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4 美佳が知らない修二が育った家庭①

美佳の予想は当たっていた。修二は小4の頃に仲良しだったチイちゃん。


そしてチイちゃんは母親に冷遇されていた。美佳は俗に言う『毒親』ババアをイメージしている。


しかし実際は・・


意外にも修二の母親は『99%』普通の女なのだ。


名前はカヨコ。


ごく普通の家庭に生まれ、兄と弟と共に育った。


幼稚園で気が合った近所の男の子タクヤと仲良くなり、いつも一緒にいた。


中学で思春期に入り同級生から冷やかされても、お互いの家を行き来して離れることはなかった。


中学3年に上がる前、タクヤの父親が家業を継ぐため隣県に移り住むことが決まった。


ふたりに、考えたこともなかった別れの時がきた。


そのときカヨコもタクヤもお互いへの気持ちを自覚した。


タクヤが必死に親を説得して高校からカヨコがいる街に戻ってくると誓った。


信じて待ったカヨコは、高校でタクヤと再会。


離れた1年間があったからこそ、周りの意見にも流されず寄り添った。


やがて2人は祝福されて結婚。カヨコは親の愛だけでなく、タクヤの親や兄姉からも愛情を注がれていた。



あえて言えば、弟と犬猿の仲。自分と顔が似た弟に突っかかられてばかりいた。タクヤと離れていた時に破局、破局と言われ続け、一度は殴り合った。怪我までさせられ心の底から嫌いになった。


しかしその弟とも、弟がスポーツ推薦で寮がある高校に進学したのと同時に疎遠になった。


もう気にならなくなった。



カヨコに長男のケンイチが生まれた。愛するタクヤそっくりの長男に愛情を注いで育てた。


5年後に修二を生んだ。次男も一生懸命に育てるつもりだった。



次男・修二が生まれて2年、それまで全力で育ててきた次男の顔が弟にそっくりになったと感じた。


あの、世界で唯一嫌いだと思った男と同じように見えた。


そう思ったときから、なぜか修二に愛情を注げなくなった。


最初は悩んだ。大好きな夫にも相談した。


「ケンイチも甘えん坊だし、カヨコが子育てでナーバスになって、感情がコントロールできないのかな? 僕もできることは全力でやるからさ」


仕事で疲れていても、頑張って子供の世話をしてくれる夫。


その夫に嫌われたくないから修二の世話をして、夫が修二のことで笑えば自分も笑ったふりをした。


そう割り切れば義務として体が動いた。


近所に住む実母の手も借りた。


幸い4歳までの修二は、人懐っこい子供だった。


カヨコが放置気味でも、近所に住むカヨコの祖父母ら親戚に可愛がられていた。


カヨコは避けられない最小限の世話を嫌々ながらやった。


気持ちをリセットするため、愛する長男ケンイチに過保護なくらい愛情を注いだ。


修二は幼稚園に通い出すと周りの子が母親と抱き合っている姿を見た。そういえば、長男と母親も密着しているときがある。


修二も母に抱擁を求めたがカヨコは興味を示せなかった。むしろ拒絶した。


その姿を見て兄ケンイチも母に追従して修二を無視するようになった。


外に放り出されて、中から鍵をかけられることもあった。


この兄ケンイチが修二を助ける選択をしていれば流れは変わっていた。


けれど虐待する側に回ってしまった。


暴力を振るわれていなくても、修二は恐怖を感じた。


大人や年上の人間が怖くなった。


小学生になる前には家の中で気配を消した。祖父母にも甘えるのをためらい始めた。


一見、手がかからない子供に育った。


衣食住はそろっていた。学校にも大人しく行っている。外に異変は漏れなかった。


修二は父タクヤがいない時は部屋か近所の公園にいた。家では、家族が揃った食事の時間しか部屋から出なかった。


違和感を感じた父タクヤが修二に聞いても「大丈夫」としか言わない。


修二の心の中で、父タクヤはグレーな存在だった。


無視する母と意地悪な兄に笑顔を見せる父は「あっちの味方」だろうと子供心に思った。


父タクヤは最後の砦。彼の逆鱗に触れたら、近所に住む親戚にも無視されると考えてしまった。怒らせないことだけ考えた。



カヨコはケンイチのために小学、中学の行事にも積極的に参加。子供への愛情にあふれた女性だと評価された。


近所付き合いも順調。実の親、義両親との関係も円満だった。



修二のことを考えない時間が増えると気持ちが楽になった。それでも生活は円滑に回っていた。


それまでやっていたような、何かを見落としていないかと確認する回数が激減した。


修二が小1の時に兄のケンイチが小6。その時期までは綻びが見えにくかった。


なぜなら兄弟の生活リズムが合っていた。ケンイチのついでに修二の食事も用意した。


修二の服は家族で出掛けたとき夫が選んだものをまとめて買った。


学校の必需品は兄ケンイチの時の物をなぞって揃えた。


平和だと思った。


しかしケンイチが中学生になると、塾の送り迎えや部活の世話をカヨコが率先してやった。


そして小2から修二は放置される日が増えた。それでも何も訴えない。


カヨコは食事のことで疑問に思ったことはある。


けれど冷蔵庫に食材はある。ご飯を作って置いていたこともある。


手付かずで残っているときが多いと思ったが、何か食べているだろうと軽く考えた。


それ以上、修二のことを考えると頭痛と吐き気がした。


修二は台所に行ってなかった。小2の4月に冷蔵庫を空けたとき、兄ケンイチに見つかった。


食べ物を持っていったら泥棒だと難癖をつけられた。『お仕置きだ。文句があるなら母さんに言え』と空腹のまま外に放り出された。


それが何度が続いた。怖くて、家に誰もいなくても台所に近付かなかった。


父ケンイチがいるときだけご飯を食べた。山のように食べた。


だからケンイチは、修二が痩せていると思っても体質かと考えてしまった。


タクヤ自身の仕事も忙しくなり、色々と見落とした。


修二の不健康で断続的な空腹生活は2年間に及んだ。


修二は夏休みが特にきつかった。父ケンイチが出張、母カヨコがパートから実家への寄り道。兄ケンイチは部活のあと母親と合流という日も多かった。


そういう日の修二は、小遣いで買った安い油を使った特売のスナック菓子で1日をしのいだ。


特に食事と健康のことで追い込まれ始めていた。家族が気付く余地は十分にあった。


荒れた肌。栄養の偏りが修二の場合、腎臓機能に影響し始めて下ぶくれになった。修二の顔にサインは出ていた・・



修二が小4の5月。本当の窮地に陥る前に、自分で何とかしようと立ち上がった。


美佳が難しいことを考えず『お父さんに助けてもらうといいさ』と言った日。


美佳の言葉。それだけで動いた。


教えてもらったばかりの歌『大樹』を何度も口ずさみ、自分を奮い立たせた。


そうして修二は1歩目を踏み出した。

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