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覚醒のヒント

四日目

目覚め

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

身体を起こすと、再び治験施設の白い天井が視界に飛び込んできた。呼吸は荒く、全身は冷や汗でびっしょりだ。だが、昨日のような疲労感と、夢が途中で途切れた不完全な感覚はない。

あの、路地。見覚えのない路地。そこへ逃げ込んだ瞬間、夢が終わった。

「……? 今の、なんだったんだ?」

漠然とした疑問が浮かんだ。あの、追跡してくる「影」。そして、夢から覚める直前の、見たこともない路地。

もしかしたら、夢から覚めるには、あの「記憶にない場所」に行けばいいのだろうか? 無意識のうちに、アオイは悪夢からの脱出方法のヒントを掴んでいたのかもしれない。しかし、今はまだ、それが確信には至らない。

ヘッドギアを外し、ベッドから降りる。治験施設での生活は、まだ始まって三日だ。


日中

アオイは、昨日よりもさらに重い体を引きずって共有スペースへ向かった。顔色は最悪だが、今日の彼には、昨夜の夢で得た「覚醒のヒント」を共有するという、重要な目的があった。

共有スペースには、すでにユウキ、ケンタ、そしてサクラがいた。彼らの顔も、アオイと同じように疲労困憊といった様子だ。目の下のクマはさらに濃くなり、表情には明らかな憔悴が浮かんでいた。

「お、アオイ。起きたか。」ユウキが気だるそうに声をかけてきたが、その声にはいつもの覇気がない。

ケンタがアオイの顔を見て、はっとした。「アオイ、その腕どうしたんだ!? 赤くなってるぞ!」

アオイは左腕を見た。昨夜、キラーに掴まれた場所だ。まだうっすらと赤みが残っている。

「これ……夢の中での傷だ。」

アオイの言葉に、三人の顔色が変わった。

「夢の中の傷が……!?」ユウキが驚愕の声を上げた。

「俺もだ!」ケンタが自分の腕をまくった。彼の上腕にも、アオイと同じような、赤く腫れたような跡があった。「夢の中で、あの黒い影に壁に叩きつけられたんだ。まさか、こんな風になるなんて……」

サクラは、顔を真っ青にして自分の膝を抱きしめた。「私……私、夢の中で、あの黒い手に、足を掴まれて……」彼女は震える指で自分の足首を触った。そこには、うっすらとだが、指の跡のような赤みが浮かんでいた。

アオイは、三人の反応を見て、自分の仮説を話す決意を固めた。

「なあ、みんな。俺、昨日、夢から覚める時、あることに気づいたんだ」

アオイは、キラーに追い詰められ、無我夢中で「記憶にない路地」に逃げ込んだこと、そしてその瞬間に夢から覚めたことを、詳細に語った。

「もしかしたら、夢から覚めるには、記憶にない場所に行けばいいんじゃないか?」

アオイの言葉に、ユウキとケンタは半信半疑の表情を浮かべた。

「記憶にない場所、か……」ユウキが腕を組み、考え込む。「確かに、俺も昨日、追いかけられてるうちに、学校の裏庭に迷い込んだら、そこで目が覚めたような気がする……」

ケンタも目を丸くした。「 俺も、あの影から逃げて、廃墟ビルの中に飛び込んだら、そこで目が覚めたんだ! 偶然じゃなかったのか!」

二人の言葉に、アオイは確信を深めた。これは、彼だけの偶然ではなかったのだ。

そして、サクラが、震えながらも顔を上げた。

「私……私も、昨日、あの手を振りほどいて、必死で逃げて……そしたら、知らない家に迷い込んで……そこで、目が覚めました……」

四人の間で、一気に緊張感が走った。これは、共通の法則だ。そして、それは、この悪夢から脱出するための、唯一の希望かもしれない。

その時、一人の男性と一人の女性が、アオイたちのテーブルに近づいてきた。

「あの……すみません。もしかして、夢の話をされていましたか?」

男性が、少し神経質そうな目でアオイたちを見て、おずおずと声をかけてきた。彼もまた、顔色が悪く、疲労の色が濃い。

「僕はカズキです。皆さんの話を聞いていて、もしかしたら僕も同じような夢を見ているのかと……」

隣にいた女性が、落ち着いた口調で続いた。

「私はアヤカと申します。私も、似たような経験をしています。夢の中で、一度だけ、知らない部屋に辿り着いた瞬間に目が覚めたことがありました。皆さんの話を聞いて、それが偶然ではなかったのかもしれないと感じました」

アオイは、新しい二人の仲間に、改めて自分の仮説を共有した。カズキは不安げに、アヤカは真剣な眼差しで、その話に耳を傾けた。

「じゃあこの法則は正しいということか……」ユウキが呟いた。

「ああ。これが、俺たちがこの治験を乗り切るために必要な方法かもしれない」アオイは言った。

俺たちは、円卓を囲んで、真剣に話し合いを始めた。どうすれば、夢の中で効率的に「記憶にない場所」を見つけ、そこへたどり着けるのか。キラーの追跡をどうかわすのか。そして、夢の中の傷が現実にも影響を及ぼすという事実。もし、もしも夢の中で命を落としたら……? そのような不安が込み上げてきた。


四日目の夜。アオイはベッドに横たわり、ヘッドギアを装着した。覚醒への新たな仮説と、キラーの存在、そして現実にも及ぶ傷。様々な情報が交錯し、心臓がいつも以上に早く鼓動する。しかし、この恐怖から逃れるには、この仮説を検証するしかない。

次に意識が浮上した時、アオイは、薄暗く寂れた古びた商店街に立っていた。

古い看板は色褪せ、シャッターは閉まりっぱなしだ。アスファルトのひび割れからは雑草が生い茂り、遠くから子供たちの声が微かに聞こえるような気がしたが、周囲に人影はない。こんな場所に来た覚えはない。本当に初めて来た場所のはずだ。

「ここ、は……?」

困惑と同時に、奇妙な懐かしさが胸に広がる。しかし、それはすぐに拭い去られた。

その時、商店街の奥から、冷たい空気が押し寄せてくる。

「ドスッ……ドスッ……」

あの足音だ。キラーが迫っている。

漆黒の巨体、人型のキラーが、ゆらりとその姿を現した。その存在感だけで、この夢が「既知」の領域に属していることを嫌でも理解させられる。アオイは走り出した。記憶にない場所を目指して。だが、そこはアオイの幼い頃の記憶に深く刻まれている場所。知っているようで知らない、知らないようで知っている、その曖昧さが、覚醒のための「完全に記憶にない場所」への到達を困難にしていた。

キラーの重く粘つく足音が、すぐ後ろまで迫っている。アオイは、記憶の曖昧な商店街を必死で駆け抜けた。シャッターが降りた店、ひび割れた歩道、色褪せたポスター。どれもこれも、見慣れないはずなのに、どこか引っかかる。

「くそっ! どこなんだ!?」

右へ曲がる。左へ曲がる。必死に走る。普段なら絶対に足を踏み入れないような、薄暗い路地裏、錆びたフェンスに囲まれた空き地……。どれもこれも、どこか見覚えがあるような気がして、踏み込むことを躊躇させる。キラーは、容赦なく追ってくる。その漆黒の巨体が、アオイのすぐ後ろに迫っていた。

「ぐっ……!?」

キラーの巨大な手が、アオイの背中を鷲掴みにした。鋭利な爪が肌に食い込む。激しい痛みが現実のように走った。身体が持ち上げられ、闇の塊に引きずり込まれていく。その冷たい感触と、悪意に満ちた気配に、アオイの意識は恐怖で塗りつぶされそうになった。

それでも、アオイは必死に周囲を見回した。どこか、完全に知らない場所は――

その時、アオイの視界に、シャッターが半開きになった小さな店が飛び込んできた。「店のなかならもしかして...」アオイは、一か八か、そのシャッターの隙間をくぐり、店内へと身を滑り込ませた。

店内は、真っ暗だった。一歩足を踏み入れた瞬間、アオイの視界は激しいノイズと共に砂嵐のように歪み始めた。

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