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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

堅牢の彼

作者: パルル
掲載日:2026/06/01

「お待ちください。兄さま。」

 あどけない少女の声が聞こえた。

青年が振り返ると先月9歳になったばかりの妹がてのひら一杯に花をもってこちらに駆け寄ってきた。金髪の髪に新緑の瞳。青年の愛おしい、たった一人の妹だ。

 

 「どうしたんだい、アナスタシア。」

 

 アランは微笑んで、かがんで目線を幼い妹に合わせてやった。

 舌足らずの声でアナスタシアは必死に言葉を紡ぐ。


 「あのね。兄さまに受け取ってほしくて摘んできたんです。兄さまが無事に帰ってくるようにおまじないを込めたんです。」


 

 「……それは嬉しいな。」

 

 ただ花を寄せ集めたものだと思っていたそれは受け取ると花冠であることがわかった。

 鼻の奥がツンとした。妹の思いがなんとも嬉しい。


 「ありがとう。アナスタシア。無事に帰ってくると約束しよう。」

 

 これからアランは戦いへと赴く。

 他国との戦争ではない、内紛でもない。戦うのは世界の敵だ。


 1年前、魔王を名乗る輩が世界の果ての国、黒龍国に現れた。「我、終焉をもたらすものなり。汝らの抵抗、無駄である。終わりのそのときを震えて待て。」と。  

最初、各国の重鎮たちはまともに取り合うことはなかった。ただの精神異常者の戯言だと。しかしそれは一月もせずに黒龍国を滅亡させ、その国の城を根城にした。それ以来魔獣と呼ばれるバケモノが各地を襲い、瘴気が満ちた。それまでいがみ合っていた国々は結託して魔王に立ち向かった。皮肉にも共通の敵が現れたことで人々は手を取り合うことができたのだ。


アランはこの度、各国の猛者が集まった連合軍に参加し、魔王にへと立ち向かう。不安がないというと嘘になる。敵は得体のしれない奴らだ。どこから来たのかもわからず、目的もわからない。しかし愛する家族とその隣人を守るためにアランは剣を持たねばならぬのだ。


 「アナスタシア。君に受け取って欲しいものがある。」

 アランが懐から取り出したのは金色に輝く首飾り。


 アナスタシアは瞳を丸くして首を振る。

 「だめです。それは兄さまのものでしょう?」

 アランは頷く。この首飾りは代々と家系に受け継がれてきた品だ。アランは成人を迎えたときにこの首飾りを父から受け取った。


 アランは真っすぐにアナスタシアを見つめた。

 「アナスタシア。私は死ぬつもりは毛頭ない。必ず帰ってくると約束しよう。だからアナスタシアには私がいない間に我が家を守る役割を引き継いで欲しいんだ。」

 

 守るといっても、それは腕力の話ではない。精神的な話だ。

 

 「父上と母上をよろしく頼む。二人が暗い顔をしないで過ごせるように支えて欲しい。」

アナスタシアはおずおずと首飾りを受け取った。

 

 「その首飾りはロケットになっているんだ。開けてごらん。」

 

 ロケットの中身は持ち主の一番大事なものを封入することになっている。今、ロケットの中にはアランにとって一番愛おしいものが入っていた。


 アナスタシアはロケットの中を見てそっと笑みを浮かべた。

 「わかりました。兄さまの宝物預かっておきます。絶対に取りにかえってきてね。」


 「あぁ、必ず。」

 アランは強く、強く頷いた。

 

△▼△▼

 

 まるで霧の中にいるようだった。思考がぼんやりとして上手くまとまらない。

 アランは首を振った。何をぼんやりとしている。ここが戦場であることを忘れたのか、アランよ。

 橋の向こうに魔獣の大群が見えた。大きさはさほど大きくなく、人間と同程度の大きさだ。しかしその数が半端ではない。魔獣の大群は軽く千を超えている。対してこちらはアラン一人。


 アランは大斧を構えた。負ける気はない。過去にはもっと多い魔獣でさえ相手にした。それに比べは今回の魔獣の数は随分少ない。今回も魔獣一匹、この橋を通させはしない。……今回も?いつからアランはこの橋にいる?いや、そもそもなぜアランはたった一人でこの橋を守護しているのだ?

 アランは頭をおさえた。頭が酷く痛い。吐き気がする。

 こんなことをしている場合ではないだろうと、頭の中のアランが叱責した。そうだ。こんなことをしている場合ではない。考えるのは後でいい。いまするべきは目の前の敵を殲滅すること。それだけだ。


 深く深く深呼吸をする。

 その呼吸のあと、槍の雨がアランに向かって降り注いだ。


 

 どういうわけか、アランが相対する最近の魔獣は道具を用い、中には魔術を使う獣さえいた。人間の真似事でもしているつもりか。


 降り注ぐ槍の雨をアランは避けない。そうするまでもないからだ。アランが大斧を振るうと、槍の雨はたちまちのうちに爆ぜた。



「次はこちらから攻撃させてもらうぞ。」 

 

 アランは足に力をいれて、大きく跳躍する。そしてそのまま魔獣の群れに突っ込んだ。勢いのまま大斧を振るい、魔獣を虐殺する。アランの大斧は切れ味よりも重さに特化している。敵を斬るのではなく潰すために作られた武器だ。

 アランの大斧に当たった魔獣は大きくひしゃげ、吹っ飛び、他の魔獣を巻き添えにする。魔獣に限らず動物の中身の殆どは水分だ。人間大の水の塊は当たるだけで敵に大きな損傷を与えられる。

 気がつくとアランの周囲には殆ど魔獣がいなくなった。

 

 「弱い。」

 

 この程度で橋を突破できると思うなど思い上がりも甚だしい。たかが魔獣とアランでは背負っているものが違うのだ。アランには守らねばならぬ家族がいる。アランを倒したいならばこの10倍の魔獣で挑んでこなければ話にもならない。

 たちまちのうちに地獄絵図を作り出したアランに恐怖の感情を覚えたのか、魔獣たちは攻撃を躊躇っているようだった。武器は手にしたままだが、アランを見つめているだけで攻撃をしてこない。アランが一歩踏み出すと魔獣たちは後ずさりをした。


 「所詮その程度か。」

 

 アランはかるく鼻を鳴らす。所詮、魔獣は魔獣だ。剣を手にし、魔術を使ってもその本性は汚らしい獣でしかない。人間とは違うのだ。愛すべき家族がおり、守るべき世界がある人間とはそもそもの根底が異なる。明確な剣を持つ理由が魔獣にはない。


 アランは斧を大きく振り上げてそのままの勢いで魔獣を殲滅しようとした。その時だった。

 群れの中から一匹の魔獣が飛び出してきた。毛並みは金色。瞳の色は新緑色だった。


 その魔獣はアランに向かってメイスを振りかぶる。

 アランはとっさに大斧を構えなおすことでそのメイスを何とか受け止めた。


 「……ぐっ」

 攻撃の重さが他の魔獣とは段違いだ。それこそアランに匹敵するような。

 

 しかし、ここで負けるなど戦士の恥さらしだ。

 「私は負けない。絶対に。」

 

 アランは間近まで近づいた金色の魔獣を足で蹴とばすことで遠ざけた。アランの大斧は懐まで接近した敵に弱い。過度な近距離戦は不利だ。常に自分の有利な間合いで戦うこと。それが戦場で戦う絶対条件だ。


 アランに蹴とばされた金色の魔獣は空中で一回転することで勢いを殺し、地面に着地する。着地の隙を狙って、アランは地面を蹴って素早く接近する。避けるのは不可能かと思われたアランの一撃を金色の魔獣は体を捻ることで回避した。

 すぐさま金色の魔獣は攻撃に移る。アランと金色の魔獣の武器が激突した。激しく火花が散る。

 互いの実力に不足はない。アランと金色の魔獣は戦いの舞を繰り広げる。極まった武術のぶつかり合いは傍から見ると一種の興行に見えるものだ。不思議なことに金色の魔獣はアランの国に伝わる武術を習得しているようだった。

 

金色の魔獣と戦いながら、アランは焦っていた。アランが守護するべき橋から随分、離れてしまっている。一刻も早くこの金色の魔獣を仕留めて、元の立ち位置に戻らなければ。

 

 アランの焦りを好機とみたのか、森の茂みから矢がうなり音をたてて飛んできた。それも複数。アランは舌打ちをした。邪魔だ。アランはいらただしげに森の茂みに潜む魔獣に斧を振るった。しかし、これはあからさまに判断ミスだった。実力が拮抗している敵がいるというのに、それを放置し、隙をみせるとは。けれども金色の魔獣は隙を見せたアランに攻撃することはなかった。


 アランは目を見開いた。


 アランの大斧が金色の魔獣の肩に深々と食い込んでいたのだ。仲間の魔獣を守るため、その身を犠牲にしたのである。


 「どうして。」

 このような仲間を守ろうとする魔獣などみたことがない。仲間を死にも気をとめず、殺戮を繰り返す、それが魔獣ではなかったのか。

アランは頭の奥がチラリと光った気がした。何か大切なことを忘れてしまっている気がする。


 何をやっている。今が千載一遇の機会だ。仕留めろ、と頭の中のアランが再び囁いた。

 アランは頭の中に響く声に言われるがままに従うことにした。


 肩を抑えてうずくまる金色の魔獣に大斧を振りかぶる。金色の魔獣は逃げようとはしなかった。いや痛みでできなかったのかもしれない。

 金色の魔獣の瞳はアランを見つめていた。その瞳の色は新緑色。奇しくもアランの妹と同じ。

 アランは躊躇うことなく金色の魔獣を叩き潰した。血しぶきが舞い、骨と肉が飛び散る。


金色の魔獣は間違いなく、今ここで絶命した。


 アランはそっと一息呼吸をした。落ち着くのはまだ早い。まだ全ての魔獣を仕留めたわけではないのだ。一刻も早く橋に戻らねば。

 身をひるがえして、その場を去ろうとしたときアランの視界の端であるものがきらりと光った。


 

 それは金色の魔獣が身に着けていたペンダントだった。


アランの喉が音をたてて硬直する。そのペンダントには見覚えがあったからだ。アランはおそるおそるそのペンダントを持ち上げた。

 こんなことをしている場合ではないことは分かっている。でも、ある可能性がアランの脳裏を離してはくれなかった。その金色のペンダントはアランの予想通り、ロケットになっていた。そっと中を確かめると、そこにはかつてアランが封入した宝物が入っていた。


 家族写真。母がいて、父がいて、妹がいて、アランがいる家族写真がロケットに入っていた。

 アランは金色の魔獣を見下ろした。最初、金色の毛皮をまとった獣に見えたそれは、今度は金髪の青年に見えた。青年の顔立ちはアランの妹によく似ていた。筋の通って高い鼻も、処女雪のように白い肌も。

人間だ。今までアランが戦ってきた相手は人間だったのだ。

 アランは全てを理解した。

 自分は魔王の罠に嵌ったのだと。

 どうして己の違和感を気に留めようとしなかったのだろうか。気づくチャンスはいくらでもあったというのに。それらのチャンスを投げ捨てて、アランは何の罪もない兵士たちを無惨に殺した。

 

思わず嗤い声が口から漏れた。人類のためにと武器を振るってきたというのに、実態はその武器で多数の人間を殺してきたとはなんと滑稽なことだろうか。

 

 頭上が明るく、光輝いた。それは人間の叡智の結晶。魔法陣だ。いつの間にか、他の魔獣の姿は見えなくなっていた。あの魔法陣がアランを狙ったものであることは自明の理だった。


 頭の中のアランは、逃げろと叫んだ。しかし、アランが足を動かすことはなかった。そっと瞼を閉じて、終わりを受け入れる。ここで命を絶つこと。それがアランにできる唯一の償いであることを知っていたから。

 



 ▲▽▲▽


 世界は滅亡の一途を辿っていた。民は殆どが死に絶え、恵まれた地位にいるはずの貴族でさえ食うに困る有様だった。


 青年は知らない。平和だった頃のこの世界を。青年が生を受けたときには既に世界は地獄だった。


 「お前、準備はできてるか。」

 テントの外から仲間が顔を出した。

 青年は頷く。

 

 これから青年たちは世界を滅亡へと導く魔王を倒すために城内へと突入する。ここはすでに魔王の領地の森の中で、青年たちは城に突撃する指令を待つ状態だ。

 人類が魔王城に突入を試みるのはこれが初めてのことではない。しかし魔王を打ち滅ぼす結果に至ることはなかった。

 今回の襲撃に人類は十分に慎重を期した。なぜなら、これが最後のチャンスになるだろうから。人類は敵に立ち向かう力さえ、徐々に失ってきている。結果、青年たちは一週間もこの森に潜んでいた。今回の失敗は絶対に許されない。少しでも人類に有利な状況で突入しなければならなかった。


 「今日、日が沈むと同時に突入するってさ。」

 同輩の言葉に青年は息をつまらした。母の形見のロケットを握りしめる。

 それは青年が不安に駆られたときに必ずする行動だった。


 同輩がちらりとロケットを見た。

 「城に続く橋には『例の人』が確かに待ち構えてるらしい。お前戦えるのか。」

 

ここまで来た志を否定されたように感じて、青年の頭の奥が熱くなった。舐めてくれるな。

 「……覚悟はとっくにしている。」


 青年は『例の人』、その人の首を討ちとるためにここに来たようものなのだから。

 

『例の人』とは青年の伯父に当たる人物だ。

母の兄であり、30年前に各国の猛者が集まった魔王討伐軍に参加した。母の話では気高く、優しい人物だったそうだ。家族だけではなく、近所の子供たちにも慕われていたと。


 だが、伯父は30年前の魔王討伐作戦にて敵の洗脳を受けた。討伐作戦で生き残った者の話によると、こちらを魔王軍と誤解して攻撃を仕掛けてきたそうだ。それ以来、伯父は魔王城に続く橋で番犬を務める羽目になっている。魔王に対する対抗策は着々と積み重ねられている。魔族の発する瘴気を無効化する薬も開発され、これまでにない強力な魔術も発明された。


 けれどもここまで苦戦を強いられているのは伯父の存在が影響されていることは否定できない。伯父は現役時代、堅牢の盾と称された。決して敵の刃で膝をつくことなく、戦い続ける姿を由来してつけられた異名だ。だがそれが魔王討伐において仇になっている。伯父が洗脳され、30年。それ以降、橋を突破して魔王城に侵入できた部隊は一つもない。

 青年の伯父は年を取ることも洗脳を破ることもできずに橋を守り続けているのだ。


 「お願い。クリス。兄さんを殺してあげて。」

 病に苦しんだ母の晩年の言葉だ。

 伯父は多くの人間を殺した。直接殺した人間も多いが、魔王を倒せていないことで犠牲になった人々が多くいた。本人の意思ではないとはいえ、もはや伯父は人類の敵として認識されている。青年の祖父母は20年前に民衆になぶり殺された。戦犯を生んだ親として。

母が無事だったのは当時、遠方の親戚のもとを訪れていたからだった。母が己の両親を殺した民衆を責めることは一度もなかった。仕方のないことだと。

 

母は言った。

 「私に剣は持てない。持ちたいのは山々だけど、きっと足手まといになるでしょうから。だから、クリス、貴方に持ってほしいの。惨いことを言っているのはわかっているわ。息子が一年でも長く生きられるようにする、それが今の親の務めなのでしょう。……でも、どうかお願い。兄さんの名誉を守ってほしいの。」


 母は病の痛みを取り除く薬は決して飲まなかった。それが兄のせいで死んだ人々へのせめての償いだと。


 青年は強くメイスの柄を握った。魔王を打ち倒すことはできないかもしれない。しかしたとえ死んでも伯父は必ず殺す。そういった覚悟で青年はこの場所に来ていた。

 それができなければ青年は何のために生まれたのだろう。

 殺して、魂を家族の元に帰してあげること。それが青年の使命だった。


 

 部隊の集合を知らせる笛が鳴った。

 人類が魔王に挑む最後の機会がすぐそこまで迫っていた。

 



 

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