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魔女のお茶会  作者: さとうとしお


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14/22

人魚の肉 栄光

登場人物

テティス=光明寺=ハーネス

アメリカの大企業のCEOの娘。オカルト趣味があり、かねてから興味があった魔女のお茶会に招待されるが、それは魔女の罠であった。SSのなずなと狼男のフリーダとリュディアに救出され、力の賢者のもとへ案内される。異世界でであった仲間を守る決意を固めた。


服部なずな

テティスのSS。日本人であることをテティスに気に入られた。日本の格闘技の達人である。何よりも主であり、唯一無二の親友であるテティスを守ることを大切にしている。


フリーダ

人狼の代表。彫刻のように整った顔立ちと身体つきをしている美青年。人間界にビリヤードのプロ選手として潜入して魔女のお茶会の動向を探っている。力の賢者、レイノルズから人間界の常識を教わっていて、怪物のなかで唯一人間界に溶け込んでいる。


リュディア

フリーダの実弟。フリーダと同じく人間界に潜入しているが、人間界にいるときは隠れている。フリーダには劣るが腕っぷしが強い。親分肌である。


ヴォルフ=レイノルズ

力の賢者。40代くらいの男性。怪物たちが住む異世界と人間界の境界を守っている。賢者は一人1国家の権力が与えられているが家族を持つことができない、人間に魔法で攻撃してはいけないなど多くの制約に縛られている。自身が尊敬していた"養父ロメオ=フランケンシュタイン"を改造した義妹の魔女=ヴィクトリアを裁くことを目的としている。


シャイナ=レイノルズ 

守りの賢者。ヴォルフ=レイノルズとヴィクトリアの義妹。ヴィクトリアと対峙しているが、面会を許可されていて時々会うことができる。 


ギル=ニコラウス

レイノルズの側近。完全記憶能力を持つ人間の男性。 


ラクウェル

吸血鬼の代表代理。美少女と間違われるほどの美貌をもつ少年。


代表たち

人魚の代表代理、ローラ。ハーピーの代表カラビナ。エルフの代表カザリ。ドワーフの代表ヤゴ。オークの代表ウルゴラスとその妻ドラリナ。


ヴィクトリア=フランケンシュタイン

魔女。癒しの賢者。容姿端麗なフランケンシュタインを作る目的で魔女のお茶会というものを開いていた。養父ロメオ=フランケンシュタインの遺体を使いフランケンシュタインを作った。


ベガ=フランケンシュタイン

ヴィクトリアの"息子"SNSやアーティストとしてはJIROと名乗っている。歌で怪物たちの動きをとめることができる。 


ロメオ=フランケンシュタイン

元々は賢者たちの養父であり、異世界の代表たちを束ねていた神父であった。国家反逆の罪を着せられ殺害されたのち、ヴィクトリアに人造人間フランケンシュタインとして蘇させられる。


ジャック=モリソン

クロノスブレイカーのアクションスタントマン。

配信開始の通知は、深夜にもかかわらず、瞬く間に世界中へ広がった。  


〈JIRO's LIVE〉


コメント欄が、光の粒のように流れ出す。


――待ってた!


――今日もビジュが神


――新曲あるって本当!?


画面に現れたJIROは、相変わらず完璧だった。 柔らかい照明、作り込まれた部屋、微笑みの角度まで計算されたような姿。


「こんばんは。今日も来てくれてありがとう」 それだけで、コメント欄は歓声に埋め尽くされる。 彼は何曲か、弾き語りで歌った。 アップテンポな代表曲、ファンに人気のバラード。 そして、最後に――少しだけ間を置く。


「今日はね、新しい曲の話をしたくて」 空気が変わる。 「“眠り”をテーマにした曲を作ったんだ。 眠るって、毎日誰もが当たり前にしてるけど…… 意識を手放す行為でもあるよね」 彼は静かに笑った。 「さっき、その曲のMVを公開しました」


コメントが爆発する。


――見た!!!


――世界観やばい


――美しすぎて泣いた MVは、湖の底を思わせる青い世界。 水中で眠る人影。 触れそうで、触れられない距離。


「眠ることで、痛みも老いも、時間さえも忘れられたら…… そんな世界があったら、どう思う?」 冗談めいた口調だったが、 その目は、どこか本気だった。


やがて話題は、映画『クロノス・ブレイカー』へ移る。


――ヒロイン降板って本当?


――間に合うの?


――延期しないよね?


「心配しなくて大丈夫」 JIROは、即答した。 「公開日には、ちゃんと完成すると思うよ」 その言い方は、まるで“知っている”かのようだった。 雑談の流れで、彼はふと、こう問いかけた。


「ねえ、みんなはどう思う? もし、永遠の命と若さが手に入るなら」 コメント欄がざわつく。 ――欲しい


――絶対いらない


――孤独になるって言うよね


JIROは少し考える素振りを見せてから、言った。 「確かに、愛する人が先に亡くなるのは悲しい。 でもさ……出会える人は、増えるよ」


一瞬、沈黙。


「新しい時代、新しい価値観、新しい愛。 それを見届けられるって、悪くないと思わない?今度はそんなことをテーマにしようと思ってね」


彼の言葉は、まるで新しい物語の始まりを告げる鐘の音のようだった。視聴者たちは、彼の次の作品に対する期待で胸を膨らませた。


「でも、永遠の命を手に入れることが本当に幸せなのか、僕自身もまだ答えを見つけられていないんだ。だからこそ、みんなと一緒に考えてみたいと思ってる」


コメント欄には、様々な意見が飛び交う。賛成派、反対派、そして中立の立場を取る者たち。それぞれの視点が、彼の問いかけに対する多様な答えを示していた。


「次の配信では、もっと深くこのテーマについて話し合いたいな。みんなの意見を聞くのが楽しみだよ」


彼の言葉に、視聴者たちは再び歓声を上げた。彼のライブは、ただの音楽の場ではなく、心を通わせるコミュニケーションの場となっていた。


ハースト邸のプライベートスタジオに響いたのは、悲鳴にも似た発声だった。 「はぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」


次の瞬間、テティスは自分の喉を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。「……今の、ど、どうでした?」


沈黙。ミラー越しに並ぶなずなたちの顔が、同時に微妙な表情になる。 「……テティスさん」 ローラが、慎重に言葉を選ぶ。 「“腹から声を出す”っていうのは、叫ぶって意味じゃないんです」


「えっ!? でも、ヒーローものって、こう……魂を震わせる感じじゃないですか!」


「魂じゃなくて、横隔膜じゃないか?」 横から吹き出したのはレイノルズだった。


「ごめん、テティス。今のは怪獣が喉に骨詰まらせた音だった」 なずなは呆れつつ言った。


「ひどい!」 テティスは立ち上がり、勢いよく構えを取る。


その瞬間―― 「いっ!?」 自分の足に引っかかって、前のめりに転んだ。 ドン。


「……今のは演技ですか?」 ラクウェルが真顔で聞く。 「違うよ!!」 床にうずくまるテティスを見下ろしながら、レイノルズは肩をすくめた。


「ほら言っただろ。基礎体力からだって」 「だって私、今まで運動なんて……ヨガくらいしか……」


「ヨガで敵は倒せない」 その横で、壁にもたれて見ていたレイノルズは無言で腕を組んでいた。 (……無理をさせすぎだ) その表情に、ほんのわずかだけ焦りが混じる。


なずなが手を叩く。 「じゃあ次。簡単な受け身からいきましょう。転んだら――」


「転ばない前提じゃないんだよね!?」


「転ぶ前提だよ」なずなは即答する。


再び構えるテティス。 今度は慎重に、


慎重に――


「せいっ!」 空振りのパンチ。 バランスを崩し、また転ぶ。


「……」


「……」


沈黙のあと、ギルが親指を立てた。


「二回目はさっきより自然でした!」


「褒めてます!?」 テティスは床に仰向けになり、天井を見つめながら息を吐く。


「……でも、不思議だよね」テティスは仰向けになりながら言った。


「何が?」 なずながテティスに聞いた。


「こんなに大変なのに、ちょっと楽しいです」 テティスは起き上がり、拳を握る。 「もう一回やります! 今度こそ!」


なずなは苦笑しながら、グローブをはめ直した。 「はいはい。じゃあ今度は、ちゃんと支えるから」 なずなは小さく息を吐き、目を伏せる。


アクション練習のあと、テティスは床にへたり込んでいた。 「次はボイストレーニングだけど……立てる?」


「立てます……たぶん」


「じゃあ発声いくわよ。 “あ・え・い・う・え・お・あ・お”」


「……あえいうえおあお」


「小さい!」


「……あえいうえおあお!」


「まだ足りない! 観客はあなたの親戚だけじゃないのよ!」 その瞬間、ギルが口を挟む。 「ローラちゃん、今の比喩はわかりづらいですよぉ」


「そんなはずはありません!ギルさんはは黙って腹筋でもしてなさい」


「何で腹筋を……?」


テティスは思わず笑ってしまい、声が裏返る。 「ふふっ……あっ、ごめんね」


「笑うのはいいわ。 笑い声も立派な“声”だから」 ローラは急に真面目な顔になる。 「いい? 声はね、“自分がここにいる”って証明なの」


テティスは、少しだけ背筋を伸ばした。 「……もう一回、やります」


「いいわ。 今度は“自分が主役だ”って思って」 テティスは息を吸い込み、叫ぶ。


「アエイウエオアオ!!」 スタジオに響き渡る声。 一拍置いて、ローラが頷いた。


「……うん。 今のはちゃんと“生きてる声”だった」


壁際で見ていたレイノルズは天を仰いだ。


スタジオの照明が、わざとらしいほど白く輝いている。


ウォルター・ブラッドリーは、その中央に立っていた。 背筋は伸び、銀色の髪は完璧に整えられ、60代ほどであるはずだが、若々しさも見られる笑みがカメラ越しに張りついている。


彼の前には、スマートフォンを固定した簡易スタンド。 だが、その配信一つで、世界が揺れることを誰もが知っていた。


「やあ、みんな」 低く、よく通る声。


一瞬でコメント欄の流れが加速する。


〈本物だ〉


〈ウォルター来た〉


〈クロノス動くの?〉


「今日はね、**“夢の続きを決める日”**について話したくてさ」


彼は、わざと間を置く。


その“沈黙”すら、演出だ。 そして、画面の端に手を伸ばす。


「紹介しよう。 ――我らが《クロノス・ブレイカー》の象徴」


一歩、影から現れる男。 JIRO。 黒いジャケットに身を包み、感情の読めない微笑を浮かべている。 照明の下でも、彼の存在だけが妙に“浮いて”見えた。


〈JIRO!?〉


〈ヒーロー本人!?〉


〈イケメンやな〉


JIROは軽く手を上げるだけで、何も喋らない。 だが、その沈黙が、逆に視線を釘付けにした。 ウォルターは満足げに頷く。


「彼と共に、新たな試みを始める」 画面に、事前に仕込まれていたテロップが躍る。


―― 〈クロノス・ブレイカー ヒロイン公開オーディション〉 番組で生放送決定 ――


一瞬の“間”。 次の瞬間、SNSは爆発した。


〈生放送!?〉


〈一般応募!?〉


〈人生賭けてくる人いるでしょ〉


〈出来レースじゃないの?〉


「条件は、ただ一つ」 ウォルターは、人差し指を立てる。 「本気で、人生を変えたいこと」


その言葉に、JIROがわずかに目を伏せる。 誰にも気づかれないほど、ほんの一瞬。


「夢を掴む瞬間を、世界中で共有しよう!」 満面の笑み。


その背後で、JIROの影が、わずかに歪んだように見えた。 配信が終わると同時に、世界は騒然となる。 テレビ局は特番編成を決め、 広告代理店はスポンサー枠を奪い合い、 掲示板では、こんな書き込みが流れ始める。


〈まぁいうて前の女優もいまいちだったしな〉


〈JIROの相手なら半端な相手だと炎上不可避wwwwww〉


〈アストラル•サウンズ関係者、どんだけこんな映画に金かけてんだよ〉


だが、そんなノイズはすべて、「夢」という言葉の前にかき消されていく。  


その夜、テティスのスマートフォンが、静かな部屋で短く震えた。


画面に浮かび上がった通知。


――〈クロノス・ブレイカー ヒロイン公開オーディション 応募開始〉


一瞬、呼吸が止まった。 「……本当に、始まったんだ」


昼間、ウォルター・ブラッドリーの動画を見た時は、まだ現実感がなかった。 あれは“遠い世界の出来事”だと思っていた。 だが今、その世界が、指先一つで触れられる距離まで近づいてきている。


ベッドに腰掛けたまま、テティスは画面をスクロールする。 応募条件。 年齢。 演技経験不問。 歌唱・アクション適性あり歓迎。 ――不問。


その文字に、胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


(……私でも、いいの?) これまでの人生で、舞台に立つことはなかった。 名前を呼ばれる側ではなく、常に「安全な席」から拍手をする側だった。 けれど、思い出してしまう。 JIROの横顔。 対峙したときのあの悲しそうな表情を、あの瞬間。 それは彼女の中に、確実に火を灯していた。


(ベガ…)


応募フォームを開いたまま、テティスは何度も画面を閉じ、また開いた。


学歴。 特技。 自己PR。 指が止まる。 (……私の“特技”って、何?) しばらく考え、苦笑した。


――ボイストレーニング。


――アクション練習。


――怖くても、逃げなかったこと。 それらを、飾らない言葉で入力する。


自己PR欄に、長い文章は書けなかった。 《誰かの“ヒロイン”になる資格があるかは分かりません。 でも、もしこの世界に立つなら、嘘のない声と、逃げない体で向き合いたいです》


送信ボタンの上で、指が止まる。


(落ちたら、恥ずかしい)


(期待した分、傷つく)


それでも―― 送信。 画面に表示される、〈応募完了〉の文字。 「……やっちゃった」 思わず、声が漏れた。


それからの日々は、落ち着かなかった。 SNSを開けば、オーディションの話題ばかりが流れてくる。


〈私本気で人生変えにきてる〉


〈倍率えぐそう〉


〈JIROと共演できるとか嬉しすぎ!〉


知らない誰かの覚悟と欲望が、画面越しに押し寄せる。


テティスは、毎日ボイストレーニングを続けた。 ローラの厳しくも笑える指導を思い出しながら、腹式呼吸を繰り返す。 アクション練習も、手を抜かなかった。 筋肉痛で腕が上がらない朝もあった。 それでも、不思議と後悔はなかった。


(落ちてもいい)


(でも、逃げたとは思いたくない)


そして、ある夜。


また、スマートフォンが震える。 通知を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。


――〈書類審査結果のお知らせ〉


画面を開くのが、怖い。 深呼吸。 一秒。 二秒。 タップ。


〈書類審査 合格〉


その文字が、視界に飛び込んできた瞬間。 「……え?」 理解するまで、数秒かかった。 次の瞬間、膝から力が抜け、ベッドに倒れ込む。 「……合格、した……?」 笑いとも、泣き声ともつかない息が漏れる。


なずながテティスのプライベート風呂から寝間着を着て出てきた。


「どうした、テティス」


テティスは喜びのあまり、なずなに抱きついた。「合格したよ!なずな!」 


「良かったな」なずなはテティスの頭を撫でた。「…ということはオーディション番組に出演するってことか」


「私が地上波デビューか〜」テティスはなずなと一緒にベッドに向かい2人でベッドに座った。「色々デビューしちゃったらどうしよ〜」


「派手に動くことでヴィクトリアの抑制になるかもな」なずなが言った。


「わ、今の今までヴィクトリアのこと忘れてた」テティスは枕を抱いて寝転んだ。


「嘘だろ…」なずなは呆れていった。


スタジオの控室は、深夜特有の静けさに包まれていた。 照明の落ちたセットの奥で、JIROは一人、グローブを外していた。


金属と生体組織の境界にある指が、わずかに軋む。 今日の撮影は、予定よりも早く終わった。 ——いや、終わらせた、と言ったほうが正しい。


(……無駄に派手すぎたか) 人間に合わせる演技。 本来なら不要な、わざとらしい息切れ。 それを“リアル”として消費する現場に、JIROはどこか居心地の悪さを覚えていた。


そのとき、スタッフの一人が駆け寄ってくる。 「JIROさん! すごいですよ!」


「……ありがとうございます」 低く抑えた声。 感情を悟らせない癖は、長年染みついたものだった。


スタッフはスマートフォンを差し出す。 「ヒロイン公開オーディション、もう話題になってますけど……  一次書類、合格者リスト出たんです」


JIROは、一瞬だけ目を伏せる。 なぜか、嫌な予感と、妙な確信が同時に胸をよぎった。


「……名前は」


「サブリナ、シルビア、テティス――」 その瞬間、 JIROの内部で、何かが確実にズレた。 視界が、わずかに歪む。 心拍数が、人間の基準を逸脱しかける。


(……やはり) スマートフォンの画面には、 確かにテティスの名前があった。 文字列でしかないはずなのに、 それは妙に“生々しく”彼の意識に刺さった。


「……合格、か」 口に出した声は、驚くほど平静だった。


だが、胸の奥—— 封じていたはずの良心が、微かに軋みを上げる。


(彼女は、この世界に踏み込んできた) 華やかで、夢に満ちているように見えて、 実際は、欲望と消費が蠢く場所。


——母が、ヴィクトリアが、 “材料”として目をつけるには、あまりにも理想的な舞台。 「……」 JIROは、スマートフォンを返した。 「すごいですね」 それだけ言って、背を向ける。 だが、歩き出した瞬間、指先が無意識に強く握られていた。


(守りたい、と思っている)


その感情を、JIROは“異常”と判断した。 フランケンシュタインであり、兵器であり、 母の命令に従う存在である自分には、不要なはずの衝動。 それでも。


(……それでも、だ) テティスがオーディションに合格したという事実は、 彼にとって“祝福”であると同時に、取り返しのつかない警告だった。 この先、 彼女はもっと強く光り、 もっと多くの“目”に晒される。


そして—— ヴィクトリアも、それを望んでいただろう。すべてヴィクトリアの手の上である。 JIROは立ち止まり、 誰もいない廊下で、ほんの一瞬だけ目を閉じた。


最終候補、五人


スタジオの大型モニターに、名前が並んだ瞬間。


観客席から小さなどよめきが走った。


最終候補は、五人。


・圧倒的歌唱力を誇るインフルエンサー、ラビア


・現役ミュージカル女優、サブリナ


・モデル出身の実力派女優、シルビア


・アストラル・サウンズ所属の若手スター、マリーシャ


そして――テティス


テティスは、思わず息を詰めた。 ここまで来られた。それだけで奇跡に近い。


だが、スマートフォンを開いた瞬間、その熱は冷水を浴びせられる。


〈ラビア一強〉


〈サブリナ安定すぎる〉


〈シルビア演技派〉


〈マリーシャ事務所ゴリ押し〉


〈テティス?この中で顔は断トツいいけど経歴なしか〉


〈一般人枠でしょ〉


画面に流れる文字は、刃物のようだった。 テティスは唇を噛む。


努力してきたことも、恐怖を押し殺してここに立っていることも、 その一言で塗り潰される。 「……負けたく、ない」 声にならない言葉が、胸の奥で滲んだ。


オーディション番組、開幕 翌日。 照明に満ちたスタジオ。 巨大なロゴ〈クロノス・ブレイカー ヒロイン公開オーディション〉が掲げられ、 カメラが五人を囲む。


ウォルター・ブラッドリーが、満足そうに微笑む。 「ここからは、実力で語ってもらう。視聴者も、審査員だ」 顔は笑っていたが冷たい宣告だった。


歌唱審査 トップバッターはラビア。 マイクを握った瞬間、空気が変わる。 圧倒的。 音程、声量、表現力――すべてが完成されている。


サブリナは舞台仕込みの安定感で魅せ、 マリーシャはスター性で観客を惹きつける。 シルビアは意外なほど深みのある声で評価を上げた。


そして、テティス。 緊張で喉が締め付けられる。 けれど、ローラとのボイストレーニングで学んだ呼吸を思い出す。 ――大丈夫。私は、ここに立っている。 歌は、悪くなかった。 だが、突出してもいない。


〈無難〉


〈可もなく不可もなく〉


評価は、残酷なほど正確だった。


アクション審査 ワイヤー、模擬剣、爆発音。 他の候補者が華麗にこなす中、テティスは必死についていく。 転びそうになりながら、歯を食いしばり、立ち上がる。


〈頑張ってるけど…〉


〈ヒロインとしては弱い〉


コメントが、胸に刺さる。


演技審査 即興の演技。 涙を流すサブリナ。 狂気を滲ませるシルビア。 カメラ映えするマリーシャ。 テティスは、並だった。 良くも悪くも、普通。


〈次回、最終審査―― ヒーロー・JIROとの共演演技〉 テーマは、恋愛。


収録が終わり、控室に戻った瞬間、 足の力が抜ける。 フリーダが来ていた。


「……テティスちゃん…頑張っているけど、このままだと、落ちるかもね」 低く、確信に満ちた声。 「前も言ったど全員俺が落とせる方法がある」


テティスは顔を上げる。「でも……あの子たちも、本気でここに来てる。 私も本気でやりたいんです! ズルは、したくないんです…ごめんなさい、フリーダさん…」


フリーダは一瞬、驚いたように目を細め、 そして、静かに笑った。 「……いい子だね」 彼は肩をすくめる。 「なら、勝ち方を教えよう。明日はJIROとのシーンだよね。演技指導してあげるよ」


JIROとの共演 〈最終審査―― ヒーロー・JIROとの共演演技〉 テーマは、恋愛。


テティスの心臓が、大きく鼓動を打った。


運命の演技 セットに立つJIRO。 その存在感に、空気が震える。


他の候補者たちは、それぞれ爪痕を残す。


情熱的な告白、切ない別れ、計算された涙。


そして、テティス。 台本通りに始まる――はずだった。 だが、JIROの視線を受けた瞬間、 胸の奥から、言葉が溢れた。 「……怖いの。 あなたを好きになると、失うから」 台本にはない一言。 これまで計算された演技をしていたJIROの表情が、一瞬揺らぐ。 「何を失うんだ?」JIROもテティスに合わせてアドリブをした。「私のすべて。それでも、手を離さない。私と一緒にきてくれる?」テティスがほんのり赤く染まった頬と熱を帯びた瞳でJIROを見つめた。JIROはやはり一瞬たじろいだが、「君となら何処へでも行けるさ」と言いテティスを優しく抱き締めた。


二人の間に、本物の間が生まれる。 スタジオが、静まり返った。


ウォルター・ブラッドリーは、腕を組み、沈黙する。


(落とすつもりだった) だが、モニター越しのJIROは、 他の誰よりもテティスに心を開いていた。 「……合格だ」 その一言が、落ちる。


司会が並んだ女優たちに「さあさあ!いよいよ結果発表です!!」と煽った。「アストラル•サウンズ社の社運を握るクロノス・ブレイカーのヒロインに選ばれたのは!!」ドラムロールが鳴る。手を握り祈る女優たち。テティスも強く握った。


「テティス=光明寺=ハースト!」


テティスの世界が、震えた。


歓声がスタジオ中に響き渡る。 テティスは、信じられない思いで周囲を見渡した。 彼女の名前が呼ばれた瞬間、すべてがスローモーションのように感じられた。


他の候補者たちは、拍手を送りながらも、どこか悔しそうな表情を浮かべている。 それでも、彼女たちの目には、テティスへの敬意が感じられた。


「おめでとう、テティス」 JIROが微笑みながら近づいてきた。 彼の目には、確かな信頼と期待が込められていた。


「ありがとう、JIRO」 テティスは、涙をこらえながら答えた。 彼女の心には、これから始まる新たな挑戦への決意が満ちていた。


ウォルター・ブラッドリーがステージに上がり、マイクを手に取る。 「皆さん、これが新しいヒロインです! 彼女の活躍を楽しみにしていてください!」


観客席からは、さらなる歓声と拍手が巻き起こる。 テティスは、これまでの努力が報われたことを実感し、胸が熱くなった。


その後、記者会見が行われ、テティスは多くの質問に答えた。 彼女は、これからの抱負や意気込みを語り、メディアの注目を一身に集めた。


「私は、皆さんの期待に応えられるよう、全力を尽くします。 どうか、応援よろしくお願いします」 テティスの言葉に、会場は再び拍手に包まれた。


その夜、テティスはホテルの部屋で一人、静かに窓の外を眺めていた。 街の灯りが、彼女の心を穏やかに照らしていた。


(これからが本当のスタートだ) 彼女は、心の中でそう呟き、明日からの新たな日々に思いを馳せた。


ジャックはテレビを見ていた。控室のテレビは、ヒロインオーディション番組が終わり、テレビを消そうとしたとき、ニュース番組が始まった。そこでアナウンサーが淡々と告げた。〈――本日未明、映画撮影中の事故で男性スタントマンが死亡〉  


画面の隅に映る名前を見た瞬間、ジャックの喉が鳴った。


「……マーク……?」  


リモコンを落とし、膝から崩れ落ちる。  


ついこの間まで別の映画の撮影現場で、同じ海風を浴びながら、くだらない冗談を言い合っていた男だ。


「……嘘だろ……」  


事故。  


いつもそうだ。  


安全対策の不備、予算削減、無茶なスケジュール。  


誰もが薄々わかっているのに、誰も止めない。 スタントマンは、壊れてもいい部品として扱われる。  


ジャックは、握りしめた拳が震えていることに気づいた。


「……次は、俺か」  


呟いた声は、あまりにも弱かった。  


自分は若くない。  


怪我は治りにくくなり、反射神経も衰えてきている。  


それでも現場に立たなければ、仕事は消える。 ――生き残るために、危険を引き受ける。  


矛盾したこの構造が、今日ほど残酷に感じられたことはなかった。  


そのときだった。  


控室の照明が、一瞬だけ、ちかりと揺れた。 「誰だ……?」  


背筋に冷たいものが走る。  


ドアが、音もなく開いた。  


立っていたのは、黒いコートを羽織った女だった。  


艶やかな茶髪、作り物のように整った顔立ち。 ――魔女ヴィクトリア。


「こんばんは、ジャック」


「……誰だ、あんた」  


女は答えず、静かにテーブルの上へ皿を置いた。  


バターの匂い。  


白身魚のムニエル――そう見えた。


「信じてもいいし、信じなくてもいいわ」  ヴィクトリアは微笑む。 「これは“人魚の肉”。食べた者は――死ななくなる」  


ジャックは、乾いた笑いを漏らした。 「……冗談はやめてくれ。今は、そんなの聞く気分じゃない」 「そう言うと思った」  


女は肩をすくめる。 「でもね、あなた今、こう思っているでしょう?」 ヴィクトリアの瞳が、真っ直ぐに突き刺さる。


「――生きたい、って」  


心臓が、どくりと跳ねた。  


マークの名前。  


明日は我が身という恐怖。  


この世界で“使い捨て”にされる現実。  


ジャックは、視線を皿へ落とした。  


湯気が、静かに立ち上っている。  


あまりにも、普通の料理だった。 「……馬鹿げてる」  


そう言いながら、フォークを取っている自分に気づく。 「そう。とても馬鹿げてる」  


ヴィクトリアは、満足そうに頷いた。  


一口。  


――美味い。   


驚くほど、普通で、温かい味だった。 「……何も起きないじゃないか」  


ヴィクトリアは、もうそこにいなかった。  


控室には、テレビのニュースの音声だけが残る。  


だが、ジャックは気づかなかった。  


いや、気づかないふりをした。  


胃の奥で、何かが――脈打つように、動いたことを。  


骨の内側が、きしむような感覚。  


血液が、いつもより重く流れている。  


確実に、 取り返しのつかない“変化”が、 彼の内側で始まっていた。  


――人魚の肉は、もう彼の一部だった。


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