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傷だらけになった心の隙間を埋めてくれた人  作者: #とみっしぇる


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6 美佳が知らない修二が育った家庭③

修二が勇気を出した日から、大きく流れは変わった。


母カヨコに精神科の診察を受けさせると、ストレス性の精神疾患と診断された。


カヨコの心に、1ヵ所だけ限りなく深い穴が空いていた。


そこにカヨコは弟の記憶を捨てて、忘却という名の蓋をしていた。

修二は、その心の穴のゴミ箱に落ちこんでいた。

カヨコと弟の険悪な人間関係が起因していることだけ解った。


似た事例はあるけれど、明確な改善策もない。


カヨコ自身が修二に非がないことは認めている。その認識力もあった。


ただ大嫌いな弟そっくりな顔を持つ修二が絡むときだけ、カヨコは何かを失念するのだ。



隣県の家に修二を避難させた父方の祖父が、そんな母親のところに修二を帰せないと言った。


祖父母で修二を病院に連れて行くと、身体の状態は楽観視できないところまできていた。


定期的な検査と治療が始まった。


あの『静かな虐待』が続いていたら、どうなるか予想できた。


祖父母、叔父夫婦は修二を転校させるつもりだった。


しかし父タクヤが祖父の家に来て、チャンスをくれと頼んだ。


タクヤは家族の絆を信じたかった。


修二は、本音を言えば祖父母の家が良かった。


どうせ前の小学校に行っても、もう美佳はいない。


けれど勇気を出した日、頭を床にこすりつけて謝ってくれた父タクヤは母カヨコとは違う。


唯一の自分の家族だと思えた。


だから家に帰る選択をした。最初の避難生活は2週間だった。



そこから修二は変わった。


長期休みはもちろん、普段の休日も親戚や友人の家で過ごした。


食事のことは父タクヤを介して、取り決めた。


家族4人で食べるか、修二ひとりで食べるかの、どちらかにした。


自分が避難している間に美佳が引っ越していなくなっていた。悲しいけれど、教えてくれた通りに人には優しく接した。


それでも明るく避難先の家の手伝いもする修二は、どこか必死で健気だった。どこに行っても好かれた。


一方、家では話したこともない母親とは会話にならなかった。修二を見ると、いつも動揺するようになった。


兄には日を追うごとに憎しみが沸いてきた。


この状態で2年が過ぎた。再び父タクヤの方の祖父母は修二を引き取ると言った。


兄の嫌がらせも続いていたし、修二も中学生になる前に新天地に行きたいと言った。


家族との関係に進展はなく、先の希望は見えない。


しかし父タクヤは修二の中学卒業までは猶予が欲しいと願った。修二も父親だけは拒絶できなかった。


数年間は小康状態に見えた。兄は受験生、修二も先を見据えて勉強と運動に励んだ。家は静かだった。


けれど破綻した。


修二が中1の3月。


大学受験に失敗した兄ケンイチが暴れた。自分の所業を棚に上げて修二に八つ当たりした。


問題発覚から取り巻く環境が悪い方向に変化したのを修二のせいにした。


夕方。


修二がケンイチから薄いガラスのコップを投げつけられ、頭と目の下が切れた。


修二は次の攻撃が来る前に、ケンイチにタックルして倒した。


ちょうど帰宅したタクヤが激しい物音を聞いてリビングに行くと、信じられない光景が目に入った。


カヨコは被害者で顔の右側が血まみれになった修二を無視し、無傷のケンイチを助け起こしていた。


修二の目には失望の色さえなく、ただ母親と兄を物のように見ていた。


そして外に出た。右目の下から涙のように流れ落ちる血もぬぐわず、親戚の家まで歩いていった。



絶望した父タクヤが離婚を視野に入れ、修二を連れて別居した。


親戚や両方の祖父母も修二の味方になってくれた。


父タクヤが修二の方を選んでくれた。


修二を生んだ「あの人」と兄に、勝手に修二に近付かないと約束させた。


美佳に勇気をもらい、一歩目を踏み出した日から色んなものが改善されている。


周囲も修二を「善」として擁護し、母カヨコを「悪」として遠ざけてくれた。



しかし父タクヤは明かに落ち込んでいった。


修二を中学に通わせるため、とりあえずの新居に選んだ同じ町内のアパートで、夜中に泣いているときがあった。


3か月して、約束を破ってカヨコがタクヤと修二が住むアパートの前にいた。


タクヤに会いに来た。


やつれたカヨコが小さな子供のように泣いていた。


カヨコをタクヤが抱き締めて涙を流していた。



どうしてだろうか。修二は2人を見て、美佳が自分を励ますために抱き締めてくれたときのことを思い出した。


自分の中で一番大切な思い出と重なってしまった。


目の前の夫婦の姿を見た修二は、なぜか愛し合う2人を引き離したのは自分だと思った。


憎みたかった。善悪の区別をはっきりしてほしかった。


自分を産んだ「あの人」には『絶対悪』であってほしかった。なのに、性根は違うことを心の中で認めてしまった。




優しい修二は決断した。


父タクヤを「あの人」のところに返すことにした。


悔しくても、精神疾患という病気のせい。「あの人」のせいじゃないと、自分に言い聞かせた。


二度と会わず、自分の本当の母親は死んだことにしたい。


事件になるようなネグレクトを食らっていないし、まだ恵まれていると自答し続けた。



そうして家族と離れ、歓迎すると言ってくれていた祖父母を頼ることにした。


その近くの街に、自分に勇気をくれた美佳が住んでいるのは知っていた。


何年間も会っていないけど、色あせることなく想い続けている。


中2の夏、家族のようなものと決別した。



「あの人」は、落ち着きを取り戻していると父タクヤから聞いた。


「あの人」は実の両親や兄から心のケアも受けていて、その仲も少しずつ改善されているという。


悲しいけれど自分が異物だった。選択は正しいと思った。


修二は新天地でも積極的に人に声をかけた。

そして美佳に言われたように、優しく人に接し続けた。



小学校時代の同級生に教えてもらい、美佳と同じ高校を受験した。


家族の中でさえ異物だった自分だから、『チイちゃん』だと明かす気はなかった。けれど、美佳の顔を見たかった。


何かあったときは必ず助けて、恩を返したいとも考えた。


入学式で美佳を見つけたとき、辛いときも頑張ってきて良かったと思った。


その瞬間から、自分を産んだ「あの人」の顔は思い出さない。

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