35 傷だらけになっても私が愛してあげる
さてさて美佳です。
7月7日。
ここ数日間は修二とは、普通に接した。会う回数は減っても、それなりに会話もあった。
でさ・・なに、この虚無感。予想してた以上だよ。
私だけかと思ったらアイツも同じで安心した。目を見たら分かったよ。
修二じゃなくて、心の底では助けを求めてたチイちゃんと同じ目で私を見てる。
きっと私も同じような目で修二を見てたと思う。
元の関係が苦しいんだよ。近くにいれればいいなんて幻想だよ。
分かったでしょ。
修二、こんなに両想いって分かって引き返せると思ったの?
私は無理だよ。初恋をあきらめるなんてできない。
修二があの目をして見てる限り、私は幾らでも勘違いできる。
アンタの心に初恋の種火が残ってると信じて、私が引火させてやる。
取り巻く環境が複雑な修二と一緒にいるため、色んなものと戦う決意をした。
私も意外に重い女だよ。修二、覚悟して。
誕生日が1番のトラウマになってる修二は、誕生日を祝おうと言われても全部断ってた。去年もだそうだ。
だから学校でも普段と違って人を避けてた。
放課後はバイトで、9時まで終わらないと聞いてる。
◆◆
一旦は家に帰った。
私は修二と初デートの時に着ていたワンピースに着替えた。
ダイ兄とハル兄に勝負してくると言って家を出た。必ずアイツを連れて帰って来いってタクシー代くれた。
さすがは私の自慢の兄貴達だ。肝心なとこでは後押ししてくれる。
そしてカラオケ店の前に立ってる。
待つこと10分。深呼吸を何回繰り返してもドキドキしてる。
修二はひとりで店から出てきた。
私の姿を見つけて驚いてる。
逆に私はアイツの顔見たら落ち着いた。
深呼吸したあと口調は変えた。
もちろん、チイちゃんと出会ったときと同じ、劣化王子様モード。
「やあチイちゃん、お疲れ」
「美佳ちゃん、なんで・・俺、誕生日は・・」
「なんのことだい? 今日は七夕だよ。7年越しに織姫様が会いに来てあげたんだよ」
呆気に取られた修二の手を取って、公園に向かった。
私の武器はひとつだけ。愛されてきたから愛情は強いと信じる心だけ。
「なんで来てくれたの・・。俺はもう美佳ちゃんと距離を置かないとって・・」
「それはチイちゃんが勝手に決めたことだろ。だったらボクが会いに来くるのも勝手だろ。なんちゃってね」
ベンチにも座らず、向かい合って立ってる。気にせずに自分の言いたいことを言う。素に戻った。
「こら、なに勝手に離れようとしてるの」
「美佳ちゃんを傷付ける前に・・」
「とっくに傷付いたよ。この数日はホントに苦しかった」
「え、なんで・・」
「私の心の中にすっぽり入り込んだくせに、強引に出ていこうとするんだもん。私の心にも傷だらけの穴が空いたんだよ。責任取りなよ」
「・・・」
「私のそばから離れないでよ。遠くに行くなら付いてこいって言ってよ」
大通りのクラクションが遠くから聞こえる。公園の明かりで修二の顔が見える。
修二の目から涙がこぼれてる。
「なんで、そんなに・・」
「だって私が7年前から修二の心を揺り動かし続けてる、ただ一人の女なんでしょ。そんな格好いいポジション、手放すはずないじゃん」
「・・利己的で最低の理由だよね」
「最初に最低のセリフで告白かましてくれたの修二だし、お互い様だと思うよ」
「そうだった。ははっ」
やっと修二が私の目を見て笑ってくれた。
「美佳ちゃん」
「ん」
「7年前、美佳ちゃんが引っ越すって聞いて体育館の裏で泣いた。あれから絶対に泣かないって決めてたんだ・・」
「今は泣いていいよ。小4のチイちゃんが誓ったのは、悲しい涙を流さないことでしょ。流していい涙もあるんだよ」
「そうだよね・・。言葉では知ってても、解ってなかった」
「修二は知らないことたくさんあるね。これから私が教えてあげる」
「俺、情緒のどこかに欠陥があるかもしれない」
先のことなんて分からない。今は議論しても無駄だ。
一緒に住んでいた母からの愛情をもらえず、人を愛せるのかと悩み続けた修二。
家族に愛情を注がれ続けて、人は人を愛せると信じて疑わない私。
そんな私達なのに気持ちが通じてる。
「私のこと好き?」
「それは、間違いなく好き・・」
「どのくらい好きなの」
「とにかく・・好き」
「あはっ。私も大好きだよ!」
修二が目を見開いて私を見てる。
「私の心は、家族の愛をたくさんもらって強化されてるの」
「うん・・」
「だから愛し方だけは教えてあげられるよ」
「俺、やっぱり美佳ちゃんと一緒にいたい。次は何を頑張ればいいのかな・・」
「バカだね」
「・・え?」
頑張っても母親から愛をもらえず、それでも頑張ってきた修二の心は、どこか脆い。
なのに、辛い時でも人に何かしてあげようとする。
そんなところも愛おしい。
「もう、なにもしなくていい。これからは頑張り続けてきたアンタへのご褒美だらけだよ」
小さな頃、泣いてるときにお母さんがやってくれたみたいに両手を広げた。
「おいで」
修二が立ち尽くしてる。私の方から近付いた。
「これからどんなに傷だらけになっても、絶対に離さない。もう大丈夫だからね」
大好きになった男の子の首を引き寄せた。
公園の真ん中、私達は抱き合った。
すがり付くように修二は膝を付いた。かつてチイちゃんにやってあげたように、私は胸の中に修二の頭を包み込んだ。
胸に伝わる感触と嗚咽。修二が子供のように泣いている。
私も涙が出てきた。
今は、いっぱい泣いていいよ。
泣きやんだら、うんざりするくらい好きって言ってあげるからね。
終わり




