表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コメディ系恋愛作品

男装王女と女装王子全年齢版

作者: 朝美 夕

この作品はムーンライト様でも掲載している物を全年齢版(R15ですが)として修正した物になります。内容は変わりません。

「いやいやいや!!!!!!無理無理無理無理ムリだってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

声の主は侍従のハルイド=マクミランに腕を掴まれ長く続く廊下を引き摺られていく。

「お諦め下さいランスロット様」

そう言われ、ランスロットは体をびくりと震わせる。

が、その震えに気がついているだろうに、ハルイドはそのままランスロットの腕を掴み歩いて行く。

「これはランスロット様が8歳、アンナミルージュ様が9歳の時点で決められた事なのですよ。それを今更反故になど出来ない事は知っておいでのはずです」

聞き分けのない子供に言い聞かせるようにハルイドはゆっくり丁寧に説明している。勿論、掴んだ腕は離さずに…。

「ほら…到着しましたよ」

ハルイドにそう言われてランスロットはゴクリと息を飲む。

この扉が開かれたが最後、もう逃げ道など残されていないのだ。

「なぁ…ハルイド…後生だから…」

「却下です」

ハルイドの言葉にランスロットはがっくりと項垂れる。

そうしている内に中からギィと静かな音を立てて、焦げ茶色の美しい彩飾を施された重厚な扉が開いた。

『もう逃げられない…』

諦めきれない思いで両開きに開いた扉の奥を見つめると、奥には女性が二人立っており、こちらを見つめていた。









「初めまして…私はアンナミルージュ=ドゥ=ヒィフス=ブランルージュです」

美しい花々に囲まれた大きな庭園の中で、両親に即された彼女は丁寧にお辞儀をして挨拶をした。その所作はとても優雅で見惚れるようだった。

「初めまして…ガウリエル=ウル=ビヨンドです」

ガウリエルも両親や兄に即され、はにかみながら丁寧に返すと、アンナミルージュは嬉しそうにガウリエルを見返した。

「私達は少しお話があるから、アンナミルージュはガウリエル様に庭園内を案内して差し上げて」

そう言うと、アンナミルージュの両親とガウリエルの両親、そしてガウリエルの双子の兄であるランスロットはその場を外した。




ガウリエルと双子の兄であるランスロット、そしてその両親であるビヨンド夫妻は隣国であるブランルージュ王国へと来ていた。

当時はブランルージュ王国へ訪れた詳しい理由を知らなかったが、後々知る事となる。

双子の兄ランスロットがアンナミルージュと婚約したからだ。今にして思えば、二人を引き合わせ、婚約を結ぶ為に訪れたのだ。




「ガウリエル様…あちらの東屋の方に行きませんか?あちらには様々な花が咲いていますのよ」

そう言うと、アンナミルージュはガウリエルの手を握り、東屋の方へと歩いて行った。彼女達より少し離れた場所で護衛騎士と侍女が待機しており、別の侍女がお茶の準備の為に中へと姿を消していた。

ガウリエルは握られた手に、密かに頬を染めてしまう。それも無理ない事で、アンナミルージュは同性から見てもそれは可愛らしく美しかった。

可愛くて美しいという形容もおかしな物だが、当時のガウリエルにはそれしか言葉がなかった。

アンナミルージュは蜂蜜色の艶の良いウェーブがかった髪が腰近くまで伸びており、大きくクリクリとした瞳は濃い茶色で髪の色と瞳の色は相性抜群だった。そして、薄い黄色オウショクの肌が健康的で、ますます可愛らしさを強調している。

何より、まだ8歳だというのにその柔らかな物腰で見る者全てを釘付けにするのだ。

ガウリエルもその一人で、アンナミルージュの容姿、所作に見とれてしまっていた。そんな彼女に手を握られて歩いているのだ。頬を上気されるなと言う方が無理な話だった。

ガウリエルがアンナミルージュに連れられて東屋にあるソファに腰掛けると、タイミング良く侍女がお茶とお菓子を用意して二人の前のテーブルに並べた。

「ガウリエル様…どうぞ召し上がって下さい」

優しく言われてガウリエルは赤くなった顔を隠すように俯いて小さく頷くと、口を開いた。

「あ…ありがとうございます…あの…一つお願いがございます…」

俯きつつ、ちらりとアンナミルージュの方へと目を向けると彼女は優しく「どうかされましたか?」とガウリエルの手を取り答える。

「あの…私の事はリエル…とお呼び下さい…」

手を取られ、ますます赤くなる頬に気がつかれないように更に俯いてしまう。

「リエル…様?」

小さく呟かれた言葉にガウリエルは嬉しくなり、アンナミルージュに顔を向けると「リエルだけで良いです。アンナミルージュ様!!」と伝える。

後ろに尻尾があったら絶対にブンブン振られていそうな勢いのリエルの姿にアンナミルージュも「でしたら私もアンナとお呼び下さい」と嬉しそうに答えた。




それから二人はお菓子を食べながら沢山の話をしていた。リエルはもっぱら双子の兄であるランスロットが自分にする悪戯の文句だった。

ある日は蛙をベッドの中に隠されており、上掛を捲ったら蛙が飛び出してきて腰を抜かしかけた事や、またある日は読んでいた大好きな物語の本に挟んでいたしおりを抜かれ、次から読む頁が分からず泣き出してしまった事等。

本当に些細な出来事なのだが、当時7歳であったリエルにとっては大きな出来事だったのだ。

そんなリエルの話を笑顔で、時に一緒に怒りながら聞いてくれたアンナをリエルはどんどん好きになっていった。




そうして話をしている内にリエルの双子の兄と両親、そしてアンナの両親が戻ってくる姿が見えてきて、リエルは泣きそうになりながらアンナの方を見た。

「もう…お別れなんて寂しいですアンナ様…」

「私もよリエル…でもまた会えるわ」

「本当に?」

「本当よ」

アンナはそう言うと、今にも泣き出しそうなリエルの唇に自分の唇を重ねてキスをした。

驚いたリエルはびっくりして涙も引っ込んでしまう。離れた場所で待機していた騎士と侍女もかなり慌てた様子だったが、アンナは気にする事もなくリエルの両手を握りしめた。

「また会えるから…その時は私のお願いをきいてほしいの…」

「お願い?」

優しくキスをしたかと思うと急に真摯な瞳で言われてリエルはゴクリと息を飲んだ。

「ええ…もっと先になってしまうけれど貴女に伝えたい事があるの…」

「伝えたい事?」

「ええ」

そこでアンナは言葉を区切り、首に掛けていたネックレスを取り外し、そっとリエルの首にそれを掛ける。

着けられたネックレスを見ると小さく光るアメジストの石が着けられた指輪にチェーンを通した物だった。

「これを私の代わりにリエルに差し上げます…これを私の代わりに着けていて」

アンナは誰にも見られないように周囲を気にしながら、もう一度そっとリエルの唇にキスをしたのだった。

それから一年後双子の兄であるランスロット王子とアンナミルージュ王女の婚約が発表された。

それは国同士の結び付きを強める為だけの政略的な物であったのは今なら分かるが、そんな事を知らなかった当時8歳だったリエルは大喜びした。

8歳になってもランスロットの他愛ない意地悪は続いていたが、アンナが義姉になってくれるのだ。きっとランスロットの所業を諌めてアンナは自分の味方になってくれるに違いない。

そう思うと、早く兄ランスロットが18歳の成人となってアンナを嫁にしてほしい…そう願わずにはいられなかった。

きっと19歳のアンナはとても美しいだろう…それは美の女神アフロディーテに愛された娘と呼ばれる(隣国のアンナ様の噂だけは直ぐに耳に入れていたのだ)程の美貌と華奢な身体を想像しては待ち遠しくて堪らなかった。

そして、あれから数年が経ったリエルが11歳、アンナが12歳になった時だ。

もう一度ブランルージュ王国に兄共々連れられて行った時もアンナは優しくもてなしてくれた。

以前会った時よりも美しく成長していた彼女にリエルはますますなついていた。

同性であるリエルもそれなりに可愛い部類に入る。アンナを見習ってあれから伸ばし始めた銀色の髪はストレートで腰近くまで伸び、蒼色の瞳は双子の兄であるランスロットの水色の瞳よりも深い色合いで吸い込まれそうな程だ。

そして、いくら日に焼いても焼けない白く透き通るような白肌は見る者に嘆息を上げさせる。

だが幾ら容姿を気遣ってもアンナには勝てない。それがますますリエルがアンナを好きになっていく理由でもあった。

美しい義姉にドレスや宝飾品を着飾らせるのはさぞ楽しかろう。

二人で侍女達曰くガールズトークをしたり、お忍びで城下町に繰り出してウィンドウショッピング(かなり無理がある)をしたり、城内の噂話をしたり、あまつさえ二人でお風呂に入って背中の流し合い(かなり無理があるのだが敢えて無視をする)をしたり、想像だけでお腹が一杯になるのだ。

そういう訳で11歳の時にブランルージュ王国に行った時もリエルはアンナにべったりだった。

「ねぇリエル…以前私が上げたネックレスは今も身に付けていますか?」

「はい!!勿論です」

以前二人きりで居た(二人きりではないのだがが、リエルには騎士も侍女も視界には入ってこないのだ)東屋でアンナにそう問われ、リエルは頬を上気させて「はい!!」と頷くと首に掛けていたネックレスを取り出した。

「良かった…嬉しいわリエル…」

そう言うなりアンナはリエルをそっと抱きしめる。抱きしめられたリエルはアンナから薫ってくる甘い香りにくらくらしていた。

そうして抱き合っていると、アンナが抱きしめる腕を緩め、リエルの唇に優しく口付けを落とす。

「アンナ様…」

「リエル…大好きよ」

アンナの言葉にリエルは嬉しくて息を止めて彼女を見つめていた。

そのまま何度も二人は唇を重ねる。それはまるで愛し合う者同士のように…。

「あの…アンナ様…昔言っていた伝えたい事って何ですか?」

ひとしきりキスをし終えるとリエルは思い出したように口を開く。そんなリエルの質問にアンナはリエルの唇に人差し指を宛てて、「まだ言えないわ」と嬉しそうに呟いた。




自分にはそっちのレズビアンはない筈だ。しかしアンナを見ているとどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。自分でもどうにも出来ない程に大好きなのだ。

リエルは自分の気持ちにドン引きしながらも、アンナに「大好き」と言われた事で、同性愛レズビアンに対する価値観は敢えて無視をした。

そして溢れるアンナの優しさに包まれていたのだった。









しかし、そんな同性愛レズビアンに悩む穏やかな(明らかに穏やかではない)日々はリエルが15歳の時に脆くも崩れさる。

双子の兄ランスロットとリエルが15歳になってから四ヶ月程経った頃、ランスロットが一人の娘を妊娠させたとの知らせが入った。

それはビヨンド王国にとって決して知られてはいけない醜聞だった。

何でも相手は、14歳の時に見初めた城で働く侍女で下級貴族の娘との事だった。彼女が他の侍女に苛められている所に出会したランスロットがそれを助け、内密に会っている間に、そういう仲になり一夜を共に(どう考えても一夜で済む訳がない…それはもう暇さえあれば色々と…ごほん)したとの事だった。

その事実に国王夫妻はたいそう激怒していたのだが、子を宿した娘と一人しかいない王子だ、息子とまだ見ぬ孫可愛さに内密に地方の領地を与え臣下に下した。

しかし、ランスロットは隣国のアンナミルージュ王女と婚約していた。そんな王子の醜聞がブランルージュ王国の耳に入ってしまったら国家間の問題となる。それはマズイと思って出した苦肉の策がガウリエルを王子として育て上げ、成人を迎えたらガウリエルとアンナミルージュを結婚させてしまおうというのが、ビヨンド夫妻と側近の出した結論だった。

無論、そんな事が罷り通る訳がない。万が一にもアンナミルージュ王女にバレでもしたら下手をしたら戦争にまで発展してしまう。

兎に角、ランスロットが下級貴族の娘に飽きて城に戻って来れば、リエルとこっそり入れ代わってアンナミルージュの夫とすれば良い。下級貴族の娘には手厚い補償をして、何なら側妃に据えれば良いと考えたのだ。

どう考えても穴だらけだし、代わりを勤めるリエルへの負担が半端ないのだが、国王夫妻に「(ランスロットの代わりを)やれ」と言われて断る事が出来ないのだった(断ったら殺されると思ったらしい…)。

それから成人を迎えるまでの二年と八ヶ月の間、リエルは兄ランスロットの代わりになるべく徹底的に帝王学を学ばされた。

それまで過ごしてきた女性のたしなみの刺繍も、習い事のピアノも全てを捨てなければならなくなった。

腰まで伸ばした髪もバッサリと切り捨てられ、少しずつ育ってきていた胸の膨らみもサラシできつく何度も巻いて、女ではなく、男として育てられるようになった。

華奢で女にしか見えない身体は剣の訓練で少しでも誤魔化せるようにと、必死で剣を握った。

容姿は双子の兄そっくりなので多少女に見えても、中性的な外見としてやり過ごした。

こうしてリエルは成人を迎えるまで必死で様々な事を学んだ。そのおかげか、誰もランスロットに扮したリエルが女である事に気が付かないでいた。

勿論、真実を知る一部の人間を除いて…だが。




先程まで自分の腕を掴んでいたハルイドもその一人だ。彼は元々リエルの双子の兄ランスロットに仕えていた侍従で内密に臣下に下ったランスロットの替わりにリエルに仕える事になったのだ。









そして現在に至る。

リエルが逃げられずに見つめる扉の向こうには幼い頃からずっと恋慕った19歳となったアンナミルージュ(そのすぐ脇に侍女が控えていたがリエルの視界には入って来なかった)の姿が目に飛び込んできたのだった。

「お久しぶりでございますランスロット様…」

礼をとりながらアンナミルージュが恭しく挨拶をすると、ぼけっと見つめるだけだったリエルことランスロットは「お久しぶりですアンナミルージュ様」と返す。

「ランスロット様…貴方様は私の夫となられるお方です…どうぞアンナミルージュとお呼び下さいませ」

「アンナミルージュ…」

顔を伏せながらそう発する言葉は何やら苦しそうだった。

久々に聞いた当時よりも少し大人っぽくなったアンナミルージュの声に苦しさを感じる事が辛くてランスロットに扮したリエルは彼女の側まで近づく。

そして彼女の顔を上げるように則すと、アンナミルージュは瞳に涙を溜めていた。

「も…申し訳ございません…」

ハンカチで涙を拭いながらも止まる事のないアンナの涙にリエルは思わずぎゅっと彼女を抱きしめた。

リエル(アンナはランスロットと思っているのだが)の突然の行動にアンナは驚いて目を見開いている。

「泣かないで下さい…私は貴女を愛しているのです…」

精一杯低めに、しかし自分の心からの本心を告げるとますますきつく抱きしめる。するとアンナからは昔のような良い香りがした。その香りを懐かしく思い、リエルは自分より少し背の高いアンナの頬にそっと唇を落とす。

「ゴホン」

するとアンナの後方から侍女の無遠慮な咳払いが聞こえてリエルはハッと我に返るのだった。

「ランスロット様…アンナミルージュ様はブランルージュからの長旅で大層お疲れでございます。どうぞ今はお控えになっては下さいませんか?」

やや棘のある口調でそう言われ、リエルも成程と思い、アンナから身を離した。

「アンナミルージュ…どうぞごゆっくりとお休み下さい…」

そうリエルが言うとアンナもにこやかに笑って「お気遣いありがとうございます」と返してくれる。

そのままリエルが名残惜しげに部屋を出て行くと、傍で控えていたハルイドは「あんなに会うのを嫌がっていたのに…」と溜め息を吐く。

「だって…やっぱり会えるのは嬉しいのだもん…こんな格好でさえなければ…」

「心中お察しします」

ハルイドはリエルがどれだけアンナの事が好きか知っていたので、同情しつつも内心では『いや…アンタ同性に頬とはいえキスはないわぁ〜本当ないわぁ〜』と思っていた。

「まぁご結婚されましたら嫌でも毎日お会いになるのてすし、気長にいかれてはいかがですか?」

「適当な事を言うな」

ギロリと睨みながらリエルが言い返すも、どこふく風というようにハルイドは口笛を吹くまねをしている(♪〜(・ε・ )絵にするとこんな感じだ)。

二人の結婚式は来月の大安吉日だ(この国に大安吉日があるかはおいておいて)。それまでに自分の問題をどうにかしなくてはならない。リエルは自室に戻ると大きく溜め息を吐いた。




それから数日後、リエルはアンナと二人きりで会えないかアンナの侍女に手紙を託した。

リエルは数日の内に腹をくくった。あれほど優しく美しいアンナを騙す事に罪悪感でうなされる日々が続き、「私を騙したのね」と夢の中で言われるアンナの恨み言に耐えられなくなったのだ。

式は来月だ。それまでに事情を話そう、心優しいアンナの事だ…もしかしたら許してくれるかもしれない(希望的観測)。

もし許してもらえなければ多額の慰謝料で許して(ry(希望的観測その2)。

万が一どうしても許してもらえなかったら自分の死をもって許して(ry(死んだ後は他人任せの希望的観測その3)。

それから数時間後アンナの侍女から手紙が届いた。それは間違いなくアンナからの手紙で、蝋にはブランルージュ王国の家紋である鷲の絵が刻印されていた。

封を切り中身を確認すると、美しい筆跡で「深夜誰も付けずに私の部屋にお越し下さい」と書かれていた。




その日の深夜、リエルは誰にも見つからないようにそっと自室を抜け出ると、アンナの泊まっている部屋に向かった。途中で巡回中の近衛騎士に見つかると深夜の散歩だと無理矢理言い切り近衛騎士をかわしていた。

そうして何とかアンナの泊まっている部屋に到着すると、そっとノックをすると静かに扉が開いた。

見ると扉の前にはアンナの侍女が立っていた。そしてリエルが中に入るのを確認すると、静かに音を立てずに扉を閉める。




部屋に案内されると奥の寝室へと通される。侍女が寝室の扉を閉めると、そこにはリエルとアンナの二人だけになった。

燭台の灯りの元、アンナを見ると柔らかそうなナイトガウンを纏い、緩く髪を纏めただけの何とも艶かしい姿だった。

「このような深夜に婚姻前の貴女の所へ参った事を謝ります…申し訳ありません」

そう、ビヨンド王国では婚姻前の王族は結婚まで決して夜に会う事は許されていないのだ。

「お気になさらないで下さいランスロット様…どうぞこちらへ…」

アンナは柔らかく微笑み、リエルを椅子に誘導した。

言われるままに椅子に座ろうとして我に返り、リエルは床に膝まずいて、一国の王子として最大限の敬意を払ってアンナを見上げる。

そんな姿のリエルにアンナは大層慌てていたが、気にせず額を床に付けんばかりに平伏した。

「申し訳ありませんアンナ様…私は貴女様に嘘をついておりました」

「え?嘘?」

リエルの言葉にアンナは体を硬直させてしまう。

「はい…私は貴女を謀っていたのです…私は…私は…昔、貴女様によくしてもらったランスロットの双子の妹のガウリエルなのです…」

リエルは平伏したまま一息に言い切ると、そのまま床に額をつけたままでいた。

しばらくして「ランスロット様じゃ…ない?」と聞こえてくる。勇気を振り絞ってアンナの顔を見上げると、顔は真っ白で身体はわなわなと震えていた。

アンナのあまりの動揺ぶりにリエルは飛び起きると自分が女である照明にと、着ていた衣服を脱ぎ捨てた。

軽い寝間着を脱ぎ捨てると、透ける下着の下から、美しい白い肌にサラシで巻いた胸が浮かび上がっていた。ズボンも脱ごうとした所でアンナにそれを止められてリエルが動きを止めると、思いきりアンナに抱きしめられた。

そして、そのままリエルの唇はアンナの唇によって塞がれる。

何が起こったのかわからないリエルは目をぱちくりさせながらアンナからのキスを受け入れていた。

何度も何度も重ねるだけのキスをしていたかと思うと、息が苦しくなったリエルが酸素を取り込もうと口を開くとすかさずアンナの舌が潜り込み、リエルの口内を貪る。

「ふぁ…」

リエルが声にならない声を上げると、更にアンナの舌が口内をまさぐりそれは執拗に繰り返されるのだった。

アンナがようやっと唇を離すと銀色の唾液がプツリと切れる。その切れた唾液を舌で舐めとるアンナは妖艶で目眩がする程だった。

「あ…アンナ…様…」

息も絶え絶えに焦点の合わない目でアンナを見るとリエルの額にそっとキスを落とすとアンナはお姫様抱っこでリエルを寝台の上へと運んだ。

華奢な見た目の割に案外力持ちなんだな…とリエルがぼうっとしながら考えていると、不意にこんな事が浮かんだ。そうか、アンナも自分と同じ同性愛者だったのかと、理解した。それなら昔アンナにキスされた事も納得いくし、先日会った時にアンナが苦しそうにしていたのも頷ける(男の元へと嫁ぐのが嫌だったのだ)。

「リエル…僕の大好きなリエル…」

アンナがそう囁くのもキスの余韻に浸りつつ、自分の中で色々考えていたリエルの耳には聞こえてはこなかった。

「アンナ様も…同性愛者レズビアンだった…んですね…」

息も絶え絶えにそう言うとリエルはやんわりと微笑んだ。そんなリエルの言葉にアンナは一瞬顔をしかめるが、直ぐ様何かに気が付いたのかオモムロに柔らかそうなナイトガウンを脱ぎ捨てた。

その姿にリエルは驚きのあまり目を見開いていた。

アンナの華奢だと思われた身体は想像していたよりもガッシリとしており、腕もそれなりに筋肉がついているようだった。

何よりもリエルを驚かせたのは、本来女性に在るべき筈のふくよかな二つの膨らみがなかったのである。

胸がぺったんこなだけかと、そっとその胸に手で触れてみるも何やら硬い。

「アンナ様…あの…あれ…何で胸が硬いのでしょうか?」

動揺の中、困惑した表情でリエルはどうにか声を発した。すると「僕は男なんだ…僕の方こそ騙していてごめん」とアンナが辛そうに呟いた。

『え!?どういうこと!?アンナ様が男!?』

「リエル…僕は君が好きなんだ…ずっと昔から…そう初めて会ったあの日から…だから…」

回らない頭を必死に回転させようとするが、それはアンナの唇によって自分の唇が再度塞がれた事によって中断されたのだった。

だが、アンナが自分を好いてくれているというその言葉だけは胸に響いて、自分も同じ想いだと伝えたくて、口を開いた。

「私も…アンナ様が大好きです…ずっとずっと好きでした…」

リエルの言葉にアンナは理性が焼ききれた。そうして、その夜リエルは何も考えられない程にアンナに愛されたのだった。






次の日、朝リエルが目を覚ますと優しい眼差しで自分を見つめるアンナが目に入った。

「アンナ様…おはようございます…」

リエルが少し掠れた声で言うと寝台の側に置いてあった水差しからコップに水を注ぐと、アンナはリエルに水を飲ませた。

「おはようリエル」

アンナの甘やかな声音にリエルの心臓はトクンと跳ねる。

そうして甘い朝の一時を過ごした後、アンナが連れてきた侍女が用意してくれていた湯殿で湯浴みを済ませて、これまた侍女が用意しておいてくれた(何という手際の良さ)衣服に袖を通す。

そのままアンナの部屋で二人が朝食を食べると、食後の紅茶を飲んで一息ついた所でアンナが口を開いた。

「リエル…本来なら僕は君の婚約者になる筈だったんだ…」

「え!?」

アンナの言葉にリエルは驚き目を見開く。これでアンナの前で驚くのは何度目になるのか…。リエルがそんな事を考えているとアンナは続ける。

「僕が8歳でリエルが7歳の時に初めて会ったよね…」

「はい」

アンナの優しい言葉にリエルは素直に頷く。

「あれは本当はリエルと僕を引き合わせる為に作られた場だったんだ…僕はブランルージュ王国の第五王子なんだけど、兄弟は男しか産まれなくて、それを嘆いた母が僕をよく女装させていたんだ…

あの日も本当は男の格好で君に会う筈だったのを母が女の格好の方がリエルも安心して話せるだろうって言って女装させて

確かにリエルとは打ち解けられたけれどビヨンド夫妻には女装した僕が本物の女だと勘違いさせてしまったみたいで…

気がついたら僕はランスロット王子と婚約していたみたいなんだ…

勿論当時の僕も両親もリエルとの婚約が成されたと思っていたんだ。まさかランスロット王子と婚約したとは思わず…

それに気が付いたのは君とランスロット王子が二度目に国へ来た時で…ビヨンド夫妻に言われて初めて知ったんだ」

アンナの言葉にリエルはフムフムと頷く。「それならば早く言ってくれたら良かったのに」と伝えるとアンナは「実は僕が女装して性別を誤魔化していましたなんてばか正直に言ったら国家間の問題になっていたよ…ビヨンド王国を騙したのか!!って」

言われてリエルも確かに…と納得する。自分も双子の兄であるランスロットの一夜の過ち事件が元でこうなったのだ…そんな事死んでも言える訳がない。

「それで…まぁ…どうにかならないかと悩んでいると密偵からランスロット王子が下級貴族の娘と内密に結婚をして城から出て行った…って話をきいたんだ…」

リエルがギクッとしてアンナを見るとアンナは「やっぱり本当だったんだ」と笑う。

「まぁそれで上手くいけば僕の秘密…になるのかな?僕が本当は男だと言う事を伝えて喧嘩両成敗?って言うのかな…穏便に事が済むように取り計らってもらえないかと思っていたら…君がランスロット王子に変装して僕の前に現れたんだ」

リエルはようやっと解った…あれはアンナの動揺と焦りからきた苦しみだったのだ。てっきり同性愛者レズビアンだから自分の頬へのキスを嫌がった訳ではなかったのだ…そんな事を考えてしまってごめんなさい…とリエルは心の中で謝る。

「で…密偵の情報が間違っていたのか…と、この数日本気で焦っていた所に君から手紙が届いたんだ。

内密に会いたいという事だったから機会があれば僕も自分が男である事を告白しようとしたら…リエル…君が自分の秘密を告白してくれたんだ」

にっこり微笑むとアンナはリエルの頬に自分の手を添える。

「僕はずっと恋い焦がれていた君からの告白にもう何も考えられなくて…それで夕べはあんな風に…ごめん」

その事に関してはリエルは何も思っていなかった。寧ろ自分は同性愛者レズビアンではなくて良かったという安堵とアンナも自分を好いてくれていた事に喜びを感じていたのだから…。

アンナがばつの悪そうな顔でいると、ふとある事に疑問を持ったリエルが口を開く。

「もしそのままランスロット兄様と結婚していたらどうするつもりだったの?」

「あぁ…その時は飲み物に睡眠薬でも入れて気がついたら朝だった…で誤魔化そうと思ってた」

そう言ってアンナが苦笑いをする。いや…どう考えても無理がある。

「そう言うリエルこそ僕が本物の女だったらどうするつもりだったんだい?」

「私ですか?私も似たような感じでお酒で酔わせて誤魔化そうと思っていました」

リエルの案にも無理がある。兎に角、リエルとアンナの性別が判明した今、夜を迎える度にそんな面倒な事をしなくても済むのはありがたかった。

ドヤ顔で自分の案を説明していたリエルの両手を握り、アンナは彼女を見つめる。

「ねぇリエル…昔僕が貴女に伝えたい事があるって言ったのを覚えている?」

「はい勿論です!!」

「あのね…リエル…僕と結婚して下さい」

「アンナ様!!」

リエルは嬉しさのあまり、目に涙を溜めてアンナに抱きついた。

「昔君に上げたアメジストの指輪のネックレスは、僕に大切な人が出来た時にその人に渡しなさい…と言われていた物なんだ。あれまだ持ってる?」

「勿論です!!」

王子と偽るようになってから着けられなくなっていた指輪のチェーンネックレスは、この日からネックレスとしてではなく結婚指輪としてリエルの指にはまるようになった。




「ねぇリエル…もう一つお願いがあるんだ」

「何ですかアンナ様?」

「僕の事はアンナではなくアールと呼んでくれないかい?僕の本当の名前はアールエンスなんだ」

「はい!!アール様!!」






その後、結婚式までの一月の間に二人は両家の親に事の次第を伝え、両家に不和を起こさせる事なく男装王女と女装王子の件を上手く纏めたのだった。

こうしてビヨンド王国とブランルージュ王国は末永く平和的に友好で周辺諸国からも男装王女と女装王子の話が知れ渡り、二人に会う為に他国からの使者も沢山訪れ観光客も増えて、ますますビヨンド王国とブランルージュ王国は繁栄するのだった。



世界観は書き手の想像するファンタジー世界なので設定に関しては独自の解釈で進めさせて頂きました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ