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魔女のお茶会  作者: さとうとしお


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16/22

人魚の肉 海の夢と心の渇き

登場人物

テティス=光明寺=ハーネス

アメリカの大企業のCEOの娘。オカルト趣味があり、かねてから興味があった魔女のお茶会に招待されるが、それは魔女の罠であった。SSのなずなと狼男のフリーダとリュディアに救出され、力の賢者のもとへ案内される。異世界でであった仲間を守る決意を固めた。


服部なずな

テティスのSS。日本人であることをテティスに気に入られた。日本の格闘技の達人である。何よりも主であり、唯一無二の親友であるテティスを守ることを大切にしている。


フリーダ

人狼の代表。彫刻のように整った顔立ちと身体つきをしている美青年。人間界にビリヤードのプロ選手として潜入して魔女のお茶会の動向を探っている。力の賢者、レイノルズから人間界の常識を教わっていて、怪物のなかで唯一人間界に溶け込んでいる。


リュディア

フリーダの実弟。フリーダと同じく人間界に潜入しているが、人間界にいるときは隠れている。フリーダには劣るが腕っぷしが強い。親分肌である。


ヴォルフ=レイノルズ

力の賢者。40代くらいの男性。怪物たちが住む異世界と人間界の境界を守っている。賢者は一人1国家の権力が与えられているが家族を持つことができない、人間に魔法で攻撃してはいけないなど多くの制約に縛られている。自身が尊敬していた"養父ロメオ=フランケンシュタイン"を改造した義妹の魔女=ヴィクトリアを裁くことを目的としている。


シャイナ=レイノルズ 

守りの賢者。ヴォルフ=レイノルズとヴィクトリアの義妹。ヴィクトリアと対峙しているが、面会を許可されていて時々会うことができる。 


ギル=ニコラウス

レイノルズの側近。完全記憶能力を持つ人間の男性。 


ラクウェル

吸血鬼の代表代理。美少女と間違われるほどの美貌をもつ少年。


代表たち

人魚の代表代理、ローラ。ハーピーの代表カラビナ。エルフの代表カザリ。ドワーフの代表ヤゴ。オークの代表ウルゴラスとその妻ドラリナ。


ヴィクトリア=フランケンシュタイン

魔女。癒しの賢者。容姿端麗なフランケンシュタインを作る目的で魔女のお茶会というものを開いていた。養父ロメオ=フランケンシュタインの遺体を使いフランケンシュタインを作った。


ベガ=フランケンシュタイン

ヴィクトリアの"息子"SNSやアーティストとしてはJIROと名乗っている。歌で怪物たちの動きをとめることができる。 


ロメオ=フランケンシュタイン

元々は賢者たちの養父であり、異世界の代表たちを束ねていた神父であった。国家反逆の罪を着せられ殺害されたのち、ヴィクトリアに人造人間フランケンシュタインとして蘇させられる。


ジャック=モリソン

クロノスブレイカーのアクションスタントマンを務める男性。ヴィクトリアに唆されて人魚の肉を食べてしまう。

ジャックは、その夜ほとんど眠れなかった。


横になって目を閉じると、身体の内側で潮の音がする。


錯覚だと思おうとしても、耳鳴りとは違う、もっと深い場所から響いてくる音だった。


(……気のせいだ) そう言い聞かせながら、何度も寝返りを打つ。


だが、目を閉じるたびに、視界の奥に暗い水面が浮かぶ。


沈んでいく感覚。


それなのに、息が苦しくならない。


喉の奥が、ひどく渇いていた。 水を飲んでも、満たされない。 胸の奥に、別の渇きがある。


「……最悪だ」


朝方、ようやくうとうとした


夢の中で、ジャックは海に立っていた。


足元まで迫る波は、なぜか温かい。


呼ばれている気がした。


帰ってこいと。


目を覚ましたとき、指先がわずかに青白くなっていることに、彼はまだ気づいていなかった。 ジャックは、ベッドから起き上がり、窓の外を見た。夜明けの光が、かすかに部屋を照らしている。彼は深呼吸をし、心の中の不安を振り払おうとした。


「何かがおかしい……」


彼は自分にそう言い聞かせながら、キッチンへと向かった。コーヒーを淹れながら、昨夜の夢のことを考える。海の夢は、彼にとって特別な意味を持っていた。


ジャックは、子供の頃から海に魅了されていた。彼の故郷はハワイ州で、毎日のように海岸で遊んでいた。だが、ある日突然、彼は海を離れなければならなくなった。それは両親の離婚で母親に連れられハワイ州を離れることになったからである。それ以来、海は彼の心の中で特別な場所となっていた。


「あの夢は、何を意味しているんだろう……」


コーヒーを飲みながら、彼は考え続けた。夢の中で感じた温かい波、そして呼ばれるような感覚。それは、彼に何かを伝えようとしているのかもしれない。マークの死に対する恐怖から故郷のハワイに無意識的に帰りたがっているのだろうか。…まさかあの昨日の女が差し出したのは本当に「人魚の肉」だったのか?それはないと信じたい。いわゆるプラシーボ効果ということなのだろうか?


寝巻から外着に着替えたり、髭を整えたり撮影に必要な道具をリュックに詰め込む中で、昨日スタッフたちと話した内容がジャックの頭の中でぐるぐる回った。


『人魚の肉を食べると不老不死になる代わりに、永遠に孤独になる。時代が変わっても、愛する人が死んでいく。化け物になったって話もある』


ジャックは、スタッフたちの話を思い出しながら、心の中で葛藤していた。人魚の肉の伝説が本当であるならば、彼の体に起きている変化はその影響なのかもしれない。しかし、それが本当であるならば、彼は永遠に孤独になる運命を背負うことになる。


彼は、これまでの人生で多くの人々と出会い、別れを経験してきた。もし不老不死になったとしても、愛する人々が次々と去っていくのを見続けることになるのだろうか。その考えは、彼の心に重くのしかかった。


「でも、もし本当に不老不死になれるのなら……」ジャックは自分に問いかけた。彼は、永遠の命を手に入れることができるという誘惑に抗うことができなかった。


その時、彼の心に浮かんだのは、故郷のハワイの美しい海の景色だった。彼は、あの海にもう一度戻りたいという強い願望を抱いていた。もし不老不死になれるのなら、彼はいつか再び故郷の海に戻ることができるかもしれない。


しかし、彼は同時に、永遠の命がもたらす孤独と苦しみを恐れていた。彼は、どちらの道を選ぶべきか、答えを見つけることができずにいた。


撮影所は、朝の光に満ちていた。 巨大なセット。 まだ誰もいない路地裏の再現空間に、人工の朝日が差し込んでいる。 ジャックは、ヘルメットを脇に抱えたまま、深く息を吸った。 (……潮の匂いがする)


そんなはずはない。 ここは内陸だ。 だが、鼻腔の奥に残る湿った感覚が、どうしても消えなかった。


「ジャックさん!」 声をかけられて振り向くと、テティスが立っていた。 ヒロインの衣装を着ていた。 まだ身体に馴染んでいないのが、歩き方で分かる。


「今日は、よろしくお願いします」 その声には、緊張と、隠しきれない覚悟が混じっていた。


「……ああ」 ジャックは、少し間を置いてから頷いた。


今日の撮影はヒロインのシーンの撮り直しである。


…『クロノス・ブレイカー』のストーリーの序盤の撮影である。世界各地で時間の歪みが発生し、人々は突然老いたり、若返ったり、存在そのものが消失する事件が相次ぐ。原因は謎の組織「クロノス」彼らは「時間を支配することで、苦しみも死も超えられる世界」を作ろうとしていた。主人公は時間歪曲事件の拠点対処を専門とする戦士である。彼は自分の過去や出生について多くを語らず、「なぜ自分だけが時間の影響を受けないのか」も説明されない。ヒロインは、時間歪曲事件の被害者として登場する。彼女は現場で巻き込まれ、歌と行動力で人々を励ましながら生き延びた一般人である。一般人であるが、戦うシーンもある非力なヒロインではない。…


テティスが今から演じるシーンは、ヒロインが「クロノス」の工作員に襲われるが戦うシーンである。ジャックはテティスのアクションシーンの指導も担っていた。


「いいか、テティス。アクションシーンだが、君はこのシーンで “強く見せる”必要はない」 ジャックは、ゆっくりと動作を示す。


「大事なのは、“怖がってる体”のまま動くことだ。 ヒーローじゃないんだから」


テティスは真剣な顔で頷く。工作員役の演者も出てきてアクションシーンの動きを確認に入った。


工作員役の演者がテティスに対して右殴りを仕掛けた。テティスは教わった通りに身体をひだり側にずらし、工作員役の殴りに合わせて右手を伸ばして出した。


——顔が下がり、テティスの顔が見えにくくなっていた。


「ストップ」 ジャックは手を上げた。


「今の、悪くない。 でもな」


今のシーンのテティスのところにジャックが入る。同じように工作員役の殴りに合わせて右手を伸ばしたが、顔を下げていないので、表情が良く分かった。


「手を伸ばして出しているから、よけているのが客にも分かるんだ。顔が見えなくなるのかもったいないから顔が見えなくなるような頭の下げ方はしないように気をつけろよ」


テティスは目を瞬かせた。


「ヒロインは大切な役どころだから目立てるようにな」 その言葉に、テティスは頷いた。「わかりました!じゃあもう一度!」


テティスは意気込んでさっきのシーンを行った。攻撃のさばき方が前よりも格段に良くなっていた。監督からOKサインが出てテティスはジャックに向かって満面の笑みでピースをした。


(素直な子だな…この世界に染まってほしくない)


業界に。 夢に。 そして——もっと別の何かに。


少し離れた場所で、ローラとなずなが並んで立っていた。


「動き、前よりずっといいですね」 ローラが小さく言う。


「テティスはああ見えて根性があるんだ。でも…」 なずなは腕を組んだまま、視線を外さない。 「無理をしすぎないか、それだけが心配だ」


「……それは、止められないでしょう」 ローラはため息をついた。「テティスは中途半端な子じゃないですからね」


また違うシーンの撮影に入った。…今度はJIRO=ベガとのシーンだった。無意識になずなとローラの目つきが厳しくなった。テティスはなぜかすっかりなじんでいるが、JIRO=ベガがヴィクトリア側の人間であることを彼女たちは忘れていなかった。


……JIROとのシーンは、歌声で自分を奮い立たせるヒロイン。だが、大勢の工作員の攻撃を捌ききれなくなったヒロインに対して、主人公が助け出すシーンである。主人公はヒロインを守り抜き、自らの拠点に連れていく。ヒロインは主人公の「どこか欠けた優しさ」に惹かれるのであった。…


<ダメ!なんなのこの人たち!多すぎる>


ヒロインが攻撃を捌いていくが、徐々に疲れが見え始めた。油断したヒロインの背後から工作員がナイフを振りかざした。


<きゃあ!>


ヒロインが腕で攻撃を防ごうとする。そのとき、ヒロインの目の前に主人公が現れたのだった。主人公は派手な回し蹴りで敵を次々に倒していった。…JIROの蹴りのアクションは大きく見せつつも無駄のない動きだった。


<ありがとうございます!あの、お名前は?>


ヒロインは主人公に近づいた。


<…ここは危険だ。離れよう。>


主人公はヒロインの手を引いて走りだした。…二人の演技はブラッドリーの見込み通りとても自然なものであった。演技を見守っていたジャックも、なずなとローラもテティス一人だけの演技よりもJIROがいた方がよかったので驚いていた。


「カット!」


監督の声が響いた。このシーンは一発OKだった。テティスとJIROはその声を聞いて自然と手が離れた。テティスはその手を見つめていた。


「べ…JIRO!ありがとう!」気持ちを持ち直してテティスはJIROに近づいた。


JIROは表情を変えずに「別に…どうってことはないさ。テティスの演技上手になっているから僕も助かるよ」と言ってスタッフが出す水の方へと向かった。


なずなとローラはテティスに「こっちに来て!」とサインを出した。テティスはそれに気づいて二人のそばに来た。


「テティス!ベガとあんまり慣れあうなよ」なずなは小声でテティスに忠告をした。


「ごめんね、なずな。やっぱり私彼が気になって…」ここまで言ってテティスは顔を赤らめて顔の前で手を振った。「あ!気になるってその、好きとかそんなんじゃないからね!本当に悪い人に見えないっていうか」


「ベガはあのヴィクトリアの手先だから悪人に決まっているだろう。」なずなは言い切った。ローラもそれに同意をした。


「本当にそうなのかな…」テティスは二人の態度に戸惑いつつも、困ったように言った。


テティスは、なずなとローラの言葉に少し戸惑いながらも、心の中で何かが引っかかっていた。彼女は、ベガのことをもっと知りたいという気持ちを抑えきれなかった。


「でも、彼が本当に悪い人なら、どうしてあんなに優しい目をしているの?」テティスは自分に問いかけた。


なずなとローラは、テティスの様子を見て心配そうに顔を見合わせた。「テティス、気をつけてね。私たちは君のことを心配しているんだから。」


テティスは微笑んで頷いた。「ありがとう、二人とも。でも、私は自分の直感を信じたいの。」


その後、テティスは撮影の準備に戻ったが、心の中ではベガのことが頭から離れなかった。彼女は、彼の本当の姿を知るために、何か行動を起こすべきかもしれないと考え始めていた。


休憩中。 ジャックは、水を飲んでいた。 だが、喉の渇きは消えない。


(……海) 頭の奥で、またあの音がする。


ふと、テティスが近づいてきた。


「ジャックさん、さっきの動き、もう一回いいですか?」 その声に、なぜか—— 強く、胸が締めつけられた。


(……この声が…ほしい) 理由も分からず、そんな衝動が湧く。


「……ああ」 ジャックは立ち上がった。 そのとき、足元が一瞬、ふらつく。 だが、誰にも気づかれなかった。


ジャックは撮影所での仕事に集中していたが、心のどこかで不安を感じていた。彼は、最近の出来事が何か大きな変化の前触れであることを直感的に感じていた。


「何かがおかしい……」ジャックは、撮影の合間にふと呟いた。彼の心の中には、説明のつかない不安が渦巻いていた。


撮影の休憩時間、彼の携帯電話が鳴った。画面には、見慣れない番号が表示されていた。ジャックは一瞬ためらったが、結局電話に出ることにした。


「もしもし、ジャックさんですか?」電話の向こうから聞こえてきたのは、落ち着いた声だった。


「はい、ジャックです。何のご用でしょうか?」


「私は”魔女の使者”という者です。あなたにお話ししたいことがあります。」


「あなたが今関わっていることについて、重要な情報があります。直接お会いしてお話ししたいのですが、時間をいただけますか?」”魔女の使者”の声には、緊迫感が漂っていた。


ジャックは少し考えた後、「何なんだ、あんたは。俺は仕事で忙しいんだ。いたずらはやめてくれ」と言って通話を切った。


ジャックは電話を切った後も、心の中に残る不安を拭い去ることができなかった。


その日の撮影が終わり、ジャックは自宅に戻った。彼はシャワーを浴びながら、”魔女の使者”のことを考え続けた。何か重要なことを伝えようとしているのかもしれないが、彼にはそれを受け入れる準備ができていなかった。


翌朝、ジャックは目を覚ますと、再び携帯電話が鳴った。今度は、見慣れた番号だった。彼の友人であり、情報通のマイクからだった。


「ジャック、聞いたか?最近、魔女のお茶会って名前が噂になってるんだ。どうやら、魔法の料理で相手の願いを叶えてくれるらしいぜ!」マイクの声は興奮していた。


「なんだそれは?都市伝説みたいなもんだろう。そんなものを信じるなよ」ジャックは答えた。


「本当なんだって!魔女は本物で、例えば…吸血鬼の血を飲めば若返るらしいぞ」マイクは続けた。


ジャックは驚いた。もしそれが本当なら、彼は大きなチャンスを逃したかもしれない。彼はマイクに詳しい情報を求めた。


「詳しいことはまだ分からないが、ネットの掲示板でも見てみろよ」マイクは言った。


電話が切れたあとも、ジャックはしばらく受話器を耳に当てたまま立ち尽くしていた。  「……ネットの掲示板、か」自分とはまるで関わりのないものだが、スマートフォンでオカルト掲示板を検索して覗いていた。そこには魔女のお茶会と魔法の料理についての噂と行方不明者についての情報が錯綜していた。


眉唾ものだろう…しかしそれは恐怖というより、思い出しかけている“何か”に触れた感覚だった。  


キッチンの時計が、午前二時を告げている。  窓の外は、まだ夜の色を保っているというのに、胸の奥では妙な焦燥が膨らんでいく。  


――逃げるな。  


誰かの声が、はっきりとそう言った。  


ジャックは額を押さえ、深く息を吐いた。  


最近、こういうことが増えている。夢と現実の境が、少しずつ溶けてきているような感覚。  「……くそ」  


シャワーを浴びようと立ち上がった瞬間、視界が歪んだ。  


壁が遠ざかり、床が揺れる。  


次の瞬間――  


――潮の匂い。  


湿った空気。足元に絡みつく冷たい水。  


気づけば、ジャックは“そこ”に立っていた。  夜の海。  


月は異様に大きく、雲を透かして光を落としている。  


波は静かで、音もない。  


「……また、ここか」  


夢だと分かっているのに、あまりにも感覚がリアルすぎる。  


砂の感触。風の匂い。肌を撫でる冷たい霧。  そして――  


波打ち際に、誰かが立っていた。 黒いローブを身に纏っているが、中は裸体である。


肩まで伸びた艷やかな髪。月光に濡れた輪郭。 豊満で見る男を魅了する身体。すらりと伸びた手足、そして獲物を見定めるような鋭い目つき。


その背中を見た瞬間、胸の奥が軋む。  


「……来たのね」  


振り返ったその顔を見て、ジャックは息を呑んだ。  


見覚えがある。  


だが、思い出せない。  


知っているのに、知らない。  


「……誰だ?」  


女は微笑んだ。  


艷やかに妖しく、魔女のように。


「あなたが、呼んだんでしょう?」  


彼女の声が、波と重なる。  


――違う。  


呼んだ覚えなんてない。  


だが、胸の奥では、確かに“応えてしまった”感覚があった。  


「……俺に、何をした?」  


女はゆっくりと歩み寄る。  


足首まで水に浸かりながら、それでも足音はしない。  


「忘れてしまったのね。人は、都合の悪いことほど、よく忘れる」  


彼女の指が、ジャックの胸に触れた。  


その瞬間。  


――ドクン。  


心臓が、異常なほど大きく脈打った。  


血液が一斉に駆け巡り、全身が熱を帯びる。  「……っ!」  


呼吸が荒くなる。  


脳裏に、断片的な映像が流れ込む。  


水面に沈む光。  


白い腕。  


悲鳴。  


そして――「約束」という言葉。  


「……やめろ……」  


女は、わずかに首を傾げた。  


「あなたが、選んだのよ」  


その声が、重なった瞬間。  


――目が覚めた。  


天井。  


見慣れた部屋。  


激しく上下する胸。  


ジャックは跳ね起き、ベッドに手をついた。  額から汗が滴り落ちる。  


「……夢だ……」  


だが、左手を見た瞬間、言葉を失った。  


指先が、わずかに青白く光っている。  


脈打つように、淡い光が、皮膚の内側を流れていた。  


「……なんだ、これ」  


恐怖と、奇妙な高揚感が同時に込み上げる。  身体が、変わり始めている。  


その時、スマートフォンが震えた。  


メッセージの送信者は――知らない番号。  《あなたは、選ばれました》  


《“彼女”が、あなたを呼んでいます》  


《次は、逃げられません》  


画面を見つめたまま、ジャックは息を止めた。 その瞬間、部屋の空気がわずかに歪んだ。  


まるで、水中に沈む直前のように。  


――遠くで、波の音がした。  


そして、彼の背後で。  


何かが、静かに、息をした。


夜の街は、広告の光で昼より明るい。


巨大モニターに映るのは、健康サプリのCM、若返り美容液のPR、そして――〈クロノス・ブレイカー〉の新しい予告。「夢を掴め」 そう言ったのは、誰だったか。 誰が言っても同じだ。夢はいつも、買うものにされる。  


ヴィクトリアは、ガラス張りの高層階でワイングラスを傾けていた。 赤い液体ではない。今夜はただの赤ワインだ。香りを嗅いで、笑う。 「“回収”って、いい言葉よね」


隣に立つベガ=JIROは、窓の外を見下ろしている。反射する顔は完璧で、感情が読み取れない。


「……あなたの言う回収は、物騒だ」


「物騒なのは、社会のほうでしょう?」ヴィクトリアはさらりと言った。「命も若さも、欲しがる者には値札が貼られる。あなたがいる世界は、そういう場所よ」


JIROは言い返せない。言い返すと、胸の奥が痛むからだ。 ヴィクトリアはグラスを置き、指先でスマートフォンを滑らせた。画面に並ぶのは、規則正しいリスト。


――“人魚の肉”提供者:11名


――“吸血鬼の血”接触者:27名


――“諤晁�眠縺繧ケ繝シ繝�”:7名


――“螟憺ウエ縺肴棊讙�”:3名


――“再接触(追い注入)”候補:13名


そして、一番下に赤い文字が点滅する。


――《回収対象:要緊急》 ヴィクトリアは、そこに表示された名前を小さく読み上げた。


「ジャック=モリソン」  


――回収は、儀式ではない。 物流だ。  


彼女の指示で、いくつもの“流れ”が同時に動く。 まずは情報の川を汚す。 匿名掲示板、噂を流すオカルトアカウント、切り抜きチャンネル。どれも自発的に動いているように見せる。実際は、火種の置き方だけが違う。


――「人魚の肉、都市伝説じゃないらしい」


――「スポーツ界隈で不自然に治りが早い人がいる」


――「怪我しないボクサー、動きが人間じゃない」


ネットは噂が飛び交う。


真偽などどうでもいい。重要なのは、“信じたい人”に届くことだ。 次に、現実の川を整備する。 医療。治験。美容。芸能。そこに“合法”という橋をかける。


「回収はね、支配じゃなくて契約なの」 ヴィクトリアは笑う。 彼女が差し出すのは、いつも“選択”の顔をした罠だ。そして第三段階。 依存を作る。 依存は、最も扱いやすい首輪になる。


「……欲しい」


口に出させた瞬間、勝ちだ。


……クロノス・ブレイカーの第二幕のヒロインのシーンの撮り直しが始まった。拠点攻略と心の距離 クロノスは世界各地に拠点を持ち、 それぞれが異なる時間概念を歪めている。


〈なにこれ…この街どうなっているの?〉ヒロインが砂漠化が続き、老人達しかいない街をみて呆然と呟いた。


〈この街は老化が進むようにクロノスに操作されているんだ。〉


〈そんな…こんなのどうやって元に戻すの!?〉ヒロインが主人公に問いかける。


〈この街にいるクロノスの幹部を倒せば元に戻るんだ。…一緒にきてくれ!〉主人公がヒロインとともに敵のアジトへと走っていった。


アメリカのアクションらしく派手なアクションが目白押しだった。時間停止下での殺陣 、逆再生する爆発 、ワイヤーとCGを融合した戦闘。ジャック達スタントマンが大活躍をするところである。


ヒロインは「時間との向き合い方」を歌う。ヒロインは次第に「誰かの希望になる声」を得ていく。この過程で、 ヒロインは主人公が「時間を超えて生きている存在」であることを薄く察し始める。 だが主人公は語らない。 なぜなら、 彼自身が“永遠”を肯定していないから。……


休憩時間、ジャックは一人椅子に腰掛けていた。撮影現場で自分の影を踏んでいた。 太陽は人工だ。セットの照明は明るすぎて、目が疲れる。 それでも、彼の影だけは濃い。 濃すぎる。


(……俺、こんなに黒かったっけ) 気のせいだ。寝不足だからだ。水分が足りないのも、疲れているからだ。 そう思い込もうとすると、喉の奥で潮の匂いがする。 水を飲んでも、満たされない。 “別の渇き”がある。


――肉を食べた。


――人魚の肉。


――馬鹿げてる。


――でも、身体は嘘をつけない。


骨の内側が、きしむ。 筋肉が、妙に軽い。 怪我の痛みが、薄い膜の向こうに押しやられていく。


「ジャックさん」 声がした。 振り向くと、制作会社の法務担当――ではない。そんな顔じゃない。スーツは高級だが、どこか“借り物”の人間。


男は笑った。


「ご挨拶が遅れました。アストラル・サウンズの“安全管理”の者です」


安全管理。そんな部署があったのか。


「今後の撮影、安全のために、こちらの書類だけ」 差し出される紙束は、分厚い。 サイン欄の横に小さく書かれている。


――撮影中の怪我について、当社は一切の責任を負わない


――医療・治療の判断は、本人の自己責任とする


――撮影に関連して得た情報を外部に漏らした場合、損害賠償 ジャックは紙を見つめた。笑った。


「……今さらだな」


「ええ、今さらです」 男も笑った。笑いながら、目は笑っていない。


「ただ、ひとつだけ。こちらも“支援”をご用意できます。現場で働く皆さんのために」


「支援?」 男はポケットから名刺サイズのカードを出した。裏面に、QRコード。


《ASTRAL WELLNESS PROGRAM》


《回復促進・睡眠改善・代謝向上》 「怪我が治りにくい、眠れない、集中が切れる。そういうときに、相談できる窓口です」


ジャックは喉の渇きをこらえながら、カードを受け取った。


「……ありがたい話だな」


「そうでしょう?」 男は丁寧に頭を下げ、去っていった。 ジャックはカードを握りしめた。 (回復促進) ――欲しい言葉だ。 自分が“消耗品”である世界で、その言葉は甘すぎる。


休憩時間が終わり再び撮影に入った。


……主人公、ヒロインとクロノスの幹部とのアクションシーンが始まった。主人公はクロノスの幹部と、ヒロインと仲間は幹部の部下達と戦うシーンだった。ヒロインは仲間の力を借りつつも追い詰められていった。


〈きゃあ!!〉ヒロインの身体が宙を舞い背中から倒れた。


〈大丈夫か!?〉仲間がヒロインの身体を起こした。……


この背落ちのシーンは危険なシーンなのでジャックは見ていてハラハラした。しかしテティスはしっかり蹴り足、片方の足、腕の振りのタイミングを合わせて肩を支点にして腰の方から浮き上がるような背落ちができていた。


……〈よくもやったわね!!〉ヒロインは幹部の部下の手を掴み、巻き投げをした。幹部の部下は動けなくなった…


「…よし、今日はここまで!」 監督の声が響き、現場に安堵の空気が流れた。


ジャックは額の汗を拭いながら、椅子の上に座り込む。テティスのシーンを見て一番見ていてハラハラしていた。


「お疲れさまです!」 テティスが、スポーツドリンクを差し出してくる。


「ありがとう……って、また全力だったな」 「だって、監督さんが容赦しないから!」 頬を膨らませるが、その表情はどこか楽しそうだった。 今日の練習は、敵に囲まれた状態からの突破。 テティスが“戦う側”という設定だ。ジャックはテティスのアクション指導を監督がうんと頷くまで付き添ったのだ。


「ほら、さっきのは体が前に入りすぎ。 怖くなったら、一歩引いていい。逃げるのも演技だ」 「でも、逃げすぎたら……」


「守る側の人間が、追いつけなくなる」


言葉は厳しいが、声は柔らかい。 テティスは一瞬考え、そして小さく頷いた。


「……ジャックさんって、教え方が上手ですね」


「そうか?」


「うん。怖くない教え方、っていうか」


ジャックは一瞬、視線を逸らした。 それは“慣れている”と言うべきではない種類の言葉だった。 「……誰かに、そう言われたのは久しぶりだ」 少しの沈黙。 遠くでスタッフの笑い声が聞こえる。


「ねえ、ジャックさん」


「ん?」


「どうして、そんなに体張る仕事してるんですか?」


唐突な質問だった。 だが、彼女の声には好奇心よりも、心配が混じっている。 ジャックは少し考えたあと、肩をすくめた。


「……俺には、これしかなかったからな」


「それだけ?」


「それだけ、で十分だったんだ」


テティスは何か言いかけて、やめた。 その代わり、にこっと笑った。


「じゃあ、私は……ジャックさんが無茶しないように、横で見てます」


「それ、監督の仕事だろ」


「でも、私はジャックさんの弟子ですから!」 一瞬、空気が和らぐ。ジャックはフッと笑って、


「テティスみたいなへっぽこな弟子はいらねーよ!」と軽口を叩いてテティスのおでこを押した。


「ひどい!」テティスはまた頬を膨らませて抗議した。現場が明るい雰囲気に包まれた。テティスは紛れもなく殺伐とした現場の太陽のような存在になっていた。ただ一人、ベガ=JIROは離れた位置でテティスを見つめていた。


同じ夜。


レイノルズは、救急車の赤色灯を見送っていた。


担架で運ばれていった若者の頬は、灰色だった。目の下にはクマ。爪は黒ずんでいる。


ラクウェルが低い声で言う。


「……飲んでました。吸血鬼の血だけじゃない。何か別の……」


「混ぜたな」レイノルズは唇を噛んだ。


「“飲み続けなければ保てない”状態に落とすための調整だ」


依存はコントロール。依存は回収。「でも、どうやってここまで早く広げられるのでしょえか?」ラクウェルの声が震える。「こんなに被害が拡大してたら僕だって追いつきません…」 レイノルズは答えない。 答えは分かっているからだ。


芸能界――“夢”の供給地。


そこに混ざれば、拡散は呼吸になる。


「……あの映画だ」レイノルズは言った。


「クロノス・ブレイカー。ヴィクトリアは、あの映画を作ってる」


「映画……?」


「欲望が可視化される映画だ。誰が“若さ”を欲しがり、誰が“永遠”に手を伸ばすか。選別すんるための」


ラクウェルは目を伏せた。 ヴァネッサの血が脳裏をよぎる。 奪われた命の重さが、ここに繋がっている。


「……止めます」ラクウェルは言った。 レイノルズは頷いた。


「止める。だが、“回収”は今夜から本格化する。犠牲者は増える。救える数より、落ちる数の方が多くなるかもしれん」 言葉にした瞬間、胸が痛い。 正義の言葉は、現場では遅い。


「それでも」ラクウェルが言う。「やらなきゃ」 レイノルズは、夜風の中で静かに息を吐いた。


参考文献

『アクション・バイブル』早瀬重希 株式会社マール社

『伝説の「魔法」と「アイテム」がよくわかる本』造事務所


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