9 私だけが特別ではない。それより気になることがある
水曜日の5時間目が始まる前、初めて修二の方から話しかけてきた。
ヤイコとカナコも一緒だ。
こっちは、マキやいつもの4人でだべってた。
「あしたの木曜日、俺らのグループでカラオケボックス行くの。美佳ちゃん達の4人も行かない?」
何でも定期的に行ってるらしい。
そこが修二のバイト先で、ドリンクバーの無料券があるとか。
キレイになりつつあるヤイコとカナコもいる5人。修二以外の男子2人は自称、明るい陰キャまで進化して小綺麗になってる。
修二が作ったグループに興味が沸いてる。
「美佳、私行きたい」
「じゃあ、私達も参加していい?」
「もちろん」
「ヤイコとカナコ、よろしくね」
「よ、よろしくね」
「お願いします」
ぎこちないけど、陰キャと呼ばれなくなった女子ふたり。
修二はバイトの新人の教育係をやってる先輩みたく、女子ふたりを見守ってた。
修二との絡みは、それきり。木曜日の放課後になった。
カラオケボックスの指定された部屋に入って、1曲目に私とマキは面食らった。
1曲目だけ、くじ引きで歌う順番決め。これがグループの決まりだそうだ。
私は2番目。なに歌おうか、急いで何か選ばなきゃと思ってた。
1番目のヤイコが、いきなりマイクを持った。
すると修二がリモコンで曲を入れた。
「いつものようにいってみよ~」
私とマキは「?」と「?」
ヤイコの歌は、昭和の演歌。
「ヤイコの持ち歌? これはしぶい!」と言ったら・・
「うわあ~。修二君、なにこれ~」
雄叫びをあげるヤイコ。けど歌い出した。
歌詞もテンポも無茶苦茶だ。
とにかくヤイコが歌ってみんな爆笑。2分間で歌中断。あっという間に私の順番で、ヤイコが何も見ないでボタン押して選曲。
歌い手は私。
今度は1960年代の英語の曲。サビだけ聞いたことがあった名曲だけど、みんなの手拍子で歌詞もデタラメで声を出した。
ヤケクソで2分間歌った。
3番目の修二は、私が適当チョイスで平成2年の女児向けアニメのエンディング曲。
テキトー歌詞で、くねくね踊る修二。
笑いながら、次々とバトンタッチしていった。
マキ達もやらされて笑ってた。
こうなれば歌の上手い下手は関係ない。
ヤイコが教えてくれた。
自分が初めて修二に誘われたとき、自分だけ下手だったらどうしようとか思ったら、これを食らったそうだ。
ヤイコがその日の5番目で、知りもしない昭和のロボットアニメの主題歌。
けれど前に歌い終わった4人もまともに歌えないのに、適当に騒ぎながら盛り上がってた。
ヤイコもサビで声を張り上げたら、みんなで拍手してくれたって。
修二は常に、誰でも同じ土俵に立てるようにしてくれるそうだ。
今では、この気負わなくていい集まりが楽しみだそうだ。
笑って、適当に歌って1時間経過。
休憩タイムみたくなって、トイレとかドリンクバーに散った。
私、修二、ヤイコで話してた。そしてヤイコがドリンクを取りに行った。
5分くらいしても、ヤイコが帰ってこない。
修二が心配そうな顔になった。
「ちょっと見てくる」
「じゃあ、私もついでにドリンク取りに行く」
通路の角を曲がってドリンクバーのとこ行くと、ヤイコがサラリーマン風の男に絡まれてた。少し酔ってる感じ。
「キミ可愛いね~、奢るからさ~。俺たちの部屋に来なよ~」
「い、いえ、友達もいるんで」
「女の子いるなら、連れてきていいから~」
修二はためらわず動き、ヤイコと男の間に入った。
「あっと、すみませ~ん。この子、俺らのツレなんで~」
「なんだ、ガキかよ」
すると修二が、左手を後ろに回してピースサインみたいの作った。
それ見たヤイコが逃げて、急いで私の方に来た。
「お兄さん、彼女高校生だし~、店員呼ばれたら不味いでしょ」
「なっ・・」
「今なら冗談で済みますから、お願いしま~す」
修二に笑顔で諭されたサラリーマン風は、ちっ、とか言いながら、部屋に帰った。
さっきの後ろ手のピースサインは、ここのバイトの意志疎通手段。修二の仲間も知ってるそうだ。
たまに女子店員もナンパされるから、ハンドサインを使うとか。
さっきの2本指で『待機』
3本指を立てると『撤退準備』
4本なら『店長を呼んできて』、5本なら『警察に通報』ってなるらしい。
「ありがとう修二君」
部屋に帰って、ヤイコがお礼を言った。
みんなにヤイコがナンパされたって修二が明かした。
みんなざわついたけど、修二は笑ってる。
「ヤバかったのに、なに笑ってるの?」
「そうだよ」
カナコも他の女子も少し、むっとしてる。
「いや、ヤイコって可愛くなったから、ナンパした人の気持ちも分かるなってね」
「え・・え、えと・・」
「あ~なるほど」
「そこのとこだけは共感できますな」
男子連中もウンウンってうなずいて肯定。ヤイコが真っ赤になった。
結局は修二がマイナスをプラスにして、ヤイコを喜ばせてしまった。
優しい男の子だなって思いつつも、変なこと考えてた。
私は彼に助けられたときから、なんか浮かれてた。
けど彼はヤイコもためらわず助けに行った。その姿は頼もしかった。
救出劇が私だけのプレミアじゃなくて少し残念。
それ以上に気になるのは修二の心持ち。
教室の告白のセリフが最低だったから、修二が私に本気で告白してないと思ってる。
それでも私をバッチリ助けてくれたし、ヤイコを助けたときも堂々としていた。
度胸があると言えば、その単語で片付けられる。
そのあとがおかしい。
修二は、何も求めなさすぎる。他の人に聞いても、むしろお礼を拒絶するそうだ。
私には「ありがとう」のひと言のため、危険の中に飛び込んでいく、寂しがり屋に見えてきた。
なぜだろう。彼にトキメクより、心配する気持ちが強くなってきた。