お茶会のはじまり
テティスは、胸の奥で跳ねる心臓の鼓動を押さえきれずにいた。
足元には、霧が絹のように絡まり、視界は淡い紫色の光でゆらめいている。
「……すごい。ほんとうに、来ちゃったんだ……!」
メッセージが届いた瞬間、なずなに見せたら絶対に止められると思った。
だから一人でここへ来た。
“魔女のお茶会”――その名を思い出すだけで胸が熱くなる。
森の奥にぽつんと佇む屋敷は、どこか人の形を模しているようで、
窓という窓がひそひそと笑っているように見えた。
なのに怖くなかった。
むしろ、ずっと憧れてきた“異界”に触れられる喜びが、全身を温かく満たしていた。
「テティス・光明寺・ハースト様ですね」
案内役の女は、影の奥に沈むような声だった。
顔は赤みがなく、顔色が悪いという言葉がそのまま合う。身体のあらゆるところに縫い傷があった。そして、赤い瞳だけがきらりと葬列の蝋燭のように光っていた。
通された部屋には、丸いテーブルが一つ。
その中央に――黒い薔薇のように渦巻く、大きな銀杯が置かれている。
「最初の一杯は、“若返り”でございます。
吸血鬼の血……新鮮なうちにどうぞ。」
テティスは、息を呑んだ。
銀の杯は、ほんのり脈打っている。
赤い液体が表面張力を震わせるたび、光が床に吸い込まれた。
(本物……? 本当に?)
胸の奥がぞくぞくと震えた。
怖さではなく、未知に触れる背徳のぞくぞく。
自分の手のひらが、勝手に杯へ伸びていく。
「……少しだけ、味見なら……」
その瞬間――。
天井が割れたような轟音。
空気が弾けた。テーブルクロスが裏返り、杯が跳ねる。
「テティス、伏せろッ!!!」
なずなの声。
その背後から、巨大な影が飛び込んだ――
灰色の毛皮、光る牙、鉄のような眼。
人狼…のような格好をした男だった。
怒りと焦燥が渦巻く低い唸りが部屋を震わせる。
「テティス!! 無事か!?」
なずなは、テティスの腕を掴んで引き寄せた。
いつもの冷静さなど、跡形もない。
テティスは呆然としながら、銀杯を見た。
床に転がった杯から、赤い液が静かに広がっていく。
その広がり方は、どう見ても――血が生き物のように這っている。
そして、案内役の女の顔が、ゆっくりと持ち上がった。
赤い瞳が、怒りでも喜びでもなく、
“獲物を奪われた獣の静かな殺意”の色に染まっていた。
テティスは震えた。
やっと気づいた。
自分がどれほど危険な場所に立っていたかを。
けれど、なずなと人狼のような男はすでに前へ出ていた。
守るための構えで、彼女の前に立つ。
「……テティス。後ろに」
なずなの声は低く、張りつめていた。
その背に、頼もしさと恐怖が同時に波打っているのが、言葉ではなく気配で伝わってきた。
部屋の空気が変わる。
赤い瞳が増える。
気づけば、影がこちらを取り囲んでいた。
影がざわりと揺れた。
部屋の奥――誰もいなかったはずの空間に、
黒い裂け目がゆっくりと“息”をしはじめる。
天井の蝋燭は一斉にしぼみ、
音のない嵐の中心に吸い込まれるように灯が奪われていった。
なずなが息を呑む。
人狼のような男の毛が逆立つ。
「……来るぞ。下がれ。」
声を震わせないようにしているのが分かる。
だが空気は冷気とも熱気ともつかないものに変わり、
皮膚の内側で心臓までもが縮むような感覚に襲われた。
裂け目の中心から、
白い指が一本、ゆっくりと這い出した。
その動きは、人間のものではなかった。
死んだ花弁が、風もないのに擦れ合うような不吉な静けさ。
続いて、痩せた腕とそれに余りにも目立つ乳房。
黒い布。
焦げ茶の髪が、まるで深海の水流のようにゆらりと広がる。
そして――
“顔”が覗いた。
それは、美しいというより“整いすぎている”。
人形のように左右対称で、まるで生の感情を削り落としたかのようだ。
ただ、その瞳だけが異様に濃い。
光でも闇でもなく、彼女だけの色。
その色を見た瞬間、なずなは理解した。
この人は、“魔法使い”などという可愛い領域ではない。
世界の法則の隙間に立つ、存在そのものが呪いのような生き物だ。
「……あら」
魔女は微笑んだ。
優しい声音なのに、耳の奥がひりつく。
「お客様をお通ししただけのつもりだったのに。
ずいぶん騒がしい歓迎になっちゃったわね。」
彼女が一歩踏み出すたびに、床が沈む。
木材が鳴っているのではない。
空間そのものが、魔女に合わせて“折れている”。
逃げ道がない。
テティスは震えながらも、言葉を探すように口を開いた。
「あ、あの……本物の、魔女……さん、ですか?」
魔女の瞳が細められた。
その瞬間、空気がぴたりと止まる。
「そう呼ばれてるわね。
けれど……今日はあなたを。“歓迎”しに来たのですよ。
テティス・光明寺・ハースト。」
テティスの名前を、まるで昔から知っていたかのように呼ぶ。
なずなは反射的にテティスをかばった。
「下がれっ!! テティス、後ろに隠れて!」
魔女は首を傾けた。
人間が感情を確かめるしぐさにも似ていたが、その奥には“別物”が潜んでいる。
「あなた……面白い目をしているわね。
真実を見る目。可愛いくて声がきれいな女の子が欲しかったけど、あなたも欲しくなったかも。」
なずなの背に冷たい汗がつうっと落ちていく。
魔女はゆっくり手を伸ばした。
空気が裂け、音が線になって落ちていく。
吸い込まれそうな“圧”。
意識がひび割れそうな恐怖。
そのとき、人狼のような男が吠えた。
「テメェの歓迎は聞きたくねえんだよッ!!」
魔女の指先が止まる。
その微笑に、うっすらと“愉悦”が浮かんだ。
「……あら。
駄犬…、まだあたしの獣たちを返してもらったつもりでいるの?」
部屋の温度が一気に氷点下へ落ちた。
壁の影が、牙をむく獣のように伸びあがる。
魔女の声が低く、深く、
この世のどこにも属さない周波数で響いた。
「――お茶会は、まだ始まったばかりよ。」
空間が歪む。
逃げなければ。
でも、体が動かない。
なずなは歯を食いしばった。
テティスの震える手を掴み、必死で現実へ引き戻す。
早く動かないと、壊される。
心の奥の何かから、そんな声がした。
魔女の指先が――
テティスの喉元に触れようとした、その瞬間だった。
空気が破裂した。
天井が砕け、
黒い影が逆光の中をしなだれ落ちてくる。
細長い四肢。
雪を思わせる白銀の毛並み。
刃物のような横顔。
先にいた男と同じく人狼に見えた。
着地と同時に、
床の木材が蜘蛛の巣のように割れ、
魔女の伸ばした腕を蹴り払った。
「フリーダ…あなたまた邪魔をするのね」
魔女が面倒そうに瞬きをする。
顔が整っている方の人狼のような男、フリーダは、牙をほんの少しのぞかせながら笑った。
「ごきげんよう、魔女様。残念ながらこの女の子は渡すわけにはいきませんよ」
魔女の周囲の空間が再び歪む。
怒りではない。
愉悦でもない。
“本気で相手にする価値もない”という静かな侮蔑。
「野良犬風情が、人の子に触れる権利でも?」
その声と同時に、
部屋の影が一斉に長く伸び、牙の形を取りはじめた。
先にいた人狼のような男が吠える。
「兄貴! テティスがやべえ、連れてくぞッ!」
なずなも叫ぶ。
「今だ、走れ!! テティス!!」
テティスは、
今起きている事態を理解しきれず、
ただ震える指でなずなの腕を掴んだ。
魔女の影の牙が床を噛み砕く。
フリーダは二人の人間を一瞥し、
全身の毛を逆立てながら言い放つ。
「みんなは先に行っててくれ。俺はちょっと忘れものとってくるから」
その瞬間、
影の群れがフリーダに向かって襲いかかった。
魔女が一歩、前へ出る。
そのたびに床が歪み、
影が獣のように吠え、
空気がひび割れる。
「逃がすと……思って?」
魔女の声が静かに響く。
フリーダが獣の咆哮で応える。
白銀の爪が影を裂き、
光のない血液が空間に散った。
なずなはテティスの手を引き、
人狼のような男の背中を追った。
「走れ!! テティス、絶対に振り返るな!!」
「な、なずな……さっきの男の人は……!」
「気にするな!」
影が迫る。
部屋の出口が地獄の入口のように歪む。
「今日はあなたのお気に入りのラブドール君はいないんだね。毎日ヤッててよく飽きないよね」
フリーダのその言葉に魔女、ヴィクトリアが眉間に青筋を立てた。
「駄犬には言っていいことと悪いことの区別がつかないようね!ロメオは特別なのよ!」
ヴィクトリアの背後から血色の悪い男達が剣を持ってフリーダに斬り掛かった。
最後の衝撃音と同時に、
人狼のような男が壁を蹴破り、
なずなとテティスを抱え込むように外へ飛び出した。
外の夜気が肺を刺す。
遠くでフリーダの咆哮が木霊し、
魔女の声が静かに追ってくる。
「――逃げてもいいのよ。
ただし次は、“返して”もらいますから。」
背筋に氷を押し当てられたような寒気が走る。
なずなは、
震えるテティスの肩を強く抱き寄せた。
「絶対に……もう一人で行くな。
テティス、あれは遊びじゃない……!」
テティスは、
蒼白のまま、かすかに震えながらつぶやく。
「……あれが……魔女、なんだ……」
人狼のような男が振り返る。
「止まるな! 兄貴があとから来るからな!!」
夜の闇が、人間たちと怪物たちを飲み込むように走り抜けていく。
その後ろでは――
魔女の館の窓に、
“誰か”が立っていた。
動かない。
まるで闇そのもの。
ただ、ゆっくりと。
ゆっくりと。
テティスたちの逃げる方角へ、
その顔を向けていた。
「……なずな……わたし……
どうして……“あれ”が……楽しいって……思ったんでしょう……」
途切れ途切れの声。
その下に沈んでいるのは、罪悪感にも似た、自分への恐怖。
「わたし……あの紅いの……きれいって……
思っちゃったの……あんな……あんな……」
涙がこぼれる前に、言葉が壊れた。
テティスは自分の両腕を抱きしめ、
胸の奥の冷たい石を必死で押さえ込むように身体を丸める。
無邪気さは、刃の前ではこんなにも脆い。
その事実が、彼女自身をいちばん深く裂いていた。
なずなは唇を噛んだ。
鉄の味がひとしずく、舌の上に落ちる。
“テティスは悪くない”
それは絶対の真理だ。
だが――魔女たちは、その純粋さを狙った。
自分が守れなかった隙を、見透かしたかのように。
「テティス。聞いて。」
なずなの声は低い。
水面に落ちる黒い雨のように、静かで重かった。
「テティスが何をきれいだと思ったって、責められるわけない。
罠に気づけなかったのは……私の責任だ。」
テティスは小さく首を振る。
けれどなずなは続けた。
「悔しい。腹立つ。
あいつら、絶対に許さない。
だけど――」
なずなはテティスの頬に手を伸ばし、そっと涙の跡をぬぐう。
「一番ムカつくのは、
あんたが自分を責めてること。」
テティスの瞳が揺れた。
「怖かったなら、それでいい。
嫌だったなら、それでいい。
全部ちゃんと感じられたなら……それは、あんたが壊されてない証拠だ。」
なずなの手は、包丁ほど鋭い怒りを隠しながらも、
触れると不思議に温かい。
「あんたは守られる側じゃなくていい。
でも――私に守らせて。
それくらい、させて。」
テティスは震えた唇のまま、
かすかに息を吸い、そして吐き出した。
「……なずな……
わたし……こわい……
でも……生きて……帰れて……よかった……」
その言葉が出た瞬間、
彼女の肩からひとつ、重石が落ちたように見えた。
なずなは小さく笑う。
怒りの残火を奥に押し込めて。
「そりゃそうだ。
帰ってこなきゃ、私が困る。」
その軽い言葉の向こうに、
“ほんとは死ぬほど心配した”という影があった。
テティスは涙の跡を残したまま、
なずなの袖をそっと掴む。
その指はまだ震えていたけれど、
もう、さっきの絶望の震えではなかった。
森の奥から、枝が折れる乾いた音が連続して響いた。
ただの野生動物の足音ではない。
空気そのものが、警戒するように震えている。
なずなが素早く立ち上がり、テティスの前に出る。
緊張が走った瞬間――
「ただいま。」
どこか投げやりで、不思議な艶のある声が木立の間から滑り込んだ。
影がひとつ、音もなく地面に落ちる。
銀灰色。月を引きずるような長い髪。
フリーダだった。
その姿は、まるで人間界に紛れ込んだ“彫像が歩き出した瞬間”のようで、
顔に宿る光は冷たく、美しく、そして怒りを孕んでいた。
「……間に合ったわけだ。」
フリーダは二人の姿を確認した途端、安堵を隠しもせず息を吐いた。
だがその目はすぐに険しさを取り戻し、背後の森へ鋭く向けられる。
「魔女の臭いがまだ濃い。急ごう」
そして、
「おそかったなー!」
陽気な声が木の上から降ってきた。
枝の間で軽々とバランスを取る、影。
先ほどからいる人狼のような男だ。
兄ほどの美貌はないが、その獣らしさと快活な瞳は、人を瞬時に安心させる。
「テティス、それ以上泣くなよ。
ほら、俺が来たから大丈夫だって。
なんなら肩車してやろうか?」
軽口を叩きながら飛び降りてきたリュディアは、
実際には誰よりもテティスの顔色を真剣に見ている。
「あの、すみません。だれ…ですか?あなたたち」
テティスが怯えたように身を縮めると、
彼はふっと笑みを浮かべた。
「俺はリュディア。こっちは俺の兄貴のフリーダ。お前たちがいうところの狼男だ。」
フリーダが一歩前に出て、短く言った。
「移動しよう。自己紹介はあとでね。
魔女の“お気に入り”が出てきてる。
長くは持たない。」
その言葉に、森の影までもがざわめいた気がした。
リュディアはすぐにテティスの横にしゃがみ、
目線を合わせる。
「歩けるか?
無理なら俺が抱える。恥ずかしくても我慢な?」
テティスは震える声で「大丈夫……です」と答えるが、
足は思うように動かない。
なずなが迷いなく彼女の腕をとった。
「俺がついてる。ゆっくりでいい。」
フリーダが周囲の気配を読み取りつつ先導し、
リュディアが後方で影のように警戒する。
不気味なざわめきが森の奥から漂ってくる。
追撃の“何か”が、確実にこちらへ向かっていた。
フリーダが呟く。
「……魔女の"お気に入り"の気配が濃くなってきた。
振り切る。走れるなら走れ。」
その瞬間、森が風を飲み込み――
葉の裏から、見えない何かがこちらを見下ろしたような気配がした。
三人はテティスを守るように陣形を組み、一斉に駆け出した。
フリーダの足取りは狼のそれで、音もなく速い。
リュディアは後方から迫る気配と競うように、地面を蹴る。
なずなはテティスの身体を支えながら、必死に速度を合わせる。
背後から、何かが笑った。
女の声とも、獣の声ともつかない、歪んだ響き。
テティスの肩が震え、なずなは腕に力を込める。
「もう大丈夫だ。絶対に連れて帰る。」
フリーダが合図する。
「抜けるぞ――今!!!」
最後の木立を飛び越えた瞬間、
魔女の“影”が触れかけた空気が、ひゅうっと背中を撫でた。
四人は月光の下に転がり出るように森を抜け、
そのまま闇へと飲み込まれる前に、夜の道を走り切った。
倉庫の隅で、古いランタンが心許なく揺れている。
その火の揺れを見ているだけで、テティスの胸がぞわついた。
冷たい藁の指先が、皮膚の下にまで入り込んでいる気がした。
魔女に肩を掴まれた感覚がまだ生々しい
テティスは今になってやっとフリーダが"何か"を抱えているのに気づいた。
「あの…フリーダさん。それ、なんですか?」
「"この子"はあの魔女に囚われていた俺たちの同胞だよ。…もう死んでしまったけど遺体だけでも取り返したかった。」
フリーダはそれを優しく撫でた。テティスはその様子を見て目を伏せた。
「…亡くなってしまったのですね」
「魔女は我々から同胞を奪いお茶会の材料にする。…この子は、ヴァネッサは、君が飲もうとしていた血の持ち主だよ」
フリーダは何も含みを持った言い方をしなかったが、テティスには"君が飲もうとした"という言葉に心がズキリと痛んだ。
「あの…私、ごめんなさい」
「君は悪くない。…ヴァネッサを吸血鬼の仲間と再会させたいんだ。…ラクウェル、ヴァネッサだよ」
フリーダがそう言うと、天井から何かが降りてきた。
赤い髪をした、10代後半ほどの美しい顔立ちをした執事服を身に纏った少女だった。
「ムッシュ、ありがとうございます。…ヴァネッサ、こんな姿になって…ごめんね」
"少女"だとテティスは思ったが、外見に合わず声が低い。だが涙を流す眼についた長い睫毛と通った鼻筋、きゅっと結んだ桃色の唇が少女のような儚さがあった。
「こいつはラクウェル、吸血鬼だ」
テティスとなずなの後ろからリュディアがそう言った。
「人間界に来ている同胞はこいつで最後だ。他の連中は夜中でも目立つから待機中だ。」
「人間界って…」
なずなは今になって自分が置かれている状況に気づき、困惑していた。
沈んだ空気を破るように、リュディアが口を開いた。
「……まず、お前たちが知らない“世界”の話をする。」
声音はいつもより低く、重たかった。
「俺たち怪物は、もともと“人間界の裏側”にいる。
壁一枚隔てた別の国、みたいなもんだ。」
フリーダが続ける。
「その壁を管理してたのが、三人の賢者だよ。
一人が“守り”、一人が“力”、そして……
最後が、今回あの場にいた“癒しの賢者”。」
なずなが眉を寄せる。
「……あの魔女が?」
フリーダは頷いた。
「癒しの賢者は異常な再生能力と、
“生命の構造そのもの”をいじることができる。
怪物も人間も、彼女の手にかかると、姿形が変えられる。」
テティスは無意識に自分の腕を抱きしめた。
「……どうしてそんな力が……?」
「代償だ。」
リュディアが答える。
「賢者はそれぞれ、“人間らしい何か”を引き換えに力を得る。
賢者たちは……誰かと家族になる資格を奪われてる。」
なずなは「は?」と声を上げた。
フリーダは淡々と言う。
「伴侶も、子も、本来は持ってはいけない存在だ。
持った瞬間、力の均衡が崩れるからね。」
リュディアが腕を組む。
「魔女は怪物たちを捕まえて料理にしてる。
血だの肉だの爪だのを使って、
“理想のフランケンシュタイン”を作るためのおとりとな。」
「……フランケンシュタイン。」
なずなが吐き捨てるように言った。
フリーダは強く頷いた。
「ああ。
お前らが会ったあの男は、魔女が“執着している死者”の成れの果てだ。
恐ろしく強くて、めちゃくちゃしぶとい。
倒すには、力の賢者の協力が必要だ。」
その名が出た瞬間、
テティスの背筋がピンと張った。
「……ねぇ。」
震え声でテティスが口を開く。
「魔女は……わたしを……その“材料”にしようとしていたのよね。」
フリーダとリュディアは黙って頷いた。
なずなの手が震える。
テティスは、怖かった。
怖くてたまらなかった。
でも。
なずなの横顔を見た瞬間、
胸にぽっと火が灯った。
なずなは自分のために必死で怒り、
怪物相手に殴りかかる覚悟すらあった。
「……わたし、なずなを、みんなを守る。」
「テティス?」
なずなが目を丸くする。
「だって、わたしのせいで、巻き込んじゃった。
あなたが怪物たちと戦ってくれた。
逃げてくれた。
なのに、わたしは……ずっと怖がってるだけじゃ嫌。」
声は細く震えているのに、
言葉は芯を持っていた。
フリーダはふっと息をついた。
「強いんだね。きみ。」
テティスは首を振る。
「強くない。
でも……守りたい人がいると、強くなりたいって思う。」
ランタンの光が、涙を一粒照らした。
沈黙のあと、フリーダが結論を出した。
「なら、やることは一つだ。
テティス、お前を狙う理由を知るためにも——」
ゆっくり立ち上がる。
「力の賢者に会いに行く。」
リュディアも続く。
「魔女と敵対してる唯一の賢者だ。
ここを守ってる結界も、そいつの力だ。」
なずなが目を細める。
「テティスを助けるためのヒントが、そこにある……ってわけだな。」
テティスは両手を握りしめ、
不安よりも、決意を優先させた。
「……行く。
魔女に狙われる理由も、
わたしにできることも……全部知りたい。」
フリーダはにやりと笑う。
その笑みは野生の獣のようで、どこか頼もしかった。
「よし。
本気で生き残りたいなら——
賢者の前に立つ覚悟を持て。」
倉庫の扉が開き、
冷たい朝の風が吹き込む。




