34 望んでいた以上の日常が手に入った
◇修二◇
美佳ちゃんが兄を撃退してくれてから、もう1週間が過ぎた。
兄ケンイチは俺が今住んでる家で、ひとりだけ連絡を取り合ってる婆ちゃんに俺のバイト先を聞いた。
2日前に、もう現れないって、再び婆ちゃんを通じて連絡があった。
バイト先を教えた婆ちゃんに怒ったりはしない。兄ケンイチだって、婆ちゃんからしたら大事な孫だ。
今日は7月7日。俺があの女から生まれた、何よりも嫌いな日が来た。
最近は学校に行って普通に過ごせた。
朝は美佳ちゃんと待ち合わせすることもやめたけど、教室では会えた。
なにげない日常。美佳ちゃんと朝の挨拶もした。
授業にも集中できた。将来は宮崎、鹿児島、沖縄なんて、南の方に住むのもいいななんて考えてる。
ネット映像で見た程度だけど、特に宮崎の海の感じが気に入った。
だから勉強にも励んでるし、バイトのシフトも増やそうかと思っている。
もう彼女と、この2ヶ月間の濃い付き合いはない。
美佳ちゃんの『付き合おうって言われればOKする』って言葉が耳に残る。
先週までは毎日のようにやっていた、お決まりのやり取りがなくなった。
俺が『告白の返事は?』って、にやけて聞いてた。
美佳ちゃんは『告白のセリフ、勉強してからだね』なんて返してくれた。
あの言葉のキャッチボールが、俺は楽しくてたまらなかった。
付き合えなくても、美佳ちゃんを独占できてた。
昨日までは、グループの仲間と軽口をたたいて過ごした。
グループのみんなは、何か察してくれた。
前より仲良くなったリョウヤは言ってくれた。
『ここはお前が作ったグループだけど、いつでも美佳さんのとこ行っても大丈夫だよ。もちろん、いつ戻ってきても大歓迎だからね』
『サンキュー、リョウヤ』
『リーダーは修二。修二がいないときは俺が村長代理をやるよ』
そんな友達もいてくれる。
シュウヤとヤイコの距離が近くなってる。
カナコも、もうひとりの男子ソウマとふたりになることが増えた。
ある意味、これも俺の理想的な形だ。
今は美佳ちゃんとの距離感があやふやな俺を、4人で気遣ってくれる。
美佳ちゃんも、前と同じで自分のグループ4人と過ごしてる。
火曜日に1回だけ、誘われて美佳ちゃんとふたりで昼御飯を食べた。
やっぱり楽しかった。
最初だけぎこちなかったけど、あっという間に話は弾んだ。
『美佳ちゃん、8日の誕生日に何か欲しいものある?』
『8日はいらない』
『え?』
『10日にうちにおいで。私とダイ兄と約束してるでしょ。7月生まれの3人で一緒に祝うよ』
『うん。そうだったね』
美佳ちゃんがキラキラした笑顔を見せてくれた。
彼女がはっきりと好きだと言ってくれて、自分とどうするかと聞かれた。
俺は、それを断った。
なのに俺が欲しいものは変わらずくれる。
俺が大嫌いな兄を見られ、その兄に暴言を吐く俺も見せた。
俺と家族のこと、色々と知ってたのは驚いた。
過去に好意を寄せてくれた女の人には、家庭事情を打ち明けたことがある。
言ったあと『家族を大事にできない人とは・・』と離れていった人もいた。
美佳ちゃんは、それを知ってなお、俺を助けてくれた。
美佳ちゃんと付き合えるチャンスに、自分の事情と不安だけで断ったバカな俺。
それでも美佳ちゃんは、俺を癒してくれる。
教室で美佳ちゃんと話せるし、ダイ兄さん、ハル兄さんもLIMEをくれる。
やっぱり、美佳ちゃんを好きな気持ちに歯止めが利かない。
切ないし、たまに美佳ちゃんに寂しい目をさせてしまう。
俺も同じ目をしてるかも知れない。
・・そうか、7年前。
今よりも無力で、チイちゃんと呼ばれてた俺は、知らないうちに周囲にSOSを送っていたんだろう。
それを察知して励ましてくれたのは美佳ちゃん。
だから俺は、ずっと美佳ちゃんが好きなんだ。
それが鮮明に分かった。
今日は俺の誕生日。この日だけは、あまり人と話したくない。
昼御飯もパンを買って、人がいない空き教室の隅で食べた。
休み時間も察してくれるグループの仲間が、ひとりにしてくれた。
授業が終わればバイトに直行。高校生が働ける限度の午後9時までシフトを入れてる。
今日は美佳ちゃんとさえ挨拶しか交わさなかった。
けれど明日から、また会える。
たまには昼御飯を一緒に食べられる。
お兄さん達を介してだけど、外でも交流できる。
大好きな女の子から好きって言われて、俺も好きって言えた。
もう、俺が欲しかった以上のものが手に入ってる。
円満な人間関係も作れた。
この高校に入るとき思い描いていた以上の学園生活になった。
楽しい。楽しいはずなのに・・
なんでこんなに、苦しいんだろう。なんで胸の中に穴が空いたような気分なんだ。




