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魔女のお茶会  作者: さとうとしお


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7/22

呪歌との対峙

登場人物

テティス=光明寺=ハーネス

アメリカの大企業のCEOの娘。オカルト趣味があり、かねてから興味があった魔女のお茶会に招待されるが、それは魔女の罠であった。SSのなずなと狼男のフリーダとリュディアに救出され、力の賢者のもとへ案内される。異世界でであった仲間を守る決意を固めた。


服部なずな

テティスのSS。日本人であることをテティスに気に入られた。日本の格闘技の達人である。何よりも主であり、唯一無二の親友であるテティスを守ることを大切にしている。


フリーダ

人狼の代表。彫刻のように整った顔立ちと身体つきをしている美青年。人間界にビリヤードのプロ選手として潜入して魔女のお茶会の動向を探っている。力の賢者、レイノルズから人間界の常識を教わっていて、怪物のなかで唯一人間界に溶け込んでいる。


リュディア

フリーダの実弟。フリーダと同じく人間界に潜入しているが、人間界にいるときは隠れている。フリーダには劣るが腕っぷしが強い。親分肌である。


ヴォルフ=レイノルズ

力の賢者。40代くらいの男性。怪物たちが住む異世界と人間界の境界を守っている。賢者は一人1国家の権力が与えられているが家族を持つことができない、人間に魔法で攻撃してはいけないなど多くの制約に縛られている。自身が尊敬していた"養父ロメオ=フランケンシュタイン"を改造した義妹の魔女=ヴィクトリアを裁くことを目的としている。


シャイナ=レイノルズ 

守りの賢者。ヴォルフ=レイノルズとヴィクトリアの義妹。ヴィクトリアと対峙しているが、面会を許可されていて時々会うことができる。 


ギル=ニコラウス

レイノルズの側近。完全記憶能力を持つ人間の男性。 


ラクウェル

吸血鬼の代表代理。美少女と間違われるほどの美貌をもつ少年。


代表たち

人魚の代表代理、ローラ。ハーピーの代表カラビナ。エルフの代表カザリ。ドワーフの代表ヤゴ。オークの代表ウルゴラスとその妻ドラリナ。


ヴィクトリア=フランケンシュタイン

魔女。癒しの賢者。容姿端麗なフランケンシュタインを作る目的で魔女のお茶会というものを開いていた。養父ロメオ=フランケンシュタインの遺体を使いフランケンシュタインを作った。


ベガ=フランケンシュタイン

ヴィクトリアの"息子"SNSやアーティストとしてはJIROと名乗っている。歌で怪物たちの動きをとめることができる。 


ロメオ=フランケンシュタイン

元々は賢者たちの養父であり、異世界の代表たちを束ねていた神父であった。国家反逆の罪を着せられ殺害されたのち、ヴィクトリアに人造人間フランケンシュタインとして蘇させられる。

JIRO=ベガの歌声は、フリーダたち怪物にとって苦手な音である。


なずな、レイノルズとベガはじりじりと互いに緊張を張り巡らせぬがらその場で警戒しあっている。


「このままだと僕のファンがこちらに気づいて君たちに注目が集まりますよ。それは避けたいんじゃないのですか、レイノルズさん?」


ベガはレイノルズの目を見据えた。


「この音さえ止まれば…次のアーティストっていうことはJIROの曲は止まるんじゃないの?」


テティスが言うとベガは不敵な笑みを浮かべた。


「無駄だ。ここにいるアーティストとは共同で曲を作ったからね、コーラスやサビは僕が歌っているんだ。」


「そんな…じゃあしばらくフリーダさんもみんなも苦しんだままなの?」


テティスは愕然と言った。


「あなたが僕の母さんのお茶会に参加すればライブは止めてあげるよ。みんなを助けたければ僕と一緒にくるんだ」


ベガはテティスに手を差し伸べた。


 テティスの瞳が揺れ、差し伸べられたベガの手にほんの一瞬、迷いが走る。その様子をなずなは横目で確認し、すぐに前へと歩み出た。 「テティス、乗っちゃだめだ。やつの誘いにのったら戻ってこれなくなる」


 ベガは肩をすくめた。 「ひどいな。僕はただ、母さんのお茶会へ招待しているだけなんだけど?」  その声音に毒はなかった。むしろ穏やかで柔らかい。だがその裏で響く“呪歌”は、場にいる怪物たち――フリーダや周囲の従属獣たち――の体を確実に蝕んでいた。  フリーダの呼吸は荒い。喉の奥から洩れる低い唸り声が、苦しみに満ちているのがわかる。


フリーダが膝をついた。周囲の怪物たちも次々に体を丸め、耳を塞ぎながらのたうつ。


 ベガはその光景を見ても眉一つ動かさない。 「この歌声はあなたたち怪物には刺激の強いものなんだ。」


 なずなは唇を噛み、低く吐き捨てた。 「刺激どころじゃないだろ。呪いって言うんだよ、そういうのは」


 レイノルズはそんな彼らの間に素早く立つと、状況を瞬時に見極めた。 「ベガ、君が人間である以上、魔術は使えない。だが――」  レイノルズが左手を軽く振ると、なずなの周囲に透明な紋様が浮かび上がった。 「俺が補助をすれば、なずなは十分に君と渡り合える」


 ベガはその言葉に微笑んだ。 「そうですか。なら――始めるとしましょうか」


 空気が一瞬震えた。ベガの喉が動き、音が紡がれる。  呪歌の第二節。先ほどよりも低く、鈍く、骨を鳴らすような響き。  その余波だけで、フリーダが息を呑んだまま地面に伏した。「ッ……! こ、これは……!」


「レイノルズ、バリア強度を上げて!」 「もう最大だ! それ以上は――」


 ベガの歌声が、バリアの表面を震わせ、蜘蛛の巣のように細い亀裂を広げていく。


 なずなは小刀を抜いた。 「……レイノルズ、援護頼む」


「任せろ。君を一人にはしない」


 二人の呼吸が揃った瞬間、バリアが音を立てて砕け散った。ベガはその破裂音に合わせてステップを踏み、ステージ上のライトが反応したかのように周囲が赤黒く揺らめく。


「さあ、踊ろうか――なずなさん」


 ベガが片手をゆっくりと挙げる。すると、音の粒が空間に浮かびあがり、刃のように鋭い音霊となって飛びだした。


「来るぞ!」  レイノルズの声に合わせて、なずなは咄嗟に地面を蹴る。音霊が通り過ぎた後には地面に深い溝が刻まれた。


 なずなはベガへと距離を詰める。  だがベガはステージの上で舞うように身を翻した。まるで攻撃する気配すらない。ただ歌う。その歌声がすべての攻撃になっていた。


「動きが……変だ……音が身体を押してくる……!」  なずなの足元が一瞬、沈むように重くなる。ベガの歌声のリズムに合わせて、重力が歪む。空気が圧縮される。


 レイノルズが後方で呪文を紡ぐ。 「“光よ、盾となれ”――《ルミナス・ガード》!」


 白い光がなずなの背後に広がり、押し潰されそうな重圧を打ち消した。


 だが次の瞬間、ベガはふっと歌声を切った。


「……だけどね、レイノルズさん」  笑顔のまま、少しだけ首を傾ける。 「僕が『歌わなくても』戦えるって、知らないんでしょう?」


 ベガの指先が軽く弾かれた。その瞬間、空気中に残っていた“余韻”が圧縮され、音の爆ぜる球となって飛ぶ。なずなは反射的に刀を構えた。


「ッ――はあぁぁあッ!」


 衝撃音が響き、なずなの体が後ろに押し戻される。足裏が地面を滑り、砂が舞い上がる。


「なずなッ!」  レイノルズがすぐに支える。  なずなは荒い息を吐きながらも、刀を離さなかった。


「大丈夫……こんなの、まだ……!」


 ベガはその様子を眺めながら、優しく告げた。 「無駄だよ。これは僕の“アンコール”。声を使わないぶん、破壊力は劣るけど……」


 そこで一度、瞳が深く沈む。 「母さんの“祝福”は常に僕の体に流れている。歌おうが黙ろうが、僕には呪術が宿るんだ」


 レイノルズの顔に緊張が走った。 「……あの魔女の祝福か。最悪だな……!」


「あなたの妹なのに酷い言い草だ。僕は止める。ここで終わらせる」  


なずなが刀を握り直す。 「テティスを連れていかせない。フリーダも仲間も……誰も苦しませない!」


 その叫びを聞き、ベガはふっと優しい顔になった。 「強いね。――でも、テティスはもらっていくよ」


 そして――  ステージ背後の黒い幕が揺れ、無数の影が蠢いた。


「レイノルズ、後ろ!」 「分かってる!」


 闇から伸びる触手のような影が、レイノルズのバリアを削り取る。 なずなは即座に跳び、刀で影を断ち切るが、切ったそばから新たな影が生える。


 ベガは再び歌い出す。 今度の旋律は、先ほどよりもはるかに高く、鋭い。 耳を貫き、骨に響き、心臓を直接締め付けるような“殺意の音”。


「うっ……!」  なずなの膝が落ちる。レイノルズの魔力が大きく揺らぐ。


「これは人間にも効く歌…!?」なずなは息も絶え絶えになってきた。


 ベガは静かに呟いた。 「これが本当の呪歌だよ。  ――終わりのタナトス・ララバイ。」


 その瞬間、場の空気が完全に支配された。


 なずなは顔を上げる。視界がかすみ、鼓膜が軋む。  それでも、前を向いた。


「……ベガ。あんたを止める……!」


 ベガは柔らかく笑った。 「なら、来てよ――なずなさん」


 刀が走る。  音が割れ、空気が爆ぜる。  歌声と刃、呪いと祈り、祝福と抵抗が激突する。


ベガの白い指先が、差し伸べられたまま宙に揺れていた。 ステージ裏の薄闇は、照明の反射で赤と白が斑のように揺らぎ、遠くの歓声が風のように流れてくる。呪歌の残響が、地面のコンクリートさえ震わせていた。


レイノルズがテティスの前へ一歩出る。肩幅の広い影が、テティスを庇うように覆った。 「…乗るな、テティス。あんな手に。」 彼の声は低く、しかし焦りが奥底で渦巻いていた。ベガの歌声が聞こえるだけで、フリーダを含む怪物たちは身体の芯を軋ませ、骨のきしむような痛みに襲われているのだ。彼自身は人間の姿を保っているが、魔術は使えない。戦力としては、なずなの補助に回るしかなかった。


なずなは両耳を押さえ、膝を震わせて立っている。 「ううっ……この音……胸が、えぐられるみたいで……っ」 彼女の声は震え、目尻からは涙が滲む。ベガの呪歌は、生き物の“内側”を震わせる。皮膚や骨ではなく、もっと深い場所――心臓の脈動や魂の波長に干渉していた。


だがベガは、そんな彼らの状態を愉快そうに観察していた。 「詩人のように苦しむね。いい声が出そうだ。」 彼の瞳は紅玉のように光り、無表情のまま笑っているような冷たさがあった。


テティスは顔を上げた。 「……どうして、こんなことをするの……?!」


ベガは苦笑し、肩を竦める。


「君たち怪物は“音”で世界を変えられる。僕にはその力がない。だから代わりに、音で“君たちを殺せるように”作られた。」 「作られた……?」 テティスの喉が震える。


「詳しい話は母さんのところでね。お茶会、きっと楽しいと思うよ。……さあ、どうする? 僕と来るか、ここで皆が潰れるのを見ているか。」


レイノルズが歯を食いしばり、足を踏み出した。 「ふざけるな……っ!」 しかし、ベガはその動きさえ予想していたかのように、軽く手を振る。瞬間――


ステージ上のスピーカーから、次のサビの“コーラス部分だけが”強制的に増幅されて流れ込んだ。


『Drink deep… and never wake…』


「――ッ!!」 なずなが悲鳴をあげ、地面に崩れ落ちる。 フリーダは壁に叩きつけられ、折れた羽のように震えていた。 レイノルズは、まるで肺を掴まれたかのように呼吸を乱し、テティスを庇いきれず後方へ押し戻される。


テティスは見た。 己の爪が白くなるほど拳を握りしめるなずなの姿。 苦しむフリーダ。 支えきれず、悔しげに顔を歪めるレイノルズ。


そして、それを冷静に見下ろすベガ。


テティスは叫んだ。 「やめて!! もうやめてよ、ベガ!!」


しかし――


ベガは音もなく現れ、テティスの頬に触れるほど近い距離で微笑んだ。 「じゃあ僕と来てよ、テティス。君だけは苦しませたくない。みんなを救いたいんだろう?」


その言葉は甘く、しかし爪の裏のように冷たかった。 ぞくりと背筋が震え、テティスの喉がひゅっと鳴る。


そのときだった。 倒れていたフリーダが、血の混じった唾を吐きながら顔を上げた。


「……テティス……歌え……」 フリーダの微かな声をテティスは聞き取った。「え?」 「う……歌で……対抗……するんだ………」


フリーダの身体は痙攣し、全身の鱗が剥がれかけている。呪歌が効いている証拠だった。 それでも、彼女はテティスを見つめ、声を振り絞った。


「君の声は……“癒し”の系統……俺は聴いたことがある……! 昔の……母親から受け継ぐ……歌だろう……?」


テティスの胸が跳ねた。 母の歌――そんなもの、もうずっと忘れていた。


(母の……歌……)


頭の奥で、幼い頃の記憶が揺れた。 夕方の台所、優しい背中、抱きしめられた温度。 “眠れない夜にだけ”歌ってくれた、あの子守歌。


テティスは震える声で呟いた。 「……うたえるかな……こんな状況で……うたえるのかな……」


「テティス、やれッ!!」 レイノルズの怒号が響いた。 なずなも顔を上げ、泣きながら叫ぶ。 「テティス……お願い……私たち……ほんとうに、もう……限界……だ……っ」


ベガが眉を上げた。 「へえ……歌う勇気、あるの?」 その瞬間。


テティスは息を吸い―― 母が教えてくれた、あの歌を、口に乗せた。


「静かな夜に 母のこえが さざ波みたいに 胸を撫でた 「泣かなくていい、あなたは灯り 闇に呑まれても 消えはしない」


小さな手を包むように 優しい指が教えてくれた ――世界は怖くても あなたは独りじゃないと


星よ 揺れて 風よ 運んで 願いは遠く でも確かに息づく どうか守って あの人の影までも 夜を越えゆけるように」


透明な声が、呪歌を切り裂いて震えた。 最初は細く弱かった声が、まるで風に揺れる灯りのように揺れながら、次の瞬間には大きな波のように広がった。


歌詞は古い言葉だった。 意味はもう曖昧、細部は忘れている。 だが “誰かを守るための歌” だけは、本能で覚えていた。


その歌は優しく、空気をあたため、呪いの波長と真逆の振動を放った。


フリーダの苦悶が少しずつ和らぐ。 なずなの震えが止まり、呼吸が戻る。 レイノルズの視界が晴れ、身体に力が戻る。


ベガが初めて、顔色を変えた。 「……何だ、それ……?」


テティスは涙をこぼしながら歌い続けた。 母のぬくもりが、喉から胸へ、胸から指先へ伝わっていくようだった。


歌の力がフリーダの体を動かす。 彼女はゆっくりと立ち上がり、剥がれかけた鱗がひとつひとつ再生していく。


「……よくやった、テティス……!」 フリーダの声はまだ弱いが、確かに力を取り戻していた。


その瞬間――


リュディアが闇を裂いて飛び込んできた。 冷たい金属の光。 ベガの腕をかすめ、一条の血が舞う。


「よくもやってくれたじゃねぇか、小僧。」 怒りに震える声だった。


ベガは初めて、後退した。


「……なるほど。これは、“分が悪い”。」


呪歌は止まり、観客の遠い歓声だけが響く。 ベガは傷口を押さえながら、一行を鋭く見つめた。


「今日はここまでにしておくよ。母さんへの招待は、また今度にしよう。……テティス、君の歌。すごく綺麗だった。」


そして薄い笑みを残し、闇の裂け目へと姿を消した。


力が抜けたテティスの身体を、レイノルズが受け止める。 なずなが涙を拭きながら抱きついてくる。 フリーダは壁に寄りかかりながらも、しっかりと立っていた。 リュディアは周囲を警戒しつつ、テティスの頭をそっと撫でる。


「……一度帰ろう。作戦を立て直す。」 レイノルズの声に、皆が頷いた。


レイノルズが異世界へのゲートを開く。 吹き込んでくる風は懐かしく、どこか温かかった。


テティスは最後に、消えたベガの方向を見た。 胸の中がざわつく。 彼の言った“母さんのお茶会”で話そう――その真意が何なのか、まだわからない。


だが今は、仲間たちの手の温度が全てだった。


「……帰ろう、みんな。」 彼女は微笑み、ゲートへと踏み出した。


こうして一行は、再び異世界へ戻っていった。


コロラド州の野外ライブは、夜の冷たい空気が残る会場を熱狂で満たしたまま幕を閉じた。 客席には余韻が残り、興奮したファンたちの歓声が遠くで波のように続いている。


楽屋に戻ったベガ――ステージ名はJIRO――は、控え室の鏡前に腰を落とした。 髪はところどころ乱れ、首元には微かに赤く残る掠り傷。 だが、光の当たり方によっては見えない程度に抑え込んでいる。 肌に残る魔力の痛みはまだ消えていなかったが、それを悟られるわけにはいかない。


「JIRO!! いたか!」


ドアが勢いよく開き、大手レコード会社〈アストラル・サウンズ〉のCEO、ウォルター・ブラッドリーが駆け込んできた。 60代だが鋭い目つきを持つ男で、今日の成功を誰よりも待ち望んでいた人物だ。


「……君、少し血が出てるじゃないか!?」 ブラッドリーは思わず声を上げた。


ベガは、にこりと微笑んだ。 ステージ上のカリスマそのままの無邪気さで。


「ステージ演出で、ちょっと転んでしまいました。大したことはありませんよ。」


「そうか……! いや、本当に驚いたぞ。ライブは最高だった。客の反応も数値で出ているが、今年最大のバズだ。  SNSはもう君の名前で埋まっている。あの“呪いのように心を掴む歌声”って評判が、さらに拡散されている!」


ベガは椅子に持たれ、軽く笑った。 その笑みの奥、わずかに冷たい光が揺れる。


「それは良かったです。狙い通りですよ。」


「まさに新時代のスターだ。……で、JIRO、次の戦略を決めたい。  今日の成功をぶら下げて一気に全米ツアーを打ちたい。マディソン・スクエア・ガーデンも押さえられる。  さらにファッションブランドとのコラボや、ドキュメンタリー映像の企画も来ていてね」


CEOは書類を次々と机に広げた。


しかしベガは首を横に振った。


「すみません、ブラッドリーさん。  僕は……しばらくライブ活動は控えようと思っています。」


「――なんだって?」


「もちろん、ライブはまたやりたい。  でも今は……“曲作り”に専念したいんです。」


CEOは思わず息を呑んだ。


「曲作りに……?」


「今日のライブで、いろいろ感じたんです。  僕の歌には……もっと可能性がある。  もっと深いところに届けられるはずだ。」


(もっと広く、もっと遠く。あの少女まで。  ――母の“お茶会”に必要な、究極の“呪歌”を。)


ベガの胸の奥で、静かに別の目的が蠢く。


CEOは腕を組み、しばらく考えたのち、大きく頷いた。


「……なるほど。君がそう言うなら信じよう。確かに今日の反応を見ると、君の音楽は化ける。  しばしの準備期間はむしろブランド価値を上げるかもしれない。」


「ありがとうございます。ブラッドリーさん。」


「ただし!」 CEOは人差し指を立てた。


「SNSは続けてバズらせてくれ。“無言の沈黙”は怖い。  写真でも動画でも、ファンが君の気配を感じられるようにしておいてくれ。」


ベガはゆっくりと微笑む。


「ええ、もちろん。ファンの皆さんには寂しい思いはさせませんよ。」


CEOは満足げにため息をついた。


「まったく……君は天才だ。アーティストとしても、マーケティング的にも完璧だよ。  これから世界が君に惹きつけられていく。  “JIRO”という現象が始まるんだ。」


ベガは笑顔のまま、静かに答える。


「――ええ。世界は、もっと僕の歌に飲まれる。」


その声には、CEOの耳には届かない微かな歪みがあった。


控え室を出るとき、ベガは一度だけ夜空を見上げた。


星の光が薄く、コロラドの空に散らばる。 異世界との境界はすぐそこだ。


(待っていろ、テティス。  君は僕の“歌”から逃げられない。)


薄暗い大聖堂のような部屋。黒紫のシャンデリアがゆっくりと揺れ、その光は床に刻まれた魔法陣を不吉に照らしていた。 中央の玉座には、魔女ヴィクトリア。美しく、しかし凍てつくような表情で扇子を握りしめている。


ベガがひざまずくと、その瞬間――。


バンッ!


扇子が折れた。次に飛んだのは、側に控えていたフランケンシュタイン兵の身体。魔法の衝撃波で数体が吹き飛んだ。


「――テティスを逃した、ですって?」


ヴィクトリアの声は甘く、しかし底なしの冷たい怒気に満ちていた。 ベガは肩で息をしながら、額から血を流している。レイノルズとなずなとの戦闘で負った傷だ。


「申し訳ありません……母さん。ですが……一つだけ報告があります。」


「言い訳なら聞きたくないわ。」


「テティスは……呪歌に耐性がありました。それどころか……歌で、僕の呪歌を打ち消してきたんです。」


玉座の上のヴィクトリアの瞳が鋭く細められる。


「……歌で、呪歌を? そんな馬鹿なことがあるはずないわ。」


周囲のフランケンシュタインたちがざわめくが、そのざわめきをヴィクトリアが一喝して黙らせた。 彼女は空中に浮かびながらベガの前に降り立つ。ベガの顎を指先でつかむ。


「あなたの呪いは、怪物の魂そのものを震わせる音。 そんなものを“歌”程度で抑えられるわけが……」


彼女は言葉を途中で切り、眉をひそめた。


「……だとすれば、“例外”ということ。 テティスは、あなた以上に厄介な存在になったわけね。」


ベガは苦しげに視線をそらす。


「それで……母さん。これからどうするつもりですか?」


ヴィクトリアは背を向け、荒れた部屋を見回す。壊れた机、裂けたカーテン、倒れ伏すフランケンシュタインたち。 そして、ゆっくりと言った。


「お茶会の計画は――一旦保留にするわ。」


ベガは目を見開く。


「え……? まさか、お茶会をやめる気じゃ……?」


「やめはしない。ただ、優先順位を変えるの。 “タブー”を出すわ。」


その名を聞いた瞬間、ベガの背筋がぞくりと震えた。


(……タブーを? あいつと……俺が一緒に行動?)


胸の奥に重たい不安が広がった。 しかし、ヴィクトリアはベガの心を見透かしたように微笑む。


「心配しないでいいわ。あなたは“歌う”だけでいい。 タブーにはタブーの役割があるのだから。」


異世界の拠点となった古城の広間。 フリーダ、レイノルズ、なずな、テティス、そして仲間たちが集まっていた。


フリーダはベガの呪歌のダメージが色濃く残る身体を抱えながらも、鋭い眼光を放った。


「……ベガが退いたのは、テティスの歌が呪歌を打ち消したからだ。 きっとヴィクトリアは、テティスをより強く狙ってくる。」


レイノルズも腕を組みながらうなずく。


「加えて、ヴィクトリアはお茶会のターゲットを変更するかもしれない。 テティスだけでなく、より多くの人種、種族……あるいは“異界の枠”すら広げる可能性がある。」


シャイナが手を挙げる。


「ならさ、テティスもベガと同じようにデビューさせるのはどう? 音楽で対抗するなら、知名度は武器になるんじゃない?著名なアーティストになったテティスが魔女のお茶会の注意喚起をして姉さんの野望を止めるのよ」


だが、その場にいるほとんどが同時にため息をついた。


レイノルズは額に片手を当てた。「……テティスの歌は素質はあるが……その……」


フリーダは「全国デビューには……かなり時間が必要だね。表現を濁すけれど。」と苦笑いをした。


なずな「うん……テティスはヘタウマの領域だから……味はあるけど、すぐに広まるタイプでは……」


リュディアは「言っちゃああれだが、こいつ音痴だぜ」とばっさり言った。


テティス「……え、そこまで言う?」


空気が気まずくなりかけたところで―― 人魚族のローラが手を挙げる。青い髪が揺れ、水滴がきらめいた。


「でも! テティスの歌には“核”がある。魂の震え方が普通じゃない。 伸びしろは計り知れないわ。だから……私がボイストレーナーとして、あなたを仕上げる。」


テティス「ローラさん……!」


「あなたは呪歌を打ち消した。その歌は、きっともっと強くなる。 私が必ず鍛えるわ。あなたの歌でヴィクトリアに対抗できるように。」


レイノルズは深く息を吐く。


「問題は、ヴィクトリアが次に何を仕掛けてくるかだ。 」


フリーダは眉を寄せた。


「でも……戦うしかないんだよね。歌で……みんなを守るために。」


ローラがテティスの手を握る。


「だから、今日から特訓を始めるわ。あなたの歌は武器になる。」


フリーダはゆっくりとうなずき、皆を見回した。


「テティスの歌が呪歌を打ち消した。 つまりヴィクトリアにとって最も厄介なのは――テティス、君だ。」


レイノルズ「だが、こちらも手はある。 異世界の民、怪物たち、人間の協力者…… 全ての力を合わせて、ヴィクトリアを止める。」


テティスは強く拳を握った。


「……絶対負けない。私の歌で、みんなを守る。」


広間の空気が引き締まり、次なる戦いの幕が静かに上がった。 


異世界の湖畔。静かな水面だけが、ゆらゆらと揺れていた。 レイノルズやフリーダたちは少し離れた場所で見守り、ローラは湖の浅瀬に立ってテティスと向き合っていた。


ローラは美しい銀髪を背中に流し、胸の前で指を組む。 人魚特有の、水に溶けるように澄んだ声で言った。


「テティス。あなたの歌には“力”があることは確かよ。でも――その……技術面では、少し、ええと……」


顔をひきつらせながら、優しく言葉を選ぶローラ。 テティスはすぐに肩を落としてしまった。


「……そんなに、ひどいの?」


ローラは慌てて首を振る。


「ひどい、とは言わないわ。ただ……呪歌に対抗するには、もっと“狙って”声を出せるようにならないといけないの。 いまのあなたは、感情のままに歌ってしまうから、音が、こう……暴れるのよ。」


フリーダは後ろで見守りながら、なずなに小声でつぶやく。


「……要するにヘタウマ、ということかな?。」


「はい……でも感情だけで呪歌に勝てるなんて、ある意味すごいですよ……」


二人のささやきを聞きながら、テティスは湖に向かって深呼吸し、拳を握った。


「ローラさん、お願いします。私……もっと上手くなりたい。」


その言葉にローラは微笑み、指先で湖面を弾いた。 透明な水が輪を描く。その中に、淡い光がゆれる。


「まずは“息”。あなた、声を出す時に力を入れすぎなの。音が跳ねてしまう原因ね。」


ローラは胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を示す。


「水面に息を吹きかけて、波紋を一定に保ってみて。」


「な、波紋……!」


テティスは緊張ぎみに湖に唇を寄せ、小さく息を吹いた。


ぷく……くしゃっ!


波紋は不規則に広がり、すぐに乱れて消える。


ローラは固まった。 フリーダは額を押さえた。 なずなは「……けどこれは大変だ……」と呟いた。 レイノルズでさえ「……想像以上だな」と真顔になった。ギルは「頑張るテティスちゃんも可愛いですよぉ!!ファイトぉ!」は叫んだ。


テティスは顔を真っ赤にして、両手でほっぺたを覆った。


「え、えええっ!?こんなに難しいの!?」


「テティス。大丈夫、練習すればできるはずよ……多分……いえ、きっと……」


ローラの声はどこか自信なさげで、それが逆にテティスの胸を締めつけた。


「ご、ごめんなさいローラさん……私、向いてないのかもしれない……」


涙がこぼれそうになる。 ローラは慌ててテティスの手を握り、水の冷たさと共に優しく包み込んだ。


「違うわ、テティス。あなたの問題は“才能がない”ことじゃない。 あなたの声は、誰かを救った。呪歌を打ち破った。そんな声を持つ人、世界中探してもほとんどいない。 ただ……技術が追いついていないだけなの。そこは鍛えれば良くなるわ。」


テティスは涙をぬぐい、首を上げた。


「……本当に良くなる?」


「ええ。わたしがついているもの。」


ローラは水をすくいあげ、テティスの喉にそっと触れた。 ひんやりとした水の魔力が、震える声帯を包むように流れる。


「喉を柔らかくしておくの。あなたは緊張すると、すぐに固まってしまうから。」


「う、うん……」


「じゃあ次は、スケール練習よ。わたしについてきて。」


ローラが澄んだ声で音階を歌う。 湖面が共鳴し、透明な波紋が幾重にも広がる。


テティスも同じ音を出そうとするが――


「あ、あ、あえっ……あぁ〜……ぎゃっ!?」


ローラは一瞬、固まった。


その場の全員が、ちょっとだけ天を仰いだ。


ハーピーのエルドラが様子を見に来て、思わず吹き出した。


「テティス、それ逆に逸材なんじゃない?音が予想外すぎて、敵もウッてなるわよ。」


「慰めになってないわよ!エルドラ!」


テティスは恥ずかしさで耳まで真っ赤に染めた。


しかしローラは笑わず、むしろ真剣に見つめていた。


「テティス。あなたの声は“力”の塊。 だからこそ、コントロールできればベガや魔女の呪歌にも一歩も引かない“武器”になる。 ……お願い、私にもう少しだけ時間をちょうだい。」


「……うん。がんばる。みんなを守りたいから。」


テティスは涙をぬぐい、胸に手を当てて深呼吸した。


ローラは満足げに頷き、さらに続ける。


「次はハミング。喉じゃなくて頭で響かせるの。こうして……」


ローラがお手本を見せると、湖が静かに光る。 テティスは真似してみるが――


「ん〜〜〜〜ぷ、ぷぷっ……っぐ!」


声が裏返り、最終的に「ひゃっ」と奇妙な高音になった。


ローラは天を仰ぐ。


(これは……長期戦ね……!)


テティスは申し訳なさそうに俯いた。


「……ローラさん、ごめん……」


ローラは微笑み、テティスの両肩を優しくつかんだ。


「謝らないで。あなたは本当にがんばってる。 それにね――」


ローラはテティスの胸のあたりに手を当てた。


「あなたの“心”が歌を強くするの。 声を綺麗にするのは私の仕事。 でも、歌を“強く”するのはあなた自身よ。」


テティスは目をぱちくりと大きく見開いた。


胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。


「ローラ……ありがとう。もっと、もっと練習する!」


ローラはにっこりと微笑み、尾ひれを揺らした。


「ええ。あなたを必ず“呪歌に対抗できる歌姫”にするわ。」


湖面にはふたりの姿が映り、その周囲の水が静かに光を放っていた。


その光は、まだ未熟な歌声の奥に眠る―― “テティスの本当の力”が目覚め始めている兆しのようにも見えた。


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