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雪男

闇の回廊に、気配が落ちる。フランケンシュタイン達がしきりにテティスとなずなを探している様子があり、足音が途絶えない。そして、ガツンガツンと鈍く響くヒールの音が響いた。


「ロメオ!!あぁああの小娘共!!どこにいるの!?」


ヴィクトリアの激しい怒りの声が響いている。

 

壁に映る影が、異様に長い。 フランケンシュタイン達と彼女は追ってくる。 獲物を回収するために。


テティスとなずなは鎖でロメオを人質にしたまま息を殺し、柱の陰に身を潜めた。ロメオはテティスよりも腕力 があるなずなが鎖を握っている。声を出せないようになずなのスーツをちぎったものを猿轡の代わりに噛ませていた。


(フリーダ様たちが来るまで……あと一時間)


テティスはフリーダとの打ち合わせを思い出していた。フリーダとリュディアとレイノルズ、ギルが屋敷に乗り込んでテティス達を救出する流れになっている。


しかしこのフランケンシュタイン達の数では見つかるのも時間の問題かもしれない。テティスは手汗と心臓が激しくなるのを感じた。

 

その瞬間。


大きな影が、テティスとなずなに覆いかぶさった。


「……っ!」


腕を引かれ、壁の隙間に押し込まれる。なずなはロメオを持ちながらだったので振りほどくのは困難だった。冷たい手、人間ではない体温。間違いなくヴィクトリアの作り出したモンスターかフランケンシュタインかもしれない。テティスは自身の終わりを感じた。


「やめて…」

 

テティスが呟くと、低く唸るオランウータンかゴリラのような声が聞こえた。しかしその声は威嚇というよりも優しさを感じる声に感じた。テティスは思わず後ろを振り返った。白い毛に覆われた巨大な腕が、静かに口元へ指を立てる。

その腕の持ち主は白く長い毛が全身に生えた2mほどの身長の、大きな素足を持っていた。顔はオランウータンのような大きな口と鼻を持っている。


イエティなのだろうか。テティスはヒマラヤ山脈にいるという伝説と都市伝説を知っていたがいざ目の前にすると本物なのか分からなかった。


彼は喋らない。 だが、その目は、テティスにはっきりと「助ける」と言っていた。


ヴィクトリアの足音が、すぐそこを通り過ぎる。


「……いない?」


不機嫌そうな声が遠ざかり、闇が戻った。


テティスは、ようやく息を吐いた。


「……あなたも、囚われてたの?」


イエティは、静かに頷く。 そして、胸に手を当てた。


テティスはイエティが何を言いたいのかを察した。彼は自分の生まれ故郷に帰りたいと彼なりに伝えているのであろう。


テティスは、迷わずにイエティに言った。


「……帰ろう。必ず」


約束、と言う代わりに、テティスはイエティのその毛むくじゃらで冷たい手を握った。なずなは静かにその様子を見ていた。


テティスとなずなはロメオを連れたまま、フランケンシュタイン達とヴィクトリアを避けながら迷いなく進むイエティに導かれ、重い鉄の扉を開けた瞬間、臭いが彼女達の鼻先に来た。


フラスコに入った肉片、目玉、内臓と思われるもの、大量に保管された血のようなドロっとした赤い液体。


棚には、エルフ、人狼、吸血鬼、オークの…それぞれの種族の顔の整った首が並べられている。どの首も目が開いている。 ハーピーの羽と肉片。ドワーフの全身が切り刻まれた遺体が標本のように飾られていた。 そしてフランケンシュタインの元になるであろう、人間のバラバラになった遺体も部位ごとに箱にしまわれていた。


「…う…うええ」


テティスとなずなは吐き気をもよおした。胃液がグンと口元まで上がってきた。

これは人間の所業ではない。 魔女、悪魔であろう。


使えるところだけ残す。 不要になれば廃棄する。


ふとテティスはとあるフラスコに【マーマン ジャック=モリソン】と書かれていたのを見つけた。


ジャックも、彼も、ここに来る寸前だったのだ。テティスはゾッとし、口の中の抑えていた胃液が口の中を飛び出してしまった。


テティスの様子を見たイエティが彼女の背中を優しく擦った。イエティは心配そうに眉をひそめていた。


「ありがとう…大丈夫だよ」テティスは口の中にあった胃液を飲み込み、イエティにそう答えた。


イエティが見せたいものはこれではなかったようだった。彼は部屋の奥を指差す。


テティスとなずなはその部屋の扉を開けた。


鉄格子の中にいたのは、幼いエルフだった。金色の肩まで伸びたパサパサの髪。やせ細った細い身体、怯えきった目。白いボロボロのシャツ着てと半ズボンを履いていた。石の上の冷たい床の上で息も絶え絶えに横たわっていた。


「……あなたは?」


テティスが名前を聞くと、エルフの子どもの指が小さく反応した。イエティが小さく、優しい鳴き声を出す。エルフの子どもはイエティを見て微かに安堵したような顔になった。


「シオーネ…」


エルフの子どもが掠れた声で答えた。


イエティは鉄格子を無理やり開けようと格子を横に引っ張っていた。開かないことが分かるとその場をくるくる見回し始めた。格子は何度も色々な方法で開けようとしたのだろう、少し変形したり傷がついていたが、それでもエルフの子ども、シオーネが出るほどの穴はできていなかった。イエティが一緒に鍵を探してほしいかのように、テティスとなずなを見る。 必死だ。イエティとシオーネはきっと友達なのだろう。


(……フリーダ様達が来るまでまで、あと30分)


時間はない。 だが、見捨てるという選択肢は、最初から存在しなかった。


テティスは、周囲を見渡し、拳を握る。


「大丈夫。必ず開ける」


それは、シオーネに向けた言葉であり、 ジャックに向けた、 そして自分自身への宣言でもあった。

 

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