那様は。

 上のお兄さんとは、実は一度で会ったことがあるらしいのだけど、全く覚えていない。私にはアーネストだけだと、何度伝えれば分かってもらえるんだろう。


 「独占欲っていうんでしょう? ねえ、それは私を好きだからよね?」


 あんまり何度も確認したからか、とうとう怒ったアーネストに口を塞がれてしまった。甘い口づけに頭がクラクラする。

 

 私の寿命は、あと100年もないだろう。

 長寿を誇る人魚族なのに、たったそれだけしか生きられないなんて、と彼にまた泣かれてしまうかな。大叔母さまのような綺麗な声をしてたら、良かったのに。

 

 本当に、本当にごめんなさい。




◇◇◇◇◇◇

みずのと様よりメリッサのイラストを頂きました


挿絵(By みてみん)

 

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