表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女のお茶会  作者: さとうとしお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/22

お茶会のはじまり

テティスは、胸の奥で跳ねる心臓の鼓動を押さえきれずにいた。

足元には、霧が絹のように絡まり、視界は淡い紫色の光でゆらめいている。


「……すごい。ほんとうに、来ちゃったんだ……!」


メッセージが届いた瞬間、なずなに見せたら絶対に止められると思った。

だから一人でここへ来た。

“魔女のお茶会”――その名を思い出すだけで胸が熱くなる。


森の奥にぽつんと佇む屋敷は、どこか人の形を模しているようで、

窓という窓がひそひそと笑っているように見えた。

なのに怖くなかった。

むしろ、ずっと憧れてきた“異界”に触れられる喜びが、全身を温かく満たしていた。


「テティス・光明寺・ハースト様ですね」


案内役の女は、影の奥に沈むような声だった。

顔は赤みがなく、顔色が悪いという言葉がそのまま合う。身体のあらゆるところに縫い傷があった。そして、赤い瞳だけがきらりと葬列の蝋燭のように光っていた。


通された部屋には、丸いテーブルが一つ。

その中央に――黒い薔薇のように渦巻く、大きな銀杯が置かれている。


「最初の一杯は、“若返り”でございます。

吸血鬼の血……新鮮なうちにどうぞ。」


テティスは、息を呑んだ。

銀の杯は、ほんのり脈打っている。

赤い液体が表面張力を震わせるたび、光が床に吸い込まれた。


(本物……? 本当に?)


胸の奥がぞくぞくと震えた。

怖さではなく、未知に触れる背徳のぞくぞく。

自分の手のひらが、勝手に杯へ伸びていく。


「……少しだけ、味見なら……」


その瞬間――。


天井が割れたような轟音。

空気が弾けた。テーブルクロスが裏返り、杯が跳ねる。


「テティス、伏せろッ!!!」


なずなの声。

その背後から、巨大な影が飛び込んだ――

灰色の毛皮、光る牙、鉄のような眼。

人狼…のような格好をした男だった。

怒りと焦燥が渦巻く低い唸りが部屋を震わせる。


「テティス!! 無事か!?」


なずなは、テティスの腕を掴んで引き寄せた。

いつもの冷静さなど、跡形もない。


テティスは呆然としながら、銀杯を見た。

床に転がった杯から、赤い液が静かに広がっていく。

その広がり方は、どう見ても――血が生き物のように這っている。


そして、案内役の女の顔が、ゆっくりと持ち上がった。

赤い瞳が、怒りでも喜びでもなく、

“獲物を奪われた獣の静かな殺意”の色に染まっていた。


テティスは震えた。

やっと気づいた。

自分がどれほど危険な場所に立っていたかを。


けれど、なずなと人狼のような男はすでに前へ出ていた。

守るための構えで、彼女の前に立つ。


「……テティス。後ろに」


なずなの声は低く、張りつめていた。

その背に、頼もしさと恐怖が同時に波打っているのが、言葉ではなく気配で伝わってきた。


部屋の空気が変わる。

赤い瞳が増える。

気づけば、影がこちらを取り囲んでいた。

影がざわりと揺れた。

部屋の奥――誰もいなかったはずの空間に、

黒い裂け目がゆっくりと“息”をしはじめる。


天井の蝋燭は一斉にしぼみ、

音のない嵐の中心に吸い込まれるように灯が奪われていった。


なずなが息を呑む。

人狼のような男の毛が逆立つ。


「……来るぞ。下がれ。」


声を震わせないようにしているのが分かる。

だが空気は冷気とも熱気ともつかないものに変わり、

皮膚の内側で心臓までもが縮むような感覚に襲われた。


裂け目の中心から、

白い指が一本、ゆっくりと這い出した。


その動きは、人間のものではなかった。

死んだ花弁が、風もないのに擦れ合うような不吉な静けさ。


続いて、痩せた腕とそれに余りにも目立つ乳房。

黒い布。

焦げ茶の髪が、まるで深海の水流のようにゆらりと広がる。


そして――


“顔”が覗いた。


それは、美しいというより“整いすぎている”。

人形のように左右対称で、まるで生の感情を削り落としたかのようだ。

ただ、その瞳だけが異様に濃い。

光でも闇でもなく、彼女だけの色。


その色を見た瞬間、なずなは理解した。

この人は、“魔法使い”などという可愛い領域ではない。

世界の法則の隙間に立つ、存在そのものが呪いのような生き物だ。


「……あら」


魔女は微笑んだ。

優しい声音なのに、耳の奥がひりつく。


「お客様をお通ししただけのつもりだったのに。

ずいぶん騒がしい歓迎になっちゃったわね。」


彼女が一歩踏み出すたびに、床が沈む。

木材が鳴っているのではない。

空間そのものが、魔女に合わせて“折れている”。


逃げ道がない。


テティスは震えながらも、言葉を探すように口を開いた。


「あ、あの……本物の、魔女……さん、ですか?」


魔女の瞳が細められた。

その瞬間、空気がぴたりと止まる。


「そう呼ばれてるわね。

けれど……今日はあなたを。“歓迎”しに来たのですよ。

テティス・光明寺・ハースト。」


テティスの名前を、まるで昔から知っていたかのように呼ぶ。


なずなは反射的にテティスをかばった。


「下がれっ!! テティス、後ろに隠れて!」


魔女は首を傾けた。

人間が感情を確かめるしぐさにも似ていたが、その奥には“別物”が潜んでいる。


「あなた……面白い目をしているわね。

真実を見る目。可愛いくて声がきれいな女の子が欲しかったけど、あなたも欲しくなったかも。」


なずなの背に冷たい汗がつうっと落ちていく。


魔女はゆっくり手を伸ばした。

空気が裂け、音が線になって落ちていく。


吸い込まれそうな“圧”。

意識がひび割れそうな恐怖。


そのとき、人狼のような男が吠えた。


「テメェの歓迎は聞きたくねえんだよッ!!」


魔女の指先が止まる。

その微笑に、うっすらと“愉悦”が浮かんだ。


「……あら。

駄犬…、まだあたしの獣たちを返してもらったつもりでいるの?」


部屋の温度が一気に氷点下へ落ちた。


壁の影が、牙をむく獣のように伸びあがる。


魔女の声が低く、深く、

この世のどこにも属さない周波数で響いた。


「――お茶会は、まだ始まったばかりよ。」


空間が歪む。


逃げなければ。

でも、体が動かない。


なずなは歯を食いしばった。

テティスの震える手を掴み、必死で現実へ引き戻す。


早く動かないと、壊される。

心の奥の何かから、そんな声がした。

魔女の指先が――

テティスの喉元に触れようとした、その瞬間だった。


空気が破裂した。


天井が砕け、

黒い影が逆光の中をしなだれ落ちてくる。


細長い四肢。

雪を思わせる白銀の毛並み。

刃物のような横顔。


先にいた男と同じく人狼に見えた。


着地と同時に、

床の木材が蜘蛛の巣のように割れ、

魔女の伸ばした腕を蹴り払った。


「フリーダ…あなたまた邪魔をするのね」


魔女が面倒そうに瞬きをする。


顔が整っている方の人狼のような男、フリーダは、牙をほんの少しのぞかせながら笑った。


「ごきげんよう、魔女様。残念ながらこの女の子は渡すわけにはいきませんよ」


魔女の周囲の空間が再び歪む。

怒りではない。

愉悦でもない。


“本気で相手にする価値もない”という静かな侮蔑。


「野良犬風情が、人の子に触れる権利でも?」


その声と同時に、

部屋の影が一斉に長く伸び、牙の形を取りはじめた。


先にいた人狼のような男が吠える。


「兄貴! テティスがやべえ、連れてくぞッ!」


なずなも叫ぶ。


「今だ、走れ!! テティス!!」


テティスは、

今起きている事態を理解しきれず、

ただ震える指でなずなの腕を掴んだ。


魔女の影の牙が床を噛み砕く。


フリーダは二人の人間を一瞥し、

全身の毛を逆立てながら言い放つ。


「みんなは先に行っててくれ。俺はちょっと忘れものとってくるから」


その瞬間、

影の群れがフリーダに向かって襲いかかった。


魔女が一歩、前へ出る。

そのたびに床が歪み、

影が獣のように吠え、

空気がひび割れる。


「逃がすと……思って?」


魔女の声が静かに響く。


フリーダが獣の咆哮で応える。

白銀の爪が影を裂き、

光のない血液が空間に散った。


なずなはテティスの手を引き、

人狼のような男の背中を追った。


「走れ!! テティス、絶対に振り返るな!!」


「な、なずな……さっきの男の人は……!」


「気にするな!」


影が迫る。

部屋の出口が地獄の入口のように歪む。


「今日はあなたのお気に入りのラブドール君はいないんだね。毎日ヤッててよく飽きないよね」

フリーダのその言葉に魔女、ヴィクトリアが眉間に青筋を立てた。

「駄犬には言っていいことと悪いことの区別がつかないようね!ロメオは特別なのよ!」

ヴィクトリアの背後から血色の悪い男達が剣を持ってフリーダに斬り掛かった。


最後の衝撃音と同時に、

人狼のような男が壁を蹴破り、

なずなとテティスを抱え込むように外へ飛び出した。


外の夜気が肺を刺す。

遠くでフリーダの咆哮が木霊し、

魔女の声が静かに追ってくる。


「――逃げてもいいのよ。

ただし次は、“返して”もらいますから。」


背筋に氷を押し当てられたような寒気が走る。


なずなは、

震えるテティスの肩を強く抱き寄せた。


「絶対に……もう一人で行くな。

テティス、あれは遊びじゃない……!」


テティスは、

蒼白のまま、かすかに震えながらつぶやく。


「……あれが……魔女、なんだ……」


人狼のような男が振り返る。


「止まるな! 兄貴があとから来るからな!!」


夜の闇が、人間たちと怪物たちを飲み込むように走り抜けていく。


その後ろでは――

魔女の館の窓に、

“誰か”が立っていた。


動かない。

まるで闇そのもの。


ただ、ゆっくりと。

ゆっくりと。


テティスたちの逃げる方角へ、

その顔を向けていた。

「……なずな……わたし……

 どうして……“あれ”が……楽しいって……思ったんでしょう……」


途切れ途切れの声。

その下に沈んでいるのは、罪悪感にも似た、自分への恐怖。


「わたし……あの紅いの……きれいって……

 思っちゃったの……あんな……あんな……」


涙がこぼれる前に、言葉が壊れた。

テティスは自分の両腕を抱きしめ、

胸の奥の冷たい石を必死で押さえ込むように身体を丸める。


無邪気さは、刃の前ではこんなにも脆い。

その事実が、彼女自身をいちばん深く裂いていた。


なずなは唇を噛んだ。

鉄の味がひとしずく、舌の上に落ちる。


“テティスは悪くない”

それは絶対の真理だ。


だが――魔女たちは、その純粋さを狙った。

自分が守れなかった隙を、見透かしたかのように。


「テティス。聞いて。」


なずなの声は低い。

水面に落ちる黒い雨のように、静かで重かった。


「テティスが何をきれいだと思ったって、責められるわけない。

 罠に気づけなかったのは……私の責任だ。」


テティスは小さく首を振る。

けれどなずなは続けた。


「悔しい。腹立つ。

 あいつら、絶対に許さない。

 だけど――」


なずなはテティスの頬に手を伸ばし、そっと涙の跡をぬぐう。


「一番ムカつくのは、

 あんたが自分を責めてること。」


テティスの瞳が揺れた。


「怖かったなら、それでいい。

 嫌だったなら、それでいい。

 全部ちゃんと感じられたなら……それは、あんたが壊されてない証拠だ。」


なずなの手は、包丁ほど鋭い怒りを隠しながらも、

触れると不思議に温かい。


「あんたは守られる側じゃなくていい。

 でも――私に守らせて。

 それくらい、させて。」


テティスは震えた唇のまま、

かすかに息を吸い、そして吐き出した。


「……なずな……

 わたし……こわい……

 でも……生きて……帰れて……よかった……」


その言葉が出た瞬間、

彼女の肩からひとつ、重石が落ちたように見えた。


なずなは小さく笑う。

怒りの残火を奥に押し込めて。


「そりゃそうだ。

 帰ってこなきゃ、私が困る。」


その軽い言葉の向こうに、

“ほんとは死ぬほど心配した”という影があった。


テティスは涙の跡を残したまま、

なずなの袖をそっと掴む。


その指はまだ震えていたけれど、

もう、さっきの絶望の震えではなかった。

森の奥から、枝が折れる乾いた音が連続して響いた。

ただの野生動物の足音ではない。

空気そのものが、警戒するように震えている。


なずなが素早く立ち上がり、テティスの前に出る。

緊張が走った瞬間――


「ただいま。」


どこか投げやりで、不思議な艶のある声が木立の間から滑り込んだ。


影がひとつ、音もなく地面に落ちる。

銀灰色。月を引きずるような長い髪。

フリーダだった。


その姿は、まるで人間界に紛れ込んだ“彫像が歩き出した瞬間”のようで、

顔に宿る光は冷たく、美しく、そして怒りを孕んでいた。


「……間に合ったわけだ。」


フリーダは二人の姿を確認した途端、安堵を隠しもせず息を吐いた。

だがその目はすぐに険しさを取り戻し、背後の森へ鋭く向けられる。


「魔女の臭いがまだ濃い。急ごう」


そして、


「おそかったなー!」


陽気な声が木の上から降ってきた。


枝の間で軽々とバランスを取る、影。

先ほどからいる人狼のような男だ。

兄ほどの美貌はないが、その獣らしさと快活な瞳は、人を瞬時に安心させる。


「テティス、それ以上泣くなよ。

 ほら、俺が来たから大丈夫だって。

 なんなら肩車してやろうか?」


軽口を叩きながら飛び降りてきたリュディアは、

実際には誰よりもテティスの顔色を真剣に見ている。

「あの、すみません。だれ…ですか?あなたたち」

テティスが怯えたように身を縮めると、

彼はふっと笑みを浮かべた。


「俺はリュディア。こっちは俺の兄貴のフリーダ。お前たちがいうところの狼男だ。」

フリーダが一歩前に出て、短く言った。


「移動しよう。自己紹介はあとでね。

 魔女の“お気に入り”が出てきてる。

 長くは持たない。」


その言葉に、森の影までもがざわめいた気がした。


リュディアはすぐにテティスの横にしゃがみ、

目線を合わせる。


「歩けるか?

 無理なら俺が抱える。恥ずかしくても我慢な?」


テティスは震える声で「大丈夫……です」と答えるが、

足は思うように動かない。


なずなが迷いなく彼女の腕をとった。


「俺がついてる。ゆっくりでいい。」


フリーダが周囲の気配を読み取りつつ先導し、

リュディアが後方で影のように警戒する。


不気味なざわめきが森の奥から漂ってくる。

追撃の“何か”が、確実にこちらへ向かっていた。


フリーダが呟く。


「……魔女の"お気に入り"の気配が濃くなってきた。

 振り切る。走れるなら走れ。」


その瞬間、森が風を飲み込み――

葉の裏から、見えない何かがこちらを見下ろしたような気配がした。


三人はテティスを守るように陣形を組み、一斉に駆け出した。


フリーダの足取りは狼のそれで、音もなく速い。

リュディアは後方から迫る気配と競うように、地面を蹴る。

なずなはテティスの身体を支えながら、必死に速度を合わせる。


背後から、何かが笑った。

女の声とも、獣の声ともつかない、歪んだ響き。


テティスの肩が震え、なずなは腕に力を込める。


「もう大丈夫だ。絶対に連れて帰る。」


フリーダが合図する。


「抜けるぞ――今!!!」


最後の木立を飛び越えた瞬間、

魔女の“影”が触れかけた空気が、ひゅうっと背中を撫でた。


四人は月光の下に転がり出るように森を抜け、

そのまま闇へと飲み込まれる前に、夜の道を走り切った。


倉庫の隅で、古いランタンが心許なく揺れている。

その火の揺れを見ているだけで、テティスの胸がぞわついた。

冷たい藁の指先が、皮膚の下にまで入り込んでいる気がした。

魔女に肩を掴まれた感覚がまだ生々しい

テティスは今になってやっとフリーダが"何か"を抱えているのに気づいた。

「あの…フリーダさん。それ、なんですか?」

「"この子"はあの魔女に囚われていた俺たちの同胞だよ。…もう死んでしまったけど遺体だけでも取り返したかった。」

フリーダはそれを優しく撫でた。テティスはその様子を見て目を伏せた。

「…亡くなってしまったのですね」

「魔女は我々から同胞を奪いお茶会の材料にする。…この子は、ヴァネッサは、君が飲もうとしていた血の持ち主だよ」

フリーダは何も含みを持った言い方をしなかったが、テティスには"君が飲もうとした"という言葉に心がズキリと痛んだ。

「あの…私、ごめんなさい」

「君は悪くない。…ヴァネッサを吸血鬼の仲間と再会させたいんだ。…ラクウェル、ヴァネッサだよ」

フリーダがそう言うと、天井から何かが降りてきた。

赤い髪をした、10代後半ほどの美しい顔立ちをした執事服を身に纏った少女だった。

「ムッシュ、ありがとうございます。…ヴァネッサ、こんな姿になって…ごめんね」 


"少女"だとテティスは思ったが、外見に合わず声が低い。だが涙を流す眼についた長い睫毛と通った鼻筋、きゅっと結んだ桃色の唇が少女のような儚さがあった。  


「こいつはラクウェル、吸血鬼だ」

テティスとなずなの後ろからリュディアがそう言った。

「人間界に来ている同胞はこいつで最後だ。他の連中は夜中でも目立つから待機中だ。」

「人間界って…」

なずなは今になって自分が置かれている状況に気づき、困惑していた。


沈んだ空気を破るように、リュディアが口を開いた。


「……まず、お前たちが知らない“世界”の話をする。」

声音はいつもより低く、重たかった。


「俺たち怪物は、もともと“人間界の裏側”にいる。

 壁一枚隔てた別の国、みたいなもんだ。」


フリーダが続ける。


「その壁を管理してたのが、三人の賢者だよ。

 一人が“守り”、一人が“力”、そして……

 最後が、今回あの場にいた“癒しの賢者”。」


なずなが眉を寄せる。


「……あの魔女が?」


フリーダは頷いた。


「癒しの賢者は異常な再生能力と、

 “生命の構造そのもの”をいじることができる。

 怪物も人間も、彼女の手にかかると、姿形が変えられる。」


テティスは無意識に自分の腕を抱きしめた。


「……どうしてそんな力が……?」


「代償だ。」

リュディアが答える。


「賢者はそれぞれ、“人間らしい何か”を引き換えに力を得る。

 賢者たちは……誰かと家族になる資格を奪われてる。」


なずなは「は?」と声を上げた。


フリーダは淡々と言う。


「伴侶も、子も、本来は持ってはいけない存在だ。

 持った瞬間、力の均衡が崩れるからね。」


リュディアが腕を組む。


「魔女は怪物たちを捕まえて料理にしてる。

 血だの肉だの爪だのを使って、

 “理想のフランケンシュタイン”を作るためのおとりとな。」


「……フランケンシュタイン。」

なずなが吐き捨てるように言った。


フリーダは強く頷いた。


「ああ。

 お前らが会ったあの男は、魔女が“執着している死者”の成れの果てだ。

 恐ろしく強くて、めちゃくちゃしぶとい。

 倒すには、力の賢者の協力が必要だ。」


その名が出た瞬間、

テティスの背筋がピンと張った。



「……ねぇ。」

震え声でテティスが口を開く。


「魔女は……わたしを……その“材料”にしようとしていたのよね。」


フリーダとリュディアは黙って頷いた。


なずなの手が震える。


テティスは、怖かった。

怖くてたまらなかった。


でも。


なずなの横顔を見た瞬間、

胸にぽっと火が灯った。


なずなは自分のために必死で怒り、

怪物相手に殴りかかる覚悟すらあった。


「……わたし、なずなを、みんなを守る。」


「テティス?」

なずなが目を丸くする。


「だって、わたしのせいで、巻き込んじゃった。

 あなたが怪物たちと戦ってくれた。

 逃げてくれた。

 なのに、わたしは……ずっと怖がってるだけじゃ嫌。」


声は細く震えているのに、

言葉は芯を持っていた。


フリーダはふっと息をついた。


「強いんだね。きみ。」


テティスは首を振る。


「強くない。

 でも……守りたい人がいると、強くなりたいって思う。」


ランタンの光が、涙を一粒照らした。


沈黙のあと、フリーダが結論を出した。


「なら、やることは一つだ。

 テティス、お前を狙う理由を知るためにも——」


ゆっくり立ち上がる。


「力の賢者に会いに行く。」


リュディアも続く。


「魔女と敵対してる唯一の賢者だ。

 ここを守ってる結界も、そいつの力だ。」


なずなが目を細める。


「テティスを助けるためのヒントが、そこにある……ってわけだな。」


テティスは両手を握りしめ、

不安よりも、決意を優先させた。


「……行く。

 魔女に狙われる理由も、

 わたしにできることも……全部知りたい。」


フリーダはにやりと笑う。

その笑みは野生の獣のようで、どこか頼もしかった。


「よし。

 本気で生き残りたいなら——

 賢者の前に立つ覚悟を持て。」


倉庫の扉が開き、

冷たい朝の風が吹き込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ