赤い依存の終焉
登場人物
テティス=光明寺=ハーネス
アメリカの大企業のCEOの娘。オカルト趣味があり、かねてから興味があった魔女のお茶会に招待されるが、それは魔女の罠であった。SSのなずなと狼男のフリーダとリュディアに救出され、力の賢者のもとへ案内される。異世界でであった仲間を守る決意を固めた。
服部なずな
テティスのSS。日本人であることをテティスに気に入られた。日本の格闘技の達人である。何よりも主であり、唯一無二の親友であるテティスを守ることを大切にしている。
フリーダ
人狼の代表。彫刻のように整った顔立ちと身体つきをしている美青年。人間界にビリヤードのプロ選手として潜入して魔女のお茶会の動向を探っている。力の賢者、レイノルズから人間界の常識を教わっていて、怪物のなかで唯一人間界に溶け込んでいる。
リュディア
フリーダの実弟。フリーダと同じく人間界に潜入しているが、人間界にいるときは隠れている。フリーダには劣るが腕っぷしが強い。親分肌である。
ヴォルフ=レイノルズ
力の賢者。40代くらいの男性。怪物たちが住む異世界と人間界の境界を守っている。賢者は一人1国家の権力が与えられているが家族を持つことができない、人間に魔法で攻撃してはいけないなど多くの制約に縛られている。自身が尊敬していた"養父ロメオ=フランケンシュタイン"を改造した義妹の魔女=ヴィクトリアを裁くことを目的としている。
シャイナ=レイノルズ
守りの賢者。ヴォルフ=レイノルズとヴィクトリアの義妹。ヴィクトリアと対峙しているが、面会を許可されていて時々会うことができる。
ギル=ニコラウス
レイノルズの側近。完全記憶能力を持つ人間の男性。
ラクウェル
吸血鬼の代表代理。美少女と間違われるほどの美貌をもつ少年。
代表たち
人魚の代表代理、ローラ。ハーピーの代表カラビナ。エルフの代表カザリ。ドワーフの代表ヤゴ。オークの代表ウルゴラスとその妻ドラリナ。
ヴィクトリア=フランケンシュタイン
魔女。癒しの賢者。容姿端麗なフランケンシュタインを作る目的で魔女のお茶会というものを開いていた。養父ロメオ=フランケンシュタインの遺体を使いフランケンシュタインを作った。
ベガ=フランケンシュタイン
ヴィクトリアの"息子"SNSやアーティストとしてはJIROと名乗っている。歌で怪物たちの動きをとめることができる。
ロメオ=フランケンシュタイン
元々は賢者たちの養父であり、異世界の代表たちを束ねていた神父であった。国家反逆の罪を着せられ殺害されたのち、ヴィクトリアに人造人間フランケンシュタインとして蘇させられる。
バーバラ=ブラウン
かつて美貌と実力で演劇界、音楽界を騒がせた女優。今は度重なる美容整形などで見る影もなくなった。娘を利用してシンママタレントとして売り出していた。ヴィクトリアからもらった赤い液体を飲んで若返り、ヴァレリアとして返り咲く。
エヴァ=ブラウン
バーバラ=ブラウンの娘。母のシンママタレントの道具として数々のブランド物を着せられているが、母親から愛されていない。
ヴァレリアは家に帰ると割れたガラスを見て愕然とした。
彼女は、何が起こったのかを理解しようと、部屋を見渡した。ガラスの破片が床に散らばり、まるで嵐が通り過ぎたかのようだった。
ヴァレリアは、心の中で何かが崩れ落ちる音を聞いた。彼女の生活は、もはや元には戻らないのだと悟った。
彼女は、エヴァのことを考えた。あの子はどこにいるのだろうか。無事でいてくれることを祈るしかなかった。
その時、彼女の携帯電話が鳴った。画面には、見慣れない番号が表示されていた。
「もしもし?」ヴァレリアは、震える声で電話に出た。
「バーバラさんですか?こちらは児童相談所です。エヴァさんの件でお話があります。」
その言葉に、ヴァレリアの心臓は一瞬止まったかのように感じた。彼女は、電話の向こうの声に耳を傾けた。
「エヴァは無事ですか?」彼女は、必死に声を絞り出した。
「はい、エヴァさんは無事です。ですが、今後のことについてお話しする必要があります。」
ヴァレリアは、安堵と不安が入り混じった感情に襲われた。彼女は、エヴァを取り戻すために何をすべきかを考え始めた。
児童相談所のガラス扉が、激しく叩かれた。
職員たちは、驚きと戸惑いの表情を浮かべながら、ヴァレリアの様子を見守っていた。彼女の声は、まるで切り裂くように空気を震わせ、周囲の人々の心に不安を植え付けた。
「落ち着いてください、こちらでお話を伺いますから」
職員の一人が、優しく声をかける。しかし、ヴァレリアの目は、まるで何かに取り憑かれたかのように、焦点が定まらない。
「私の子を返して!あの子は私のものよ!」
彼女の叫びは、まるで自分自身に言い聞かせるかのようだった。周囲の人々は、彼女の言葉に込められた執着と狂気を感じ取る。
その時、ヴァレリアが小さな声で呟いた。
「返しなさいよ……私の子よ!!」
化粧は完璧だった。 服も、髪も、かつての“売れっ子女優”のままだ。 だが、目だけが違っていた。
白目に浮かぶ赤い筋。 異様に開いた瞳孔。 昼間の光の下で、ヴァレリアの影は不自然に歪んでいた。
「失礼ですが、あなたはエヴァさんの何なのですか?」
「私は――この子の母のバーバラの妹です」
職員たちは、彼女の言葉に耳を傾けながら、状況を把握しようと努めていた。ヴァレリアの様子は、ただ事ではないと誰もが感じていた。
「本当に妹さんなんですか?」職員の一人が、慎重に尋ねた。
ヴァレリアは、少しの間沈黙した後、再び口を開いた。「ええ、そうです。バーバラは私の姉です。彼女は今、ここにいませんが、私はエヴァを引き取るために来ました。」
職員たちは顔を見合わせ、どう対応すべきかを考えた。ヴァレリアの言葉には、どこか不安定な響きがあったが、彼女の主張を無視することもできなかった。
「とにかく、落ち着いて話をしましょう。エヴァさんの安全が第一ですから。」職員の一人が、冷静に提案した。
「ママ……?」
エヴァの声は小さく、震えていた。
「ママ…!?」
職員はエヴァのその言葉に驚いた。
エヴァの小さな声は、部屋の静けさの中で響いた。彼女の目には、恐怖と不安が混じり合っていた。
ヴァレリアは、エヴァの声に反応し、彼女の方を向いた。彼女の表情には、母親としての愛情と、何かに取り憑かれたような狂気が同居していた。
「エヴァ、大丈夫よ。ママがいるから」ヴァレリアは、優しく微笑もうとしたが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
職員たちは、二人の様子を見守りながら、どうすればこの状況を解決できるのかを考えていた。エヴァの安全を確保することが最優先であることは明らかだった。
「エヴァさん、こちらに来てください」職員の一人が、エヴァに手を差し伸べた。
エヴァは、ヴァレリアを見つめたまま、職員の方に歩み寄った。彼女の小さな手が、職員の手に触れると、少しだけ安心したように見えた。
ヴァレリアはその様子を見て発狂した。エヴァの手を職員から奪い取り抱きしめた。
職員たちは、ヴァレリアの突然の行動に驚き、すぐに対応しようとした。彼らは、エヴァの安全を確保するために、慎重にヴァレリアに近づいた。
「落ち着いてください、ヴァレリアさん。エヴァさんの安全が第一です。」職員の一人が、冷静に声をかけた。
ヴァレリアは、エヴァを抱きしめたまま、職員たちを睨みつけた。彼女の目には、母親としての必死さと、何かに追い詰められたような狂気が混じっていた。
「誰も私たちを引き離すことはできないわ!」彼女の声は、部屋中に響き渡った。
その時、別の職員が、エヴァに優しく声をかけた。「エヴァさん、怖がらなくて大丈夫ですよ。私たちはあなたを守ります。」
エヴァは、職員の言葉に少しだけ安心したように見えたが、ヴァレリアの腕の中で震えていた。
「ママ……」エヴァの小さな声が、ヴァレリアの耳に届いた。
ヴァレリアは、エヴァの顔を見つめ、涙を浮かべた。「大丈夫よ、エヴァ。ママがいるから。」
職員たちは、二人の様子を見守りながら、どうすればこの状況を解決できるのかを考えていた。エヴァの安全を確保することが最優先であることは明らかだった。
ヴァレリアは、エヴァを抱きしめながら、涙を流した。彼女の心には、後悔と愛情が渦巻いていた。彼女は、エヴァを守るために何をすべきかを考え続けた。
「エヴァ、ママはもう間違えない。あなたを守るために、何でもするわ。」
エヴァは、ヴァレリアの言葉に少しだけ安心したように見えた。彼女は、母親の腕の中で、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
職員たちは、二人の様子を見守りながら、今後の対応について話し合っていた。エヴァの安全を確保するために、最善の方法を模索していた。
「ヴァレリアさん、私たちはあなたとエヴァさんのために、できる限りのサポートをします。」職員の一人が、優しく声をかけた。
ヴァレリアは、職員たちの言葉に感謝しながらも、まだ不安を拭いきれないでいた。彼女は、エヴァを守るために、どんな選択をすべきかを考え続けた。
「大丈夫よ。ママが守るから」
その言葉は、祈りではなく呪いだった。
その日の夜。フリーダはビリヤード場にいた。その場にはスタッフとヴァレリア、娘のエヴァが来ていた。…ここではヴァレリアが知り合いの娘を預かっていることになっているらしい。
彼は、ギルの言葉を思い出していた。
「……」
スタッフに囲まれて談笑する彼女は、妖艶とも言える笑顔を浮かべていた。
無意識に喉元を押さえる仕草。 唇を舐める癖。 そして、笑顔の奥に見える――飢え。
フリーダは、ヴァレリアの様子を見て、心の中で警戒を強めた。彼女の笑顔の裏に潜む危険を感じ取っていたからだ。
「ヴァレリア、少し話があるだけどいいかな?」フリーダは、彼女に声をかけた。
ヴァレリアは、少し驚いたようにフリーダを見たが、すぐに微笑みを浮かべた。「もちろん、何かしら?」
フリーダは、周囲のスタッフに目を配りながら、少し離れた場所へとヴァレリアとエヴァを誘導した。ヴァレリアを囲もうとするスタッフはフリーダの仲間のエドワードというビリヤード選手がガードして気を反らさせていた。彼女は、他の人々に聞かれたくない話をするつもりだった。
フリーダはエヴァに笑顔を向けて「こんにちは、エヴァさん。俺はフリーダ、よろしくね」と言った。
エヴァは恥ずかしそうにヴァレリアの後ろに隠れた。
(王子様が本当にいたらこんな感じの人なのかな…)エヴァは少し頬を赤らめながらそんなことを考えていた。
「あら、この子ったら…このお兄さんに照れているの?」ヴァレリアは困ったような、嬉しそうな笑顔を浮かべながら言った。ヴァレリアは社交界のスターともいえるフリーダの気を惹きつけられたことに優越感を感じていた。
「あなたの化粧品のCMを見たよ、見事だった。新しいリップもとても似合っているよ」
フリーダは持ち前の彫刻を思わせるほどの整った顔立ちで、ヴァレリアの目を優しい目つきで見つめた。ヴァレリアもエヴァと同じように頬を思わず赤く染めた。
「今のあなたを見ていると昔活躍していたあの女優を思い出すよ」
フリーダはヴァレリアから視線を離さずに言った。
「あの女優?」ヴァレリアはフリーダのなかに他の女がいることに憤りながらも、その憤りを隠してフリーダに聞いた。
フリーダはその言葉を待っていたように、彼女から視線を逸らさずに机に寄りかかりながら答えた。
「バーバラ=ブラウンさ」
まさかの名前にヴァレリアの目が泳いだ。フリーダはその反応が、ギルの推理が正しいことの証拠に感じた。
「彼女は歌手活動に、女優として演技の練習を決して怠らなかった。すばらしい人間性だったよ。」
ヴァレリアは、フリーダの言葉に耳を傾けながら、心の中で葛藤していた。彼女はかつての栄光を取り戻したいという欲望と、エヴァを守りたいという母親としての愛情の間で揺れていた。
「バーバラ=ブラウンは、私の姉です。彼女は素晴らしい女優でしたが、今はもういません。私は彼女の代わりにエヴァを守るためにここにいます。」ヴァレリアは、フリーダに向かって静かに言った。
フリーダは、ヴァレリアの言葉に耳を傾けながら、彼女の本心を探ろうとしていた。彼の中でヴァレリア=バーバラであることはほぼ確実であると考えていた。
「何、昔のすばらしい女優さ。君には君の良さがあるさ」フリーダは、優しく諭すように言った。
ヴァレリアは、フリーダの言葉に少しだけ動揺した様子を見せたが、すぐに表情を引き締めた。「そう?ありがとう」
フリーダは、ヴァレリアの決意を感じ取りながらも、彼女を助けるために何ができるかを考えていた。彼は、ヴァレリアが自分自身を犠牲にすることなく、エヴァを守る方法を見つけたいと思っていた。
「ヴァレリア」フリーダはヴァレリアの耳元で囁いた。フリーダの言葉は優しいテノールで、ヴァレリアの鼓膜を優しくくすぐった。「今度二人きりでビリヤードのレッスンをしないか?」
ヴァレリアの顔は火がついたように赤く染まった。心臓が高まって止まらなかった。
「えぇ、もちろん」ヴァレリアは二つ返事で答えた。
「決まりだね」フリーダはにっこり微笑んだ。「エヴァさんはその間俺の友達が面倒をみてくれることになっている。」
「それじゃあまたね、エヴァさん」フリーダはエヴァの前に跪いて、手の甲を持ってキスをした。エヴァは赤くなって硬直してしまった。
そして――フリーダは、静かに魔法を編む。
(神経毒……発動)
フリーダはヴァレリアの方を向き…唇にキスをした。
フリーダの口から見えない糸が、ヴァレリアの神経に絡みつく。 今はまだ、ほんの“違和感”程度。 だが、暴走した時、それは確実に彼女を止める。
ヴァレリアは、フリーダのキスに一瞬戸惑ったが、すぐにその感覚に溺れた。彼女の心の中で、何かが変わり始めていた。
彼女は、フリーダの優しさと温かさに触れ、これまで感じたことのない安心感を覚えた。彼の存在が、彼女の中の不安や恐れを和らげていくようだった。
しかし、その一方で、彼女の中にはまだ葛藤が残っていた。エヴァを守りたいという母親としての本能と、フリーダに惹かれる自分自身との間で揺れ動いていた。
フリーダは、ヴァレリアの変化を感じ取り、彼女をそっと抱きしめた。「大丈夫、君は一人じゃない。僕がいるから。」
その言葉に、ヴァレリアは涙を流した。彼女は、初めて自分が本当に守られていると感じたのだった。
夜、ハースト邸はすでに眠りについていたが、二階の一室だけは灯りが落ちていなかった。
テティスの部屋。 重厚なカーテンの向こうで風が唸り、ランプの炎がわずかに揺れる。
フリーダは壁際に立ったまま、全員を見渡した。 レイノルズ、ギル、テティス、なずな、リュディア——誰一人として、軽い気持ちでここに集まっている者はいない。 沈黙を破ったのは、フリーダだった。
「この間のギル君の推理はあたっていると思われます。」
その声は低く、淡々としているのに、部屋の空気を一段冷やした。
「女優バーバラ=ブラウン。その正体はヴァレリアだ。 そして彼女は——吸血鬼の血を飲んでいる」 一瞬、誰かが息を呑む音がした。 「しかも少量じゃない。常用だ。 もう“嗜好”じゃなく、完全な依存症状に入ってる」
レイノルズが苦々しく顔を歪める。「……ヴィクトリアか」
「ええ。血を与えてるのは、ほぼ確実に」 部屋に嫌な沈黙が落ちた。
その中で、リュディアが眉をひそめる。「待て。吸血鬼の血を飲んでるだけなら、まだ“人間”だろ? 完全に変異したわけじゃないんだよな?」
「まだだ」 フリーダは即答した。「だが、このまま続けば時間の問題だ。 昼間の衰弱、情緒の不安定、衝動性の増大……もう兆候は出ている」
レイノルズは顔を歪める。
「……ラクウェルを呼ぶべきだな」
ラクウェル。 ヴィクトリアに囚われ、深傷を負ったコーネリアの代わりに吸血鬼の代表を務める少年である。
だが、リュディアは納得していない様子で首を振った。 「無理だろ。 “吸血鬼になりかけた人間”から、吸血鬼の血だけを抜くなんて…… それは主であるコーネリアしかできない芸当だ」 「承知している」 レイノルズの声は静かだった。「だが、コーネリア殿下は重傷だ。人間界を自由に動けない。 ヴァレリアを異界に連れて行く選択肢もない」 一拍置き、彼は続けた。 「……だからこそ、ラクウェルだ」 全員の視線が集まる。 「緊急措置になるが、 ラクウェルに“人間戻し”を継承させる。 成功率は高くない。だが、やるしかない」
なずながすぐに内線電話に手を伸ばした。「自家ジェットを手配します。今すぐ」
レイノルズは立ち上がり、フリーダに向き直る。「ラクウェルを連れて戻るまで、最長で二日。 その間——ヴァレリアとエヴァを任せる」
扉が閉まる音が、重く響いた。 残された空気の中で、フリーダが小さく舌打ちをする。
「……二日か」 腕を組み、低く呟く。「俺が仕込んだ神経毒が、切れ始める頃だな」
テティスが息を詰める。 「神経毒……?」
「ああ。俺とリュディアは毒系の魔法使いだ」 何でもないことのように言いながら、フリーダの目は笑っていない。 「異世界じゃ地味な部類だが…… 人を“止める”には、これ以上便利な魔法はない」
「それって……ヴィクトリアにも?」
フリーダは一瞬、口角を上げた。 「前にも入れてある」
「……どうやってですか?」 なずなはおずおずと聞いた。
「お嬢さんたちには刺激が強い方法でね」 軽口のようで、背筋が冷える。「問題は——」 フリーダは真顔に戻った。「ヴィクトリアがそれに気づくかどうかだ。 気づけば、ベガか……最悪、あのフランケンシュタインを寄越してくる」 その名に、部屋の空気が張り詰める。 「だから作戦を詰める」 フリーダは指を折りながら言った。 「俺がヴァレリアを引きつける。 ギルはエヴァを確保。 テティス、なずな、リュディアは俺と同じ部屋に待機だ」
ギルが頷く。「エヴァの再保護ルートも当たります。 すでに保護された実績も、証言もあります。」
テティスは胸元で手を握りしめた。「……彼女、もう限界です。 誰かが止めないと……」 「止めるさ」 フリーダは静かに言った。「母親としてじゃない。 “ヴィクトリアの餌”になる前に」 誰も反論できなかった。 外では、風がさらに強くなっていた
異世界、レイノルズはシャイナにラクウェルを呼び出してもらった。レイノルズはラクウェルに件の話をした。
「ラクウェル、今罪のない人間が吸血鬼に変えられようとしている。あと1日で"人間戻し"の術を会得してほしい」
ラクウェルは「僕に…コーネリア様しかできない"人間戻し"を?」とレイノルズが何を言ってるのか分からない様子だった。
「今の状態のコーネリア殿下を無理に人間界に連れて行くのはラクウェルとしても避けたいだろう。…今人間が吸血鬼になったら、その人間が無差別に他の人間を襲ったら人間界は無秩序になり、ヴィクトリアの思う壺だろう。」
ラクウェルはその場に立ち尽くしたまま、拳を握りしめていた。「やります」と言った声は、ラクウェルが自分でも驚くほどかすれていた。 胸の奥では、不安が波のように押し寄せてくる。
――自分にできるのか。
――主であるコーネリアにしか成しえなかった術を、代行するなど。
だが、レイノルズの言葉が、迷いを切り裂いた。「一刻を争う。あと一日で、その人間は完全に吸血鬼になる」
その瞬間、ラクウェルの脳裏に浮かんだのは、血の匂いでも、牙でもなかった。 見知らぬ人間が、何も知らぬまま“怪物”へと堕ちていく光景だった。
「……わかりました」 ラクウェルは深く息を吸い、視線を上げた。 震えはまだ止まらない。それでも、足は前へ出ていた。 「コーネリア様のところへ、行きましょう」
異世界の夜は、静かだった。 深い紫に沈む空の下、レイノルズとラクウェルは転移陣を抜け、王城の奥へと進む。 廊下を歩くたび、ラクウェルの胸は締めつけられていった。 壁に灯る燭台の炎が、かつての記憶を揺らす。
――ヴァネッサ。 粗野で、豪胆で、けれど誰よりも仲間思いだった吸血鬼。 男らしくない容姿で悩んでいたラクウェルに優しく接し、自分を「坊や」と呼び、無茶をするたびに頭を小突いてきた姉貴分。彼女は豪胆だった。ヴィクトリアに連れて行かれる最後の瞬間でさえ。
――「ラクウェル!生き延びろ!コーネリア様はあたしに任せな!」
その直後、思い出は歪む。テティスとなずなが力の賢者、レイノルズもとに来たとき。フリーダは見るも無惨な姿になった ヴァネッサの遺体を連れてきた。何か凶器を叩きつけられた身体。 砕けた骨。 快楽に歪んだ、ヴィクトリアの笑顔がラクウェルの脳裏に浮かんだ。
――己の欲のためだけに、仲間を、ヴァネッサを撲殺した魔女。その"吸血鬼になりそうな人間"が飲んでいるのも恐らくヴァネッサの血であろう。ラクウェルの奥歯が、ぎり、と鳴った。 「……許さない」 それは誓いだった。 小さく、しかし確かな怒り。
やがて二人は、王城最深部の部屋の前に立った。 分厚な扉の向こうから、微かな魔力の脈動が伝わってくる。
「知っていると思うがコーネリア殿下は弱っている。彼が魔法を使う時間は長く取れない」 レイノルズが低く告げる。
ラクウェルはうなずき、扉を押した。 室内は薄暗く、白い寝台の上に、コーネリアが横たわっていた。 蒼白な肌。包帯に覆われた身体。 それでも、その存在感は圧倒的だった。 金色の瞳が、ゆっくりとラクウェルを捉える。
「……来たか、ラクウェル。レイノルズ」 声は弱々しいが、威厳は失われていない。
ラクウェルは膝をつき、深く頭を下げた。 「コーネリア様。お願いがあります。…“人間戻し”を、僕に」 一瞬、沈黙が落ちた。
コーネリアは目を閉じ、しばらく何かを感じ取るようにしてから、静かに言った。「怖いか」
「……はい」 正直な答えだった。 自信など、どこにもない。
「失敗すれば、人間を壊す。吸血鬼としても救えなくなる。それでも?」
ラクウェルは顔を上げた。 脳裏に浮かんだのは、ヴァネッサの笑顔と、彼女の言葉。
――救うために使いなさい。
「それでも、やります。奪うためじゃない。……救うために」
コーネリアは、わずかに微笑んだ。「よい覚悟だ」 彼はゆっくりと手を伸ばし、ラクウェルの額に指先を当てた。 その瞬間、凄まじい魔力が流れ込む。 血の循環。 人と吸血鬼の境界。 魂に刻まれた“変質”を、ほどき、戻す感覚。 言葉ではない知識が、直接、脳と心に刻み込まれていく。
「……っ!」 ラクウェルは歯を食いしばり、呻いた。 恐怖、痛み、責任の重さ。 それらすべてを押し流すように、コーネリアの声が響く。 「迷うな。人間を“元に戻す”のではない。――“人間だった記憶”に、手を伸ばせ」 魔力の奔流が、すっと収まった。 コーネリアの手が離れる。 ラクウェルは、その場に崩れ落ちそうになりながらも、必死に踏みとどまった。
「……受け取ったな」
「はい……」 息は荒く、心臓は激しく脈打っている。 だが、不思議と…術の輪郭は、はっきりと理解できていた。
「時間はない」コーネリアは静かに告げた。 「行け、ラクウェル。お前が救え」 ラクウェルは立ち上がり、深く一礼した。 胸の奥に残る不安は消えていない。 それでも今は、それ以上に強いものがあった。
――自分は、救う側に立つ。 レイノルズと並び、ラクウェルは再び転移陣へと向かう。 人間界で待つ、ただ一人の“戻るべき人間”のために。
深夜二時を回った頃、街の裏通りにある古いビリヤードバーは、照明を落とした静かな箱になっていた。\
営業はとっくに終わっている。今夜ここにいるのは、作戦のために集められた者たちだけだった。テティス、なずな、リュディアは息を潜めて別室に隠れていた。
テーブルの中央に転がる白球を、ヴァレリアは細い指で軽く撫でる。\
赤い液体を一口、喉に流し込んだ直後だった。
その液体は、彼女の内側から世界を歪める。\
血管の一本一本が熱を帯び、鏡に映る自分の輪郭が、かつてないほど鋭く、美しく研ぎ澄まされていく。今の自分は美しい。それは赤い液体の力だけではなく、久しぶりに恋をしているためだろうとヴァレリアは分かっていた。
「……ねえ、フリーダ」
キューを構えながら、ヴァレリアは微笑んだ。\
それは女優としての笑みではなく、ひとりの女としての、久しぶりの感情だった。
「こんなふうに誰かと夜を過ごすの、いつ以来かしら」
フリーダは頷き、さりげなく距離を詰めてヴァレリアに微笑みかけた。
「デートは久しぶりかな?」
「ええ。……仕事それだけだったから」
彼女は球を突き、乾いた音が店内に響く。
成功。赤い球がポケットに吸い込まれる。
「恋をする余裕なんて、もう二度と来ないと思ってた」
その言葉に、フリーダは胸の奥でわずかに歯を食いしばった。
これはデートであり、同時に罠だ。
「フリーダ…私嬉しいの。あなたと二人きりになれて。」
ヴァレリアはフリーダの肩にもたれかかった。
別室のリュディアは「自分の兄貴のデートを盗み見するなんて気分が悪いぜ。あー…きざったらしい…」と青ざめていた。
テティスは「フリーダさん、すっごくかっこいいからモテるんですね」と盗み見しながらドラマのようなデートの様子にうっとりしていた。「こんなに簡単にデートを漕ぎ着けられるなんてすごいですよ。あーあ、私もフリーダさんとビリヤードデートしたいなぁ…。なずな、私フリーダさんとデートしたいよぉ」
テティスがなずなの方を見ると、まるでこれまでのリュディアとテティスの会話を聞いていないかのように、デートの様子を恐ろしい形相で見るなずながいた。なずなはギリギリと歯ぎしりをし、眉間にシワが寄っていた。
「な、なずな…なずなの殺気でいるのバレちゃうよ」テティスはなずなにそっと注意をした。
――その頃。
エヴァはギルの隣で、警察署の明るすぎる蛍光灯を見上げていた。
温かいココアが紙コップで手渡される。
「急に連れてきてごめんね。ママを、元に戻すためなんだ」
ギルは膝を折り、目線を合わせて言った。
「ここは安全だよ。君の"パパ"に連絡したんだ。パパがすぐ迎えに来られる場所だから」
エヴァは小さく頷いた。
「パパが来てくれるの?」
不安はある。それでも、今夜のママは、いつもより怖かった。
「パパはすぐに来てくれるって。怖い思いもたくさんしたでしょう。パパとゆっくり過ごしてね。」
ギルがそういうと、警察官が40代ほどの、エヴァの面影がある男性を連れてきた。
「エヴァ!無事だったか!」
男性はエヴァを抱きしめた。エヴァも嗚咽を漏らし涙を流しながら抱きしめ返した。
「パパ!会いたかった…」
「…こんなに痩せ細ってかわいそうに…」
男性、エヴァの父親も涙を流した。
エヴァの父親は、彼女をしっかりと抱きしめ、安心させるように背中を優しく撫でた。彼の目には、娘を取り戻した喜びと、これまでの苦労を思う涙が浮かんでいた。
「これからは、パパがずっとそばにいるからね。もう心配しなくていいよ。」彼は、エヴァの髪を撫でながら、優しく語りかけた。
エヴァは、父親の温かさに包まれながら、少しずつ心を落ち着けていった。彼女の中で、これまでの不安や恐れが少しずつ溶けていくようだった。
「パパ、ありがとう……」エヴァは、涙を拭いながら、父親に微笑みかけた。
その様子を見ていたギルは、二人の再会を見届け、静かにその場を離れた。彼は、エヴァがこれから幸せな日々を送れるよう、心から願っていた。
ヴァレリアは二杯目のワインを飲み干し、少しふらついた。フリーダもヴァレリアに合わせてワインを飲む。
ヴァレリアは、ワインの酔いと神経毒の影響で、意識が朦朧としていた。彼女の視界はぼやけ、周囲の音が遠くに感じられた。
「フリーダ……」彼女はかすれた声で呟いた。彼の名前を呼ぶことで、何かにすがりつこうとしているようだった。
フリーダは、彼女の肩を優しく支えた。「大丈夫、ヴァレリア。」
その言葉に、ヴァレリアは微かに微笑んだが、すぐにその表情は苦痛に歪んだ。彼女の体は、神経毒の影響で限界に達しようとしていた。
彼女の指からキューが滑り落ち、硬い音を立てて床を転がる。
膝が崩れ、そのままテーブルにもたれかかる。
「な、に……これ……」
扉が開く音。
「遅れた!」
駆け込んできたのは、ラクウェルとレイノルズだった。
「ラクウェル、急いで!」フリーダは振り返り、ラクウェルに向かって叫んだ。
「今だ」
フリーダが短く答える。
ラクウェルは一瞬だけためらい、それからヴァレリアの首元に顔を寄せた。
牙が、肌に沈む。
吸血。
それは暴力ではなく、外科手術のように慎重で、祈りに近い行為だった。
ラクウェルは、血の「違い」を探る。
人間の血でも、純粋な吸血鬼の血でもない、歪んだ混濁。
――救うために使いなさい。
ヴァネッサの声が、胸に蘇る。
ヴァレリアの体から、徐々に力が抜けていく。
「なに……?」ヴァレリアは、かすかな声で呟いた。
ラクウェルは、彼女の血から異物を取り除くことに集中していた。彼の行為は、暴力ではなく、救済のためのものであった。
やがて、ヴァレリアの体は完全に力を失い、彼女は静かに目を閉じた。
ヴァレリアの身体から力が抜け、肌の艶が失われていく。
髪の輝きが鈍り、輪郭が現実へと引き戻されていく。
そこに横たわっていたのは、
“女優バーバラ=ブラウン”だった。
目を覚ました彼女は、最初に自分の手を見た。
「……戻った?」
鏡を見つけ、顔を上げる。
失われた若さ、取り戻せない時間。
「ああ……」
喉から、嗚咽が漏れる。
「こんな姿で……生きて……」
立ち上がろうとし、よろめく。
そのまま、割れたグラスの方へ足を向けた。
「やめて!」
テティスが飛び出し、彼女の腕を掴む。
「エヴァのために、生きて」
その一言に、バーバラの動きが止まった。
なずなが静かに告げる。
「エヴァは今、警察署で保護されています。安全です」
「……え?」
「そして、お父さんが引き取ることになりました。面会を、強く希望しています」
バーバラの目から、涙が溢れた。
「……会いたい……」
床に座り込み、声を殺して泣く。
バーバラは、涙を流しながらも、エヴァのために生きる決意を新たにした。彼女は、これまでの過ちを悔い改め、エヴァのためにできることを考え始めた。
「ごめんなさい…エヴァのために、私は変わるわ。…もう二度と、あの子を傷つけない。」
その言葉に、テティスは優しく微笑んだ。「それが一番大切なことです。エヴァちゃんは、あなたを必要としています。」
バーバラは、エヴァのために新しい人生を歩むことを決意し、過去の自分と決別することを心に誓った。
空気が、軋んだ。
ビリヤード場の照明が一瞬だけ揺らぎ、影が本来あるべき形を失う。
床に落ちた影が、ゆっくりと立ち上がるように膨らみ——闇そのものが、人の輪郭を得た。 ローブの裾が音もなく床を撫でる。
ヴィクトリアが、そこにいた。
「来ると思ってたよ」 まるで旧知の友に声をかけるような軽さだった。 だがその瞳は、場のすべてを値踏みする捕食者のそれだ。倒れ伏すヴァレリア、首筋に残る噛み痕。ラクウェルの青白い顔。
そして、一歩前に出るフリーダ。
ヴィクトリアは、ほんのわずか眉をひそめた。 ——想定より、静かすぎる。
フリーダは言葉少なに前へ出る。 彼の足取りには、迷いも、焦りもなかった。 「……予見できなかったようだな」
その一言が、刃だった。 ヴィクトリアの唇が、わずかに歪む。
彼女は、常に最悪を回避し、最善を拾い上げてきた。
ベガ
タブー
ロメオ
——だが、どれも、ここにはない。
フリーダが指を鳴らす。
光でも、煙でもない。
空気の奥で、何かが「解放された」感触だけが走る。 次の瞬間、ヴィクトリアの肩がわずかに落ちた。 「っ……!」 足元が、ずれる。 重力が急に増したかのように、関節が言うことをきかない。
神経毒。
血を腐らせるものではない。
意識を奪うものでもない。
——“判断”と“動作”の間に、確実な遅延を生じさせる毒。 「ベガも、タブーも、ロメオもいない」 フリーダは淡々と続ける。「今日は、君の読み負けだ」
ヴィクトリアは、喉の奥で小さく息を吐いた。 完全に動けないわけではない。 だが、戦えば確実に不利になる。 それを、過去にこの毒を喰らった彼女自身が一番よく分かっていた。 「……面白いわ」 くつくつと、喉を鳴らして笑う。 「毒の魔法使いが、ここまで周到だなんて」 視線が、ラクウェルへ、ヴァレリアへ、そしてフリーダへと戻る。 「でも、覚えておきなさい」 ヴィクトリアの影が、再び床に溶け始める。 「人は“救われた”あとが一番、壊れやすい」 最後にフリーダを見るその瞳には、敗北よりも——
次の一手を楽しむ者の色があった。「また、会いましょう」 闇が、収縮する。 まるで最初から何もなかったかのように、空間は静寂を取り戻した。
バーバラは、療養施設に入った。 芸能界からは、完全に姿を消すこととなり、SNSのアカウントも消した。
彼女は療養施設で心の傷を癒しながら、エヴァとの面会日を楽しみに日々を過ごすことになった。
いつかの面会日、バーバラはエヴァとエヴァの父親と遊園地にいった。たくさん遊んで、帰る間際にエヴァがつぶやいた。
「ママ……また一緒に暮らしたい」
バーバラは泣いた。
「……ありがとう、エヴァ…ママもよ…」
それは、久しぶりの、本当の母の言葉だった。




