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魔女のお茶会  作者: さとうとしお


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11/22

赤い依存

登場人物

テティス=光明寺=ハーネス

アメリカの大企業のCEOの娘。オカルト趣味があり、かねてから興味があった魔女のお茶会に招待されるが、それは魔女の罠であった。SSのなずなと狼男のフリーダとリュディアに救出され、力の賢者のもとへ案内される。異世界でであった仲間を守る決意を固めた。


服部なずな

テティスのSS。日本人であることをテティスに気に入られた。日本の格闘技の達人である。何よりも主であり、唯一無二の親友であるテティスを守ることを大切にしている。


フリーダ

人狼の代表。彫刻のように整った顔立ちと身体つきをしている美青年。人間界にビリヤードのプロ選手として潜入して魔女のお茶会の動向を探っている。力の賢者、レイノルズから人間界の常識を教わっていて、怪物のなかで唯一人間界に溶け込んでいる。


リュディア

フリーダの実弟。フリーダと同じく人間界に潜入しているが、人間界にいるときは隠れている。フリーダには劣るが腕っぷしが強い。親分肌である。


ヴォルフ=レイノルズ

力の賢者。40代くらいの男性。怪物たちが住む異世界と人間界の境界を守っている。賢者は一人1国家の権力が与えられているが家族を持つことができない、人間に魔法で攻撃してはいけないなど多くの制約に縛られている。自身が尊敬していた"養父ロメオ=フランケンシュタイン"を改造した義妹の魔女=ヴィクトリアを裁くことを目的としている。


シャイナ=レイノルズ 

守りの賢者。ヴォルフ=レイノルズとヴィクトリアの義妹。ヴィクトリアと対峙しているが、面会を許可されていて時々会うことができる。 


ギル=ニコラウス

レイノルズの側近。完全記憶能力を持つ人間の男性。 


ラクウェル

吸血鬼の代表代理。美少女と間違われるほどの美貌をもつ少年。


代表たち

人魚の代表代理、ローラ。ハーピーの代表カラビナ。エルフの代表カザリ。ドワーフの代表ヤゴ。オークの代表ウルゴラスとその妻ドラリナ。


ヴィクトリア=フランケンシュタイン

魔女。癒しの賢者。容姿端麗なフランケンシュタインを作る目的で魔女のお茶会というものを開いていた。養父ロメオ=フランケンシュタインの遺体を使いフランケンシュタインを作った。


ベガ=フランケンシュタイン

ヴィクトリアの"息子"SNSやアーティストとしてはJIROと名乗っている。歌で怪物たちの動きをとめることができる。 


ロメオ=フランケンシュタイン

元々は賢者たちの養父であり、異世界の代表たちを束ねていた神父であった。国家反逆の罪を着せられ殺害されたのち、ヴィクトリアに人造人間フランケンシュタインとして蘇させられる。


バーバラ=ブラウン

かつて美貌と実力で演劇界、音楽界を騒がせた女優。今は度重なる美容整形などで見る影もなくなった。娘を利用してシンママタレントとして売り出していた。ヴィクトリアからもらった赤い液体を飲んで若返り、ヴァレリアとして返り咲く。


エヴァ=ブラウン

バーバラ=ブラウンの娘。母のシンママタレントの道具として数々のブランド物を着せられているが、母親から愛されていない。

 夜が来るたび、ヴァレリアの喉は乾いた。


 ただの渇きではない。  水でも、ワインでも、シャンパンでも埋まらない――内側が焼けるような欠乏。


 最初は「少し疲れているだけ」だと思っていた。 撮影、取材、イベント、化粧品会社のPR。  売れ始めた女優に付き物の多忙さだと、自分に言い聞かせていた。


 だが、日が沈む頃になると、決まって胸の奥がざわつき始める。


(……まただ)


 スタジオの楽屋で、ヴァレリアは指先を見つめる。 爪がやけに白く見えた。 心臓の鼓動が、やけに大きく耳に響く。


 ――血。


 その単語が、脳裏に浮かぶ。


赤。  


温度。  


鉄の匂い。


 思考を振り払うように、彼女はスマートフォンを手に取った。 連絡先は、迷うまでもない。


 ヴィクトリアの元を訪れると、彼女はいつも変わらぬ様子でそこにいた。  豪奢な椅子、薄暗い室内、甘く重たい香の匂い。


「来たのね、ヴァレリア」


 微笑みながら差し出される、あのワイングラス。 深紅の液体が、静かに揺れる。


 ヴァレリアは、ほとんど反射的にそれを掴んだ。


「……今日も、いただけるのよね?」


 ヴィクトリアは、すぐには答えなかった。  グラスを差し出す手を、途中で止める。


「もちろん。ただし――」


 細い指が、軽く鳴った。ヴィクトリアの薄く美しい唇が口角を上げる。


「条件が変わったわ」


 ヴァレリアの喉が鳴る。視線は、赤い液体から離れない。


「条件……?」


「最近、あなたはよく売れているでしょう?」


 ヴィクトリアは愉しそうに言った。 その瞳には、慈愛ではなく値踏みの色が浮かんでいる。


「CM、主演ドラマ、雑誌の表紙。……もう“投資段階”は終わったの。これからは、対価を払ってもらう」


 ヴィクトリアが告げた金額は、 最初、ヴァレリアには現実味がなかった。


「……え?」


「一本につき、この額」


 さらりと告げられる数字。一般人なら一生触れることのない金額。


 だが。


(……払える)


 そう思ってしまった自分に、ヴァレリアは内心で震えた。


「……分かったわ」


 即答だった。


 ヴィクトリアは満足そうに微笑み、グラスを差し出す。


「賢い選択よ」


ヴァレリアは、躊躇なく飲み干した。


喉を通る熱。 全身に広がる、甘美な陶酔。


生き返る、という感覚。


(ママ…)


ヴァレリア=バーバラの娘のエヴァはその様子をキッチンから聞いていた。この間から現れるドアから入らぬその女の人は誰?ママは"何"を飲んでいるの?エヴァは近頃シリアルしか食べていない。そのシリアルももうすぐなくなりそうだったが、"何者か"になってしまった母親に頼むのは怖かった。外に出られれば買いに行くこともできるが、母親がそれを拒んだ。エヴァは外に出ることも許されず、連絡を取ることも許されず家でじっとしているしかなかった。


徐々に狂っていく母親を見ているしか彼女にはなかった。


(シリアルももう美味しくない。ママの作ったオムレツが食べたいよ…パパに会いたい…助けて…パパ)


エヴァは最後のシリアルを皿にざっとかけて細々と食べた。


次の日から母親の様子のおかしさが増しているのをエヴァは感じた。


朝がつらいのかスマートフォンのアラームが鳴ってもなかなか起きずに唸っている。前までの親子関係で、母親の機嫌が良いときであればエヴァは起こしにいってあげていたが、もうそれをする勇気もなかった。


ヴァレリアは苦痛だった。スマートフォンの目覚ましの音が、頭を割るように響く。カーテン越しの光が、やけに刺さる。


「……まだ、夜でいいのに」


ベッドから起き上がるのに、時間がかかる。  体が重い。 血が、足りていない気がする。


ベッドの中でスマートフォンの通販サイトを開き、"鉄分サプリメント"を注文した。ヴァレリアは重たい身体を起こし、洗面台に行き鏡を見た。


夜のときの艷やかな姿とは違い、バーバラのときのようにやつれているように見えた。


(なんで!?)


今日は朝から女性雑誌の撮影とインタビューが入っているのにこれではまた仕事がなくなってしまう。


ヴァレリアはまたスマートフォンでヴィクトリアに連絡を取ろうとした。


『いくらでもまた払います。だからまた赤い液体をください。今日は2時間後撮影があるんです。こんなやつれた顔ではまた仕事がなくなってしまいます。だから、お願いします。』


メッセージを打つ顔は必死そのものだった。送信ボタンを押して一息ついた後、バーバラのときには買えなかった高級な化粧水をたくさん手のひらに乗せて顔につけた。滴り高級な化粧水が流れていくのをヴァレリアはもう気にしなかった。


 …ヴィクトリアはスマートフォンに映るヴァレリアからの必死なお願いを見てクスクス笑いまた彼女の元を訪れようと黒いローブを身に纏った。


"赤い液体"を飲んで美貌は取り戻すことができた。しかし朝10時からの撮影現場では、集中力が続かない。頭がボーッとしてしまいポーズの指示をするカメラマンの声が遠くに聞こえていた。


「ヴァレリアさん、大丈夫ですか?」


 スタッフに声をかけられるたび、作り笑いを浮かべる。


「ええ、ちょっと寝不足なだけ」


 本当は違う。夜が待ち遠しくて仕方がないのだ。夜になれば、活力が戻る。


 ヴァレリアは時計に目をやり日没の時間を恋しく思った。


 この日からヴァレリアは人の首元に、手元に目がいくようになった。


 脈打つ血管。薄い皮膚の下を流れる赤。


(……だめ)


 そう思うほど、意識してしまう。あの血管に噛みついたら、ナイフで刺したら私が欲しているものが手に入る気がした。


 ヴァレリアのもとにメイク担当のスタッフがきた。彼女はヴァレリアを化粧台へと連れていきインタビュー用の化粧を施していった。ヴァレリアは鏡の中の美しい自分ではなく、自分に化粧をしているメイク担当の、手に浮かぶ血管を鏡越しに見つめていた。…まるで目の前にごちそうを用意された犬のような目つきだった。


 夜になり、ヴァレリアはまたヴィクトリアを呼んだ。黒いローブを身に纏い鋭い目つきと冷酷な笑みを浮かべる薄い唇。しかし妖しいほどにヴィクトリアは美しかった。ヴィクトリアは窓際に脚を組んでいた。


「……もう一本、欲しいの」


 ヴァレリアは、すがるようにヴィクトリアに言った。


 その声は、かすかに震えている。


「前より……効きが、短くなってる気がする」


 ヴィクトリアは驚かない。むしろ、待っていたと言わんばかりだ。


「あら、当然でしょう」ヴィクトリアは諭すように言った。


「え……?」


「あなたの身体が、慣れてきているのよ。若さを保つ代償は、次第に大きくなる」


 ヴィクトリアは、新しいワインボトルを用意しながら続ける。


「だから――値段も上がる」


 提示された金額は、前回の倍だった。


 ヴァレリアは、一瞬だけ躊躇した。


 だが。


 胸の奥が、ひりつく。 喉が、焼ける。


「……払う」


 声が、低く掠れていた。


「払うから……早く」


 ヴィクトリアは満足げに頷き、"赤い液体"が入ったワインボトルをまるで砂漠で水を求めるようなヴァレリアに手渡した。


「いい子ね」


 ヴァレリアはワインボトルの中の"赤い液体"を一気に飲み干した。


 (これよ、これが私がずっと欲しかったものなの!どんなに高いワインより私を満たしてくれる…あぁ、身体が蘇る気分だわ…)


 ヴィクトリアはその必死な様子は想像していたよりも、滑稽だったので顔は聖母のような笑みを浮かべていたが笑いを堪えるのが大変だった。


 


 それは、依存だった。


 赤い液体がない夜は、眠れない。 夢の中で、血を探す。心臓の鼓動が速くなる。目覚めると、唇を噛み締めている。


 またヴィクトリアに連絡をする。


 金額は、さらに跳ね上がった。ギャラが入っても、すぐに消える。新しいブランドのバッグや服を我慢するようになった。


 それでも、ヴァレリアは止められなかった。


 飲まなければ――


 莫大な金額から一度節約のためにヴィクトリアに頼むのを、飲むのを、我慢した。すると老いる。崩れる。 “バーバラだった頃”に、戻っていた。そのときヴァレリアは金切り声を上げた。そしてまたヴィクトリアに連絡をして"赤い液体"を買うのであった。


(嫌……)


 鏡を見るたび、恐怖がよぎる。


 今はまだ、美しい。誰もが振り返る。称賛される。


 それを失うくらいなら――


「……ヴィクトリア、お願い」


 ヴァレリアは、いつの間にか懇願する側になっていた。


「今日は……多めに欲しいの」


 ヴィクトリアは、その姿を楽しむように眺める。


「ふふ……。 いいわ。でも、その分――覚悟しなさい」


 赤い液体は、さらに濃く、重くなっていた。


 ヴァレリアは、それを飲み干す。


 その瞬間――


 喉の奥で、何かが決定的に変わった。


 夜の匂いが、甘く感じられる。 人の鼓動が、音として聞こえる。


 そして彼女は、理解してしまった。


(……もう、戻れない)


 若さと引き換えに、 欲望は、確実に“人間”を離れていく。


 それでも――


 ヴァレリアは、次の夜を待ってしまうのだった。


夜だった。 エヴァはベッドの上で、小さな膝を胸に抱え、ドアの向こうをじっと見つめていた。


リビングから、かすかな音が聞こえる。 グラスが置かれる音。 水ではない、どろりとした液体が注がれる気配。


「……ママ……?」


呼びかけても返事はない。 代わりに、低く荒い息づかいが壁越しに伝わってくる。


最近のママは、変だった。


朝になるとカーテンを閉め切り、 「眩しい」と苛立った声で怒鳴る。 昼間はソファに横たわり、エヴァが心配そうに近づくと強く肩を掴む。


「静かにして」


その指が冷たくて、怖くて、 エヴァは泣くのを我慢するようになった。


さっきも、シリアルがなくなったことを伝えようとしたときもそうだった。


「血……」


ママが、はっきりそう言った。 そのあと、慌てたように口を押さえて、 エヴァを見ないまま、赤い液体を一気に飲み干した。


グラスの底に残る、ぬめる赤。


エヴァは布団に潜り込み、 小さな声で何度もつぶやいた。


「ママ、こわい……」


フリーダは、昼間の撮影スタジオの空気を、明確に「おかしい」と感じていた。


ヴァレリア―― 今や次々と仕事を決め、注目を集める新進女優。


だが、ライトが当たる前の彼女は、別人だった。


「……大丈夫ですか?」


 フリーダが顔をのぞき込んで声をかけると、 ヴァレリアは一瞬だけ、獣のような目をした。フリーダはその目つきを見逃さなかった。


「ええ……少し、眠れなくて」


 メイクで隠しきれない目の下の影。 震える指先。 そして、やたらと水を欲しがる仕草。


「あなたはここのところ忙しそうです。"水"を持ってきますね」


 フリーダはスタッフに水のペットボトルを用意してもらいヴァレリアに手渡した。


 ヴァレリアは(違う!違う!違う!!私が本当に欲しいのは"水"なんかじゃないの!!)だがそんなことを言えるはずもなく、渡された水を飲んだが水では満たされていない。


フリーダは、水を飲んでもなお渇いている彼女の様子を見た。彼女が無意識に喉元を押さえ、 何かを欲している様子を見逃さなかった。


——血。


はっきりと、ヴァレリアはそう思った。


彼女はライトが消えると、 日陰に逃げ込むように身を縮めた。


「昼が……つらいの」


独り言のようにこぼれた言葉をフリーダは聞き逃さなかった。


(これは、ただの疲労じゃない。ヴァレリア、君は…)


夕刻、ハースト邸のテティスの部屋に集まった一同の前で、 フリーダは険しい表情をしていた。


「ヴァレリアが、おかしい」


単刀直入な言葉に、 テティスとなずなが顔を見合わせる。


「昼間、明らかに衰弱している。光を避け、水でも食事でも満たされない」


レイノルズが静かに言った。


「……吸血鬼の血か」


フリーダは頷いた。


「おそらく、継続的に飲んでいると思われます。しかも量が増えている」


テティスは唇を噛みしめる。


「ヴィクトリア……」


その名が出た瞬間、 空気が張り詰めた。


「放っておけば、人間として壊れるでしょう」 フリーダは低く続けた。「もう引き返せない段階に近い」 


照明が落ち、カメラの赤いランプが灯る。 ヴァレリアは、笑顔の仮面を貼りつけたまま、収録用のスタジオに立っていた。


――大丈夫。 ――今日も、私は“完璧”。


そう言い聞かせた瞬間、喉の奥が、きしむように鳴った。


乾きではない。 空腹でもない。


血が、欲しい。


それは言葉になる前に、身体の内側から突き上げてくる衝動だった。 心臓の鼓動に合わせて、視界の端がじわじわと赤く染まる。人の首筋、手首、耳の裏。脈打つ場所ばかりが、異様なほど鮮明に見えた。


「ヴァレリアさん、次いきまーす!」


スタッフの声に、彼女は一瞬遅れて反応する。 笑顔を作ろうとして、頬がひきつった。


カメラが回る。 トーク番組。軽快な掛け合い。台本通りの受け答え。


だが、途中で言葉が詰まった。


「……すみません」


スタジオに、微妙な沈黙が落ちる。 ヴァレリアは無意識に、自分の下唇を噛んでいた。強く、強く。 鉄の味が、ほんの一瞬、口内に広がる。


その瞬間、ぞくりとした快感が背骨を走った。


――違う。 ――これは、違う。


彼女は慌てて口元を押さえ、笑ってごまかした。 だがカメラは、逃がさなかった。 わずかに覗いた歯。 異様に光る瞳。


その映像は、切り抜かれ、数時間後にはネットに流れることになる。


控室に戻った瞬間、ヴァレリアはドアを閉め、鍵をかけた。


「……ヴィクトリア」


スマートフォンを握る手が震える。 爪が食い込み、画面にひびが入りそうだった。


『赤い液体を、今すぐ欲しい』


返事はすぐに来た。


『在庫はあるわ。でも――今回は、前より高いわね』


数字が送られてくる。 桁を一つ、見間違えたのかと思った。


「……こんな……」


しかし、拒否という選択肢は、もう存在しなかった。


血の渇きは、もはや夜だけのものではない。 朝、メイク中にふらつく。 昼、リハーサルで倒れかける。 太陽の光が、肌を刺すように痛む。


それでもステージに立つと、歓声が上がる。 スポットライトが当たる。


その光の中で、彼女は一瞬だけ、正気を取り戻す。


――私は、選ばれた。 ――だから、必要なの。


震える指で送金を済ませた。


その夜。


グラスの中で、赤い液体が揺れる。 ワインのように見えるそれを、ヴァレリアは一気に飲み干した。


喉を通った瞬間、世界が反転する。


深い、深い、安堵。 全身を包み込む温かさ。 しわ寄せのように押し寄せていた渇望が、嘘のように静まる。


「……ああ……」


膝から力が抜け、床に崩れ落ちる。 鏡に映る自分の顔は、相変わらず若く、美しい。


だが、次の瞬間――


鏡の中の自分が、微笑んだ。


ヴァレリアが動いていないのに。


「……?」


瞬きをすると、元に戻っている。 錯覚だ、と言い聞かせる。


だがその夜、彼女は眠れなかった。 夢の中で、何度も首筋に歯を立てる感触を味わったからだ。


数日後。


ネット掲示板が、ざわつき始める。


・最近のヴァレリア、様子おかしくない?


・目が笑ってない


・生放送で人の手首ガン見してたの怖い


・痩せたっていうより、干からびてる感じ


・若返りすぎて逆に不自然


擁護の声もあった。 だが、切り抜き動画が増えるにつれ、流れは変わる。


・キャラ作りにしてはキツい


・依存症っぽい


・あの笑い方、ホラー映画だろ


ヴァレリアは、掲示板を何時間も見つめ続けた。 叩かれているのに、視線を離せない。


血を求める衝動と、承認欲求が、絡まり合っていた。


「……違う……」


そう呟きながら、彼女は再びスマートフォンを手に取る。


『もう一本、欲しい』


暗い部屋の奥。


ヴィクトリアは、赤い液体の瓶を並べながら、静かに笑った。


「ええ、もちろん」


その笑みは、慈悲でも、同情でもない。 ただ、獲物が自ら檻に入っていくのを楽しむ者の笑みだった。


「もっと、欲しなさい。 もっと、堕ちなさい」


ヴァレリアの生活は、次第にその赤い液体に支配されていった。彼女はもはや、夜の訪れを待ちわびることしかできなかった。昼間の活動は、ただの仮面に過ぎず、彼女の本当の姿は夜にしか現れなかった。


彼女の周囲の人々は、次第にその異変に気づき始めた。ヴァレリアの目は、以前のように輝いておらず、どこか虚ろで、何かを求めるような視線をしていた。彼女の肌は、どんなに化粧をしても隠しきれないほどに青白く、冷たかった。


ある日、彼女のマネージャーは、ヴァレリアの異常な行動に耐えかねて、彼女に直接問いただした。「ヴァレリア、あなたは一体どうしてしまったの?最近のあなたは、まるで別人のようよ。」


ヴァレリアは一瞬、答えに詰まった。彼女の中で、何かが壊れかけているのを感じていた。しかし、彼女はそれを認めることができなかった。「私は大丈夫よ、ただ少し疲れているだけ。」


マネージャーはその言葉を信じることができなかった。彼女はヴァレリアの手を取り、真剣な眼差しで言った。「もし何か困っていることがあるなら、私に話して。私はあなたの味方よ。」


しかし、ヴァレリアはただ微笑むだけだった。その微笑みは、どこか悲しげで、何かを諦めたような表情だった。


その夜、ヴァレリアは再びヴィクトリアの元を訪れた。彼女はもう、赤い液体なしでは生きていけないと感じていた。ヴィクトリアは、そんなヴァレリアを見て、満足そうに微笑んだ。「あなたはもう、私のものね。」


ヴァレリアはその言葉に何も答えなかった。ただ、赤い液体を求める自分を止めることができなかった。


ヴィクトリアからもらった赤い液体が、ランプの光を受けて、妖しく輝く。


その向こうで、ヴァレリアの世界は、静かに、しかし確実に―― 血の色に染まり始めていた


 エヴァは"ママ"が仕事に出かけた後、一人蜂蜜を舐めていた。その蜂蜜ももう底が近かった。もうどれほど固形物を口にしていないのだろう。エヴァのお腹は頻繁に食べ物を欲していたが、シリアルもなければお菓子もない。パンの一つもない。"ママ"は外で食事をしているのか食べ物がこの家には存在せず、鉄のような重々しい臭いばかり充満していた。エヴァは最近お気に入りのおもちゃで遊ばなくなっていた。幼い彼女でも本能的に動けばお腹が空いてしまうのを感じていた。幸い"ママ"はお化粧をするので水は止められていなかったので喉の渇きは何とかなった。それでも飲み過ぎると"ママ"がハサミを持って金切り声を上げて節水するようにエヴァに訴えた。エヴァは物を投げつけられることはよくあったが、ハサミを向けられたことは初めてだったので、必死に謝った。それでも"ママ"は必死な顔をしてハサミを自分の喉元に突きつけてはぁはぁ息をしていた。そしてハサミの刃がエヴァの首を薄く切り、エヴァにズキッとした痛みが滲み、血が出てきた。その血を見て"ママ"は喜び"エヴァの首元に流れた血を舐めたのである"。"ママ"はすごく久々にエヴァを褒めて抱き寄せてくれた。エヴァは久々の母親の抱擁を嬉しく…思えなかった。その"ママ"の喜ぶ顔が母親ではなく、テレビアニメに出てくる化け物に見えたからである。


 そんなことを思い出しながら底をついた蜂蜜を力なく見つめていた。


 電気も止められていなかったのでアニメを見ようとすれば見ることができた。しかしアニメでも番組でも美味しそうな食べ物を食べる人々が妬ましく思えたので見なかった。そういえば気まぐれにつけたテレビに、美味しそうなステーキを頬張る"ママ"が映っていた。そうか、"ママ"はもうテレビの人になったんだ。


 エヴァはもうキッチンから動けなくなっていた。動けばお腹が空くから。


 エヴァは遠のく意識の中、ドアのチャイムが鳴るのを聞いた。"ママ"かな?"パパかな?"エヴァはママとパパがドアチャイムを鳴らしてハグをして待ってくれているといいなと思った。チャイムが幾度となく鳴るので、ママが絶対出るなと言ってきたが、宅配ピザが間違えてうちにきたと一度考えると我慢ができなくて軽くなった身体を起こして玄関に向かい鍵をあけた。


 そこには黒いスーツを身に纏った男の人が何人か、エヴァを優しい目つきで見つめていた。


(しまった、ママがいってた悪い人かもしれない)エヴァは咄嗟にドアを閉め、鍵をかけた。


「エヴァちゃん開けて!君を助けにきたんだ!」


スーツを来た男の人達がドアをドンドンと叩いていた。


(怖い…助けて…ママ…パパ…)


エヴァは耳をかたく塞ぎながら涙を流した。


スーツの男の人は去ったのだろうか、ドアを叩くことが聞こえなくなった。エヴァはホッとして最近の"自分の居場所"であるキッチンへと戻ろうとした。


 ――そのときバリンとガラスが割れる音がした。


 エヴァは呆然と、スーツを来た男の人の人達が家に入っていくのを見ていた。そして"ママ"のような金切り声を上げた。


「怖い思いをさせてごめんね、エヴァちゃん。君を迎えに来たんだよ」


エヴァは、男たちの優しい声に少しずつ心を開き始めた。彼らは決して無理強いをせず、エヴァのペースに合わせて話しかけてくれた。


「エヴァちゃん、怖くないよ。君のママのことも、ちゃんと助けるからね」


その言葉に、エヴァの心は少しずつほぐれていった。


「ご飯…食べられる…?」エヴァは小さな声で尋ねた。


男たちは一瞬顔を見合わせたが、優しく微笑んで答えた。「もちろんだとも!すごくお腹が空いているだろう。食べたいものを何でも言ってごらん」


エヴァはその言葉に少し安心した。彼女はご飯を食べられることを心から願っていた。


「オムレツ…オムレツが食べたいな…」


「もちろんさ、エヴァちゃん。腕によりをかけてオムレツを作るよ。」


エヴァはその言葉を信じて、男たちに手を差し出した。彼らは優しくその手を取り、エヴァを車へと乗せたのであった。


テティスはハーネス邸のテティス専用のバスルームで湯船に浸かりながらヴァレリアと吸血鬼の血について考えていた。吸血鬼の血…過去に自分も飲まされそうになったもの。飲んでいれば今のヴァレリアのように自分もなっていたのだろう。人間の血を渇望するに。…テティスは顔までお湯に浸かりながら物思いにふけっていた。


「テティスちゃーん!!大変ですよぉ!!」


突然バスルームの扉がバンと開かれ、タオルをもった裸のギルが勢いよく入ってきた。


「きゃーーーー!!!!」


テティスはギルの裸を見ないように目を閉じ、両手で胸を隠しながら叫んだ。


テティスの叫び声を聞いたなずなとリュディアがバスルームに入ってきた。ギルが裸でいふのに気づいた2人は勢いよくギルの後頭部を殴って気絶させた。


「殿方2人に裸を見られたなんて、殿方の裸を見ちゃったなんて…もうお嫁にいけない…」


テティスは胸を隠しながら絶望の涙を流した。


「お前の裸体なんて俺は気にしねーから安心しろ。」


リュディアが素っ気なく言うとなずなに思い切り殴られた。


…テティスが風呂からあがり服を着て、気絶していたギルが目覚めて腰にタオルを巻いた状態で正座をさせられていた。フリーダはその異様な光景にあきれ果てた。


「なんの用だ、クソッタレが」


なずながギルの前で仁王立ちをして質問をした。


ギルは姿勢のよい正座のまま答えた。


「女優のバーバラ=ブラウンの娘――エヴァちゃんが、警察に保護されたんです」


「女優のバーバラ?」


「20年前に『渚の私』や『紅のこころ』で100万部のCDを売り上げ、『シークレットグレー』で主演女優賞を取ったバーバラ=ブラウンという女優なのですが、10年前に一般男性と結婚と出産をしたことで人気に陰りが出てしまった方です。」完全記憶能力を持つ故なのか、やけに詳しい説明も入った。「5歳のエヴァ=ブラウンという娘がいるのですが、その子との日常をSNSにアップしていわゆるママタレとして活動をしていたんです。…そんなSNSの更新を欠かさなかった彼女が1週間前の11月8日から更新が途絶えたのです。」


一同が息を呑む。


「SNSに突然更新されなくなったことと、エヴァちゃんの安否を心配したフォロワーが通報しました。 近隣からも、夜中の騒音の苦情が出ていた」


「ちょっと待て、ギル。それが吸血鬼女と何の関係があるんだ?」リュディアが尋ねた。


「結論から言うと、僕とレイノルズさんの予想では女優バーバラ=ブラウンがヴァレリアの正体だと思っています。…レイノルズさんやフリーダさんが言っていたように吸血鬼の血を飲んで若返ったのでしょう。」


テティスは胸に手を当てる。


「保護されたエヴァはなんて言っているの……?」


「よく聞いてくれました。この証言が異様なんです。」


ギルは続けた。


「“ママが赤いお酒を飲むと、目が怖くなる”  “ハサミを持ったママが私の首を切って血を舐めた”  “血のにおいがする”」


沈黙。


フリーダが目を鋭くさせる。テティスは


「なんでバーバラ=ブラウンさんがヴィクトリアに狙われたの?」


「狙われた明確な理由の証拠はありませんが、人気に陰りが出てきた女優に若さを与える吸血鬼の血を渡す悪趣味さは想像つきますね」


テティスは震える声で言った。


「止めなきゃ……もう、これ以上」


赤い液体は、 美しさと引き換えに、 母性も理性も、静かに奪っていく。


そして夜は、 確実に近づいていた。


※児童虐待を思わせる描写があります。苦手な方はご注意ください。

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