太陽の陰謀?~宇宙からの熱線説を巡る論戦~【第2話】
このシリーズは、最近トランプ大統領を先頭に拡大している「地球温暖化がもし人間活動によるものではないとしたら?」という仮説を立て、それを多角的な視点から検証していくという、ライトノベルです。
シリーズ①から⑥までの予定です。
第一章:宇宙からの挑戦者
前回の地球内部熱放出説の議論から一週間後。研究室では今日も活発な議論が始まろうとしていた。外は快晴で、強い日差しが窓から差し込んでいる。
「今日は第2の仮説を検証しよう」創がホワイトボードに太陽のイラストを描いた。「太陽活動や宇宙線の変化で、現在の地球温暖化を説明できるかどうかだ」
怜が興味深そうに身を乗り出す。「太陽って、11年周期で活動が変わりますよね。黒点の数とか」
「その通りだ」創が頷く。「実際、現在は太陽活動周期25の真っ只中で、2025年7月頃にピークを迎える予想だ」
遥が歴史的な視点から切り出す。「でも待って、太陽活動で気候が変わるって話、昔からあるじゃないですか。小氷河期の時とか…」
葵が素朴に疑問を投げかける。「小氷河期って何ですか?」
「17世紀頃、ヨーロッパが異常に寒くなった時期だ」遥が説明する。「その時期は太陽黒点が極端に少なかったという記録があるの。もしかして太陽活動と気候変動って本当に関係してるんじゃないかしら?」
健太も賛同する。「確かに!地球内部よりも、宇宙からのエネルギーの方が圧倒的に大きいもんね」
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## 第二章:太陽放射の真実
怜がタブレットを取り出して資料を表示する。「では実際のデータを見てみましょう」
「まず太陽放射の長期変動ですが、人為的温暖化期間における変動は最小限だというのが現在の観測結果です」
遥が反論する。「でも怜、それは現代の観測技術での話でしょ?過去の太陽活動の変化はもっと大きかったかもしれない」
「確かに」怜が認める。「ただし、衛星による精密な太陽定数の観測が始まった1979年以降のデータでは、太陽出力の変動は約0.1%程度です。これは地球の気温に換算すると0.1℃程度の影響しかありません」
健太が疑問を投げかける。「でも0.1度って、積み重なれば大きな影響になるんじゃないの?」
創が計算機を取り出す。「実際に計算してみよう。現在観測されている温暖化は産業革命以降で約1.1℃だ。太陽活動の変動だけで説明するには、太陽出力が10倍変動する必要がある」
葵が驚く。「10倍?!そんなに太陽って変わるものなんですか?」
怜が冷静に答える。「いえ、それは非現実的です。太陽は非常に安定した恒星で、そんな劇的な変化は起きません。もし起きたら、地球の生命は存在できないでしょう」
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## 第三章:宇宙線説の登場
遥が新しいアプローチを提示する。「でも、太陽活動が気候に影響するのは放射だけじゃないのよ。宇宙線との関係もある」
「宇宙線?」葵が首をかしげる。
創が説明する。「宇宙から飛んでくる高エネルギー粒子だ。太陽活動が強いと、太陽磁場が宇宙線を遮って地球への到達量が減る」
遥が熱弁を振る。「デンマークのヘンリク・スヴェンスマルクという科学者が提唱した理論があるの。宇宙線が雲の形成に影響を与えて、それが気候を左右するっていう」
健太が興味を示す。「どういうメカニズム?」
「宇宙線が大気中で電離を起こして、それが雲の種となる粒子を作る。宇宙線が多いと雲が増えて地球が冷える、少ないと雲が減って温暖化する」と遥が説明する。
怜が慎重に評価する。「なるほど、理論としては面白いですが、実証されているんですか?」
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## 第四章:雲と宇宙線の関係
遥が資料を取り出す。「スヴェンスマルクの研究では、過去20年間の衛星データで雲量の変化と宇宙線フラックスに相関があることが示されているの」
怜が即座に反論する。「でも遥さん、相関と因果関係は違いますよね。雲量の変化には他の要因もたくさんあります」
「例えば?」遥が挑戦的に聞く。
「海面温度、大気循環パターン、エアロゾル濃度、地表面の変化…」怜が列挙する。「これらの要因を全て排除して、宇宙線だけの影響を特定できているんですか?」
遥が困った顔をする。「うーん…それは…統計的に処理すれば…」
健太が援護する。「でも相関があるってことは、少なくとも関係はあるってことでしょ?」
星野が冷静に指摘する。「健太さん、偽相関という概念をご存知ですか?全く関係ない二つの現象が、偶然または第三の要因によって相関を示すことがあるんです」
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## 第五章:CLOUD実験の証拠
遥が反撃に出る。「でも、CERN(欧州原子核研究機構)のCLOUD実験では、実際に宇宙線が雲の種となる粒子の成長に影響することが確認されているのよ」
怜が資料を確認する。「確かにCLOUD実験は興味深い結果を示していますね。でも実験室での結果と、実際の大気中での現象は別物です」
「どういう意味?」葵が質問する。
創が説明する。「実験室では条件を単純化できるが、実際の大気は複雑だ。温度、湿度、既存のエアロゾル、気流…様々な要因が同時に働いている」
遥が食い下がる。「でも、実験室で基本メカニズムが証明されたなら、実際の大気でも同じことが起きるはずじゃない?」
怜が論理的に反論する。「それなら、なぜ過去30年間の宇宙線変動と全球気温の間に明確な相関が見られないんでしょう?」
「実際、宇宙線と雲量の関係はまだ確認されておらず、さらに重要なことに、過去30年の地球温暖化期間中、宇宙線と全球気温の間に相関は見られていない」と怜が追い打ちをかける。
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## 第六章:歴史的証拠の検証
遥が歴史カードを切る。「でも小氷河期はどう説明するの?17世紀のマウンダー極小期、太陽黒点がほとんどなくて、ヨーロッパが凍り付いた」
健太も支援する。「そうそう!歴史的に見れば、太陽活動と気候変動の関係は明らかじゃないか」
怜が冷静に反駁する。「マウンダー極小期の気候変動は主にヨーロッパと北アメリカの一部に限られていました。全球的な寒冷化ではありません」
創が補足する。「それに、小氷河期の原因は太陽活動だけでなく、火山噴火による日射の遮蔽も大きな要因だった」
遥が反論する。「でも複数の要因があったとしても、太陽活動も影響していたことは確かでしょ?」
星野が鋭く指摘する。「遥さん、重要なのは『どの程度』影響していたかです。小氷河期の太陽活動低下は現在より遥かに極端でした。それでも全球で1℃も下がっていません」
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## 第七章:現代の太陽活動データ
怜が最新データを表示する。「現在の太陽活動周期25は、前周期24と同程度の弱い活動レベルと予想されています。周期24は100年で最も弱い太陽活動でした」
遥が混乱する。「えっ?太陽活動が弱いのに温暖化してるの?それってスヴェンスマルク理論と逆じゃない?」
葵も困惑する。「どういうことですか?太陽が弱いなら寒くなるはずですよね?」
創が整理する。「そこが重要なポイントだ。もし太陽活動が温暖化の主因なら、太陽活動が弱い時期は寒冷化するはずだ」
健太が必死に反論する。「でも、時間差があるかもしれないじゃないですか。太陽活動の変化が気候に影響するまでに何年もかかるとか…」
怜が統計的に反証する。「では、過去140年間の太陽活動周期と全球気温の相関を見てみましょう。相関係数は0.1以下、統計的に有意ではありません」
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## 第八章:スペクトラムと成層圏
遥が新しい論点を提示する。「でも太陽の影響って、総放射量だけじゃないのよ。紫外線の変動は可視光より大きいし、それが成層圏のオゾンに影響して…」
創が興味深そうに聞く。「なるほど、紫外線変動による成層圏への影響が、間接的に対流圏の気候に影響するという理論だね」
怜がデータを確認する。「確かに紫外線の変動は太陽活動周期で数%変化します。でもその影響は主に成層圏に限定され、対流圏への影響は限定的とされています」
遥が食い下がる。「でも成層圏の変化が気流パターンを変えて、それが地表の気候に影響することもあるでしょ?」
星野が冷静に分析する。「可能性はありますが、現在観測されている全球的な温暖化の規模を説明するには、太陽の紫外線変動は小さすぎます」
健太がデータの解釈に疑問を呈する。「でも、観測データって完全じゃないよね?測定誤差とか、観測点の偏りとか…」
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## 第九章:タイミングの問題
葵が本質的な疑問を投げかける。「でも、なんで産業革命の時期と温暖化が一致してるんですか?偶然にしては出来すぎじゃないですか?」
遥が反論する。「でも葵ちゃん、20世紀前半も温暖化してるのよ。その時期は工業化がまだ本格化してなかった」
怜が詳細なデータを示す。「20世紀前半の温暖化(1910-1940年)と後半の温暖化(1970年以降)では、パターンが違います。前半は太陽活動や自然変動の影響も考えられますが、後半は明らかに人為的要因が支配的です」
健太が混乱する。「じゃあ、前半は太陽のせいで、後半は人間のせいってこと?」
創が複雑な表情をする。「それは可能性としてはある。気候変動の原因は時代によって変わることもありうる」
星野が鋭く指摘する。「でも、それなら1970年以降の急激な温暖化期間中に、太陽活動は逆に弱くなっているという事実をどう説明しますか?」
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## 第十章:宇宙線観測の現実
遥が最後の抵抗を試みる。「でも宇宙線の観測って、地上の観測点が限られてるでしょ?全球的な変動を正確に捉えられてるかどうか…」
怜が反駁する。「現在は複数の地上観測点、気球観測、衛星観測を組み合わせて、宇宙線フラックスを監視しています。データの信頼性は高いです」
「実際、太陽活動周期14と24は類似した活動レベルでしたが、これは宇宙線フラックス、紫外線照射、太陽風速度など、過去に地球の気候変動の原因として提案されたすべての太陽出力に当てはまります」と怜が追加データを示す。
遥が困惑する。「つまり、同じような太陽活動レベルでも、気候への影響は違ったってこと?」
創が解説する。「そういうことだ。これは太陽活動が現在の温暖化の主因ではないことを示唆している」
健太が頭を抱える。「うーん、じゃあ宇宙線理論も証拠不十分ってことか…」
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## 第十一章:銀河系規模の要因
遥が最後のカードを切る。「でも太陽系全体が銀河系の中を移動してるのよ。超新星爆発とか、星間物質の密度変化とか、もっと大規模な宇宙的要因があるかもしれない」
葵が興味を示す。「それって、太陽活動とは別の宇宙線変動ってことですか?」
創が考え深く答える。「理論的には可能だが、そのような変化は通常、数百万年から数千万年のスケールで起きる」
怜が冷静に評価する。「数十年スケールで銀河系的要因が地球の気候に影響するという証拠は、現在のところありません」
星野が論理的に指摘する。「それに、もしそのような要因があるなら、他の惑星でも同様の変化が観測されるはずですよね?」
遥が苦しい立場に立たされる。「うーん…火星の極冠の変化とか…」
健太が援護を試みる。「でも他の惑星の気候観測って、地球ほど詳細じゃないよね?」
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## 第十二章:スヴェンスマルク理論の限界
創が議論を整理し始める。「スヴェンスマルク理論について、現在分かっていることと分からないことを整理してみよう」
遥が素直に認める。「CLOUD実験では宇宙線が粒子の成長に影響することは確認された。でも実際の大気中での雲形成への影響はまだ定量的に確認されていない」
怜が追加する。「そして最も重要なのは、過去30年間の温暖化期間中、宇宙線フラックスと全球気温に相関が見られないことです」
葵が整理しようとする。「つまり、宇宙線が雲に影響する『可能性』はあるけど、実際に現在の温暖化を説明できる証拠はないってことですね?」
星野が頷く。「さらに、現在は太陽活動が弱い時期なので、宇宙線理論に従えば寒冷化するはずなのに、実際は温暖化が続いている」
健太が理解し始める。「つまり、宇宙線理論は現在の気候変動と『逆相関』してるってことか…」
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## 第十三章:観測技術の進歩と限界
遥が最後の疑問を提示する。「でも科学って常に進歩してるでしょ?将来、新しい観測技術で太陽や宇宙線の影響がもっとはっきりするかもしれない」
創が慎重に答える。「その通りだ。科学は常に仮説を検証し続ける。ただし現在の最良の証拠に基づいて判断するのも科学者の責任だ」
怜が補足する。「重要なのは、新しい証拠が出るまでは『証拠不十分』の仮説に基づいて重要な判断をするのは危険だということです」
葵が心配そうに聞く。「でも、もし将来本当に太陽や宇宙線が原因だったことが分かったら、今の温暖化対策は無駄だったってことになるんですか?」
星野が冷静に分析する。「その可能性もゼロではありません。でも現在の科学的証拠の蓄積から考えると、その確率は極めて低いでしょう」
遥が納得した表情を見せる。「つまり、リスク管理の観点から考えても、現在の温室効果ガス説に基づいて行動する方が合理的ってことね」
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## 第十四章:科学的懐疑主義の本質
健太が哲学的な疑問を投げかける。「でも、科学って常に疑うことから始まるんじゃないの?定説を疑わないのは非科学的じゃない?」
創が深く頷く。「素晴らしい疑問だ。健全な科学的懐疑主義と、根拠のない否定論を区別することが重要だ」
遥が理解し始める。「つまり、『疑う』のは大切だけど、『代替説明』には『より強い証拠』が必要ってことね」
怜が整理する。「現在の温室効果ガス理論を覆すには、それより説明力が高く、より多くの観測事実と整合する理論が必要です」
葵が率直に聞く。「今日議論した太陽・宇宙線説は、そのレベルに達してないってことですか?」
星野が正直に答える。「残念ながら、現在の証拠では不十分です。部分的な説明は可能でも、現在観測されている温暖化の全体像を説明できません」
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## エピローグ:太陽からの教訓
夕日が研究室を黄金色に染める頃、今日の議論も終盤を迎えていた。
創が振り返る。「今日の太陽・宇宙線説の検証はどうだった?」
遥が正直に答える。「正直、最初は確信があったんだけど…データと向き合うと、証拠が不十分だって分かりました」
怜が感想を述べる。「スヴェンスマルク理論は魅力的な仮説ですが、現実の気候変動を説明するには力不足でした」
健太が反省する。「僕も『太陽の方が地球内部より強力だ』って単純に考えてたけど、『強力』と『変化している』は別の話なんですね」
葵が本質を突く。「太陽は確かに強力だけど、『安定している』からこそ地球に生命が存在できるんですね」
星野が深く考える。「今日の議論で学んだのは、『可能性』と『蓋然性』の違いです。科学では可能性だけでなく、確率の高さも重要なんですね」
創が満足そうに微笑む。「そう、科学は『絶対確実』を求めるものではない。『最も確からしい説明』を見つける営みだ」
遥が最後に言った。「次回はどの仮説を検証しましょうか?まだまだ学ぶことがありそうです」
「それは次回のお楽しみだ」創が答える。「宇宙は広く、謎は深い。でも一つずつ解き明かしていこう」
研究室に静かな達成感が漂った。太陽という巨大なエネルギー源でさえ、現在の気候変動を説明するには不十分だったが、科学的思考法という貴重な宝物を全員が磨くことができた。
## 参考文献・データ出典
**本小説で言及した科学的データの出典:**
- NOAA/NWS宇宙天気予報センター「太陽活動周期進行状況」(2025年7月)
- NASA「太陽活動周期25の予測とデータ」(2024年10月)
- NOAA Climate.gov「気候変動:到来する太陽光」(2025年6月)
- 米国海洋大気庁「太陽活動周期25:太陽が11年周期のピークに到達」(2025年1月)
- Wikipedia「太陽活動と気候」(2025年1月)
- Wikipedia「ヘンリク・スヴェンスマルク」(2025年7月)
- Scientific Reports「大気電離と雲の放射強制力」(2021年10月)
- Skeptical Science「宇宙線と地球温暖化の関係」
- ScienceDaily「爆発する星と地球の雲・気候の関係」(2017年12月)
*注:本作品の太陽・宇宙線説は思考実験として検証されており、現在の気候科学では人為的温室効果ガスが主要因とする見解が科学的証拠によって支持されている。*
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## 次回予告
**第3話:「海の記憶~大規模海洋循環の同期説を巡る攻防~」**
PDO、ENSO、AMO…地球の巨大な海洋振動が全て同期したらどうなる?星野の統計分析と健太の地質学的視点が火花を散らす!
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note投稿版
https://note.com/ehimekintetu/n/n42d02b50bcf2




